155 再び奴隷屋へ①
『瞬間移動』で自身の個室に戻ったシルルンは、ブラックから降りて何かを考え込むように立ち尽くしていた。
不思議に感じたプルとプニはシルルンの肩から跳び下りた。
「マスターが動かないデス!!」
「デシデシ!!」
「うがぁあああああああぁぁぁあああああぁぁぁああああぁぁぁ!!」
一転してシルルンは奇声を上げて地面をゴロゴロと激しく転がり、壁にぶち当たっても構わずに転がり続けている。
「――っ!?」
シルルンの異常行動にプルとプニは目を丸くした。
「プルも転がるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニは楽しそうにシルルンを追いかけて転がっている。
しばらくするとシルルンはピタリと動かなくなったが、ムクリと上体を起こした。
「『アイテム鑑定』が超ほしい……」
俯いたままのシルルンが呟いた。
「『アイテム鑑定』デスか?」
「プニも『アイテム鑑定』は持ってないデシ……」
「まぁ、アプレーザルの魔法(鑑定の魔法)でもいいんだけど、とにかく茸を鑑定したいんだよ……」
「フフッ……またガダンのところに頼めばいいじゃない?」
「……ドライアドの果物だけだったときはそう思ってたけど、うさポンの茸は種類が多いから面倒なんだよね。それにこうなったら僕ちゃんの店で売りたいんだよ」
シルルンの店の2階ではメイが宝石を販売しているが、1階はアダマンやオリハルの武具を展示しただけで何も販売しておらず、店員すらいないのだ。
「だったら『アイテム鑑定』を持ってる奴隷を買えばいいじゃない?」
「いや、できるだけ戦闘や商売目的で奴隷は買いたくないんだよ」
「フフッ……それなら奴隷を買う前に交渉すればいいのよ」
「交渉?」
シルルンは怪訝な視線をラーネに向けた。
「奴隷を買う前に『アイテム鑑定』をいくらで売るかって交渉よ」
「『アイテム鑑定』を……売る?」
シルルンは怪訝な面持を深めた。
「フフッ……交渉が成立すれば奴隷からプニが『略奪譲渡』で奪えばいいのよ」
「――っ!?」
はっとなったシルルンは思わずラーネを見つめた。
「このやり方だと問題ないんじゃない? 要はお金の問題だけだから」
「……なるほど、確かにその通りかも……『アイテム鑑定』を持ってる魔物も知らないしね……」
「でも、私が言いたいのは『アイテム鑑定』だけじゃなく、珍しい魔法や能力はことごとく奴隷から買うべきだと考えてるわ」
ラーネは獰猛な笑みを浮かべている。
「さすが、ラーネ……強さに関しての執着は半端ないね……」
真剣な表情を浮かべたシルルンは逡巡してみたがそれ以外に方法はないように思えた。
「セーナッ!! セ~~ナはいるかい!?」
一転して声を張り上げて走り出したシルルンは個室から躍り出て、食堂に直行した。
「ご、ご主人様、どうされたのですか?」
セーナは面食らった表情を浮かべており、隣にいたメイも驚いているようだ。
「また奴隷屋に行くからついてきてほしいだよ」
「わ、分かりました」
「ただ、僕ちゃんはできるだけ奴隷を増やしたくないんだよ」
「は、はい……」
意味が分からないセーナは戸惑うような表情を浮かべた。
「だからセーナにやってほしいのは交渉なんだよね。奴隷が持ってる魔法や能力をいくらでなら売るかって交渉をやってほしいんだよ」
「……整理しますと奴隷が所持している魔法や能力を買い取る交渉を私がするということでよろしいでしょうか?」
「さすがセーナ!! 話が早い!!」
「ですがご主人様、奴隷から魔法や能力だけを買っても移す手段がありませんがよろしいのでしょうか?」
「うん、それはこっちでやる。段取りとしてはセーナが魔法や能力を買い取る値段を奴隷と交渉する。交渉が成立すればその奴隷を買って、その奴隷から魔法や能力を買い取ってその奴隷を解放するって感じかな」
「分かりました」
セーナは納得できたようで素直に頷いた。
「シルルン様、その内容でしたら私もお連れ下さい。私は『人物解析』を所持していますのでお役にたてると思います」
「えっ? でもセーナとメイの両方はここから離れられないでしょ?」
「ボニーさん達がいますので問題ないと思います」
「えっ!? あの5人が?」
「はい。ボニーさん達は努力家で人当たりも良く、今では私とセーナさんに次ぐ実力者になっています」
「へぇ~!! あの5人が……僕ちゃんのイメージではヘロヘロだった記憶しかないよ。でも、メイがそう言うんだったらそうなんだろうね」
「それでは私はボニーさん達と引継ぎをしてきますので失礼します」
そう言ってメイは洞穴の奥に歩いていった。
「他にも実力者はいるのかい?」
「はい、もちろんです。1000人いた中で5人が残りました。現在はメイさんと私で指導しています」
「あはは、だったらもう1000人ほど連れてこようか?」
「本当ですか!? 私としては大歓迎です!!」
「えっ!? そうなの?」
冗談で言ったシルルンは面食らった表情を浮かべた。
「現在、第四区画にメイさんがお店を次々に建てているんです。商品は私達が作った洋服や細工品などを売っているんです」
