132 絶叫 修修
シルルンは鉱山拠点の食堂で昼食をとっていた。
「オーナー!! すごく美味しかったです!! ありがとうございました!!」
戦いに勝利した女雑用たちがシルルンに頭を下げて去っていく。
たまには美味いものも食べたいだろうと考えたシルルンが、クラブ一匹を昼食の材料として提供したのだ。
日に一食の契約で働いている女雑用たちは、クラブの身に殺到して奪い合いになったのだ。
「シルルン様、皆さんがお話があるようです」
昼食を終えたシルルンに、隣に腰掛けるメイがコップにブドウ酒を注ぐ。
すでに、プルたちは昼食を食べ終わってスプーンで食器を叩いて演奏を奏でている。
シルルンのテーブルの周りには森の魔物の討伐に参加した仲間たちがテーブルを囲んでおり、シルルンが昼食を食べ終わるのを待っていたのである。
「……分配金のことだろう? めんどくさいから一人一千万を支給するつもりだよ」
森の魔物の討伐から拠点に帰還したシルルンは、スラッグの奴隷秘書たちとファクスを連れてトーナの街の冒険者ギルドに『瞬間移動』で移動して、討伐金を受け取ったのだ。
彼らが討伐した魔物の数は三千匹を超えており、報告を受けたスラッグは口をぱくぱくさせて絶句していた。
魔物の討伐金は合計で十七億円ほどで、ハイ クラブが一億円、ロブスターとハイ コーコナット クラブが二億円だった。
ファクスの手帳にはシルルン隊の情報がびっしりと書かれており、彼は「シルルン隊の強さを世間に知らしめる」と意気揚々と去っていったのだった。
「……えっ!?」
シルルンの言葉に、皆が面食らう。
「違うわよシルルン……私たちがここに集まっているのはシルルンが上層に行くからよ。要するに私たちも連れて行けってことよ」
「それはダメだ。俺が上層に行くのは2つの目的があるからね。1つはスライムアクアの捜索、2つ目はハイ ウォーター エレメンタルとの共闘依頼だ」
「……ハイ ウォーターエレメンタル? 共闘ってどういうことなのよ?」
「この拠点にハイ ファイヤー エレメンタルが攻め込んでくる可能性があるらしいんだよ」
「なっ!?」
「だから、ハイ ウォーター エレメンタルがいないときつい戦いになるってハーヴェンがいってたからね。上層に行くからついでに共闘の話をするつもりだよ」
「だったらなおさら私たちも連れていきないさいよ。二手に分かれて片方がスライムアクアの捜索、もう片方がハイ ウォーター エレメンタルの捜索をすれば早いじゃない」
リザの提案に仲間たちも同意を示して頷いた。
「……上層にはとんでもない数の魔物がいることは知ってるよね? この拠点を見つけるときも俺とラーネしかまともに動けなかった。それこそ前回の森の魔物の討伐よりも遥かにキツイ進軍になる」
「……だ、だからって」
「それにうちはヒーラーが少なすぎる……ペットを除くとヒールの魔法を使えるのはロシェールぐらいだからね」
「……」
プルとプニという強力なヒーラーがいたから前回の強行軍が可能だったと理解している仲間たちは何も反論できずに押し黙った。
「……まぁ、今回はブラックに乗って空から捜索するつもりだから、戦うにしても空の魔物ぐらいだと思うよ」
「……なるほどね、それなら早いし地上を進むよりはマシそうね」
仲間たちの強張った顔が少しだけ緩んだ。
「俺のことよりも次の戦いに備えてリザたちには強くなってほしい」
「どういうことよ?」
「俺が上層から戻ったら、タイガー種を滅ぼす予定だからだよ」
「なっ!?」
仲間たちは驚きのあまりに血相を変える。
「もうハーヴェンとは話はついてるんだよ。ついてきたいなら最低でも通常種を倒せる実力がいる。通常種のレベル1の攻撃力はおよそ900だよ」
その数値の高さに最上級職以外の者たちは戦慄して息を呑んだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
シルルンはコップに注がれたブドウ酒を一気にあおる。
プルたちがシルルンの肩にのり、ブラックと共にシルルンはラーネの『瞬間移動』で掻き消えた。
残された仲間たちは険しい表情を浮かべながら踵を返して歩き出し、少しでも強くなるために狩場へと向かったのだった。
シルルンたちは上層のルートの前に出現する。
