165 タイガーの縄張り②
「もう、ルアンをいじめたらダメでしょ!!」
「も、申し訳ありません……ルアンもハイ タイガーを倒していると思っていたので……」
「私はお腹が減っていたのよ」
シャインは伏せのポーズで釈明したが、ローズはそっぽを向いている。
「お、おい、その言い方はやめてくれ。まるで俺が本当にいじめられてるみたいじゃないか」
ルアンは戸惑うような表情を浮かべている。
「シャインとビークスが強いのは分かってるんだから、ルアンが上位種になるために高い経験値を稼げる場合は優先してほしいんだよね。ルアンが上位種になれば、次はシャインたちが高い経験値を優先したらいいんだから」
「はっ」
シャインとビークスは申し訳なさそうに頷いた。
「ちょっと、それじゃあ私が弱いみたいに聞こえるんだけど?」
ローズが不服そうに異論を唱える。
「あはは、ローズが弱い訳ないじゃん」
「……ま、まぁ、分かってるんならいいんだけどね」
ローズは満更でもない表情を見せる。
「おい、そろそろ行くぞ」
シルルンに声を掛けたハーヴェンが西に向かって歩き始めるのと同時に、ブラックを先頭にザラたちとフィンたちが空から降下してきた。
「あっ、そうだ。ルアンとローズはハーヴェンを知らないよね。僕ちゃんとハーヴェンは不戦の契約を交わしてるんだよ」
シルルンは歩きながらルアンとローズにハーヴェンを紹介した。
「よろしく頼む」
ハーヴェンはそう短く返した。
「あぁ、こっちもよろしくな」
「よろしくね……でも、不戦の契約ってどういうことなのよ?」
ローズは訝しげな視線をシルルンに向けた。
「友達を殺されたハーヴェンは単独でタイガー種を皆殺しにする気だったんだよ。で、時を同じく僕ちゃんたちもこのエリアに来てて、その時はまだハイ タイガーが脅威だったんだよ。だから、ハーヴェンと不戦の契約を交わしたんだよね」
「ハイ タイガーが脅威? 笑える話だな」
「じゃあ、マスターはいつからここにいるのよ?」
「……たった数ヶ月前だ」
ローズの疑問にハーヴェンが答えたが、その顔は硬い真剣な表情だった。
「そ、それって……」
ローズとルアンは顔を見合わせたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「そうだ……こいつは信じられん速度で強くなってるんだ」
「……」
「……なるほどな、マスターは逆境を糧に強さを増してきたんだろうな」
ローズはシルルンを見つめて絶句しているが、ルアンは満足げな表情で頷いていた。
西の方角に進軍するシルルンたちは、隣の縄張りに足を踏み入れた。
「じゃあ、段取りを説明するよ。ハーヴェンが縄張りのボスに友達を殺したかどうか確認するのが最優先。犯人じゃなかったら皆殺しって感じなんだよ」
「……」
シャインたちは無言で頷いた。
「上位種がいたら私たちが弱らせるからルアン、あなたが止めをさすのよ。分かった?」
「あぁ、分かった……」
ルアンが釈然としない表情で頷き、ハーヴェンを先頭にシャインたちは歩き出した。
結果、この縄張りのボスも犯人ではなく、シャインたちに瀕死に追い込まれ、ルアンがそれを倒して経験値を大幅に稼いだ。
それをシルルンは満足そうに見つめており、さらに隣の縄張りの結果も同じだった。
引き返したシルルンたちは最後に残った深いエリアの縄張りに侵入していく。
鬱蒼とした木々をルアンとローズが強引になぎ倒しながら、シルルンたちは突き進んでいくと開けた場所に出た。
「ど、どういうことだ!?」
ハーヴェンは驚きのあまりに血相を変える。
そこには多数の上位種の群れが佇んでいたからだ。
「どうしたのよハーヴェン。多いといってもたかが20匹ほどじゃない。突っ込むわよ」
