197 特異点 修
「エクスカリバー!!」
「食らいやがれっ!! エクスカリバー!!」
セルドとカリバーンはエクスカリバーを放って光り輝く風の刃が飛んでいき、浜辺に上陸しようとする魔王(エンシェント ハイ シーワスプ)の体を斬り裂いた。
「ほう、さすが魔王だな……あまり効いていない」
シルルンは不敵な笑みを浮かべながら弓で狙いを定めて『三十ニ連矢』を放ち、三十ニ発の炎の矢が魔王に降り注いで灼熱の炎に焼かれた魔王が奇声を上げる。
魔王は『水閃』を放ち、無数の巨大な水の刃がセルドたちに降り注ぎ、さらに無数の触手で攻撃する。
セルドたちは降り注ぐ巨大な水の刃を躱しながら無数の触手を回避していたが、カリバーンが触手をまともに受けて弾け飛んで砂浜に転がった。
「カリバーン!!」
セルドは即座にカリバーンの元に駆け寄ったが、カリバーンの金色の鎧は砕け散っており、肌は浅黒く変色していた。
「ぐっ、猛毒か……キュアミラクル!!」
セルドはキュアミラクルの魔法を唱えて、エメラルド色に輝く光に包まれたカリバーンの体から毒は消え去ったが、魔王がサンダーミラクルの魔法を唱え、無数の稲妻が降り注いでセルドたちに直撃した。
「カ、カリバーンッ!!」
セルドの顔が驚愕に染まる。
カリバーンは身体が黒焦げになって崩れ去る。
「ぐふっ、麻痺か……身体が動かん……」
シルルンは口から吐血して棒立ちのままで、必死に身体を動かそうとするが全く動かなかった。
魔王は再びサンダーミラクルの魔法を唱え、無数の稲妻がシルルンに降り注ぎ、稲妻が直撃したシルルンは炭になって四散した。
「シルルンッ!!」
セルドは雷に打たれたように顔色を変える。
だが、四散した炭が再び集まり、シルルンは元に戻った。
「『再生』ではあり得ない!? ……い、生き返ったのか?」
セルドは信じられないといったような表情を浮かべている。
「くくっ、やってくれる……こいつは俺と相性が悪い……俺は撤退する」
シルルンはそう宣言して後方に大きく跳躍し、身を翻して駆けていくと騎士風の男とすれ違ったのだった。
俯いてへたり込んでいた男は、はっとして我に返る。
「また、この記憶か……」
男は俯いたまま額に手を当てて、頭を振って呟いた。
だが、彼の前に置いてある小さな石製の容器に硬貨が投げ込まれた音を聞いて男は目を開く。
小さな石製の容器には銀貨が一枚入っており、男は訝しげな顔をした。
男がいる場所がルビコの街の北西にある門の外であり、物乞いは街の中で行うのが常識で、街の外では難民が大半で稼げないからだ。
つまり、稼ぐ気もない物乞いに銀貨を投じた人物が気になった男は顔を上げる。
男は銀貨を投じた人物を目の当たりにして、大きく目を見張った。
「き、君はシルルンだよなぁ?」
男は立ち上がって少年に声を掛ける。
「えっ!? なんで知ってるの?」
シルルンは驚いたような顔をした。
「職業は『弓神』で、異名は【紅蓮】だろ?」
男はそう言いながらも、シルルンの肩にのっている二匹のスライムを困惑した表情で見つめている。
「ううん、違うよ。職業は『大魔物使い』で【ダブルスライム】って呼ばれてるんだよ」
「はぁ!?」
男は素っ頓狂な声を上げた。
「ど、どうなってるんだ……」
(いったい、どこで分岐したんだ? どこだ、どこでだ? そもそも、今回は何もしていないはずだ……それなのに結果が変わった? なぜだ? 全く分からん……)
男は俯いて深刻そうな表情を浮かべている。
「……俺はもう諦めたはずだろっ!! だからここで何もせずに物乞いの真似事をしてたんだ!! それなのに嘲笑うかのように分岐しやがった!! だが、どうせこの分岐も詰んでるんだろ!? 俺はいったいどうすりゃいいんだっ!? ちくしょう!! ちくしょう!!」