連れてきたのはプル、プニ、プルル、プニニ、ブラック、ラーネのいつものメンバーだ。
「トントンを連れていきたいデチ」
「ブラックに乗れないから無理だよ。トントンと一緒にいたいならプニニは拠点で留守番になるけどどうする?」
「……留守番は嫌デチ!!」
「じゃあ、行くよ」
プニニは頷き、シルルンはブラックの頭に乗ってブラックは一気に20メートルほど浮上する。
「うん、このぐらいの高さなら地上が見やすいね」
「では、出発しますぞ主君」
ブラックはゆっくりと道なりに『飛行』していく。
地上では魔物の群れが次々と中層を目指して下りていく。
シルルンたちは道なりに進んでいくとルートは左右に分かれていた。
無論、上空を『飛行』しているので地上のルートを無視して真っ直ぐに進むことも可能ではある。
「いっぱいいるデス!!」
「ぶっ殺すデチュ!!」
地上は左右から進軍してきた魔物の群れが激突して、激しい戦闘を繰り広げているのだ。
その魔物の数は万を超えている。
「……やっぱり、リザたちを連れてこなくて正解だったね……地上からここを進軍するのは無理がありすぎる」
「主君、進路は?」
「うん、右のルートに進んでみよう」
「承知!!」
ブラックは右のルートを『飛行』していく。
「右側は動物系の魔物の縄張りみたいだね」
地上の右のルートには100匹から200匹ほどの動物系の魔物の群れが多数いて、いたるところで戦いを繰り広げている。
「ぶち殺すデチュ!! ぶち殺すデチュ!!」
「デチデチ!!」
「いや、こんなのと戦ってたらきりがないよ。おそらく上のほうはもっとヤバイと思うからね……」
右のルートは弧を描くように曲がっており、ブラックは道なりに進んでいくとルートがさらに分岐していた。
道なりに進めば最初の分岐地点に戻るルートと、さらに上に登る4本のルートがあるのだ。
「……ここはさっきの分岐地点よりさらにヤバイね」
「いっぱいいるデチュ……」
「デチデチ……」
シルルンが予想した通りに4本のルートが交わるこの分岐地点は5万を超える魔物が激しい攻防を繰り広げていた。
「とりあえず、真っ直ぐに進んでみようか……スライムアクアやハイ ウォーター エレメンタルはおそらく一番上にいるんだと思うけど、一応、確認のためにね」
「承知!!」
ブラックは道なりに進んでいく。
「……なるほど、左側は虫系の縄張りみたいだね」
右側と同様に100匹から200匹ほどの虫系の魔物の群れが多数いて、いたるところで殺し合っている。
左のルートも弧を描くように曲がっており、シルルンたちは最初の分岐地点に戻ってきた。
「じゃあ、今度は上の4本のルートを確かめに行こうか。ルートを無視して真っ直ぐに進むよ」
「承知!!」
ブラックは真っ直ぐに鉱山を『飛行』していく。
「道なりに進んでた時には分からなかったけど、なんて高い魔力濃度なの……」
「へぇ、そんなに魔力濃度が高いんだ」
ラーネは顔を顰めているが、魔力のないシルルンには全く感じられなかった。
「……高いってレベルじゃないわ。こんなに魔物が大量に発生してるのはこの魔力濃度のせいね」
「じゃあ、魔力が湧き出るポイントを奪い合ってるってことか……」
「それは間違いないと思うけど、これほどの魔力濃度なら奪うのは難しいと思うわ……」
「……なるほど、どんどん自然発生するからか」
「フフッ……さすがマスターね。その通りよ。巣を作るときは周辺で一番魔力が高い場所を探すのが基本で、普通はクイーンの卵と密集することによる自然発生で数を増やしていくのよ。だけどここの魔力濃度は普通の1万倍ぐらいあるように感じるわね」
「1万……それはヤバイね……」
「そのぐらいの魔力ポイントが何ヶ所もあるのよ」
「えっ!?」
シルルンは驚きのあまりに血相を変えた。
「……たぶん、ここにいる魔物の種類の数だけ極めて高い魔力ポイントが存在すると思うのよ」
「とんでもない鉱山だね……」
「主君、着きましたぞ」
すでに2つ目の分岐地点に到着しており、地上には4つのルートが伸びている。
「あれはクロウ種(カラスの魔物)デシ!!」
遥か先の上空でクロウ種と黒ハーピーが空中戦を繰り広げている。
数は互いに300匹ほどの群れだ。
「へぇ、クロウ種は初めて見たね」
「……珍しい魔法も能力も持ってないデシ」
