175 軍対ビャクス山賊団② 修
中層に到着したヒーリー将軍は、ベル将軍が陣を築いた場所まで進軍して布陣した。
彼女は本営として自身が指揮する兵を500と定め、残りの兵を全て1部隊100名に編成した。
「私はあえて西門を攻撃しようと思います」
ベル将軍は真剣な硬い表情で言った。
「ほう、なるほど……確かに一番近い南門に戦略級の使い手がいる可能性は高いかもな」
ヒーリー将軍の言葉にベル将軍は頷いて部隊を率いて出撃した。
「じゃあ、俺たちも西門だね」
ラーグは隊を率いて移動を開始した。
「まぁ、当然だな……今回はエレメンタルが相手で俺の出番はなさそうだったが相手が山賊なら話は別だ」
ホフターは隊を率いてラーグ隊を追いかける。
「ふふっ、それは頼もしいな」
各部隊は100メートル以上の距離をとって進軍しており、南門への攻撃が開始される。
門を攻撃するのは1部隊だけで、ある程度攻撃すると後退して別の部隊が再び門を攻撃するのだ。
「うふふ、懲りないわねぇ……」
南門の防壁の上から指揮を執るウェーサは、意地の悪い微笑みを口元に浮かべる。
「……全くだ」
パロズンは呆れ顔だ。
「でもなんで兵数が少ないのかしら……」
「俺の『流星石』を警戒してるんだろうな」
「流星石?」
ウェーサは怪訝な眼差しをパロズンに向けた。
「前に軍が攻めてきたときに本営を『流星石』で壊滅させたからな」
「あなた戦略級の能力を持ってるの!?」
ウェーサは驚きのあまりに血相を変える。
「まぁな……だがさすがに日に2回しか使えん。奴らは回数制限があると踏んだんだろうな」
「なるほどね……それで100人ほどの部隊がチョロチョロしてるのね」
だが、ウェーサは門を攻撃する部隊を見つめて眉を顰めた。
「ウェーサ様っ!! 西門と東門にも軍が現れて門を攻撃しています!!」
ウェーサの元に駆けつけた手下が血相を変えて声を張り上げた。
「でしょうね……私は西に行くからあなたは東よ」
ウェーサは視線を側近に向けて言った。
側近は頷いて東の門に向かって歩き出す。
「ウェーサ様っ!! 北門に軍が現れました!!」
北側から駆けつけた手下が声を張り上げた。
「――っ!? やっぱり、そうくるわよね……」
ウェーサは視線をドMに向ける。
「はっ、直ちに北門に向かいます」
その言葉に鉄鞭を握り締めていたウェーサは意外なそうな顔をした。
「……じゃあ、頼んだわよ」
頷いたドMは北門へと歩き出し、ウェーサは西門へと歩いていった。
一方、西門ではベル将軍率いる部隊が門に猛攻撃を仕掛けていた。
ベル将軍の部隊には聖騎士が5名おり、彼女は西門に強い戦力を集中させていた。
「よし、いったん後退して回復する!!」
ベル将軍は自らも門の攻撃に加わっており、号令を発して部隊は後退する。
ベル将軍率いる部隊が完全に後退すると次に門に攻撃を仕掛けたのはラーグ隊とホフター隊だった。
「凄まじいな……」
ベル将軍はラーグ隊とホフター隊の猛攻を目の当たりにして思わず呟いた。
ラーグ隊の大魔導師たちが一斉にファイヤの魔法を唱えて、防壁の上は灼熱の炎が渦巻いており、防壁からの攻撃は止まり、ホフター隊のハイ ウルフたちが一斉にウインドの魔法を唱え、門は陥落した。
「お前たちはラーグ隊とホフター隊に加勢しろ。私たちはラーグ隊とホフター隊が中に入ってから追いかける」
ベル将軍は5名の聖騎士に命令を出した。
「はっ」
5名の聖騎士は門に向かって駆け出した。
「ここからは近接戦闘が主体になる。前衛職は俺と一緒についてきてほしい」
ラーグの言葉に仲間たちは頷き、ラーグ隊は門に向かって歩き出す。
数は15名ほどだ。
「突っ込むぞっ!! 俺に続けっ!!」
ホフターを先頭にペットたちが追従して、エベゼレアたちも後に続く。
数的にはハイ ウルフが15匹と前衛職のエベゼレアたち6名だ。
「俺たちも一緒に行く。ベル将軍は俺たちが突入してから入るとのことだ」
