158 防壁前でのレベル上げ②
シルルン達が防壁に沿って東に進んでいくと現れたのはキノコの魔物だった。
例のごとく虎柄のキノコなのだ。
「う~ん、偶然かと思ってたけどここにいる魔物は虎柄しかいないのかもしれないね」
「レッサー マッシュルームタイガーデシ!!」
レッサー マッシュルームタイガーは体を左右に振りながらピョンと跳び、それを繰り返して移動している。
うさポンはそんなレッサー マッシュルームタイガーを興味津々に見つめている。
「ポン!!」
「えっ!? キノコを仲間にしてくれって?」
「ポン!! ポン!!」
「あのキノコが仲間になれば新しい茸が生まれるかもしれないの?」
「ポン!!」
「う~ん、でも柄が気味悪いからなぁ……」
うさポンは耳を垂れ下げてしょんぼりしている。
「プニがやってみるデシ!!」
その言葉にうさポンは瞳を輝かせた。
プニはふわふわと『飛行』してレッサー マッシュルームタイガーに近づき、『触手』を前面に出して狙いを定めて念じると、透明の六面体が出現してレッサー マッシュルームタイガーを包んだ。
驚いたレッサー マッシュルームタイガーはキョロキョロと辺りを見回している。
「早く仲間になるデシ!!」
プニは険しい表情を浮かべながら念じる力を強めた。
「……確かレッサー マッシュルームってステータスが1ぐらいだった気がするけどなかなか粘るね」
シルルンは思わず、レッサー マッシュルームタイガーを『魔物解析』で視てみると攻撃力、守備力、素早さが30だった。
「大幅にステータスが上がってるよ」
危険を感じたレッサー マッシュルームタイガーは体当たりで結界を攻撃するが、魔力を奪われてふらふらだ。
「このままだと魔力がなくなって死ぬデシ……」
プニが結界を破棄しようとした時、レッサー マッシュルームタイガーはポテッと倒れて動かなくなった。
「ポ、ポン……」
その姿を見たうさポンは悲しそうな顔をした。
「……し、失敗したの?」
戸惑うような表情を浮かべるリザがシルルンに尋ねる。
「いや、かろうじで成功してるよ」
「やったデシ!! 初めてテイムに成功したデシ!!」
大喜びしたプニはシュパッと『飛行』してレッサー マッシュルームタイガーの元に移動し、ヒールの魔法を唱えた。
レッサー マッシュルームタイガーは体力が全快してムクッと起き上がり、プニを見つめている。
「名前を何にするか迷うデシ……」
「……いや、名前よりも早く餌をあ……」
シルルンが喋り終わるよりも早く、レッサー マッシュルームタイガーは空中に浮かぶプニにジャンピングヘッドバットを叩き込んだ。
「――!?」
ジャンピングヘッドバットをまともに受けたプニのダメージは全くないが、プニは愕然として身じろぎもしない。
レッサー マッシュルームタイガーは身を翻してピョンピョンと跳ねて密林の奥へと消えていった。
「せ、成功したんじゃなかったの?」
「そうだけど、親愛度が低すぎたんだよ」
プニは全く動かず、仲間達は居た堪れない気持ちになって場に静寂が訪れた。
しばらくするとプニはふわふわと『飛行』してシルルンの肩に戻った。
「うさポン、テイムに失敗してごめんデシ……テイムは難しいデシ……でも頑張るデシ!!」
「ポン!!」
「うん、その意気だよ」
「マスター!! 今度、テイムを教えてほしいデシ!!」
「あはは、そうだね。学園に戻ったらテイムの修行に行ってみようか」
シルルンは優しくプニの頭を撫でた。
「マスター、ありがとデシ!!」
プニはとても嬉しそうだ。
「キノコが慌てて逃げてやがるからなんだと思って来てみたら人族かよ」
巨大な四足歩行の魔物が人族語で言った。
「虎柄の虎の魔物デス!!」
プルはそう言ったが、自身の言葉に疑問を感じて怪訝な表情を浮かべている。
