170 軍対ビャクス山賊団①
ベル将軍率いる3000が中間ポイントから西に迂回して、中層に到着した。
直ちに中層を調査するために斥候が放たれ、軍は野営の準備に取り掛かる。
「……エレメンタル種の動向が気がかりだな」
ベル将軍は小さな溜息を吐いた。
「そうですな……奴らが中層に到達すれば大変なことになりますからな。逆に言えばそれまでに山賊どもを殲滅せねばなりません」
側近が神妙な顔で返す。
「時間との勝負になりそうだな……」
ベル将軍は決意に満ちた表情を浮かべるのだった。
そして、夜が明けて斥候たちが帰還する。
「この中層エリアには中央にキャンプ村、北側に人族が管理している鉱山ポイントがあるようです。ただキャンプ村は何者かに占拠されています」
「……ほう」
「おそらくビャクス山賊団だと思われます」
「それなら話が早いではないか。引き返したときはどうなることかと思っていたが運はこちらにあるようだな……出撃するぞっ!!」
「はっ」
ベル将軍は全軍で出撃し、キャンプ村から1kmほど離れた場所で陣を築いた。
「なかなか堅牢な外壁だな……どう攻める?」
ベル将軍は探るような眼差しを側近たちに向ける。
「はっ、兵を4つに分けて門を同時に攻撃するのはいかがでしょうか?」
「いや、待て。敵の総数が分からぬのにむやみに兵を分けるのは愚作だぞ」
「なるほどな。こちらよりも相手のほうが兵が多い可能性もあるのか……」
ベル将軍は不機嫌そうに顔を顰めた。
「はっ、ビャクス山賊団は点在する山賊たちを吸収して大きくなったので、我らより兵の数は多いとみるべきでしょう」
「ふん、どうせ数だけだろ。山賊ごとき物の数ではないわっ!!」
「……そうだな。まずは一戦交えるか」
「はっ」
ベル将軍は本営に2000を残し、残り1000で2つの部隊を編成した。
「狙うは南門だっ!!」
2つの部隊が進軍していく。
各部隊を率いているのは【聖騎士】で、前衛は【上級兵士】で固められており、後衛には【上級弓兵】【司祭】【魔法師】が控えているのだ。
部隊が南門に近づくと雨のような矢が降ってきた。
「怯むなっ!! 前進しろっ!!」
前面に出て指揮を執る聖騎士が号令をかけて『鼓舞』を発動し、兵士たちの士気が上昇する。
大盾で矢を弾きながら上級兵士たちが突き進むが、外壁の上から一斉に攻撃魔法が放たれる。
「うぁあああああぁぁああああああああぁぁ!?」
「ぎゃああああぁああぁああああぁぁ!!」
上級兵士たちの絶叫が周辺に響き渡る。
「なっ!? 奴らにはこれほどの数の魔法の使い手がいるのか!?」
部隊を率いる聖騎士は驚きのあまりに血相を変える。
「うふふ、オークに比べると脆いわね」
キャンプ村の外壁の上には山賊たちの指揮を執るウェーサとパロズンの姿があった。
「……まぁ、こんなところまでやってくる兵士なんかの錬度は低いだろ。俺としては王を護る近衛騎士団の実力が知りたいけどな」
「相当強いでしょうね……例えばほら、あそこにいる部隊の指揮官みたいに」
ウェーサは矢と魔法が降り注ぐ中、それを掻い潜りながら門を攻撃している指揮官を指差した。
「あれはおそらく【聖騎士】だろうな……だが、たかが知れている」
パロズンは不敵な笑みを浮かべる。
「あなたからすればそうでしょうね……ビャクス様が戦っているところを見たのよ」
「……ほう」
「あのビャクス様と戦って生きているということは、あなたも化け物だということぐらい分かるわよ」
「当たり前だ。俺は勇者を除けば最強だと思っていたからな」
「……」
「俺はこの世界でどれほど強いのか知るために、まず王を倒そうと考えて動いていた。だが、ビャクス様に敗れてその野望は潰えたがな……」
パロズンは切なそうな表情を浮かべている。
「うふふ、ビャクス様がこの国の王になるんだからいいじゃない」
「……ふっ、そうだな」
そう答えたパロズンは踵を返して歩いていった。
「……あの指揮官2人は本当に厄介ね……このままだと門を破られるわ」
ウェーサは探るような眼差しをドMに向ける。
「はっ、今すぐ開門してきます」
「そんなわけないでしょ!! 落とし穴の進捗を聞いてるのよ!!」
ウェーサは鉄鞭でドMを叩きのめす。
「あふっあふんっ!!」
ドMの片割れは殺されたので、2人分殴られたドMは頭の芯が痺れるような感覚を覚えて悶絶した。
「落とし穴の進捗は8割といったところです」
もう1人いるウェーサの側近が答えた。
「……そう、ぎりぎりね」
南門を一瞥したウェーサは外壁の上から攻撃する手下たちに視線を向ける。
手下たちは外壁の後ろに隠れて矢や魔法で攻撃しているが、地上から矢の攻撃を受けており、即死する者が続出している。
