19 センチピード 修
現在、本営が置かれているAポイントには軍幕が多数張られており、その中で一際大きい軍幕の中にロレン将軍の姿があった。
彼は酒をあおり、悲しみに暮れていた。
ロレン将軍にとって、バルレド将軍は唯一の友だったからだ。
そんな中、朗報が届いた。
完全ではないがCルートの制圧が完了したとの知らせだった。
これにより、首都トーナの街が直撃される可能性は〇ではないが、無いに等しくなったと彼は安堵した。
だが、魔物の群れが首都トーナの街まで百四十キロメートルほどの距離まで迫らせていたことに、ロレン将軍はまだ見ぬ大穴の主に戦慄を覚えていた。
現在、ロレン将軍はC2ポイントの穴埋め工事を行わせているが、それが完了すればC3ポイント、C1ポイントと穴埋め工事を行わせる予定である。
幸いにも難民たちが穴埋め作業に協力的で予想以上に人が集まっており、せっかく集まってくれた難民たちを使わない手はないと彼は考えて、平行してC3ポイント、C1ポイントの穴埋め工事を行わせたほうがいいかもしれないとロレン将軍は思案していた。
「どうぞ」
酒を飲みながらロレン将軍が思考を巡らせていると、空になった杯に女が酒を注ぎ入れた。
この女は彼の奴隷だ。
ロレン将軍は結婚しておらず、その代わりに女奴隷が七人もいるが、その容姿に統一性は皆無だった。
顔が綺麗系でスタイル抜群の奴隷。
顔が綺麗系で貧乳の奴隷。
顔が可愛い系でスタイル抜群の奴隷。
顔が可愛い系で貧乳の奴隷。
顔が普通でスタイル抜群の奴隷。
顔が不細工で貧乳の奴隷。
顔が不細工で肥満欺みの気味の奴隷。
彼女らの待遇は良く、むしろ一般人よりも快適に暮らしていたのだ。
しかも、ロレン将軍から女奴隷たちの身体に触れることはほとんどなく、彼女らは夜伽の相手もしたことがなかった。
そのため、女奴隷たちは大事にされていると思っており、いつか七人の内の誰かが選ばれて結婚できると信じているので、彼女らはロレン将軍に身を寄せたり抱きついたりなどして点数を稼ぐ者もいるほどだ。
注がれた酒を一息に飲み干したロレン将軍は故人となったバルレド将軍に思いを馳せる。
人付き合いが苦手だった彼にとって、バルレド将軍は酒を酌み交わせる唯一友だったのだ。
元々はロレン将軍とバルレド将軍は親しい間柄ではなかったが、戦の祝勝会で酒を呑み過ぎたロレン将軍がトイレで用を足していると、バルレド将軍がロレン将軍の隣に並んだ。
ロレン将軍の隣で用を足すバルレド将軍はロレン将軍の顔を見ながら言ったのだ。
「インポみたいな顔をしておるのぉ」
「――っ!?」
(なぜ私がインポだと分かったのだ!?)