男は自分に言い聞かしているような論調で話していたが、次第に狂ったように叫びだした。
「うるさいデス!! ダブルビンタデス!!」
プルは二本の触手の先端を巨大な掌に変えて、男の顔を挟むようにぶっ叩いた。
「ぶふぅっ!?」
男は尻餅をついて鼻水を垂らしながら、意外そうな顔でプルを見つめている。
ダブルビンタ。
絵本【ぶちのめしてやる】の三巻までは主人公が魔物と戦う話だが、四巻では主人公の仲間が数匹登場し、ダブルビンタは主人公の仲間であるエルダー レイスの必殺技なのだ。
「……そのスライムはありえないほど強いな」
男は立ち上がって鼻水をすすり上げた。
「君こそプルの攻撃をくらって立てるなんてビックリだよ」
シルルンは目をぱちくりさせている。
プルの攻撃力は六百を超えており、目の前の男はぼろいローブを着ているが、最上級職であることは歪めなかった。
「俺の名前はルプルスだ。俺はこれから起こる未来のことを知っているんだ」
ルプルスは覚悟を決めたような表情を浮かべている。
「ふ~ん、そうなんだ」
シルルンは興味なさげな顔で返した。
「まぁ、信じないだろうな……」
ルプルスは戸惑うこともなく、気にもしていない様子だ。
その理由は彼が『事象再演』を所持しており、最大二年という期間を何度も繰り返しているからだ。
そのため、ルプルスはこれから起こることを事前に説明するというやり方で、重要人物の信頼を得て行動を共にしており、どの情報をシルルンに教えようかと自信に満ちた表情で思考を巡らせていた。
「うん。だって僕ちゃんの職業を間違えたからね」
「なるほど……やっぱり君はシルルンだな」
ルプルスの顔は真剣なものに変わっていた。
「どういうこと?」
「俺が知ってるシルルンはもっと高圧的だったが、鋭い洞察力を持っていたからな。で、俺の能力は予知系じゃないってことだ」
「だから、君は未来を知らないってことじゃん」
「くくっ、さすがに核心を突いてくるな……だが、大まかな流れは知っている」
ルプルスはしたり顔で言った。
「どんな流れなの?」
「あと一年以内に魔王率いる軍勢に攻め込まれて、メローズン王国は滅びることが決まっている」
「えっ!? マジで!? けど、なんとなくそんな気はしてたんだよね……」
「ほう、そんな返しは初めて聞いたな……この話をすると嘘をつくなと言われるからな」
ルプルスは驚いたような顔をした。
「ちなみに、勇者セルドや勇者カリバーン、それに君も魔王に殺されるんだ。場所や日時は分岐によって変わるがな」
「分岐?」
シルルンは訝しげな眼差しをルプルスに向ける。
「未来は一つじゃなく多数存在するんだ。つまり、力を持つ者がどう動くかによって未来は変わる」
「ふ~ん……じゃあ、僕ちゃんがメローズンから逃げたらどうなるの?」
「な、なんだと!?」
ルプルスは雷に打たれたように顔色を変える。
彼は二年という期間を何百回も繰り返しているが、そんな発想を持つ者はいなかったのだ。
「くくっ、面白いな……そんなルートがあってもいいかもしれんな……ただ、俺は君と一緒に逃げたとしても状況は変わらんがな……」
「う~ん、だろうね……」
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
「はぁ? 何で納得したんだ? そこは何でだと聞くところだろ」
ルプルスは困惑したような表情を浮かべている。
「君の『事象再演』が二年のサイクルだからだよ」
「なっ!? 何で俺が『事象再演』を持ってることを知ってるんだ!?」
ルプルスは驚きのあまりに血相を変える。
「理由は教えない。けど、君はその能力が無くなったらいいと思ってるの?」
「あ、当たり前だ!! 俺がどれだけこの能力に苦しんでると思ってるんだ……」
ルプルスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