「えっ!? マジで!? 出店してるのはガダンの店だけだと思ってたよ」
シルルンは雑用の女達を見てみるとボロボロだった服が綺麗な服に変わっていることに気づいて目を見張る。
「メイさんは私のお店も建ててくれました。今は何を売ろうかと考えていてとても楽しいです」
セーナはこぼれるような笑みを浮かべた。
「なるほど……洋服や細工品か……材料はガダンから買ってるの?」
「いえ、買っていません。ですので材料は羊の毛と珍しい石、あとは木工品ですね……」
セーナは微かに表情を曇らせた。
「えっ!? なんでなの? 買えばいいじゃん」
「……メイさんは口にも顔にも出しませんから、これは私の憶測ですがガダンさんに対抗意識をもっているように思えます」
「う~ん、確かにメイは負けず嫌いのところがあるよね……とりあえず、これを置いとくよ」
シルルンは魔法の袋から前に買い込んでいた麻ボルト9本、綿ボルト9本、糸車9台、織機9台、細工道具、大工道具を取り出して、『念力』で一気にテーブルに並べた。
「麻ボルトに綿ボルト……それに細工道具!! これは皆さん喜ぶと思います!!」
「まぁ、雑貨屋に行く機会があったらまた仕入れておくよ」
「ありがとうございます!!」
セーナは深々と頭を下げた。
「シルルン様、お待たせいましました」
「うん、じゃあ、行こうか」
シルルン達は『瞬間移動』で掻き消えて、奴隷屋の前に現れる。
「お、お前はこの前のガキ!! どこから現れやがった!?」
「てめえのせいで酷ぇ目にあったんだぞ!! ぶち殺してやるっ!!」
前回、プルにぶちのめされ、ガチムチの男に階段から蹴り落とされた男達が殺気を放っている。
「またぶちのめしてやるデス!! ビリビリスクリューパン……」
「いや、そのパンチは間違いなく死ぬからダメ!!」
シルルンは慌ててプルを止めると同時にシルルンの目が怪しく輝いた。
「石になったデス!!」
「デシデシ!!」
唐突に男達が石になって動かなくなり、メイ達は大きく目を見張った。
「あはは、『石化』の能力だよ。まぁ、この2人には僕ちゃん達が帰るまでここで石になっててもらうよ」
「……プニも『石化』が欲しいデシ!! 『石化』はメデューサが持ってたデシ!!」
「まぁ、プニがそう言うだろうと思って死体を取っておいたんだよ」
シルルンは魔法の袋からメデューサの死体を取り出して地面に置いた。
それを見たメイとセーナは恐怖して後退る。
「マスターありがとデシ!!」
プニは嬉しそうに『死体吸収』でメデューサの死体を吸収した。
「じゃあ、中に入ろうか」
シルルン達は店の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませっ!!」
ズラリと並んだ女達が一礼し、笑顔でシルルン達を出迎えた。
その女達の1人がにっこりと笑いながらシルルン達に向かって歩いてくる。
「ご案内させていただくススララです。今日はよろしくお願いします。それではこちらへどうぞ」
「うん」
シルルン達はススララの後についていく。
巨大なホールを歩いていくと様々な店が並んでいるのは変わりないようだ。
「今日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」
「うん、鑑定系の能力を持ってる奴隷を捜しているんだよ」
「なるほど。『鑑定』の能力を所持する奴隷は多数いますのでご満足していただけると思います」
「へぇ、さすがに第二区画で一番大きい奴隷屋だけはあるね」
シルルンは満足げな笑みを浮かべた。
「ですがその前にお買い得奴隷をご紹介させて下さい。これは私の意思ではなく店の方針なので、すみませんがお付き合い下さい」
ススララは申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げた。
「ふぅん、店の方針なら仕方ないよね。ていうか君は奴隷店員なのかい?」
「はい、私はこの店の奴隷です……お客様は当店をご利用なさったことがおありなのですね」
「あはは、まぁね」
「私はセーナと申します。私はこの店で買ってもらった奴隷なんですよ」
ススララは歩きながらセーナの身体を上から下まで観察して驚いたような顔をした。
奴隷であるセーナが高額なミスリルドレスを着ているからだ。
「……良い主人に出会えたようで羨ましいですね」
ススララは取り繕うように苦笑した。
「シルルン様、ススララさんは『人物解析』を所持しております。候補に入れてもよろしいのではないでしょうか?」
メイがシルルンの耳元で囁いた。
「えっ!? そうなんだ……」
(メイがこの時点で薦めてくるということは人柄も含めてセーナ級の実力者ということか……)
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
「それではこちらのお部屋になります」
扉の前で立ち止まったススララが扉を開けて、シルルン達は中に入った。