ロレン将軍は雷に打たれたように顔色を変える。
「なんじゃ、図星か?」
バルレド将軍はにんまりと笑った。
苦虫を噛み潰したような顔をしたロレン将軍は苦笑する以外になかった。
「儂もじゃ!! がっははははははっ!!」
バルレド将軍は会心の笑みを浮かべている。
「なっ!?」
(バルレド将軍もインポなのか……それにしても、なんて無邪気な顔で笑うんだ……)
ロレン将軍は驚きを禁じ得なかった。
プライドの高い彼は誰にも打ち明けられずに一人で悩んでいたのだが、このことがきっかけでバルレド将軍と酒を酌み交わす間柄になったのだ。
バルレド将軍にキュアポーションや様々な治療法を聞いたロレン将軍はそれらを全て試した。
つまり、彼が結婚していないことも女奴隷たちを購入したことも全てがインポテンツだったからである。
そんな唯一の心の友が逝ったのだ。
彼のインポテンツは治っておらず、ロレン将軍は酒に逃げるしかなかった。
A2ポイントから伸びる洞穴の調査から偵察隊が帰還した。
だが、四本あるルートの中で将軍たちが本命と考えていた唯一下方向に伸びている洞穴が、またもや便所部屋だったのだ。
その便所部屋の規模は大きく、偵察隊百名は全滅し、帰還できたのは斥候だけだった。
残る洞穴は三本で全て上方向に伸びており、その先には三つの部屋が発見された。
その中の二つの部屋には四百匹程度の魔物がいたが、残る一つの部屋には二千匹を超える魔物の姿が確認されたのだ。
これにより、将軍たちは再び軍議に入り、彼らの論点は便所部屋への進軍の可否である。
彼らは便所部屋の制圧は困難だと判断し、二千匹を超える魔物が存在する部屋への進軍を決定した。
将軍らはこの部屋からの魔物の進行を恐れたのだ。それゆえに真っ先に制圧すべきだと判断を下したのである。
将軍たちは部隊を再編成し、ドレドラ将軍が部隊を率いて進軍を開始し、少し時間を空けてヒーリー将軍の部隊が進軍する計画だ。
A2ポイントの防衛には兵士五百名と冒険者たち百名ほどがあたる。
再編成
ドレドラ将軍 兵士九百名 弓兵百名
ヒーリー将軍 兵士千名 弓兵百名 魔法使い五十名、僧侶五十名
予備兵 聖騎士五名(ベル大尉含む) 上級兵士七百五十名、上級弓兵百名、魔法師五十名、司祭五十名
冒険者や傭兵 七百名が進軍に追従
Cルートから兵士千六百名がA2ポイントに進軍中
注、無理矢理、側面図に描いてるので実際の位置とは異なる。
ドレドラ将軍率いる部隊は洞穴を進軍しており、その後方には大量の資材を積んだ馬車が追従している。
彼らが五十キロメートルほど進軍したところで、直径一キロメートルほどの広さの部屋に出た。
魔物の数は報告通りに二千匹を超えていた。
「八百名の兵士たちを用いて部屋の出入り口を半包囲するように布陣させよ」
ドレドラ将軍は側近に指示を出し、側近が即座に包囲陣を形成する。
本陣として兵士百名と共にドレドラ将軍が包囲内中央に布陣し、その後方には弓兵百名が控えている。
「うむ。工作隊は作業を開始せよ!!」
ドレドラ将軍が号令を掛けると、洞穴から工作隊が部屋に突入して包囲内に鉄板を敷き詰めていく。
だが、作業途中の段階で魔物の群れが包囲陣に押し寄せる。
「急がせますか?」
側近は困惑した表情でドレドラ将軍に尋ねた。
「いや、慌てずに作業をさせろ。手抜き作業で地面から魔物に襲われたら意味がないからな」
「はっ」
側近は斥候たちに「焦らず確実に作業しろ」と伝えると、斥候たちは工兵たちに向かって疾走した。
工兵隊は洞穴出入口から鉄板を敷き詰めていき、ドレドラ将軍の傍まで敷き詰めたところで、地面からアースワーム種が姿を現した。
アースワーム種たちは工兵隊に襲い掛かる。
「邪魔をするなっ!!」
工具から剣に持ち替えた工兵たちはアースワーム種たちに斬り掛かる。
「本陣の兵士たちに工兵隊を護衛させろ」
ドレドラ将軍は眉を顰めて側近に命令した。
「はっ」
