141 上層⑧ 修修
「なんて数だ……さすがにやべぇんじゃねぇのか?」
「うん、全部合わせると八千匹ぐらいいるからね。でも、黒亜人はその内の五千匹ぐらいだよ」
シルルンが『魔物探知』で魔物の数を視ながら言う。
「あぁ? それでも十分多いだろ」
シルルンたちは森に戻って果物を補給してから休息し、再び黒亜人たちの拠点に侵入して、二本に分かれていたルートを右方向に進むと洞穴を発見し、その洞穴の中に入ってみるとそこは巨大な部屋だったのだ。
「五千匹を相手にしたらさすがにヤバイけど黒亜人はこの部屋を守ってるみたいだから全部を相手にすることはないと思うんだよね」
「どういうことだ?」
「要するに黒亜人は外から他の魔物たちに攻め込まれてて、その数が三千匹ぐらいで僕ちゃんたちが黒亜人五千匹の後ろにいるんだよ」
「なるほどな……黒亜人は前の敵と後ろの俺たちを相手にしないといけない訳か……」
「うん」
シルルンは思念で全てのスタッグ ビートルに「空中から魔法で攻撃しろ」と指示を出し、アメーバたちを前面に展開して防御陣を構築して、シルルン達は黒亜人の群れにゆっくりと近づいていく。
空中から二百匹ものスタッグ ビートル達が一斉にエクスプロージョンの魔法を唱えて広範囲が大爆発し、巻き込まれた黒亜人の群れは激しく吹っ飛んだ。
だが、この魔法攻撃による死者の数はそれほど多くはなく、むしろ、いつの間にか背後を取られていたことの驚きのほうが勝っていることが黒亜人達の表情から窺える。
「あぁ? あんまり効いてねぇじゃねぇか」
「……うん、ここにいる黒亜人の群れは高レベルだからエクスプロージョンの魔法の一発程度じゃ倒せないんだよ」
「あぁん? なんでそんなに極端なんだよ」
「たぶん……外に出れたルートからレベルの低い黒亜人たちが頂上に進軍して、生き残った個体がここに集まっているんだよ。それでさらにここで戦闘を繰り返して生き残ってるから高レベルになってると思うんだよね」
「おいおい、そんなのが五千もいるのかよ」
「でも、挟撃するチャンスでもあるんだよ」
黒亜人の群れは瞬時に五百匹ほどが反転してアメーバたちに向かって突撃し、それと同時に前面で魔物の群れと戦闘を繰り広げていた黒ハーピー五百匹ほども反転してスタッグ ビートルたちに空中戦を仕掛けた。
「さすがに高レベルだけあって対応が早いね」
シルルンは魔法の袋から緑色の果物を大量に取り出して、防御陣を構築しているアメーバたちに向かって転がし、「体力が危なくなったら食べろ」と思念で指示を出す。
突っ込んでくる黒亜人の群れに対してアメーバ達は一斉に『溶解液』を吐くが、そのほとんどを躱されて一気に肉薄されて一斉攻撃を受けるアメーバ達。
「――えっ!? やべぇ!?」
『魔物解析』でアメーバ達の体力を視ていたシルルンは驚きのあまりに血相を変える。
一斉攻撃によって予想外に体力を大幅に減らした個体達がいたからだ。
体力を大幅に減らしたアメーバは三匹で、その三匹はすぐに体内に保管していた緑色の果物を『捕食』して体力が全快する。
慌ててスタッグ ビートル五十匹を思念で呼び戻したシルルンは、魔法の袋から緑色の果物を大量に取り出して、アメーバ達のほうに転がしていく。
アメーバたちは次々にシールドの魔法を唱えて透明の盾を前面に展開しながら、後方から転がってくる緑色の果物を体内に取り込んでいく。
「ふぅ~、これで即死するような攻撃を受けない限りは大丈夫だよ」
空からスタッグ ビートル五十匹が飛来し、アメーバ達の前面に加わって防御陣の強度が増したが、それでも百対五百の戦いなので劣勢だった。
「……そういうことか」
シルルンが黒亜人の群れを見ながら呟く。
