13 ビビィ 修修
大穴がある森から五キロメートルほど北上した地点には軍の本営があった。
本営には無数の天幕が張られており、その中で一際大きい天幕の中にはテーブル席に腰掛ける軍服を着込んだ男が緊迫した表情で書類に目を通していた。
彼の名はロレン。シャダルから大穴攻略の指揮を任された将軍であり、階級は中将だ。
トーナ方向に伸びるCルートに、すでに千匹以上の魔物の群れが進行している事態にロレン将軍は驚きを禁じ得なかった。
これに対して彼はCルートに千名の増援を派遣した。
さらにロレン将軍はB1ポイントとB3ポイントにそれぞれ百名(内、工兵隊五十名)の増援を向かわせたのだ。
彼がBルートに工兵隊を向かわせたのは、天井から伸びる洞穴を調査させるためである。
天井を調査した際に先に進むルートがあるのならそれを調査し、地上に出た場合は兵士たちを地上に残して工兵隊は足場をバラしてBポイントに帰還する。
地上に残った兵士たちは大穴を塞ぐ作業に従事するという計画である。
だが、ロレン将軍はこの作業を行うのはBルートのみに留めた。
当初彼は全ての大穴を塞ぐつもりだったが、一つの部屋から三本の洞穴が掘られていると仮定すると、その先には三つの部屋があることになる。
その三つの部屋からは九本の洞穴が掘られていることになるので九つの部屋に繋がっており、その次の段階では二十七もの部屋が存在することになるのだ。
ロレン将軍は大穴の規模を考慮すると現在の兵力では全て大穴を塞ぐことは不可能だと結論し、彼はこの時点で軍の勝利とはどういうものかと思考を巡らせた。
彼は大穴に存在する魔物を全て殲滅、あるいは大穴を全て塞ぐことができれば軍の勝利といえるだろうと思ったが、それを行うには兵力が足らなかった。
そのため、彼は少ない兵力でも可能な作戦を立案する必要性に迫られていた。
そこで、ロレン将軍は大穴を作り上げた魔物たちの主がどこかにいるはずだと考える。
そして、その主は大穴の最深部に存在し、おそらくモール種のハイ モールだと彼は推測したのだ。
ロレン将軍はそのハイ モールを討伐することが、現状の戦力で考え得る最善の策だと結論づけた。
主を失えば魔物たちは混乱して、次の主を選定するための勢力争いが発生すると彼は思ったからだ。
そうなれば緊急的な危険は回避され、一時的とはいえ時間的猶予が得られるとロレン将軍は判断したのである。
報告書に目を通していくロレン将軍は、側近を呼び寄せて次の工事に取り掛かるように命令を下した。
報告書には、大穴の周りに建てた四つの拠点を柵で囲む作業が完了したとの内容が書かれていたからだ。
彼が側近に命じた工事は大規模なもので、その内容は地上から掘り進んでAポイントまで繋げるための工事だった。
現在の状況では、Aポイントに下りるだけでも多大な労力を必要とするからだ。
この工事が完了すれば、地上から馬車で人や資材をAポイントに運搬することが可能になるのだ。
ロレン将軍はこの工事に柵を作り終えた二千名の兵士をあてている。
彼は工事が完了次第、進軍を開始する旨を将軍たちに発令した。
進軍する先は占領に失敗したA1ポイントだ。
ロレン将軍はB2ポイントには進軍せずに、Bポイントに兵士百名を待機させるに留めた。
深度三百メートル地点にあるA1ポイントのほうが、より主に近いと彼は判断したからだ。
ロレン将軍は工事を急がせると同時に、トーナ支部のギルドマスターであるスラッグにも協力を要請し、王にも急使を飛ばして増援を要請したのだった。
冒険者ギルドは軍の協力要請を快諾し、大穴攻略が行われることを大々的に宣伝した。
軍は大穴の周りに建てた四つの拠点の内の一つを冒険者ギルドに貸し与えており、その拠点に大勢の冒険者や傭兵が押しかけていた。
スラッグはその拠点にて冒険者たちの対応に追われていた。
彼からすれば嬉しい悲鳴だが、今回の大穴攻略は軍が主体であるために、軍が決めたルールが存在していた。
冒険者たちや傭兵たちには「俺たちは勝手にやらせてもらう」というような者が多く、スラッグは説明に時間を要していた。
ルールの内容
一、進軍する先は軍が決める。
二、冒険者は遊軍として行動。
三、軍の負傷者を優先的に回復する。
一は分かり易いが、二と三は軍視点なので分かり辛く説明が必要だった。
二の場合、進軍した部屋の中で軍の許可が下りれば遊軍として行動してもいいが、勝手に先の洞穴に進むなということである。一を理解していれば分かる話だが遊軍という言葉が話を難解にしていた。
三の場合、軍と冒険者に同時に負傷者が出た場合に対して、軍は軍の負傷者を優先して回復させるということであり、冒険者に軍の負傷者を優先して回復させろということではない。
