177 シルルンの部屋
「うぁああああああぁぁあああああああぁぁぁ!!」
ヒーリー将軍の絶叫が響き渡る。
凄まじい速さで雲を突き抜けながら空を翔るブラックが急降下したからだ。
ブラックは速度を落とさずに拠点の出入口前に飛来し、周辺が爆発して土煙に包まれたが、構わずに拠点の中に入ってシルルンの個室に入る。
「じゃあ、ここでしばらく休んでるといいよ」
シルルンは『念力』でヒーリー将軍を移動させて椅子に座らせた。
「あぁ……」
そう答えたヒーリー将軍は、そのままテーブルに突っ伏した。
シルルンは地面に寝転がり、魔法の袋からお菓子と酒を取り出して食べ初めて、いつものように寛いでいる。
しばらくするとヒーリー将軍は我に返って辺りを見渡した。
「なんだこの広すぎる部屋は……?」
ヒーリー将軍は部屋の出入口に視線を向ける。
部屋の出入口は見上げるほど巨大で天井と繋がっており、天井から垂れ下がる布のような素材で塞がれていた。
ヒーリー将軍が隣に視線を移すと、脚を組んだブラックが椅子に腰掛けて酒を飲んでおり、彼女は大きく目を見張って驚きを禁じ得なかった。
はっと我に返った彼女が辺りを見回すと、他にあるのはベットと樽だけで、テーブルの横には巨大な穴があいていた。
「――えっ!?」
ヒーリー将軍は驚きのあまりに血相を変える。
大穴の周りには茸が大量に積まれているが、その茸を巨大なモフモフがムシャムシャと食べていることに今頃気づいたからである。
クイーン ビーだ。
ヒーリー将軍はクイーン ビーをしばらく眺めていると、大穴の中からアメーバの群れが出現して体の中から大量の茸を出して去っていった。
「……なぜアメーバが茸を持ってくるのだ?」
ヒーリー将軍は怪訝な表情を浮かべている。
すると、部屋の出入口から2匹の巨大なモフモフが入ってきた。
キング ビーとフロスト ホーネットである。
彼らはクイーン ビーの元まで移動して前脚の爪で茸を掴んで食べだした。
「しかし、人族の技術は凄いですね」
「そうですな……しかし、我には何をしているのかあまり分かりませんな……」
彼らは雑用の女たちの仕事を空中から観察していたのだ。
「あ、あなた……わ、私はここで卵を産んじゃったのよ……い、いいのかしら……?」
クイーン ビーは戸惑うような表情を浮かべている。
「な、何ぃ!? もう産んだのかっ!?」
キング ビーは嬉しそうな顔をしたが、一転して顔を顰める。
彼はシルルンの拠点に来てから何の仕事もしておらず、数だけ増えるのは不味いかもしれないと思ったからだ。
だが、キング ビーは意を決したような表情を浮かべてシルルンの元に歩いていく。
「わ、我が王よ……ここで我らも卵を育ててもいいのでしょうか?」
キング ビーは恐る恐るといった感じでシルルンに尋ねた。
「「えっ!?」」
シルルンとヒーリー将軍は驚きのあまりに血相を変える。
シルルンは嬉しそうにムクリと起き上がり、ヒーリー将軍が驚いたのはキング ビーがシルルンに言った言葉が人族語だったからだ。
「あはは、もちろん育てていいよ」
シルルンは満面の笑みを浮かべながらクイーン ビーの元まで歩いていく。
「に、200個ぐらい産んだのですが全て育てていいのでしょうか?」
クイーン ビーは心配そうにシルルンに尋ねる。
「あはは、最初に言っとけば良かったね。いくらでも産んで育てたらいいよ」
「あ、ありがとうございます!!」
クイーン ビーは瞳を輝かせた。
「で、卵が孵化したら魔物の死体がいるよね? 数は1日どのくらいあれば足りるのかな?」
「わ、我が王よっ!! そ、それは我が狩ってきますので心配いりませんっ!!」
「いや、子供たちが育ったら任せるけど、君だけじゃ上層から下りてくる魔物は手強いから無理だと思うよ」
「うぅ……」
キング ビーは情けない顔になる。
「あの……私はこの茸で育てたいんですけどダメでしょうか?」
「えっ!? それは全く構わないけど魔物は食べないの?」
「この茸は特別なような気がするんです。卵もこんなに早く産まれるとは思っていませんでしたし……」
「へぇ、そうなんだ。まぁ、茸はいくらでもあるからやってみたらいいよ」
「ありがとうございます」
クイーン ビーは屈託のない笑みを浮かべた。
彼女は強い子供たちが生まれそうだと確信めいた予感を感じていた。
虫の世界での蜂は基本的に全て雌であり、女王と一般の蜂は遺伝子的には同じなのに姿が違うのだ。
これは女王のみがローヤルゼリーを食い続けているからそうなるのである。
つまり、食い物で姿形は実際に変わるのだ。
「まぁ、ここで卵を育てたらペットたちが暴れてうっかり割っちゃうかもしれないから部屋を用意するよ」
シルルンは思念でグレイたちを呼ぶと、すぐにグレイたちはシルルンの部屋に来た。