「あぁ? どうしたんだ?」
「黒ゴブリンと黒コボルトが亜種でゴブリン ファイターとコボルト ファイターだったんだよ……反転してきた大半が黒ゴブリンと黒コボルトだと思ったから、はっきりいって弱いと思い込んでいたからちゃんと視てなかったんだよね」
「……そいつらは強ぇのか?」
「う~ん……アメーバたちだけじゃ苦戦するけど、スタッグ ビートルがいれば問題ない強さだね。だけど、黒ゴブリンにも黒コボルトにも一匹だけロードがいるんだよ。この二匹は強いね」
「勝てねぇのか?」
「あはは、そこまでの強さじゃないよ。せいぜい、強い部類の上位種程度だよ」
「だったらなんで攻撃しねぇんだよ?」
「スタッグ ビートルを待ってるんだよ……ていうか、やけに手間取ってるね……」
空中戦を繰り広げているスタッグ ビートル百五十匹は果敢に黒ハーピー五百匹を攻めているが、その攻撃をことごとく回避されて逆にウインドの魔法で攻撃されて劣勢だった。
「……いやいやいやなんでだよ!?」
シルルンは黒ハーピーを『魔物解析』で視てみる。
「――えっ!? こっちも亜種かよ……ハーピー ウォーリアーか……」
「……黒ハーピーのほうが動きのキレがいいな」
「えっ……そうなんですか? 私には動きが速すぎてどっちが優勢なのか分かりません」
「まぁ、スタッグ ビートルは万能タイプで空も飛べるけど得意じゃないから空中戦は黒ハーピーのほうが分があるようだね……だけど……」
シルルンは空中で戦いを繰り広げている精鋭スタッグ ビートル達に『反逆』を発動し、残りのスタッグ ビートル百四十匹を思念で呼び戻す。
「おっ? クワガタの動きが急に速くなりやがった。『反逆』を使ってるのか?」
「まぁね、あのままじゃ負けはしないけど勝つのに時間がかかるからね」
精鋭スタッグ ビートルたちの飛行速度が急激に跳ね上がり、大顎の餌食になって身体を両断された黒ハーピーたちが次々と落下していく。
その光景を目の当たりにした黒ハーピー達は戦慄して息を呑む。
「これで空のほうの勝ちは時間の問題だね」
シルルンは地上の戦いに視線を転じると、空からスタッグ ビートル百四十匹が飛来して防御陣に加わり、黒亜人の群れの猛攻を押し返し始める。
「よし、俺も攻撃に加わってくるぜ!!」
「戦ってきます」
ダイヤはシルルンの肩からピョンと跳び下りて、ピョンピョン跳ねていき、ザラも身体を砂に変質させて飛んで行った。
「こっちの戦いはどうなんですか?」
「こっちが有利ではあるけど全滅させるのには時間がかかるだろうね」
「えっ!? 私の仲間が二百匹近くいるのにですか?」
「……主力の精鋭が空にいることもあるし、黒ゴブリンや黒コボルトは一番弱い個体でも亜種のファイターで、上位種のハイ ゴブリンやハイ コボルトもいるしロードもいるからね……それにソーサラーが魔法を使うから傷を治してる上に僕ちゃん達みたいにドライアドの果物でも傷を治してるからね」
「そ、それは厄介ですね」
「まぁ、空にいる精鋭たちが戻ってくれば早いと思うけどね」
戦場ではハイ アメーバであるターコイズが前面に出ており、ハイ ゴブリンやハイ コボルトと激戦を繰り広げている。
ターコイズはシールドの魔法を前面に展開しながら『溶解液』や『強酸』を吐いて攻撃しているが、ハイ ゴブリンやハイ コボルトはそれをことごとく回避しながらシールドの魔法を破壊してターコイズに短剣の連撃を叩き込んでおり、緑色の果物がなければ敗れている状況だ。
スタッグ ビートル達もターコイズを守りながら戦っているが、一番弱い個体であるゴブリン ファイターとコボルト ファイターですらスタッグ ビートル達の素早さを上回っており、一撃必殺である大顎の一撃もなかなか当たらないのだ。
