189 ギャンの動向①
薄暗い部屋の壁には、ずらりと全裸の男たちが並んでいた。
彼らは手首を鎖で縛られて天井から吊るされており、その顔には生気がなかった。
それもそのはずで、壁に並ぶ男たちの体は酷い傷がいたるところにあり、地面には切り落とされた腕や脚が転がっていた。
彼らの体調が万全なら鎖を引き千切ることも可能だが、彼らは薬で体が痺れていた。
「ぐふふふ、素直に仲間にならんからこんな目に合うんだ……」
巨漢の男は勢いよく巨大な鋏を目の前の男の脚に突き刺した。
「ぐがぁああぁ!! だから最初から仲間になると言ってるじゃないかっ!?」
男はうんざりした表情で訴えた。
「あぁん? 何のことかさっぱり分からんなぁ……」
巨漢の男は馬鹿にしたようにニタニタと笑いながら視線を隣の男に移した。
「……貴様は美形だな」
巨漢の男は巨大な鋏を男のイチモツの前でピタリと止めた。
「や、やめてくれっ!?」
「ぐふふふっ、貴様は美形だから玉は残しておいてやる」
「ま、待ってくれっ!? 玉だけ残されても意味はないじゃないかっ!!」
男は必死の形相で訴えたが巨漢の男は獰猛な笑みを浮かべており、巨大な鋏で男のイチモツを切り落とし、イチモツは地面に転がった。
「ぎぁぁああああああぁぁあああああああぁぁぁ!!」
男の絶叫が地下室に響き渡る。
「ぐふふふ、いい鳴き声だ……」
巨漢の男は満足げな笑みを浮かべながら視線を隣の男に移した。
「貴様の容姿は普通と言ったところか……」
巨漢の男は巨大な鋏を男の陰嚢の前でピタリと止めた。
「……なら、玉はいらんだろう」
「ひぃいいいぃ!? や、やめてくれっ!!」
男は泣きじゃくりながら哀願した。
「あぁあぁぁああ……ぁああああぁぁああああぁぁぁ……も、もう殺してくれよう……い、生きていても意味がない……」
イチモツを切られた男が呻き声を上げながら呟いている。
その瞬間、イチモツを切られた男の首が宙を舞い、胴体から大量の血が噴出して切られた首が巨漢の男の足元に転がった。
「な、なんだ貴様は!? 勝手なことをしやがって!?」
巨漢の男は、男の首を刎ねた黒ずくめの男を睨みつけた。
「……ここには見るべき人材がおらぬようだな」
黒ずくめの男は意に返さずといった感じで壁に並ぶ男たちを一瞥した後、巨漢の男に背を向けた。
「な、舐めやがって!! だいたい貴様はなんでここにいるんだっ!!」
巨漢の男は巨大な鋏を大きく開き、黒ずくめの男に襲い掛かった。
だが、黒ずくめの男は振り向きもせずに左手でバックブローを放ち、左手の甲が巨大な鋏を破壊しながら巨漢の男の顔面にぶち当たり、巨漢の男は顔面が崩壊して地面に尻餅をついた。
「ぶべぇ!! き、貴様っ!! 俺は【鬼畜王】の幹部なんだぞ!! こんなことをしてただで済むと思うなよ……」
「鬼畜王? 知らんな……」
黒ずくめの男は失笑し、地面に尻餅をついたまま後ずさる巨漢の男に歩み寄り、巨漢の男の頭を踏み潰した。
頭が砕け散った巨漢の男の胴体からは大量の血が噴出している。
「……アニメイテッド」
黒ずくめの男は冷酷な笑みを浮かべており、アニメイテッドの魔法を唱えて、巨漢の男の体が黒い瘴気に包まれた。
巨漢の男の体は膨張と収縮を繰り返して変形し、頭が再生して6本脚の豚のような魔物になった。
「キシャァアアアァアアアァァァ!!」
豚のような魔物は咆哮して、壁に並ぶ男たちの一人に食いついた。
「ぎぁああああああぁぁああああああぁぁぁ!!」
「な、何なんだこの豚はっ!?」
