190 シャダルの決断
メローズン城の一室に、シャダルを含む重鎮たちが顔を揃えていた。
「此度の召集に首を傾げている者も少なからずいると思うが、ルーミナ将軍から火急の知らせが届き、現在、マジクリーン王国が魔物の軍勢と大規模な戦闘状態にあるとのことだ」
ペプルス将軍(元帥)の言葉に、貴族たちや将軍たちの間に小さなざわめきが生じた。
「今の段階では断定はできないが……おそらくポラリノールのように滅ぶだろうと私は睨んでいる」
深刻そうな表情のラスタール辺境伯の発言に、場がシーンと静まり返った。
彼がこのような発言をしたのは、ルビコの街の周辺一帯が彼の領地だからだ。
つまり、地理的に一番最初に攻め込まれる可能性が高いのだ。
「……だが、此度の戦いには勇者セルドが参戦しているとのことだ」
「それでもマジクリーン王国が滅ぶ可能性が極めて高いと思う。なぜならば、魔物の軍勢の規模は私が調査させた時点で100万を超えており、今も増え続けているからだ」
ペプルス将軍の発言に対して、ラスタール辺境伯が持論を展開し、貴族たちや将軍たちの間に大きなざわめきが起こった。
「それで我が国としてはどうするつもりなのだ?」
まだざわめきが収まらない中、シャリーン公爵が発言して貴族たちや将軍たちの私語が完全に止まった。
彼の領地はユユカの街の周辺一帯にあり、所有する兵力は国内において最大規模を有している。
その理由は他の貴族たちと違い、所有する領地が魔物が支配する領土に隣接していないからだ。
「もちろん、国内の総力を挙げて迎撃予定ですが、公爵殿にはママレーモン王国に赴いて援軍を要請していただきたい。いかがでしょうか?」
ペプルス将軍は神妙な顔でシャリーン公爵に尋ねた。
「うむ、それについては了承した。だが、マジクリーン王国に援軍を派遣しないのか?」
シャリーン公爵は探るような眼差しをペプルス将軍に向けた。
「……もちろん、派遣するつもりですが、辿り着くのは容易ではないでしょうね」
ペプルス将軍は苦虫を噛み潰したような顔をした。
マジクリーン王国に援軍を派遣するには二つのルートがあり、サンポル王国を通過するルートと、滅んだポラリノールを進軍するルートがある。
だが、サンポル王国とは険悪状態で、通過することは不可能であり、滅んだポラリノールを進軍するしかないのだが、言うまでもなく魔物の領地なので辿り着ける保証はない。
「……確かにな。アダック王国はマジクリーン王国に援軍を派遣するのか?」
「えぇ、カスタード王からの書状には援軍を派遣する旨が書かれていましたが、シルルンを派遣してくれとの要望書も送られてきましたがね……」
ペプルス将軍は顔を顰めて苦笑した。
「ほう、確か【ダブルスライム】だったな。良いではないか、こちらはまだ戦端が開いておらんのだからな」
シャリーン公爵は愉快そうに豪快に笑う。
彼がシルルンのことを知っているは、ユユカの街を襲う可能性があったハイ コーコナット クラブを、シルルンたちが屠ったからである。
「……ですが、戻ってこなかったらどうするのですか?」
「な、なんだと!? そんなことが許されるはずがないだろう……彼はこの国の英雄なんだぞ」
そう返したシャリーン公爵の顔には、焦りの色がありありと窺えた。
「……シルルンはこの国の英雄ですが、それは我々が勝手に言っているだけであって、彼が言っている訳ではありませんからね」
「ぐっ……ならば武力にものをいわせて連れ戻せばいいだけの話だろう」
「それこそ無理な話ですよ。私の見立てでは彼の力は勇者級なのですから」
「そ、そんな馬鹿な話が信じられるかっ!!」
シャリーン公爵は険しい表情を浮かべて声を荒げた。
「私の領地の鉱山に、数十万規模のエレメンタル種が暴れていたのをご存知ですかな?」
ラスタール辺境伯が話に割って入る。
「……数十万のエレメンタルだと?」
シャリーン公爵は驚きの声を上げた。
「ヒーリー将軍、ベル将軍、英雄ラーグ、英雄ホフターが鉱山を調査し、勇者案件だと判断を下したエレメンタル種の群れを、シルルンが殲滅したのです」
「ほ、本当なのか……」
ラスタール辺境伯の言葉に、シャリーン公爵は視線をヒーリー将軍、ベル将軍に向けた。
すると、両者は静かに頷いており、シャリーン公爵はガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「まぁ、そういうこともあってだ……俺はシルルンを侯爵待遇で迎えようと思うんだ」
シャダルの言葉に、その場にいる全員の顔が驚愕に染まる。
「ですが領地はどうするのですか!?」
「領主のいない土地はありませんぞ!?」
「まさか我らから領地を没収するおつもりか!?」
領地を所有する貴族たちは難色を示しており、非難の声が殺到した。
「まぁ、そう騒ぐな。シルルンには俺の領地であるトーナの街と南の森を与えようと思っている」
「なっ!?」
貴族たちは驚きのあまりに放心状態に陥った。
国王であるシャダルが直轄地として所有しているのはトーナ城とその周辺、トーナの街とその周辺、そしてトーナの街から南下した森とその周辺の三箇所であり、その内二箇所をシルルンに任せるというのだから貴族たちが驚くのも無理はなかった。
「あとは俺の娘をくれてやる……俺はこの国を守るためならなんでもするつもりだ」
こうして、シルルンを貴族にする案が王であるシャダルから発せられ、シルルンを城に招くための斥候が多数、放たれたのだった。
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