しかも、ハイ ゴブリンやハイ コボルトは十匹ほどいるのである。
「あぁ? ここが最前線みたいだな!!」
ダイヤはハイ ゴブリンやハイ コボルトと激戦を繰り広げているターコイズの頭の上にのり、ターコイズは目を丸くする。
「心配するな!! 俺が来たからには助けてやる!! 『七色光線』!!」
ダイヤは体を左右に振りながら七色の光線で黒亜人の群れをなぎ払う。
なぎ払ったことにより広範囲の黒亜人たちの目が眩んでパニックに陥り、その隙をスタッグ ビートル達は見逃さずに大顎の一撃を繰り出して、黒亜人達は体が上下に分かれて血を噴出させながら崩れ落ちる。
この状況に黒亜人達は怯んで攻撃の手が止まり、唐突に地面の土が石の槍に変わって黒亜人たちを貫いた。
ザラもダイヤ達の近くにきており、砂の状態でふわふわと浮かんでいた。
「砂の状態でも攻撃できるのかよ……全く便利な体をしてやがるぜ」
ダイヤは『七色光線』を撃ちまくり、スタッグ ビートル達は目の眩んだ黒亜人達を大顎の一撃で両断していき、ザラも空中から『土操作』で地面の土を石の槍に変えて黒亜人達を攻撃して、黒亜人達の数を減らしていく。
だが、ハイ ゴブリンやハイ コボルトが『七色光線』を掻い潜り、標的をターコイズからダイヤに変えてダイヤに跳び掛かって集中攻撃する。
「はわわわわ!? ダイヤさんがピンチです!!」
上空から戦いを見ていたシーラが悲鳴を上げる。
「無駄だ無駄!! 俺にはお前ら程度の攻撃は効かねぇなっ!! 『破壊光線』!!」
ダイヤの体からまばゆい閃光が放たれ、ハイ ゴブリンとハイ コボルトは咄嗟に転がって回避に成功したが、後ろにいたゴブリン ファイターとコボルト ファイターはまともに受けて十匹ほどが大ダメージを受ける。
「す、すごい!! ダイヤさん強いです!!」
これにはターコイズも近くにいたスタッグ ビートル達も驚きの表情を見せている。
「あはは、ダイヤの守備力はレベル一の段階で千だったからね。それに守備力が三倍になる『金剛』も持ってるから物理でダイヤにダメージを与えるのは難しいと思うよ」
しかし、この戦いを後方で静観していたゴブリンロードとコボルト ロードが痺れを切らして動き出した。
ゴブリンロードとコボルト ロードはミスリルの武具を身につけており、ダイヤ達の前までやってきた。
「あぁ? あれが敵のボスか? 面白れぇ!! 俺が相手をしてやるぜ!!」
ダイヤはターコイズの頭からピョンと跳び下りてピョンピョンと進み出て、ゴブリンロードとコボルト ロードと対峙する。
ゴブリンロードが凄まじい速さで突進してダイヤに短剣を突き刺した。
「効かねぇなっ!! 『破壊光線』!!」
ダイヤがまばゆい閃光を放ち、ゴブリンロードは左に跳躍してまばゆい閃光を躱したが、コボルト ロードがファイヤの魔法を唱えて、ダイヤは激しい炎に包まれた。
「ぎゃああああああああぁぁぁ!? い、痛ぇえええええええぇぇ!?」
ダイヤは炎に包まれながら地面を転がっている。
「はわわわわっ!? ダイヤさんが炎に焼かれてピンチです!!」
「……ダイヤは軽減系の能力を持ってないから魔法や能力攻撃には弱いんだよね」
シルルンは後方で静観していたが前線に向かって歩き出す。
コボルト ロードは地面をのた打ち回るダイヤを見て嘲笑っており、ゴブリンロードは後方に控えているハイ ゴブリン五匹をターコイズに突撃させる。
ターコイズは前面にシールドの魔法を展開して迎え撃つが、シールドの魔法は一瞬で破壊されて滅多切りにされている。
だが、アメーバ種は体内のコアを破壊されない限り死ぬことはなく、ターコイズはコアを上手く移動させて攻撃を凌いでおり、すぐさま十匹ほどのスタッグ ビートル達が駆けつけて戦いに加わる。