「ひぃいいいいいぃ!? た、助けてくれっ!?」
「うぎぁああぁああああぁあああああぁぁぁ!!」
豚のような魔物は男たちに襲い掛かり、次々に食い散らかしていく。
男たちの絶叫を背中に浴びながら、黒ずくめの男は平然と牢屋から出て通路を歩いていく。
通路の壁には松明の火が灯っているが、火が灯っている松明から次の松明までの距離が離れすぎて薄暗い。
黒ずくめの男は通路の突き当たりに下に繋がる階段を発見し、階段を下りていく。
通路に出ると壁に松明の火が灯っており、上の階とは違って通路は明るく、黒ずくめの男は通路を歩いていく。
すると、通路の奥には鉄格子の牢屋があった。
中には全裸の女たちが壁に沿ってずらりと並んでおり、手首を鎖で縛られて天井から吊るされていた。
黒ずくめの男が牢屋の中に入ると、裸の女が斧を振り回して壁に並ぶ女たちを斬りつけていた。
上の階の男たちと同様に女たちの体は傷だらけで、目は虚ろだった。
「なっ!? あんた誰よ!?」
裸の女は驚きのあまりに血相を変える。
だが、黒ずくめの男は全く意に返しておらず、壁に並ぶ女たちに視線を向けた。
すると、女たちの中に右脚を切り落とされているにも拘らず、鋭い眼光を放つ女がいた。
「ほう……」
黒ずくめの男は感嘆の声を漏らした。
「な、何無視してんだよっ!!」
裸の女はずかずかと黒ずくめの男に近寄るが、黒ずくめの男は鋭い眼光を放つ女の方に歩いていき、女の顎を指で持ち上げた。
「いい女だ……俺と来ぬか?」
黒ずくめの男は女の目を見つめながら言った。
「は、はい……」
女は素直に頷いて、恥ずかしそうに頬を朱に染めた。
「名は何と言う?」
黒ずくめの男は女の手首を縛っている鎖を指で容易く引き千切り、女の両腕はだらりと垂れ下がった。
「バ、バイスと言います……」
バイスは黒ずくめの男を見つめて恍惚な表情を浮かべている。
「おいおいおいっ!! 何二人の世界に浸ってんだよっ!!」
怒りに顔を歪めた裸の女が二人に詰め寄った。
「ギャン様、拠点の制圧が完了いたしました」
音も立てずに牢屋に入ってきた女が言った。
「ケイラか……バイスを治療しろ」
「分かりました」
ケイラは腰につけている鞄からハイ ポーションとキュアポーションを取り出して、キュアポーションをバイスに飲まし、ハイ ポーションを手渡した。
「ま、魔族!?」
ケイラの背中に生える翼を目の当たりにしたバイスと裸の女は、雷に打たれたように顔色を変える。
裸の女は後ずさってケイラから離れるが、バイスはしゃがみ込んで自身の脚を拾って引っつけて、繋ぎ目にハイ ポーションをかけると脚は繋がった。
「キシャァアアアアァァアアアアアァァァ!!!」
豚のような魔物が涎を大量に垂らしながら、牢屋の中に入ってきた。
「な、なんだこの豚は!?」
裸の女の顔が驚愕に染まる。
豚のような魔物は大きく口をあけて裸の女に襲い掛かった。
裸の女は斧を振り下ろし、斧が豚のような魔物の頭に直撃するが、豚のような魔物は裸の女の両腕を食い千切った。
「ぎぁあああぁぁ!? わ、私の腕がぁ!?」
裸の女は激痛に顔を歪めて叫び声を上げた。
豚のような魔物は裸の女に飛び掛り、押し倒して胸に食らいついた。
「あぎゃぁああああぁぁ!? く、食うなっ!! 食わないでぇ!!」
裸の女は必死の形相で食い千切られた両腕で豚のような魔物を押し返そうとしている。
だが、豚のような魔物は裸の女の腹に食いつき、内臓を引きずり出された裸の女は口から大量の血を撒き散らして動かなくなった。