聖騎士の言葉にラーグとホフターは頷いて、ラーグ隊、ホフター隊、聖騎士たちが横に並んで門に向かって歩いていく。
「まさかこんなに早く門が破壊されるなんて……」
血相を変えたウェーサは防壁を駆け下りて手下たちに指示を出す。
手下たちは破壊された門の後ろに集結して待ち構える。
だが、女を侍らせた男が門に向かって歩いていく。
「ビャ、ビャクス様っ!?」
ウェーサは雷に打たれたように顔色を変える。
驚いた手下たちは二つに分かれて道をあけ、ビャクスは女たちを残して外に出た。
「1人だと?」
「なんだお前はっ!?」
聖騎士たちは怪訝な顔をした。
「あぁん? 俺がビャクスだ」
「なっ!?」
その言葉に聖騎士たちは後方に跳躍して剣を構えた。
「つぁあああああっ!!」
聖騎士2人が声を張り上げて、凄まじい速さでビャクスに斬り掛かり、剣を抜いたビャクスと聖騎士たちが交差した。
振り返ろうとした聖騎士たちは首が転げ落ちて、胴体から大量の血が噴出して倒れた。
「なっ!? 馬鹿なっ!?」
聖騎士たちは驚きのあまりに血相を変える。
だが、次の瞬間にビャクスは聖騎士たちの背後に立っており、振り返った聖騎士たちは首がズレ落ちて地面に転がり、胴体から大量失血して力なく倒れた。
一瞬で5人の聖騎士が倒されて、ラーグ隊とホフター隊に戦慄が駆け抜ける。
ハイ ウルフたちは一斉にウインドの魔法を唱え、無数の風の刃がビャクスに襲い掛かるが、ビャクスは『水壁』を発動して巨大な水の壁が出現し、風の刃は全て防がれた。
ビャクスはハイ ウルフたちに襲い掛かかろうとするが、ラーグが凄まじい速さで一瞬でビャクスに肉薄し、両者は剣の連撃を放ち、弾けるように跳び退いた。
「あぁん?」
ビャクスは身体のいたるところから血が噴出しており、傷を手で押さえて怪訝な表情を浮かべている。
ラーグは初めから奥の手である『物理反射』を発動しており、それによってビャクスは自分の攻撃が跳ね返ってダメージを受けたのである。
「……山賊にこれほどの男がいるのか……彼はアラクネより強い……」
ラーグは無傷だが深刻な表情を浮かべていた。
一方、パロズンは防壁の上から軍の動きを見ながら考え込むような表情を浮かべていた。
「結局、奴らは俺の『流星石』を恐れて100でしか動けないんだよな……だったら本営を狙ったほうが早い……」
そう呟いたパロズンは、軍の部隊が後退するのに合わせて自身の部隊を率いて出撃した。
南門付近には9部隊が展開しているが、パロズン率いる部隊を攻撃することはなかった。
キャンプ村にいると思われるビャクスを討つのが最優先事項だからだ。
パロズンは部隊を率いて南下し、軍の本営に向かって進軍する。
「敵600が接近中!!」
斥候が声を張り上げる。
「全ての門を攻撃されてるのに本営を狙ってくるのか……」
ヒーリー将軍は顔を顰めた。
彼女は直ちに部隊を5つ編成して各部隊との距離を取りながら迎撃に出る。
「ほう、射程距離に入る前に部隊を分けたか……少しは頭の回る指揮官のようだな」
パロズンは不敵に笑う。
「仮にあの部隊に戦略級の使い手がいたとしても肉薄してしまえば撃てないはずだ……後は囲んで殲滅するだけのこと」
ヒーリー将軍は右翼に2部隊、左翼に2部隊を配置して各部隊との距離を取りながらVの字のような布陣で進軍する。
「どうやら敵の指揮官は俺たちを囲んで潰すのが狙いみたいだな。まぁ、そもそもが間違ってるんだけどな……」
パロズンは『流星石』を発動して、上空から巨大な石が落下して左翼の1部隊が消滅した。
「なっ、なんて威力だ……」
ヒーリー将軍は放心状態に陥った。
残った左翼部隊の進軍は止まり、パロズンは右翼に攻撃を仕掛けて右翼は一瞬で壊滅する。
「ば、馬鹿なっ!? こちらの策を逆手に取られたというのかっ!? 相手は山賊なんだぞ……」
ヒーリー将軍の顔が驚愕に染まる。
パロズンは獣人300を左翼に差し向けて、残った手下を率いてヒーリー将軍の部隊と対峙する。