「ハ、ハイタイガー!!」
驚愕した仲間達は険しい表情を浮かべて身構えた。
ハイ タイガーの後方には3匹のタイガーが控えている。
「キノコを無視しとけば死なずにすんだのになぁ」
「チィ、誰に言ってやがる!!」
ハイ タイガーは声の主に顔を向けた瞬間、その顔が驚愕に染まった。
「りゅ、龍族がなんでここにいやがる!?」
「お前らを皆殺しにするためだ。ファイヤボール!!」
ルアンはファイヤボールの魔法を唱えて、巨大な火の玉がハイ タイガーに襲い掛かる。
ハイ タイガー達は後方に跳躍して躱したが、周辺は激しい炎に包まれた。
「な、なんて火力だ!?」
「逃がさん!!」
ルアンは激しく燃え盛る炎の中をものともせずに突き進み、一瞬でハイ タイガーに肉薄して前脚の爪を振り下ろし、全く反応できなかったハイ タイガーは頭部が砕け散り、体から血を噴出させて力尽きた。
「つ、強い!?」
「あの強さで通常種なのか……」
ルアンのあまりの強さに仲間達に戦慄が駆け抜けた。
「当たり前だ。俺は最強の龍族だぞ。マスターが俺を上位種にさせたがる理由は手がつけれなくなるからだ」
その言葉に仲間達はゴクリと息を呑んだ。
不敵に笑うルアンは目の前で恐怖に身を竦ませているタイガー3匹を見もしないで身を翻した。
「正面はアミラさん!! 右はリザさん!! 左はゼフド!! 逃がさないで下さい!!」
メイの声に弾かれたようにアミラは突撃し、リザとゼフドはメイの声と同時に動き出していた。
タイガー3匹はじりじりと後ずさっていたが、龍族の代わりに人族が突っ込んできたので後ずさるのを止めて身構えた。
「皆さんはこの戦いをよく観察して次の戦いに生かしてください」
残った仲間達はメイの言葉に静かに頷いて戦いを注視する。
リザはタイガーの顔面に向かって突きの一撃を放ち、タイガーは左に屈んで躱してリザの無防備な背中に牙を突きたてようと大口を開けて噛み付いた。
だが、無防備な背中に食いつくはずのタイガーの体は、斜めに斬られて二つに分かれ、体から大量出血してタイガーは力尽きた。
「あれは回転斬りじゃねぇな……」
「わざと隙を見せて放った一撃に見えた……おそらくオーガ戦で見せたしなるような一撃の改良版だろうな」
「……そのような駆け引きには魔物は対応できないでしょうね」
仲間達は分析しつつも自分ならどう戦うかを考えている。
「ふぅん……少しはやるようね」
リザの戦いを見たローズがそう呟いた。
「ほう、想定よりも速い……だが、『決死』を使うほどではない」
セフドとタイガーは凄まじい速さで戦いを繰り広げている。
「は、速いですね……」
「そうだな、これで通常種なのか……さすがに動物系最強の一角と言われることはあるな」
ラフィーネとロシェールが険しい表情を浮かべている。
「あは、そうかしら?」
「へぇ、天馬騎士の姉ちゃんは余裕そうだな」
アキは涼しい顔をしており、バーンも不敵に笑っている。
「……シルルン様、あのタイガーのレベルはどのくらいなのでしょうか?」
「レベル20で3匹の中では一番強い個体だよ。素早さが600近くあるからね」
「高い数値ですね……」
メイは僅かに眉を顰めた。
ゼフドとタイガーは一撃必殺の攻撃を互いに繰り出しており、当たれば一撃で勝敗が決する戦いだった。
「なんでカウンターを取らないかなぁ……」
「全くだ。俺ならもう終わってるぜ」
アキとバーンは呆れ顔だ。
ゼフドとタイガーは距離を取って対峙する。
一転して両者は凄まじい速さで突っ込み、交差して突き抜けた。
「……どうやら俺のほうが上だったようだな」
ゼフドは大剣で空を斬り、血を吹き飛ばして背中の鞘に収め歩き出し、タイガーは縦に斬り裂かれて体が二つに分かれ、血を大量に噴出させて力尽きた。
タイガーと戦うアミラは防戦一方だった。