シールドの魔法とマジックシールドの魔法に護られた【上級弓兵】が狙い撃っているからだ。
【上級弓兵】は【弓神】のような『爆裂矢』や『十六連矢』などの派手な能力はないが、『剛力』を所持しているので矢が当たれば必殺になるのだ。
しかし、門が開かれる轟音が鳴り響き、ウェーサは耳を疑った。
「まだ早いっ!? なんで開門するのっ!?」
「……どうやらパロズン様が出陣されたようです。おそらく落とし穴の進捗を見られて間に合わないと思ったのでしょう」
「あら、そうなの……それは楽しみね」
ウェーサは好奇心に満ちた表情を浮かべた。
出撃したパロズン隊と軍は門の前で対峙して睨み合う。
パロズンは第2ポイントの獣人の商隊を襲い、そのことごとくを奴隷にした結果、500ほどの数になったのだ。
彼は奴隷にした獣人たちをビャクスの元に連れて行き、主人の変更を進言したが、綺麗な女以外はウェーサに丸投げのビャクスが「お前が使え」とパロズンに言ったのだ。
これにより、パロズン隊の数は600まで膨れ上がっていた。
睨み合っていたパロズンは平然と前に進み出た。
「俺は幹部の1人だ。どっちでもいいが俺と差しで戦う度胸はあるか?」
パロズンは2人の聖騎士に挑発的な眼差しを向ける。
「……山賊ごときが差しの勝負だと? ふざけるなぁ!!」
金髪の聖騎士が凄まじい形相で吼えた。
「なんだ、俺が怖いのか?」
パロズンは全く意に介さずにそう聞き返した。
「いいだろう、俺が受けてやる」
長髪の聖騎士が手に持っていた鉄製のハンマーを放り投げて、腰に下げていた剣を鞘から抜いた。
「なっ!?」
金髪の聖騎士は訝しげな視線を長髪の聖騎士に向ける。
「俺たちの役目は南門の破壊だが門は開いた。このままぶつかってもいいが彼を倒したら後の展開が楽になる。違うか?」
「……好きにしろ」
金髪の聖騎士は不機嫌さを隠しもしないで自身の部隊の方に歩いて行った。
それと同時に軍の部隊は後方に下がり、パロズンは南門の前から歩き出し、長髪の聖騎士と対峙する。
「こっちはいつでもいいぞ」
「それならこれはどうだ、ウインド!!」
長髪の聖騎士はウインドの魔法を唱えて、風の刃がパロズンに襲い掛かる。
「えっ? 魔法かよ」
面食らったパロズンは『土壁』を発動し、巨大な土の壁が出現して風の刃を阻んだ。
「――っ!?」
長髪の聖騎士は驚きの表情を見せる。
彼は巨大な土の壁の正体を考察する。
豊富な知識と最上級職まで至った戦いの経験から導き出される答えは――
魔法なら単にアースウォールの魔法に目覚めたか、最悪【賢者】
能力なら単に『土壁』に目覚めたか、最悪【土使い】
彼は魔法の詠唱が聞こえなかったことにより、『土壁』だと思ったが確定はしかった。
「……初手にこれをもってくるとは侮れんな」
長髪の聖騎士は凄まじい速さで突っ込んで、パロズンとの距離をつめる。
だが、唐突に足の抵抗がなくなって長髪の聖騎士は前のめりに転倒しそうになるが、瞬時に足場が泥に変えられたことを理解し、もう片方の足で泥を全力で蹴り跳躍して泥沼からの離脱に成功する。
しかし、彼の目の前には巨大な土の壁が出現しており、彼は頭から激突して泥の中に沈んだ。
「ぎゃはははははっ!!」
「ダセェ!! まるで相手になってね~じゃねぇかっ!!」
「さすがパロズン様!!」
山賊たちは腹を抱えて笑っており、笑みを浮かべたパロズンは振り返って手下たちに手を振っている。
「ぬううっ、なにをしているのだっ!!」
金髪の聖騎士は怒りに身を震わせる。
「うふふ、あの強い指揮官もパロズンにかかれば子供扱いね」
ウェーサは思わず笑みがこぼれる。
泥の中に沈んでいく長髪の聖騎士はウインドの魔法を唱え、魔法を発動させたことにより生じる反動を利用して泥沼から転がり出て立ち上がるが、その姿は泥塗れだった。
だが、彼は手酷くやられたことにより、逆に冷静になっていた。
「アース!!」
パロズンは大げさに後方に跳躍してアースの魔法を唱え、無数の岩や石が長髪の聖騎士に襲い掛かる。
「なんだとっ!?」
驚きの表情を浮かべた長髪の聖騎士は右に跳躍して岩や石を躱し、パロズンとの距離をつめていく。
(彼は確かにアースと言った。だとすると初手の『土壁』はアースウォールで『泥沼』だと推測していたのはボグ(土を泥沼に変える)魔法だったということか)
「……そこから導きだされる答えは土魔法に特化した【賢者】だということだ。そうだとすると勝機は近接戦のみ!!」
長髪の聖騎士は一直線にパロズンに向かって突撃するが、彼は全力ではなく何が起きても対処できる速度で進む。
