130 森の魔物の討伐⑥ 修
「……まずいことになった」
「いったい、どうしたんですか?」
ルーミナ将軍は深刻そうな表情を浮かべており、リックは怪訝な表情で尋ねた。
「ハイ コーコナット クラブに強襲されてな……現在、我々軍は森の外まで撤退している状況だ」
「なっ!? それほどハイ コーコナット クラブは強いんですか……」
「あぁ、三千いた兵士が半数まで減らされた……即時撤退してこれだ……戦っていたら全滅していただろうな」
「……」
リックは沈痛な表情を浮かべている。
「私がここに来たのは君たちにハイ コーコナット クラブの討伐に加わってほしいと考えたからだ。無論、君たちが承諾してくれれば王に進言してラーグとホフターも私が『瞬間移動』で連れてくるつもりだ。最早王も首を縦に振らざるを得ない事態だからな」
「……なるほど、もちろん俺は討伐に参加しますが、相手が相手なので他の者たちは確認してみないと分かりません……ですが……」
「なんだ? ハイ クラブとロブスターはハイ コーコナット クラブよりも優先順位が低い……しばらく放置しても問題ないだろう」
「……いえ、ハイ クラブとロブスターはすでに倒されています」
「なんだと!? どういうことだ!?」
ルーミナ将軍の顔が驚愕に染まる。
「シルルンが倒したんですよ」
「なに!? もうここに辿り着いているのか!? どこにいるんだ!?」
ルーミナ将軍は辺りを見回し、金色の狼を発見して思わず息を呑んだ。
「……あ、あれが神話級の魔物のフェンリルか……な、なんて美しい魔物なんだ」
ルーミナ将軍は我を忘れたような表情でフェンリルを見つめている。
「シルルンがいればハイ コーコナット クラブに勝てるんではないかと」
「……あぁ、そうだな。ハイ クラブとロブスターもフェンリルが倒したんだろうからな……」
(この絶望的状況にやっと光が見えてきた……)
ルーミナ将軍は瞳に期待を潤ませてシルルンに向かって歩き出し、リックも後を追う。
「シルルン……出撃準備しているところすまないが、将軍が君に話があるようだ」
リックは神妙な面持ちでシルルンに声を掛けた。
「私の名はルーミナ。突然だがある魔物を倒すために君の力を貸してほしいんだ」
「……ある魔物?」
シルルンは訝しげな眼差しをルーミナ将軍に向けた。
「ハイ コーコナット クラブだ……」
「……なんだ上位種か」
シルルンは失笑した。
「甘くみないほうがいい……ハイ コーコナット クラブ一匹だけで我が軍は半数を失ったんだ」
ルーミナ将軍は悔しそうに固く唇を噛みしめて身を震わしている。
「……で?」
「……あ、あぁ、君が了承してくれたらラーグやホフターも呼び寄せて、少数精鋭で挑むつもりだ」
「必要ない……俺たちだけで十分だ」
「な、何を言ってるんだ!? わ、私の話をちゃんと聞いていたのか!?」
ルーミナ将軍は戸惑うような表情を浮かべている。
「問答するつもりはない。俺たちは今からロレン将軍の元に向かう。そのついでにハイ コーコナット クラブも倒す……それだけだ」
シルルンは仲間たちに目配せして歩き出した。
「待て待て待て待てっ!?」
ルーミナ将軍は大慌てでシルルンを取り押さえる。
「……そ、そんなにフェンリルは強いのか!? だったら私が連れて行ってやる!! 私は『瞬間移動』が使えるからな……」
「なっ?」
シルルンは驚いたような顔をした。
「だが、使用制限があってな……日に三回しか使えないのと私とあと一人ぐらいしか一緒に飛べない。今日は二回使用しているからあと一回は使えるはずだ。まず、私と君がロレン将軍の元に飛んで、明日、私とフェンリルが飛ぶ。フェンリルだけでハイ コーコナット クラブを倒せるならこれが最短だと思うが?」
ルーミナ将軍がしたり顔で提案した。
「……いや、それならラーネを最初に飛ばしてくれ」
「……ラーネ? 確か君の隊が三人だった頃からいた人物だと記憶しているが、なぜその名が話題にあがる?」
ルーミナ将軍は怪訝な顔をした。
「何か勘違いしているみたいだけど、うちで一番強いのはラーネだ。だからラーネを先に飛ばしておけば最悪、ハイ コーコナット クラブが拠点に攻め込んできても単独で倒せるからだ」
「……えっ!?」
ルーミナ将軍とリックは顔を見合わせて、信じられないといったような表情を浮かべている。
話に耳を傾けていたシャインがシルルンの傍まで移動して、シャインの背中に腰掛けていたラーネが飛び降りる。
「フフッ……私がラーネよ」
「マスターが言ったように我よりもラーネ殿のほうが強い」
「なっ!?」
ルーミナ将軍とリックは雷に打たれたように顔色を変えたがそれは一瞬で、すぐに感心したような表情に変わった。
「……どうやら本当にフェンリルより強いようだな……今からラーネを拠点に連れて行くからシルルンたちはここで待機していてくれ」
ルーミナ将軍とラーネはその場から掻き消えたのだった。
「……じゃあ、俺たちも行こうか」
シルルンたちは南に向かって歩き出した。
「どういうことだ? ルーミナ将軍を待つ段取りじゃないのか?」
「……明日までには終わってるよ」
その言葉に、リックは困惑した表情を浮かべていたが、シルルンたちは歩みを止めずに進んでいく。
シルルンたちが森に入ったところでラーネが出現し、シルルンたちはラーネの『瞬間移動』で掻き消えて、ロレン将軍がいる拠点の前に出現した。
「主君!! 我は偵察に行ってきますぞ!!」
「行くデス!!」