豚のような魔物は裸の女を食い散らかしており、バイスはその光景に息を呑んだ。
しかし、ギャンは何事もなかったかのように平然と牢屋から出ていった。
「この程度のことで何を動揺しているのです」
ケイラはそう言うと、すぐにギャンを追いかける。
バイスは戸惑うような表情を浮かべており、視線を壁に並ぶ女たちに向けた後、苦虫を噛み潰したような顔をしてギャンの後を追いかけた。
彼女が牢屋から出てすぐに、女たちの絶叫が木霊したのだった。
ある部屋の一室で、煌びやかな椅子に脚を組んで腰掛ける黒ずくめな男の姿があった。
ギャンである。
その傍らにはゾフィとバイスが立っていた。
「――ですので、これ以上勢力を拡大すると【鬼畜王】が絡んできます」
ギャンの前で跪いているケイラが言った。
彼女は、ゾフィのようにギャンに名を与えられて、ハイ サキュバスに進化した個体で、現在、ゾフィに次ぐ実力者だ。
「鬼畜王? どこかで聞いた名だな……」
椅子に頬杖をついたギャンが顔を顰めた。
ゾフィはにこやかに空になった煌びやかな杯に酒を注ぐ。
「【鬼畜王】とは所謂、暗殺者集団の組織名で、奴らは地下に潜っているのでその実態は詳しく分かりませんが……」
ギャンの前で跪いているロントが答えた。
彼は人族で、ロント山賊団の頭領だ。
ギャンたちはキンチョル王国に渡ってすぐに、手当たり次第に山賊団を潰して回った。
ゾフィは潰した勢力を取り込んで、勢力を拡大させていったが、ギャンはそんなものには興味はなく、強者を求めていた。
そのため、彼は拠点に攻め込んでも拠点の制圧はゾフィに任せており、自身は単独で強者を探していた。
ゾフィは急速に勢力を拡大させて、キンチョル王国で裏の三大勢力のひとつに数えられる、ロント山賊団を潰して吸収したのだ。
だが、ギャンたちは攻め取った全ての勢力を統合して、ロント山賊団を名乗っていた。
「ふっ、暗殺者集団……笑わせるわね」
ゾフィは鼻で笑い、煌びやかな杯をギャンに手渡した。
「サンガットとネーラーが膠着状態なのは【鬼畜王】が動いているからでしょう。奴らは金で動くので」
ロントが言うサンガットとは西側を縄張りにしている山賊団のことで、ネーラー山賊団は東を縄張りにしており、ロント山賊団は北が縄張りだが、三大勢力の中で一番縄張りが少なかった。
「要するに、幹部たちを【鬼畜王】が狙ってくるのなら、護衛をつければいいだけのことでしょう」
「そ、それはそうですが……」
ゾフィの言葉にロントは言葉を詰まらせた。
「くくっ、面白そうだな……それなら俺のデーモンたちを貸してやろう」
ギャンが煌びやかな杯に注がれた酒を一気にあおると、ギャンの影の中から10匹のデーモンが姿を現した。
「デ、デーモンも使役していたのですか……」
ロントは大きく目を見張って息を呑んだ。
「お前が重要と思う幹部に振り分けるといい。ロント、お前には俺がついてやろう」
「そ、そんなっ!? ギャン様が自ら動くほどのことではありませんっ!!」
ゾフィは切実な表情で訴えた。
「くくっ、ロントの元にはかなりの腕の者が来るのではないか? 俺はそいつと戦い、使える奴なら配下にするまでのことよ」
「そ、それなら、その時は私もお傍に置いてください」
ゾフィは縋るような表情で訴えた。
「くくっ、好きにしろ……」
その言葉にゾフィは、表情がぱーっと明るくなって満足げに頷いたのだった。
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