「これはどう考えてもアミラが圧勝するだろう」
「そうかなぁ……私は苦戦すると思う」
「俺もそう思うぜ。なんせゴツイ姉ちゃんの攻撃は当たる気配がないからなぁ」
ロシェールの予想にアキとバーンが不服を唱えた。
タイガーはアミラを攻撃するが大盾で防がれ、アミラは槍で攻撃するがタイガーに躱され当たらない。
魔法攻撃に切り替えたタイガーは魔法を連発するが、アミラはマジックシールドを展開して魔法攻撃を防いでいる。
タイガーはマジックシールドを破壊することに躍起になって攻撃魔法を連発しており、その行動にアミラはほくそ笑む。
だが、魔法を連発していたタイガーが唐突に魔法攻撃を止めて、アミラに向かって突撃した。
「ほう、気づいたようだな」
「ゴツイ姉ちゃんが魔力の消耗戦を仕掛けてることにか?」
ロシェールは無言で頷いた。
「これでタイガーはリスクを負うことになる。アミラの攻撃が直撃すれば一撃で終わるからな」
「だが、その攻撃が当たらずにゴツイ姉ちゃんはマジックシールドを張り続けて逆に魔力切れに陥るかもしれないぜ?」
「……お前はどっちの味方なんだ?」
ロシェールは鋭い視線をバーンに向けた。
「おっと、こりゃあいけねぇや……」
バーンは半笑いで両手を上げて降参を示した。
しかし、戦いはバーンが予想したように展開していく。
アミラが槍の一撃を振るうが、タイガーは余裕で回避して展開しているマジックシールドを破壊する。
マジックシールドを破壊されると同時にアミラはマジックシールドの魔法を唱えて、再びアミラの前にはマジックシールドが展開される。
そして、再び破壊され、再びマジックシールドが展開されるのだ。
「あちゃ~!! 俺が言ったようになっちまったな……」
バーンはばつの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「こうなったら仕方ねぇ。一発でも魔法攻撃を受けたら俺が突っ込むぜ」
「……」
仲間達はバーンの言葉を否定も了承もせず、ただ無言で返した。
それはつまり、誰もがそうなる未来を否定できないでいたからだ。
だが、予想に反してタイガーはアミラに槍で体を貫かれ即死した。
「はぁ!? なんだそりゃ!? 何が起きたんだ!?」
バーンは素っ頓狂な声を上げた。
「くくく、アミラはわざと同じ展開になるように同じことを繰り返していたんだ」
「……どういうことだ?」
「アミラが槍で攻撃してタイガーがそれを躱してマジックシールドを破壊する。アミラはわざとしつこく同じことを繰り返してタイガーに刷り込んだんだ」
「だから、どういうことなんだよ」
「つまり、別の魔法を使う伏線だったということだ」
「別の魔法だと!? 何の魔法なんだよ!?」
「スローの魔法だ」
その言葉にバーンはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「ちぃ、なるほどなぁ……ゴツイ姉ちゃんは最初からスローの魔法を当てるためだけに作戦を組み立てた訳か……なかなかの策士じゃねぇか」
タイガー種をすべて倒した仲間達はシルルンの元に集まる。
「アミラの戦いはどうなるのか分からなかったからドキドキしたよ」
「はっ、スマートに倒せず、申し訳ありません」
アミラはシルルンの前で跪いて頭を下げた。
「あはは、勝ったんだから謝ることはないよ」
シルルンはアミラの頭をなでなでした。
アミラは嬉しそうな顔で頬を赤く染めた。
シルルンがペット以外で頭を撫でるのは、ラフィーネだけだったが、アミラも加わりメイは複雑そうな顔をした。
しばらく休憩したシルルン達は再び、防壁に沿って東に進んだのだった。
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