部屋の中は多数のテーブルが並んでおり、様々な種族の奴隷達がテーブルを囲んで談笑していた。
「こちらの席でお待ち下さい」
奴隷達がいるところから少し離れた場所に10ほどのテーブルが並んでおり、そこにシルルン達は案内された席についた。
シルルン達の他に3グループほどの客がいて、それぞれのテーブルの前には奴隷と案内役が立っており、客と話し込んでいる。
「私がいた頃とはシステムが変わっているようで驚いています」
「あはは、確かにこんなのなかったもんね」
「お待たせ致しました。お薦めしたいお買い得奴隷はこちらになります」
ススララが連れてきたのはエルフの女だった。
いわゆる、白エルフという種族である。
その容姿は色白で耳は長く髪は腰辺りまで伸ばした金髪で、顔は高価な彫刻像のように整った美形で身体はスレンダーで長身だった。
メイとセーナは女性であるにも拘らず、目の前の白エルフの容姿に思わず見とれてしまうほどの美女だった。
我に返ったメイは思わずシルルンを横目で見てみるとシルルンは大きなあくびをして眠たそうにしていた。
そんなシルルンを見たメイは思わず微笑んでいた。
「ご、ご主人様はこんな美女を目の前にしても平然としておられますね。いったい、どんな女性が好みなんでしょうか?」
セーナはメイの耳元で囁いた。
「……私にも分かりません」
「知らない魔法をいっぱい持ってるデシ!!」
プニが驚いた表情で思念で言った。
「あはは、おそらくエルフだから精霊魔法だと思うよ。精霊魔法は【精霊使い】しか使えない魔法なんだよね」
「そうなんデシか……」
プニは残念そうな表情を浮かべている。
「お客様、いかがでしょうか? このクラスになると3000万円以上は確実なのですが、お買い得商品になっておりますので1000万円でご提供しております」
ススララは探るような眼差しをシルルンに向けた。
「やめとくよ」
シルルンはきっぱりと断った。
「あ、あの……所持金の問題なのでしょうか?」
信じられないといった表情のススララが躊躇いがちにシルルンに尋ねた。
「いや、お金はたくさん持ってるんだよ。それに【精霊使い】は欲しいと思ってるけどそんなの言い出したらキリがないから本当に欲しいときしか買わないことにしてるんだよ」
「これは強敵ですね……」
ススララはシルルン達に聞こえないような小声で呟いて、手に持っているリストを凝視している。
「それでは別の奴隷をお連れしますのでお待ち下さい」
ススララは白エルフを連れて奴隷達がいるほうに歩いていった。
「あの白エルフは確かにお買い得だったと思います。ススララさんは3000万円と言いましたが私は5000万円出しても買えないと思いました」
「それならなぜ、1000万円で売っているのでしょうか?」
怪訝な表情を浮かべたメイがセーナに尋ねた。
「それはおそらく、奴隷証書に制限があるからだと思います。この場合だと奴隷証書の特記事項に主人選定などが書かれていると思います」
「そのような契約内容もあるんですね」
メイは驚いたような顔をした。
「はい。この内容だと奴隷が主人を選ぶ契約なので売ることが難しく、値段を下げるしか方法はないのだと思います」
「お待たせ致しました」
ススララが連れてきた奴隷は今度もエルフの女だった。
だが、肌が褐色の闇エルフだ。
闇エルフは知識が乏しい人からは黒エルフと間違われることがあるが、メローズン王国では人して認められている。
その容姿は先ほどの白エルフ同様に美しく、髪は腰辺りまで伸ばした銀髪だが身体はムッチリとしており、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「いかがでしょうか? この闇エルフのバストは100を超えています」
清楚系から転じてセクシー系に戦術を変えたススララはほくそ笑む。
「あら、可愛いじゃない」
闇エルフは羽織っていた前開きのローブを広げて巨乳を露にして、シルルンにゆっくりと近づいていく。
「ひ、ひぃいいぃ!? す、吸い込まれて死ぬ!?」
セルキアの胸がフラッシュバックしたシルルンは震え上がって後ずさる。
巨乳が目前まで迫り、シルルンは目の中に絶望の色がうつろうが闇エルフの動きが止まる。
「……可愛いけどそれだけじゃねぇ。やっぱり、男は強くなくちゃいけないわよ」
闇エルフは踵を返して元の場所に戻っていった。
「ふぅ~、危ないとこだったよ……」
シルルンの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「……本当に強敵ですね」
この展開にススララは小声でそう呟きながらも再び、リストを凝視する。
「ご主人様、私は他の奴隷を見てこようと思います」
「私もセーナさんに付き添います」
セーナとメイは立ち上がって部屋から出て行った。
この調子だと結局は奴隷を買わず、時間の無駄になると見切りをつけたのだ。
残されたシルルンは次は何が来るんだと身構えるのだった。
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