プルはブラックの頭の上に跳び乗って、ブラックは凄まじい速さで『飛行』して空の彼方に消えていった。
それを見届けたシルルンは、仲間たちには待機するように指示をだして拠点に入って歩いていく。
拠点内は怪我人で溢れ返って酷い有様だった。
資材も不足しているようで怪我人は布を敷いた上に並んで寝かされているだけで、衛生兵たちが必死に治療している。
シルルンはそれを横目に、中央にある一際大きいテントに向かって歩いていく。
「うぅ……もう手の施しようがない……」
兵士を看病している女が悲痛な表情を浮かべている。
兵士は口から血反吐を吐き痙攣していた。
「ヒールデシ!」
プニはシルルンの肩からふわふわと飛んでいってヒールの魔法を唱えて、兵士の傷は全快する。
兵士は目を開いて上体を起こし、自身の身体を見つめて不思議そうな表情を浮かべている。
「……えっ!?」
女はふわふわと浮遊するプニを見つめて呆然としている。
「し、白いスライム……も、もしかしてプニちゃん?」
「……なんでプニの名前を知ってるデシか?」
面食らったような表情を浮かべていたプニが人族語で尋ねた。
「……しゃ、喋ったっ!? さすがプニちゃん!! スライムファンならプニちゃんを知ってて当然よ!!」
女はうっとりした表情でプニを見つめている。
「で、いったいどういう状況なんだ?」
シルルンは複雑そうな表情で女に尋ねた。
「……ピンクのスライムのプルちゃんがいないから、誰なんだろうと思っていたけど、あなたが【ダブルスライム】様なのですね」
「あぁ、そう呼ばれることもある」
「や、やっぱり!! 天の助けだわ!! 【ダブルスライム】様が来てくれたわよ!!」
女の表情がぱーっと明るくなり、女が声を張り上げるとその声を聞いた五人の女が嬉々として集まってきた。
「私たちはユユカの街の教会のシスターなのです。ルーミナ将軍が教会を訪れて兵士たちを助けてくれと頼まれて私たちはここで治療をしているのです」
「……ということは足の遅いヒーラーは逃げ遅れて殺されたということか」
(思っていたよりも悲惨な状況だな……)
シルルンは顔を強張らせた。
ルーミナ将軍は教会の他にも冒険者ギルドにも立ち寄っており、ヒーラーを派遣してくれと依頼したのだ。
兵士たちはハイ コーコナット クラブに半数ほど殺されたが、生き残った兵士たちのおよそ八割が『アクアブレス』により被害を受けていた。
巨大な泡が直撃した者たちは即死しているが、巨大な泡が地面や木々などに当たって爆発し、その時に飛び散る破片よる負傷である。
「……もう、ここにいるヒーラーは魔力がほとんど尽きているんです……どうか……助けて下さい【ダブルスライム】様!!」
シスターたちは地に平伏してシルルンに哀願した。
「まずは優先順位を決めてくれ。危ない者から順に治していく」
「は、はいっ!!」
顔を上げたシスターたちはぱっと嬉しそうな顔をして重傷兵の元に走り出す。
「こっちです!!」
シスターが声を上げるとプニがふわふわと飛んでき、ヒールの魔法を唱えて重傷兵の傷が全快する。
「す、すごい!! 一回のヒールで治ったわ!!」
シスターは羨望の眼差しをプニに向ける。
「プニちゃんこっちよ!!」
「次はこっちよ!!」
呼ばれたプニはふわふわと飛んでいって次々と重傷兵を治していき、シルルンは負傷兵を見ながら歩いていく。
すると、中央にある一際大きいテントの裏側に三百人ほどの重傷兵がいたが、ほとんどの者が横にならずに座って険しい表情を浮かべており、彼らは不気味な雰囲気を醸し出していた。
「だ、【ダブルスライム】殿ではありませんか!? 何か騒がしいと思っていたらそういうことでしたか……」
男は熱い眼差しをシルルンに向けている。
「ん? あんたは精鋭騎兵の隊長……」
(左腕と右脚がない……)
シルルンは目を大きく見張った。
「お久しぶりですな【ダブルスライム】殿……ここへはどういった御用で来られたのですかな?」
「……ロレン将軍に話があるから来たんだよ……それよりもあんたたちは重傷なのになんで治療を受けてないんだ?」
シルルンは探るような眼差しを隊長に向けた。
「なるほど……治療を受けないのは我々が上級兵士だからです。軍のヒーラーは全滅しており、今いるヒーラーは少数で外部の者たちですので弱き者たちを優先させているのです」
精鋭騎兵の隊長はそれが当然であるかのように平然と言ってのけた。
「……」
(カッコイイじゃないか……)
死の淵に追い込まれて極限状態にあるにも拘わらず、その気高さと胆力にシルルンは思わず口角に笑みが浮かぶ。
「……今、プニが重傷者から順番にヒールの魔法で治療しているところだ。それが終わればあんたらも治療してもらうといい」
シルルンは踵を返して一際大きいテントの入り口に向かって歩を進める。
「……ぬう、ですがここには千人以上の負傷兵がいます。いくら【ダブルスライム】殿が使役するペットでも不可能な数かと……」
「プニは『瞑想』を持ってるから大丈夫だ……それにあんたらのような軍人は死なすには惜しいからな……」
シルルンは歩みを止めずにそう返答し、プニに「最後でいいからテントの裏にいる負傷兵も治療してくれ」と思念で指示を出した。
すると「分かったデシ!!」とプニが思念で返し、シルルンは一際大きいテントの中に入っていったのだった。
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