それを視認したパロズンは大げさに後方に跳躍して距離をとってから、アースクエイクの魔法を唱え、大地が激しく揺れ動いて亀裂が走り、地面が割れた。
「これほど強大な魔法を使えるのか!? だが、最早俺に油断はないっ!!」
長髪の聖騎士は目を見張ったが、それは一瞬だった。
地面は割れてあちこちで大きく口を開き、長髪の聖騎士は跳躍して避けながら一気にパロズンに肉薄する。
「その才、散らすには惜しいが致し方ないっ!!」
長髪の聖騎士は首を狙って剣を振るったが、パロズンは身体を逸らせて剣を躱しながら長髪の聖騎士の股を蹴り上げた。
「ひぇぶっ!?」
何かが潰れた音と共に長髪の聖騎士は苦痛に顔を歪めて片膝をついたあと、信じられないものを見るような顔でパロズンを見上げた。
「……思わず手が、いや足がでちまった」
「お、お前は【賢者】じゃないのか?」
長髪の聖騎士はいかにも解せないといった表情を浮かべている。
「全く違う。俺は【土使い】で【暗黒剣士】だ。満足したなら死ね」
パロズンは剣を振るって長髪の聖騎士の首を刎ねた。
長髪の聖騎士は胴体から大量に血を噴出させて、転がった首は目を大きく見開いて驚愕に染まっていたのだった。
「この野郎がっ!! 次は俺だっ!! 嫌だとは言わせんぞっ!!」
激昂した金髪の聖騎士が凄まじい速さで突っ込んでくる。
「くくっ、そんなことを言うはずがないだろう。大歓迎だ」
「ほざくなっ!! この山賊がぁ!!」
金髪の聖騎士は一気にパロズンに肉薄して上段から剣を振り下ろした。
だが、その刹那、パロズンは剣を6度振り、金髪の聖騎士はバラバラに斬り裂かれて血飛沫を上げながら崩れ落ちた。
この決着に誰もが息を呑んだ。
「つ、強い……あの指揮官の速さは私でも霞んで見えるほどだったのに……」
ウェーサは大きく目を見張って戦慄を覚えた。
(……ビャクス様とパロズンがいれば、やり方さえ間違えなければ確実に国は盗れる)
彼女はそう確信すると同時に、自分が王女になった姿を想像して目まいに似た恍惚感が訪れた。
司令官を失った軍はジリジリと後退し始める。
それをパロズンが見逃すはずもなく、パロズンは部隊を率いて追撃し、軍はまとまな抵抗もできずに壊滅したのだった。
さらにパロズン隊は南下して軍が築いた陣を目指して進軍する。
一方、険しい表情を浮かべた斥候が、多数あるテントの中でも一際大きいテントの中に駆け込んだ。
「失礼します!! ご報告いたしますっ!! 第一陣が敗れて壊滅しました」
跪いた斥候が声を張り上げた。
「な、なんだとっ!?」
その場にいる全員が驚きのあまりに血相を変える。
「さらに数は600ほどですが山賊がここを目指して進軍中です」
「わざわざ来てくれるとは都合がよいではないかっ!!」
「うむ、こちらは2000おる、蹴散らしてくれるわっ!! 」
側近たちの言葉にベル将軍も頷いて、直ちに出撃する。
ベル将軍は自身が指揮する1000を本営として、残りの1000で右翼と左翼を編成して陣の前で待ち構える。
「な、なんだあの石はっ!?」
兵士たちは空を見上げると、そこには巨大な石が接近するのが見えた。
「ぎゃあああぁぁあああああああああああぁぁ!?」
「うぁわあぁあああああああぁぁああぁぁぁ!?」
本営に巨大な石が衝突し、兵士たちは吹っ飛んで半数あまりが即死して大混乱に陥った。
「なっ、何が起きたんだっ!?」
ベル将軍はあまりの惨状に信じられないといったような表情を浮かべている。
「お、おそらく奴らに戦略級の魔法か能力の使い手がいるのだと思います」
側近は深刻な顔でそう答えた。
「ばっ、馬鹿なっ!? そんなものにどうやって対すればいいのだっ!?」
「……次を撃たれたら我らは壊滅します。ですがそうなれば無傷な右翼と左翼が必ずや奴らを討ってくれるでしょう」
「事は一刻の猶予もありません……ご決断を」
決死の表情を浮かべた側近たちの視線がペル将軍に集中する。
「……撤退する」
ベル将軍は撤退命令を出し、軍は速やかに後退していく。
「追わなくていいんですかい?」
大猩々(ごりら)の獣人がパロズンに尋ねた。
「奴らも俺たちに下手に手を出すと手痛いしっぺ返しをくらうとこれで理解しただろう。今はそうやってのらりくらりとあしらいながら仲間を増やすしかない」
パロズンは生き残った兵士たちにも奴隷証書を突きつけて、兵力を増強していくのだった。
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上級弓兵 レベル1
HP 500
MP 0
攻撃力 200+鋼の弓
守備力 150+鋼の鎧
素早さ 100+鋼のブーツ 鋼の矢
魔法 無し
能力 統率 稀に堅守 剛力




