133 上層① 修
「……あなたいつまでそうしてるのよ」
湖に住む水の妖精ウィンディーネが訝しげな目をシルルンに向けている。
その姿はほとんど人族と見分けがつかないが肌の色は薄い水色で、とても美しいが全裸だった。
プルたちが湖に消えてから二日が経過しているが、シルルンは膝を抱えて座り込んでぼーっと湖を見つめながら、めそめそ泣いていた。
「……だいたい、自我意識がある者を無理矢理にテイムしようとしたあなたが悪いのよ」
その言葉に、シルルンははっとしたような顔をした。
(……そうだ、僕ちゃんはなんで自我意識があるのにテイムしようとしたんだろうか?)
シルルンはいくら考えても答えに辿り着けなかった。
「ちょっと前に黒いドラゴンを連れた人族がここに来たことがあったけど、私たちと楽しい談笑をして帰っていったわ。それに比べたらあなたは誘拐犯ね」
「……ぐっ」
(耳が痛い……)
返す言葉がなく、シルルンは俯いて押し黙ったままだ。
「……さっさと出て行ってよね」
そう言ってウィンディーネは湖の中に消えていった。
「……ウィンディーネが言うように確かに今回のことは僕ちゃんが悪い」
シルルンはプルたちのことを思い出して目を潤ませてめそめそと泣き出した。
「……まずはどうやって拠点に戻るかだよね」
意を決して立ち上がったシルルンは踵を返して歩き出し、最早、その顔に迷いはなかった。
「……いつまでここにいるつもりなんだ?」
『基本的にヘタレ』は呆れた顔でシルルンを見つめている。
彼は心象世界で消滅したはずだがなぜか生きており、現実世界に存在しているのだ。
現実世界に出現した『基本的にヘタレ』はこの世界の色鮮やかさに驚いて放心状態に陥っていたが、我に返った彼は膝を抱えてめそめそと泣いている少年が自身の本体だと直感的に理解した。
『基本的にヘタレ』は本体に何度も話しかけたり、身体に触れてみたりしたが本体は何の反応も示さなかった。
「チィ、どうやら本体には俺の存在が分からねぇみたいだな……しかもこの身体はなんなんだ? 何もねぇじゃねぇか……」
現在の彼の姿を見ることができる者は皆無だが、見ることができたとすれば光の球体のように見えることだろう。
そして、『基本的にヘタレ』が現実世界に出現してから一日が経過する。
「おいっ!! いつまでこんなところでめそめそしてんだっ!! いい加減に立ち直れよ!!」
業を煮やした『基本的にヘタレ』が声を張り上げたが、その声はシルルンには届かない。
痺れを切らした『基本的にヘタレ』は辺りを探索しようとシルルンから離れた。
「――っ!? やべぇ!?」
だが、シルルンから十メートルほど離れたところで彼の体の一部が消滅し、『基本的にヘタレ』はその動きを止めた。
「なんだよこれ……本体から離れすぎると俺は消えるのかよ……」
『基本的にヘタレ』は呆然としていたが、仕方がないのでシルルンの元に戻って二日が過ぎた。
「おっ、何か出てきたな……」
湖の中からウィンディーネが現れてシルルンに話しかけている。
「ん? どういうことだ!?」
『基本的にヘタレ』は湖に映った自身の姿を見て愕然とする。
「なんで小さくなっている?」
(本体から離れすぎたせいか? それとも元々俺の命には制限時間があるのか?)
『基本的にヘタレ』は十センチメートルほどの光の球体だったが、今の大きさは五センチメートルほどになっていた。
「……チッ、本体が動き出したとしても寿命だったらどうにもならねぇな」
しばらくすると、シルルンが立ち上がって歩き出す。
「どうなるか分からんが足掻いてみるか……」
『基本的にヘタレ』は遠ざかっていくシルルンの背中を追いかけたのだった。
いい加減な上層の地図&シルルンが記憶している魔物の分布図
シルルンは湖を後にして、東に向かって歩いていた。
ウォーター エレメンタル種は湖の外にも多数おり、シルルンとすれ違うが攻撃されることはなかった。
「……なるほどね、僕ちゃんが塞ぎ込んでる間に他の魔物に襲われなかったのはエレメンタル種がいたからか……」
シルルンとすれ違う魔物はウォーター エレメンタル種だけではなく、アイス エレメンタル種の姿も多数ある。
数が少ないのがエアー エレメンタル種とサンダー エレメンタル種で、シルルンが歩いているとエアー エレメンタルとサンダー エレメンタルがシルルンの周りをくるくる回りだした。
「あはは、二匹とも下位種の子供みたいだね」
シルルンは魔法の袋に手をかけたがその手を離した。
彼は餌をあげようとしたが、エレメンタル種が何を食べるのか分からなかったのだ。
「……あら、あなたはメーメー泣いてた人族じゃない」
大量の果物を抱えたウィンディーネが奇異の目をシルルンに向ける。
「うぅ……」
(ウィンディーネは口が悪すぎるだろ……)
シルルンは表情を曇らせる。
「でもあなた、邪気が消えたわね……涙と一緒に流れたのかしら……」
ウィンディーネはシルルンの周りをくるくる回っている二匹のエレメンタルに視線を向けながらを言った。
悪戯心が満載のレッサー サンダー エレメンタルはシルルンに稲妻を放って空高く逃げ出すが、シルルンが何の反応も示さないので戸惑っている。
シルルンは『雷吸収』を所持しているので、稲妻を受けると体力が回復するというおかしな体質になっているのでダメージはないのだ。
「邪気? 何のことか分からないけど果物がそんなに取れる場所があるんだ」
「南に行けばドライアドが住んでるいのよ」
「へぇ、ドライアドもいるんだ」
「ドライアドは植物をたくさん育てているから私たちが水を供給してるのよ。それよりあなたはペットを連れていないけど諦めたの?」