グレイたちを引き連れたシルルンは部屋の角まで歩いていって、左右の壁を『念力』で破壊して大穴があいた。
「高さは天井まで繋げて縦横は50メートルくらいの部屋を2つ作って欲しいんだよ」
シルルンは思念でグレイたちに指示を出すと、グレイたちは頷いた。
彼らは拠点から外に出て、土を石に変えて大量の石を宙に浮かべながら拠点の中に戻り、一瞬で2つの部屋を作成したのだった。
シルルンはグレイたちの頭を撫でて、魔法の袋から大量の鉄を地面に置いた。
グレイたちは嬉しそうに鉄を体内に取り込んで部屋から出て行ったのだった。
シルルンは部屋の中に入って中を観察してからクイーン ビーの元に歩いていく。
「部屋ができたから移動していいよ」
「えっ!? もうできたのですか?」
クイーン ビーは驚きの表情を見せた。
「君たちは左の部屋だよ」
頷いたクイーン ビーは左の部屋へと歩いていき、キング ビーも後を追いかける。
キング ビーはすぐに部屋から出てきて大穴の傍にある大量の卵を抱えて部屋に入り、それを何度も繰り返している。
「君の部屋は右だよ」
シルルンは視線をフロスト ホーネットに向けて言った。
「はっ、ありがとうございます」
フロスト ホーネットは右の部屋に歩いていき、中に入って血相を変えた。
用意された部屋は大雑把な作りだと彼は思っていたが、石で作られた綺麗な部屋だったからだ。
彼はこれを作ったのは先ほど部屋に来たゴーレム種たちだろうと推測しており、自分がどの分野で役に立てるか思考を巡らせていた。
「なぁ、シルルン……なんでもいいから服を用意してもらえないだろうか?」
ヒーリー将軍は寝転がって酒を飲んでいるシルルンに視線を向ける。
「えっ!? あはは、忘れてたよ。何かもらってくるよ」
ムクリと起き上がったシルルンは部屋から出て行った。
ヒーリー将軍はそんなシルルンを見送った後に訝しげな表情を浮かべていた。
彼女は自分の裸を見ても何の反応も示さないシルルンに女としての自信を喪失していた。
だが、それと同時に自分を見るシルルンの目には邪な色が皆無であることが彼女には疑問だったのだ。
「あなたは人族なのになぜ裸なのですか?」
唐突に話し掛けられたヒーリー将軍は声のほうに顔を向けると、そこにはフロスト ホーネットの姿があった。
「驚いたな、君も人族語を話せるのか。私の名はヒーリーという。君はイモムシの魔物なのか?」
「いえ、皆は私のことをイモムシと言いますが私は雀蜂族のフロスト ホーネットです」
「なっ!? 君は蜂の魔物なのか!? ……それは悪いことを言ったな許してくれ」
「いえ、慣れているので構いません」
「……それで私が裸なのが君の疑問だったな。私は戦に敗れて身ぐるみを剥がされたのだ」
「なるほど……人族の戦いは負けると装備品を奪われるのですね」
「いや、確実にそうなる訳ではない。私は女で将軍だったからというのが大きいだろうな」
「女で将軍……?」
フロスト ホーネットは訝しげな顔をした。
「そうだな……女というのは君たちでいうところのメスのことで、将軍というのは特別な指揮官ということだ」
「なるほど、ではヒーリー殿は高い地位の方なのですね?」
「まぁ、そういうことになる。君はシルルンのペットになって長いのか?」
「いえ、ここでは新参者です。私はエレメンタル種に敗れてマスターを頼ったのです」
「なっ!? そうだったのか……シルルンは中層のほとんどがエレメンタル種の縄張りになっていると言っていたがホーネット種も敗れたのか……」
「いえ、全滅したのは私が所属していた分隊のほうです」
「ほう、意外だな……魔物も群れを分けたりするんだな」
「特殊な事情があってそうなっただけなので極めて稀なことですね」
「ほう……だが本隊が健在なら心配ではないのか?」
「いえ、本隊は逆に攻勢に出ているかもしれません……そのあたりの話はマスターに聞いてもらえれば早いかと」
「ホーネット種はそんなにも強いのか……」
ヒーリー将軍は軽く目を見張る。
「これでいいかな? 全身を覆えるのはこんなのしかなかったんだよ」
部屋に戻ってきたシルルンが服をヒーリー将軍に手渡した。
「羊毛のローブか……ありがたい……充分だ」
ヒーリー将軍は立ち上がってローブを着ながら言った。
「あはは、その羊毛のローブは僕ちゃんとこで作ってるんだよ」
そう言ってシルルンは寝転がって酒を飲み始める。
「ほう、器用な者がいるんだな……それより中層にいるホーネット種は強いと聞いたがどれほどなんだ?」
ローブを着たヒーリー将軍はシルルンの元に歩いていき、寝転がってシルルンの顔をマジマジと見つめた。
「まぁ、エンシェントがいるからこの鉱山の魔物たちの中で一番強いと思うよ」
「エンシェントとは何なんだ?」
ヒーリー将軍は訝しげな眼差しをシルルンに向ける。