コボルト ロードとハイ コボルト五匹には二十匹ほどのスタッグ ビートル達が攻撃しているが互角の戦いになっており、コボルト ロードは戦いをハイ コボルト五匹に任せてダイヤに向かって歩いていく。
「……果物を持ってなかったら焼け死んでたところだぜ」
地面を転がって炎の消火に成功したダイヤは焦りの表情を浮かべている。
コボルト ロードは再びファイヤの魔法を唱えようとするが、上空から無数の尖った石が迫っているのを感知して後方に跳躍して躱した。
上空に浮遊するザラは『土操作』で地面の土を石の槍に変えてコボルト ロードを追撃するが、難なく躱されてコボルト ロードはウインドの魔法を唱えて、風の刃がザラの体を切り裂いた。
「ザラっ!?」
しかし、二つに分かれたザラの体は再び一つにまとまった。
「少しだけダメージを受けましたが大丈夫です」
「な、なんだよ……便利な体をしてやがるぜ。『破壊光線』!!」
ダイヤは『破壊光線』を放つがコボルト ロードは跳躍して躱しながらファイヤの魔法を唱えようとするが、ザラが『石槍』を放って無数の尖った石が空中から降り注ぎファイヤの魔法を唱えさせず、戦いは膠着状態へと移行する。
ターコイズたちとハイ ゴブリンたちの戦いは一向に決着がつかず、ゴブリン ロードはさらにゴブリン ファイター十匹を戦いに加えたが、それでもターコイズは凌いでみせた。
怒りに顔を歪めたゴブリン ロードは突撃して、ターコイズを守るスタッグ ビートルたちを一瞬で斬り裂いてスタッグ ビートルたちは大ダメージを受けて地面に転がって虫の息だ。
一瞬で半数以上のスタッグ ビートルが戦闘不能になり、ターコイズの守りが薄くなったところをゴブリン ファイターたちとハイ ゴブリンたちが一斉に集中攻撃してターコイズは必死に体内のコアを移動させて凌いでいる。
怒り狂ったゴブリン ロードは凄まじい速さでターコイズに目掛けて突撃して攻撃しようとするが、唐突に体が動かなくなった。
「……もう!! そういう戦術はやめてよね」
シルルンは『念力』でゴブリン ロードを押さえ込みながら、祝福の短剣をゴブリン ロードの腹に突き刺した。
ゴブリン ロードの顔が驚愕と恐怖が織り交ざったものに変わり、ゴブリン ロードは全力で動こうとするが身体はピクリとも動かなかった。
シルルンはゴブリン ロードの腹から祝福の短剣を引き抜き、さらに腹を数回刺しながら「動けないスタッグ ビートルたちに果物を食べさせて」と精鋭アメーバたちに指示を出す。
ゴブリン ロードは腹から血を吹き出し、顔が痛みで歪んであまりの恐怖に身体がガタガタと震えており、ハイ ゴブリンたちも恐怖で身体が硬直して動けなかった。
シルルンが前線に出てきたことにより戦況が一変し、ターコイズはパーっと表情が明るくなり、半壊して動けないスタッグ ビートルたちは精鋭アメーバたちに緑色の果物を貰って食べて、体力が全快して起き上がる。
「う~ん、上位種やロードは精鋭たちの経験値にしようと思ってたんだけどどうしょうかなぁ……」
だが、そこに黒ハーピーを皆殺しにした精鋭スタッグ ビートルたちがシルルンの元に飛来する。
「あはは、丁度良かったよ」
シルルンは思念で精鋭スタッグ ビートルたちに「上位種とロードを倒せ」と命令した。
精鋭スタッグ ビートルたちは凄まじい速さで一斉に襲い掛かり、動けないゴブリン ロードとハイ ゴブリンたちは大顎でバラバラに解体されて血を噴出させながら肉片へと変わったのだった。
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