側近は即座に本陣の兵士百名を工兵隊の護衛にまわしたが、アースワーム種が這い出て来た穴から別の魔物が出現した。
その魔物はレッサー センチピード(ムカデの魔物)だった。
レッサー センチピードは下位種の魔物の中では強い部類に入り、『毒牙』が厄介な魔物だ。
しかし、穴から這い出てきたのはレッサー センチピードだけではなく、通常種のセンチピードも姿を現したのだ。
センチピードの全長は六メートルを超える巨体で、『堅守』と魔法を所持している危険な魔物だ。
センチピードたちはコンフューズドの魔法(混乱の魔法)を唱え、無数の黄色い風が兵士たちの体を突き抜けたことにより兵士たちは混乱した。
「な、何をするんだっ!?」
「お、おい?」
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁ!!」
後ずさる工兵たちに混乱した兵士たちが斬り掛かり、兵士たちに剣で斬られた工兵たちは身体から血飛沫を上げて地面に転がった。
穴からは次々にセンチピード種が出現し、兵士たちや工兵たちに襲い掛かる。
「うわあああああああああああぁぁ!!」
「ぎゃああぁぁああああああああああああぁぁぁ!!」
「や、やめるんだっ!!」
魔物たちの攻撃と同士討ちにより、包囲内は混乱を極める。
さらに敷き詰め途中の鉄板が勢いよく宙に舞い、地中から巨大な魔物が姿を現した。
ハイ アースワームである。
ハイ アースワームの全長は十メートルを超えているが、上位種の中では弱い部類の魔物だ。
ハイ アースワームはドレドラ将軍に目掛けて突進し、側近はハイ アースワームに突撃して鋼の斧を振り下ろした。
斧に胴体を斬られたハイ アースワームは身体から血を噴出させて奇声を上げる。
そんな中、二匹のセンチピードがドレドラ将軍に目掛けて突撃した。
「将軍をお守りしろっ!!」
兵士たちは必死の形相でドレドラ将軍の元に駆ける。
センチピードは凶悪な牙を剥き出しにしてドレドラ将軍に襲い掛かり、もう片方のセンチピードがコンフューズドの魔法を唱える。
センチピードの牙を躱したドレドラ将軍は、ミスリルアックスでセンチピードの胴体を斬り裂いてから地面を転がって黄色い風を回避した。
ドレドラ将軍の傍に駆けつけた兵士たちが、ドレドラ将軍を囲んでセンチピードたちと対峙する。
しかし、ドレドラ将軍の背後から混乱した兵士がドレドラ将軍の背中を剣で貫いた。
「ぐぁあぁっ!?」
ドレドラ将軍は苦痛に顔を歪めて呻き声を上げた。
「貴様っ!! 何をするかっ!!」
側近は怒りの形相で叫んだ。彼はドレドラ将軍の傍に向かおうとしたが、ハイ アースワームが側近に襲い掛かる。
ドレドラ将軍は左手の裏拳で混乱した兵士の顔面を殴り、混乱した兵士は吹き飛んで地面を転がって昏倒した。
背中に突き刺さった剣を抜いたドレドラ将軍は剣を投げ捨てる。
「がはっ!!」
ドレドラ将軍は口から大量の血を吐いて地面に片膝をついた。
側近はハイ アースワームと戦闘中で、駆けつけた兵士たちはセンチピード種の群れに噛み殺されており、二匹のセンチピードがドレドラ将軍に襲い掛かる。
「ぬうううううっ!!!」
ドレドラ将軍は力を振り絞って立ち上がると傷から血が噴出したが、構わずに彼はミスリルアックスを握り締めてセンチピードたちに向かって猛然と突撃した。
「うおおおおおおおおっ!!!」
ドレドラ将軍は片方のセンチピードに目掛けて斧を振り下ろし、渾身の一撃がセンチピードを真っ二つに斬り裂いた。
たが、もう片方のセンチピードの牙がドレドラ将軍の首元に食らいついた。
「ドレドラ将軍っ!?」
表情を強張らせた側近はハイ アースワームとの戦闘を投げ出して、ドレドラ将軍の元へと全力で駆けた。
「がぁあああああああああぁぁぁ!!!!」
決死の形相で咆哮したドレドラ将軍は、首に食いついたセンチピードの頭部に最後の力を振り絞って斧の一撃を繰り出して、センチピードの頭が宙に舞う。