「人族で例えるなら勇者だね」
「なっ!?」
ヒーリー将軍は雷に打たれたように顔色を変える。
「私は本隊の拠点に行ったことがないのでエンシェントに会ったことがないんですよ」
フロスト ホーネットがシルルンの傍に歩いてきて寝転がる。
彼は話をするときは寝転がるのだと勘違いしていた。
「ホーネット種は隣のエリアに縄張りがあるから攻めてきたら戦わないといけないんだよね」
「ですが、先にエレメンタル種が攻め込んでくる可能性のほうが高いのではないですか?」
「いや、隣のエリアは火の海だったけどホーネット種の縄張りだけは無事だったよ。つまり、ホーネット種はエレメンタル種を撃退したんだよ」
「おそらく、カース ホーネットの部隊が動いたんだと思います」
フロスト ホーネットは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「へぇ、そんなのがいるんだ……たぶん、スパイダー種で言うところのデス スパイダーみたいな個体なんだろうね」
「デス スパイダー……ということはスパイダー種にもエンシェントがいるんですね?」
「うん、正解」
その言葉にヒーリー将軍は目を見張った。
「……スパイダー種の縄張りは上層にあるんでしょうか?」
「ううん、上層にはいないんだよ……ていうか、鉱山しか知らないんだったね君は……」
「どういうことでしょうか?」
フロスト ホーネットは怪訝な顔をした。
「その前に君に名前をつけるのを忘れてたよ。フロー、フロロ、アイスのどれがいい?」
「名前をもらえるのですか!? その中ですとフローがいいですね」
フロスト ホーネットは嬉しそうに答えた。
「じゃあ、君はフローだよ」
シルルンはフローの頭を優しく撫でた。
フローはとても嬉しそうだ。
「で、フローは知らないと思うけど縄張りはもっとたくさんあるんだよ」
「えっ!?」
フローは驚きのあまりに血相を変える。
シルルンは魔法の袋から羊皮紙とペンを取り出して大雑把な地図を描いた。
「僕ちゃんたちがいるのはここなんだよね」
シルルンは羊皮紙に描かれた大きい四角の中にある、左上の○を指差した。
「――っ!?」
フローは面食らったような顔をした。
「で、この大きい四角は人族の縄張りでメローズン王国って言うんだよ」
「ちょっと待って下さい……この○の中に下層、中層、上層があるということでしょうか?」
フローは探るような眼差しをシルルンに向ける。
「うん、そうだよ。で、ここに森があるんだけどその地下にスパイダー種がいるんだよ」
シルルンは羊皮紙に描かれた大きい四角の中にある、真ん中の下のほうの○を指差した。
「……なるほど、すごく遠いですね。この絵の比率は正確なのでしょうか?」
フローは真剣な硬い表情でシルルンに尋ねた。
「うん、だいたいそんなものだよ……ていうか、前から思ってたけどフローはやっぱり賢いね……本とかで勉強とかしてないのにその思考は驚異的だと思うよ」
シルルンは『魔物解析』でフローを探る。
彼は詳細項目を視ていくと年齢の項目で目が留まった。
そこには1歳と表記されており、やはりフローはレア個体だと彼は確信したのだった。
「そ、そうなのでしょうか?」
フローは戸惑うような表情を浮かべている。
「まぁ、今は忙しい状況だから落ち着いたらいろいろ教えるよ」
「はい、よろしくお願いします」
フローは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「……で、シルルンに聞きたいのだが、森の魔物の討伐はどうなったんだ?」
「あぁ、そんなのとっくに終わってるよ」
「さすがロレン将軍といったところか……」
だが、ヒーリー将軍は訝しげな表情を浮かべていた。
同時期に事にあたったはずなのに、シルルンは森の討伐を片付けて、鉱山に来ているので彼女は早すぎるのではないかと違和感を覚えていた。
「ん? まぁね……」
「なんだ……何か含みがありそうな顔だな?」
「いや、ロレン将軍に聞いたらいいと思うよ」
(どうせ言っても信じないだろうし……)
シルルンは酒を一気にあおると、フローが興味津々そうな顔で見ていた。
「そ、そうか」
ヒーリー将軍は複雑そうな表情を浮かべており、それ以上何も言わなかった。
「飲んでみるかい?」
シルルンの言葉にフローは瞳を輝かせた。
フローが口を大きく開いたので、シルルンは魔法の袋から新しい酒を取り出して、フローの口に全部流し込んだ。
すると、フローは目を白黒させて、ポテっと倒れた。
「あはは、フローは弱いね」
シルルンはふぁと欠伸をして眠りについたのだった。
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