ローズ、シャイン、ビークスは躊躇なく駆け出し、その後をルアンが追いかけた。
「……どうやら俺と同様の支配体制を敷いている奴がここにはいるようだな」
「ん? どういうこと?」
「縄張りはオスの上位種1匹が支配する。これは虎族も同じはずだ。つまり、ここの頭は俺と同様に子供達を追い出さず、護り育てたということだ」
「なるほどね……じゃあ、上位種がいっぱいいたのはここから来てたってこと?」
「その可能性は高い……」
「なら、ここには上位種がいっぱいいそうだね」
「あぁ、それは間違いない」
話が一段落ついたシルルンとハーヴェンは戦場に視線を向けると、すでに戦いは終わっており、シャインたちがハイ タイガーの群れを食い散らかしていた。
「じゃあ、ここで休憩にしようか」
シルルンは地面に座り込み、魔法の袋から適当に食材を出して並べていく。そのほとんどが干し肉で残りは果物だった。
仲間たちは地面に置かれた食材を手にして、適当な場所に座り込んで食べ始める。
「あの……マスター。『魔物融合』とはどういった能力なのでしょうか?」
シルルンの隣に座るラフィーネが興味津々な表情で問い掛けた。
「基本的には魔物と魔物を融合させる能力なんだよ」
「ど、どんな魔物でも融合できるんですか?」
「まぁ、ペットだったらね」
「じ、じゃあ、プルちゃんとプニちゃんでもできるんでしょうか!?」
ラフィーネは興奮して鼻息が荒い。
「まぁ、できると思うよ」
その言葉にラフィーネは瞳を輝かせてプルを見つめた。
「合体するとどうなるデスか?」
トマトをムシャムシャ食べているプルと、プニニとシロにトマトを食べさせているプニは顔をシルルンに向けた。
「たぶん、超強くなる」
「やるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニはやる気満々だ。
「あはは、面白いかもね。正直、プルとプニの進化方法が分からないからいいヒントになるかもしれないよ」
プルはシルルンの肩から跳び下りて、口の中で眠っているプルルを触手で取り出して、地面に寝かせた。
プニはプニニとシロを肩に残したまま跳び下りて、シルルンと向かい合う。
何かが始まるみたいだと仲間たちもシルルンの周りに集まって地面に腰を下ろした。
だが……
「おいおい、ちょっと待てよ!! このままだと俺たちも融合されちまうぞ!!」
「フフッ……面白そうだけど出たほうがよさそうね」
「ちょ、ちょっと私も連れて行きなさいよ!!」
「な、何をしやがるっ!? 俺の口の中に入るなっ!!」
「うるさいわねぇ、仕方ないでしょ!!」
プニの口の中からダイヤ、ラーネ、ザラが出てきてシルルンの隣に移動する。
「準備はいいかい?」
「いつでもいけるデス!!」
「デシデシ!!」
シルルンはプルとプニに視線を向けて『魔物融合』を試みる。
眩い閃光に包まれたプルとプニは、一瞬で融合が完了して1匹になった。
そこには白銀に光輝く20cmほどのスライムが青いオーラを纏っていた。
「プニプルだよ。よろしくね!!」
仲間たちの顔が驚愕に染まる。
「あはは、やたらフレンドリーな個体になったね」
「すごいですっ!! 可愛いです!! 可愛い過ぎます!!」
ラフィーネは顔を紅潮させて興奮し、息遣いが荒い。
「こ、これがルアンさんが仰っていた『魔物融合』なのですね」
息を呑んだメイはマジマジとプニプルを見つめている。
「おおおおおぉ!? 強ぇ!! 200以下だったステータスが6000まで上がってる!!」
『魔物解析』でプニプルを視たシルルンは、雷に打たれたように顔色を変える。
(だけど、プニプルって名乗ってるけど、種族名はスライムスライムになってるね……)
「ろ、6000!?」