しかし、それと同時にドレドラ将軍の首も宙に飛び、ドレドラ将軍は胴体から大量の血が噴出して立ったまま憤死したのだった。
「そんな馬鹿なぁ!? 畜生っ!!!」
激昂した側近は頭部を失っても動いているセンチピードに突撃した。
「消え失せろっ!!!」
側近は鋼の斧の連撃をセンチピードに叩き込んで、センチピードはバラバラに斬り裂かれて絶命したが、ハイ アースワームが側近の背後から襲い掛かり、ハイ アースワームは身体を振り回して側近に打ちつけた。
不意打ちをまともに受けた側近は弾け飛んで地面を転がり、頭が真っ白になった彼は一瞬意識が飛んだ。
「うがぁあああぁぁ!!」
だが、憤怒の形相で立ち上がった側近はハイ アースワームに目掛けて突撃し、斧の連撃を繰り出してハイ アースワームの体は三つに分断された。
それでもハイ アースワームは生きていた。
ハイ アースワームには七つの心臓があるからだ。
肩で激しく息をしている側近はハイ アースワームを殺したと思って完全に油断しており、頭があるハイ アースワームが側近の脚に噛みついた。
「こ、この化け物がっ!!」
側近は斧でハイ アースワームの頭を斬り裂いて、ハイ アースワームは血を撒き散らして動かなくなった。
しかし、ハイ アースワームの胴体が身体をゴムのようにしならせて側近に体当たりを繰り出した。
体当たりをまともに体に受けた側近は派手に地面を転がって完全に意識を消失した。
そこにレッサー センチピードの群れが側近に襲い掛かり、側近は絶叫する間もなく全身を食い千切られて絶命したのだった。
この時点で本陣の兵士たちと工兵隊は全滅している。
「ぎゃああああああああああああぁぁ!!」
「なんで背後に魔物がいるんだよ!!」
「ほ、本陣は!? 将軍はどこにいった!!」
「うぁあああああああああぁぁぁ!!」
包囲陣を形成している兵士たちは前方からの魔物の群れと、包囲内から出現した魔物の群れに挟撃されて混乱状態に陥っていた。
弓兵百名は洞穴の出入口前まで後退して矢を放って攻撃しているが、包囲陣の壊滅は時間の問題だった。
そこにヒーリー将軍率いる部隊が到着した。
「一体、何が起こっているんだ……すぐに包囲陣を修復させろ」
困惑したヒーリー将軍は側近に指示を出した。
即座に側近は兵士たちを包囲陣に突撃させたのだった。
ヒーリー将軍は本陣として兵士百名を率いて包囲内の中央に進むと、地面にドレドラ将軍の首が転がっていた。
「ド、ドレドラ将軍!?」
ヒーリー将軍は放心状態に陥った。
「将軍っ!! 包囲内に多数のセンチピード種がいます!!」
緊急を告げる側近の言葉に、ヒーリー将軍は我に返った。
「まずはドレドラ将軍の亡骸を洞穴に移動させろ!!」
側近は兵士たちに命令して、ドレドラ将軍の遺体を洞穴に運ばせた。
「センチピード種を殲滅する!! 私に続けっ!!」
ヒーリー将軍は本陣を率いてセンチピード種の群れを倒していき、包囲内のセンチピード種は殲滅された。
やがて後続が到着し、包囲内に鉄板を敷き詰めて穴も塞がれた。
この戦いで包囲陣を敷いていた兵士たちの半数が死亡し、兵士五百名と工兵百名が戦死したのだった。
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ハイ アースワーム レベル1 全長約10メートル
HP 800~
MP 20
攻撃力 150
守備力 150
素早さ 100~
魔法 無し
能力 巻きつき HP回復
レッサーセンチピード レベル1 全長約2メートル
HP 200~
MP 5
攻撃力 80
守備力 70
素早さ 50
魔法 無し
能力 毒牙
センチピード レベル1 全長約6メートル
HP 700~
MP 100
攻撃力 250
守備力 200
素早さ 130
魔法 コンフューズド
能力 毒牙 堅守
レッサーセンチピードの殻 1000円
センチピードの殻 2000円
 