「分隊したなら勝機はあるっ!! 敵の頭を狙えっ!!」
決死の表情を浮かべたヒーリー将軍は号令を掛けて突撃する。
だが、パロズンを守る獣人たちは強く、パロズンに触れることなく兵士たちは全滅したのだった。
ヒーリー将軍は獣人たちと戦いを繰り広げており、パロズンが獣人たちを掻き分けて前に出てくると獣人たちは下がって戦闘を停止した。
パロズンとヒーリー将軍が対峙して睨み合う。
「残ったお前が指揮官か?」
「……そうだ」
「女か……悪いことは言わん、俺たちの仲間になれ」
パロズンは懐から紙を取り出して、ヒーリー将軍に向かって放り投げた。
「これは奴隷証書!? 山賊の奴隷などには死んでもならんっ!!」
ヒーリー将軍は怒りの形相で叫んだ。
「ちっ、お前のために言ってるんだぞ……」
「私のためというのなら差しの勝負に応じてくれ」
「……仕方ねぇか……いいだろう、抜け」
「ありがたい……」
ヒーリー将軍は剣を構えて、凄まじい速さで一瞬でパロズンに肉薄して剣を振り下ろした。
だが、パロズンに剣で弾かれてヒーリー将軍の手から剣は放れ、パロズンは剣の連撃を放ち、ヒーリー将軍は両腕と両脚を剣で貫かれた。
「こ、これほどの男が山賊なのか……」
ヒーリー将軍は大きく目を見張った。
彼女はパロズンが放った連撃が全く見えなかったのだ。
「こ、殺せ……」
ヒーリー将軍は四肢から血が噴出して跪いたが、パロズンを見上げてそう言った。
「……もう一度言う、俺たちの仲間になれ」
「くどいっ!! 殺せっ!!」
「……」
パロズンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
彼は女を殺すことを好まない性分なのだ。
「パロズンさん!! 俺たちに任せて下さいよ」
「すぐ男を欲しがる身体にしてみせますぜ」
5人の手下がパロズンの元に歩いてきてしたり顔で言った。
「……好きにしろ」
パロズンは一瞬険しい表情を浮かべたが、彼は身を翻して手下たちの元に歩いていった。
5人の手下は一斉にヒーリー将軍に襲い掛かり、ヒーリー将軍は押し倒されて拘束され、布で鼻と口を塞がれた。
「この布には麻痺毒と媚薬が染み込ませてある」
「くくくっ、すぐに手足の痛みも無くなって逆に気持ちよくなるぜ」
手下たちはヒーリー将軍を見つめてニタニタと笑う。
「うぐぅうううぅっ!!」
ヒーリー将軍は上体を起こして手下たちを振り払おうと暴れた。
「うぉおっ!?」
「マ、マジかよ!? まだ動けるのかっ!?」
だが、ヒーリー将軍の抵抗も虚しく、手下たちに取り押さえられる。
「……こ、殺せっ!! 私は殺せと言ってるんだ!!」
ヒーリー将軍は手下たちを睨みつけて声を荒げた。
「くくくっ、お前の都合なんぞ俺たちには知ったこっちゃねぇんだよ」
手下たちはヒーリー将軍の装備品を引っぺがして服も乱暴に引き千切っていく。
「なっ!?」
ヒーリー将軍は雷に打たれたように顔色を変える。
彼女は強者の下で生まれて、強者として育てられた。
そのため、山賊は弱者にすぎないとそう考えていた。
しかし、彼女はいざ自分が弱者の立場に置かれてみると、山賊とは何の矜持も持たないルール無用の脅威そのものだと思わずにはいられなかった。
服を引き千切られたヒーリー将軍はほぼ全裸状態で、手下たちはベルトを外してズボンを下ろし、強引にヒーリー将軍の股を開いた。
「――っ!?」
(戦で死ぬのは仕方がない……だが、無様を晒すのだけは嫌だっ!!)
ヒーリー将軍は「誰か助けてっ!?」と生まれて初めて少女のように泣き叫んだが、彼女の体は麻痺毒に侵されており、かすれ声が出ただけだった。
しかし、奇跡は起きた。
ヒーリー将軍を拘束していた手下たちがいきなり弾け飛んだからだ。
そして、ヒーリー将軍の視線の先には黒い魔物に乗った少年がふわふわと宙に浮いていたのだった。
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