クロウ種を『魔物解析』で視たプニが残念そうな表情を浮かべている。
「主君、進路は?」
「そうだね、確認のために4本とも見てみようか」
「承知!!」
ブラックは一番右のルートに進む。
そして、4本ともルートを調べ終わったがスライムアクアもハイ ウォーター エレメンタルも見つけることはできなかった。
ちなみに4本のルートにいる魔物はこんな感じだ。
右から一番目のルート 黒ゴブリン、黒ノーム、黒コボルト、黒オーク、黒オーガ、黒ハーピー
右から2番目のルート グリフォン、ナイトメア、ペガサス、ドラゴン
右から3番目のルート ケンタウロス、メデューサ
右から4番目のルート ナーガ、ラミア
「2番目から4番目はほとんど見たことも戦ったこともないような魔物ばかりだね」
「メデューサは『石化』を持ってたデシ!! もっと詳しく視てみたいデシ!!」
プニは興奮して目を輝かせている。
「……じゃあ、帰りに寄ってみようか」
「デシデシ!!」
4本のルートはどのルートを進んでも1本のルートに集束しており、そこから1本のルートが伸びている。
この分岐地点でも2つ目の分岐地点ほどではないが2万匹ほどの魔物が激しい戦闘を繰り広げているのだ。
ブラックは上を目指して道なりに進んでいく。
地上のルートではナーガ種の群れとラミア種の群れが上を目指して進軍しており、シルルンたちは構わずに先に進んでいくと開けた大地が視界に入った。
「どうやら、ここが頂上っぽい……このまま真っ直ぐに進んでいこう」
「承知!!」
ブラックは開けた大地を進んでいく。
地上は草木が生え茂る美しい光景が広がり、一部だけだが雪が積もっていた。
シルルンたちが進んでいくと巨大な湖が見えてきて、シルルンたちは湖の前で降下して地上に降り立った。
「……ハイ ウォーター エレメンタルがいるとしたらこういうところだと思う」
シルルンたちの前には神秘的なエメラルドグリーンの湖が広がり、所々に氷が浮かんでいる。
「氷が浮かんでるデシ!!」
「こおりってなんデチュか?」
「デチか?」
「これデシ!!」
プニがシルルンの肩から「飛行」して湖に浮いている氷の上に着地し、プニに引っ付いていたプニニが氷の上に下りようとしたが滑って湖に落ちた。
「沈むデチ!!」
プニニは面白そうに湖から飛び出しては沈むを繰り返している。
「面白そうデチュ!!」
プルルとプルも湖にダイブし、楽しそうに遊びだした。
すると、湖が大きく盛り上がって巨大な人のような姿に変わる。
「……人族がここに何の用か?」
8メートルを超える人型の水が人族語で言った。
「ハイ ウォーター エレメンタル……あんたを捜してたんだよ」
「何のために?」
「ハイ ファイヤー エレメンタルが復活したから共闘しようと思ってね」
「……ほう、だが、なぜ我のところに来た?」
「遥か昔に戦ったハーヴェンというハイ ライオンを憶えているか?」
「なるほど……あの者はまだ生きていたのか」
「理解が早くて助かる……それで共闘してくれるのか?」
「無論だ……だが、まだ早い……時が訪れれば我も下山することを約束しよう」
そういってハイ ウォーター エレメンタルは沈んでいき、湖に静寂が訪れた。
「……よし、あとはスライムアクアだね」
再び、プルたち4匹は湖にダイブして遊びだしたが、しばらくすると飽きたようでシルルンの肩に戻ってきた。
「……う~ん、ここだと思ったけど違うみたいだね。スライムアクアはどこにいるんだろう?」
シルルンは『飛行』ルートを思い出してみるが、大きな湖みたいな場所は他にはなかったはずだと思い顔を顰めた。
「私ならさっきからここにいるわよ」
「えっ!?」
声が聞こえた方向にシルルンたちの視線が集中する。
すると湖の上に水の塊が浮いていた。
スライムアクアはガラス細工で作られた饅頭のような姿で、目だけは宝石のタンザナイトのように輝いていて神秘的で美しかった。
「インビシブルの魔法と『潜伏』を持ってるデシ!!」
「……なるほど、だから『魔物探知』でも発見できなかったんだ」
シルルンは念じただけで紫の結界を作り出し、躊躇なく紫の結界でスライムアクアを包んだ。
「『オウム返し』!!」
スライムアクアを包んだ紫の結界が反転してプルたちやブラックを包み込む。
「――っ!?」
(ヤバイ!!)