あまりの数値にラーネは思わず聞き返し、仲間たちも驚きのあまりに血相を変える。
「うん……この数値はラーネのステータスを上回ってるね」
目を見張ったラーネは俯いて、わなわなと身体を震わせている。
「……わ、私も『魔物融合』をすれば強くなれるのよね?」
「まぁ、そうだけど、ラーネじゃなくなるよ?」
はっとなったラーネは、険しい表情を浮かべて俯いた。
「シルルン様、おそらくタイガー種の群れだと思いますが、こちらに接近しています」
「任せてよ!!」
シルルンがメイに返答するよりも早く、そう応えたプニプルはふわふわと飛行して仲間たちを横切り、先頭に出て待ち構える。
密林の中から姿を現したタイガー種の群れは100匹ほどで、こちらを警戒しながらゆっくりと近づいてくる。
「ファイヤミラクル!!」
プニプルがファイヤミラクルの魔法を唱えて、灼熱の業火がタイガー種の群れを一瞬で焼き尽くし、周辺は火の海に包まれた。
「な、なんて威力の魔法なんだ……」
「……威力もそうだが範囲もヤバイ」
仲間たちは戦慄して息を呑んだ。
「シ、シルルンあの魔法って……」
「うん……勇者セルドが使ってたミラクル系の魔法だね」
燃え上がる炎は生い茂る木々を焼き尽くしながら広がっていき、その炎がシルルンたちの前まで迫る。
「フロストストームミラクル!!」
プニプルがフロストストームミラクルの魔法を唱えて、凍てつく無数の氷塊を帯びた巨大な竜巻が、燃え盛る炎を一瞬で消火して、今度は氷の銀世界に変わった。
「……」
仲間たちは絶句して身じろぎもしない。
「……フロストストームミラクル? そんな魔法名は聞いたことがないね……」
シルルンは再びプニプルを『魔物解析』で視てみる。
だが、そんな魔法は所持していなかった。
(ミラクル系の魔法はもしかしたら既存の魔法を融合されるのかもしれないね……)
プニプルはテレポートの魔法を唱えて、シルルンの肩に移動する。
「やっつけたよマスター!! 褒めて褒めてっ!!」
「あはは、よくやったよ」
シルルンはプニプルの頭を優しく撫でる。
プニプルは嬉しそうに目を細め、眩い閃光を発して身体が2つに分離し、プニとプルに分かれた。
「……強かったデスか?」
「……デシか?」
プルとプニはダルそうな表情でシルルンに尋ねた。
「うん、強かったよ」
それを聞いたプルとプニは満足そうな笑みを浮かべて眠りについたのだった。
シルルンたちは進軍を開始し、密林を突き進んでいく。
予想以上に上位種は多く、進軍速度は遅くなるがシャインたちがことごとく皆殺しにして進んでいく。
すると巨大な岩が立ち並ぶ要塞のようなものが見えてきた。
近くまで進むと、巨大な入り口のような穴がぽっかりとあいているが、門番のような見張りの魔物はいなかった。
「……どうやら、ここがボスの居城のようだな」
ハーヴェンは探るような眼差しをシルルンに向ける。
「……」
だが、シルルンは黙ったままで何も返さなかった。
「おい、どうしたんだ?」
ハーヴェンは訝しげな眼差しをシルルンに向ける。
「うん、ちょっとね。ハーヴェンとシャインたち以外は距離をとってついてきてね」
仲間たちに振り返ってそう伝えたシルルンは、頭を掻きむしりながら入り口の中へと歩いていった。
「……今のはどういう意味なのよ?」
リザは怪訝な表情を浮かべて仲間たちに視線を向けると、皆一様に困惑した表情を浮かべていた。
「……さぁな、俺も思うところはあるが警戒し過ぎだと思うがな」
ハーヴェンはそう言って入り口の中へと入っていき、シャインたちも後を追う。
残った仲間たちは言われたように10メートルほど距離をとってシルルンたちを追いかけるのだった。
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