「……いや、諦めるわけないじゃん……いったん、拠点に戻って水中を探す方法を考えるつもりだよ」
「ふふふ、連れ戻せるといいわね。でもあの子を見つけるのは難しいわよ」
「うん、分かってるつもりだよ……ありがとう」
シルルンは進路を南に変更して歩き始めた。
「……ドライアドは見たことがないから楽しみだよ」
だが、その言葉に誰も反応するはずもなく、シルルンは立ち止まってプルたちはいないんだと痛感し、悲しい表情を浮かべるが再び歩き始めた。
シルルンは歩き続けているが戦いになるような魔物は一匹もおらず、砂地が土に変わって森に変わる。
すると、シルルンを追いかけていたエレメンタル種の子供たちはいなくなっていた。
シルルンは森の中に入ると花が咲き乱れていたるところに生え茂る木々には果物の実が多数生っており、ドライアドたちが果物を収穫していた。
ドライアドの姿はほとんど人族と変わらないが肌の色は草色でとても美しく、木、葉、茎で作られた装備品を身に着けていた。
シルルンが森の中を歩いていくとドライアドたちは不審げな目をシルルンに向けていたが、すぐに何事もなかったように果物の収穫作業に戻る。
「ふ~ん、この辺も平和そうだね」
シルルンは進路を東に変えて歩いていくとドライアド種がほとんどいなくなり、魔物と遭遇する。
「えっ!? スタッグ ビートル種(クワガタムシの魔物)じゃん!! こんなとこにいたんだ!?」
シルルンは瞳を輝かせた。
スタッグ ビートル種の群れは巨大な花の蜜を飲んだり、巨大な木に実っている果物を食べている。
スタッグ ビートル種は草食で攻撃しなければ基本的には襲ってくることはないのだ。
「う~ん、迷うな……」
(スタッグ ビートル種にしようかな……ていうか、ルークもここでハイ スタッグ ビートルをペットにしたんだろうね……僕ちゃんのとこに連れてきた上位種はメスだったけど……)
シルルンは考え込むような表情を浮かべている。
すると、白い魔物がシルルンの前まで歩いてきて止まった。
「……真っ白のスタッグ ビートルじゃん!! こんな個体もいるんだ」
真っ白のスタッグ ビートルはじーっとシルルンを見つめており、襲ってくる気配はなかった。
シルルンは違和感を覚えて『魔物契約』で真っ白のスタッグ ビートルにコンタクトを試みる。
「……私の言葉が分かりますか? 私の名前はシーラといいます……私の言葉が分かりますか?」
「えっ!? 下位種なのに自我意識があるのかよ!?」
シルルンはビックリして目が丸くなる。
「わ、私の言葉が分かるんですか!? 良かったですぅ!!」
「……ま、まぁね、それで僕ちゃんに何か用?」
「信じてもらえるか分かりませんけど、私は元々は人族だったんです……」
「えっ!? マジで!? どういうこと!?」
「……私は小さな村に住んでいたんですけど、その村が山賊に襲われて私は殺されました。でも、気が付いたら魔物になっていたんですよ」
「えっ!? 人族からスタッグ ビートル種に憑依か転生したってこと!?」
「えっ!? 信じてくれるんですか!?」
「えっ!? 嘘なの!?」
「本当ですっ!!」
「……だったらたぶん、憑依か転生してると思うよ……まぁ、詳しく話を聞かないとどっちかは分からないけどね」
「詳しいんですね」
「まぁ、うちにも憑依できるペットがいたからね。それで君は卵から生まれたのかい?」
「はい、そうです。卵から孵化した時から今の記憶はありました」
「じゃあ、転生だと思うよ……ていうか、ほんとに転生ってあるんだね……」
シルルンは興味深そうにマジマジとシーラを見つめている。
「あのう、あなたの名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「僕ちゃんはシルルンだよ」
「ありがとうございます。シルルンさんはここに住まれるのですか?」
「いや、中層にある拠点に戻るつもりだよ」
「……そ、そんな……やっと話相手が見つかったと思ったのに」
「これだけスタッグ ビートル種がいれば話せる上位種がいてもおかしくないのにね」
「大型のオスが私に何かを話しているように思えるのですが、私には理解できなくて……」
「……あぁ、たぶんその上位種は魔族語か鍬形語で喋ってるからだよ」
「えっ!? そういう言語があるんですか!?」
「うん、僕ちゃんと君が会話できてるのは、僕ちゃんが特殊な能力をもってるからできるんだよ」
「……声が直接的に頭の中で聞こえるのはシルルンさんだからってことなんですね……すごい!!」
「あはは、まぁね」
シルルンはフフ~ンと胸を張る。
「……あのぅ、私はシルルンさんについていってもよろしいでしょうか?」
「えっ!? ……いいけど君は下位種だからついてきたら死ぬかもしれないよ?」
「……死ぬのは怖いですけど、もうこんなところに一人でいたら寂しくて死にそうなんです……」
「まぁ、そりゃあそうだろうねぇ……」
シルルンは不憫に思いながらも『魔物解析』でシーラを視た。
すると、シーラは『栽培』を所持しており、シルルンは珍しい能力なので何かの役に立つかもしれないと思った。
こうして、シーラがシルルンの仲間に加わったのだった。
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シーラ レッサー スタッグ ビートル(メス) レベル6 全長約1メートル
HP 160
MP 30
攻撃力 110
守備力 100
素早さ 70
魔法 無し
能力 栽培 強力