このままではプルたちとの繋がりが断ち切られると思ったシルルンは紫の結界を掻き消した。
だが、プルたちはスライムアクアの元に向かって進んでいく。
「ふふふ、こっちよ」
その声を聴いたプルたちは操られているかのように湖に入っていく。
「なっ!? プル!! プニ!! ブラック!! ラーネ!! 行くなっ!! 戻って来い!!」
シルルンは必死にプルたちを呼び止める。
だが、プルとプニの頭にのっているプルルとプニニは振り返ってシルルンの方を見つめたが、プルたちは振り返りもせず、スライムアクアと共に湖の中に消えていった。
「……そんな馬鹿なっ!? プル!! プニ!! ブラック!! ラーネ!!」
しかし、シルルンの声が木霊するだけで湖には何の反応もなかった。
「うぁぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁ!!」
シルルンは泣き叫んで絶叫し、いつまで待ってもプルたちは戻って来なかった。
一方、時を同じくして、シルルンの心象世界で青いドラゴンと死闘を繰り広げている『基本的にヘタレ』は千載一遇のチャンスが到来していた。
唐突に青いドラゴンが絶叫して半狂乱になったのと同時に『基本的にヘタレ』の攻撃が効きはじめたからだ。
しかし、そうなる前までは『基本的にヘタレ』の攻撃はほとんど効かなくなっており、巨大な鋼鉄を紙やすりで削るようなダメージしか与えることができずにいたのだ。
それでも『基本的にヘタレ』は永遠とも思える時を戦い続けて、最早、満身創痍だった。
「……やっとかよ」
暴れ狂う青いドラゴンは『炎のブレス』を吐いて灼熱の炎が『基本的にヘタレ』に襲い掛かるが、紙一重で躱した『基本的にヘタレ』は掌底の連打を青いドラゴンの胴体に叩き込む。
胴体の大部分が消滅して怒り狂った青いドラゴンは凄まじい速さで『基本的にヘタレ』に目掛けて突撃する。
「――チィ、もつのか? ……いや、倒してみせる!!」
『基本的にヘタレ』も凄まじい速さで突進し、青いドラゴンが繰り出す前脚の爪の連撃を『基本的にヘタレ』は神懸った動きで躱しながら、掌底の連打を青いドラゴンの身体中に叩き込んで、青いドラゴンは耳をつんざくような奇声を上げて心象世界から消え去った。
そして、『基本的にヘタレ』の身体も薄く透けていき、心象世界から消え去さり、最後に心象世界に残ったのは青い炎と『反逆』だけだった。
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レッサー クロウ レベル1 全長約1メートル
HP 100
MP 20
攻撃力70
守備力30
素早さ90
魔法 無し
能力 統率
クロウ レベル1 全長約2メートル
HP 300
MP 150
攻撃力 200
守備力 100
素早さ 160
魔法 ウインド
能力 統率 回避