シルルンは思念で「『事象再演』を奪え」とプニに指示を出し、プニは『擬態』で姿を消して、ルプルスに近づき、『略奪譲渡』で『事象再演』を奪って、シルルンの肩に戻った。
「『事象再演』は怖そうな能力デシから、腕輪につけたデシ!!」
プニは思念でシルルンに伝えた。
「うん、僕ちゃんもそれがいいと思うよ」
シルルンは満足そうにプニの頭を優しく撫でる。
プニはとても嬉しそうだ。
「で、ルプルス。君の『事象再演』は消え去ったよ」
「はぁ!? 何だってぇ!?」
ルプルスはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「まぁ、信じられないと思うから神殿で確認してくるといいよ」
「い、いや、俺は信じる……そもそも、これが嘘だとして君に何のメリットも無いからな……だが、シルルン……しばらく君と行動を共にしてもいいか?」
「あはは、僕ちゃんと一緒にメローズンから逃げるってことかい?」
「くくっ、それも視野に入れているが、このルートがどうなるのか君の傍で見たいと思ってな……」
もうやり直しはできないルプルスは複雑そうな表情を浮かべている。
「まぁ、別に構わないよ。けど、近い将来にメローズンが滅びるなら『瞬間移動』で逃げるけどね」
「なっ!? 『瞬間移動』を持っているのか!?」
ルプルスの顔が驚愕に染まる。
「まぁ、僕ちゃんが持ってるわけじゃないけどね」
「……そうなのか。だが、君のペットが持っているなら問題ない。『瞬間移動』は複数で移動可能だからな」
ようやく周りに目を配るほど落ち着きを取り戻したルプルスが、何気にシルルンの後ろに視線を転ずると、ゼフドたちの姿があり、シルルンに仲間がいることに今頃気づいてルプルスは大きく目を見張った。
そもそも、シルルンが出現する確率は五十パーセントで、出現しない場合は死んでおり、出現する場合は必ず『弓神』で、ゼフドたちのような仲間もいなかったのだ。
「へぇ、詳しいね……けど、メローズンが滅ぶんなら逃げる先を探さないといけないね。さっき、セルドとカリバーンは死ぬって言ってたけど、リリーナとホベラたちも死ぬのかい?」
シルルンは探るような眼差しをルプルスに向けた。
「勇者リリーナも殺されるが、そのホベラとは誰のことだ?」
「えっ!? 知らないんだ……ホベラたちはフワフワした幽体の姿なんだけど、元勇者だったんだよ。僕ちゃんがエンシェントを倒したときに解放されて、今は勇者として活動してるんだよ」
「なっ!? 君はスライムテイマーなのにエンシェントを倒したのか!?」
ルプルスは放心状態に陥った。
彼は『事象再演』という特殊な能力を所持していることから、この世界を正しい方向に導く英雄的存在なのだと思い込んでいた。
だが、分岐したこのルートのシルルンは、どのルートにも出現しなかった底が知れない化け物だった。
つまり、ルプルスが何もしなかったことにより、このシルルンが出現したのだとルプルスには思えたのだ。
そのため、彼はこの世界を正しい方向に導く英雄ではなく、ただのモブだったのだと思い知った瞬間だった。
「うん、まぁね。じゃあ、ホベラたちを知らないなら未来はかなり変わってるんじゃないの?」
「……ホベラたちということは、そのフワフワの勇者は複数いるんだよな?」
ルプルスは期待に満ちた目でシルルンを見つめた。
「うん、五匹いるんだよ」
「それなら勇者が八人もいることになるじゃないか!! 」
「あはは、やっぱり、未来は変わってるようだね」
「あぁ、確実に俺が知る未来とは違うはずだ」
ルプルスの瞳には強い光が宿っていたのだった。
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