このルールに納得できない者は参加させなければいいだけの話なのだが、そこに辿りつくまでに時間が掛かるのだ。
結局、千人ほどの冒険者や傭兵たちが大穴攻略に参加することが決定する。
拠点から出たスラッグは近くの石の上に腰掛けて酒を飲み始めた。
彼は後のことは部下たちに任せて、軍との仲介役として事の成り行きを最後まで見守るために、大穴攻略戦に参加することを表明していた。
集まった千人の中で優秀な冒険者は十組ほどだと彼は考えており、それ以外の者たちは最後まで追従できないだろうとスラッグは予想していた。
その理由は、大穴攻略戦の影響によって街で販売されている薬草やポーションが、軍や冒険者が買い占めて品切れ状態になっているからだ。
この状況を知った他国の行商人は、倍の値段でポーションを販売しているがそれでもすぐに完売していた。
つまり、回復手段を持たないパーティは撤退せざるを得ない状況なのだ。
「それにしてもとうとう明日か……」
スラッグは感傷深げに視線を大穴に向けて呟いた。
軍が坂の工事を始めた時には彼は度肝を抜かれた。逆にここまでしないとこの大穴は攻略できないのかとスラッグは戦慄を覚えたのである。
工事は明日の朝には完了し、昼頃には進軍が開始される予定なのだった。
男は目覚めた。
だが、彼の身体はピクリとも動かなかったが、かろうじで眼球だけが動いた。
まだナイトスコープの魔法の効果が継続しているのか、彼の視界には地面と壁が映っていた。
しかし、それ以外は何もなく、音も聞こえなかった。
逡巡した男は顔を横向きにされて寝かされているようだと理解し、意識を消失した経緯を思い出す。
彼は魔物に噛まれて急に身体が脱力し、強い衝撃を受けて意識を失ったのだ。
あの状況で生きているということは自分は誰かに助けられたのだと男は安堵した。
ここはAポイントなのだろうかと彼は考えていたが、また意識が薄れ始めたので男は抵抗せずにそのままに任せた。
だが、急に男の視線が流れる。
さきほどとは違って男には天井が見えているので、顔の向きを直されたのだと理解する。
だが、彼は自分の体が細かく揺れていることに疑問を覚えていたが、それは唐突に姿を現した。
彼の目に映ったのはレッサー モールとレッサー ラットだった。
男の体が細かく揺れていたのは彼らに足から食われていたからだ。
「うぁわああぁあああああぁぁああああああああああああぁぁぁ!!」
男は恐怖のあまりに絶叫する。
しかし、彼の身体は『麻酔牙』により麻痺しており、実際には声は発せられていなかった。
魔物たちの食料になった男に痛みが無いのがせめてもの救いだった。
一方、Cポイントで待機していたC隊は千名の援軍と合流し、Cルートの先にある部屋に到着した。
だが、千匹以上いたはずの魔物が百匹ほどに減っており、C隊は魔物を即座に殲滅して部屋を制圧した。
C隊はこの部屋をC1ポイントと名付けて、部屋を調べると直径五百メートルほどの広さがあり、さらに五本の洞穴が掘られていた。
「いずれかの洞穴に移動したか……」
(隊を五隊に分けて進軍するか……いや、相手がまとまっていた場合を考慮すると撤退するはめになるか……)
逡巡するC隊隊長は表情を顰める。
「トーナ方向に伸びるルートに進軍する」
C隊隊長は側近に再編成を命じた。
彼がトーナ方向に伸びるルートに進軍する理由は、この地点からトーナの街までの距離が直線で二百キロメートルほどしか離れていないからだ。
三百名をCポイントに戻したC隊隊長は千名で進軍を開始したのだった。
青髪のマーメイドは湖の底でふて腐れていた。
マーメイド種の上位種であるハイ マーメイドに厳しく叱られたからだ。
だが、彼女はそれでも人族からもらった果物を食べたいと思っており、人族たちがマンティスたちと戦いを繰り広げている際にも役に立つことができれば果物を貰えると考えて青髪のマーメイドは戦いに割って入ったのだ。
そして、そのまま人族たちについて行くことが彼女の計画だったが、目覚めるといつもの湖だったのだ。
「ビビィこれを見て。ママンがドアとネアに頼み込んで果物をとってきてもらったのよ」
金髪のマーメードは果物を青髪のマーメイドに見せる。
ちなみに、二人は通常種で金髪のマーメイドの名前がエラで、青髪のマーメイドはビビィだ。
ハイ マーメイドはママンという名前だが、彼女たちの母親ではなく、ドアというのはドライアド種の名前で、ネアはアルラウネ種の名前だ。
「なにそれ? ちょうだいちょうだいっ!!」
エラから果物を受け取ったビビィは湖の底から一気に上昇して岩場の上に登る。
エラもビビィを追いかけて岩場に上がり、ビビィは両手に力を込めて無理矢理に果物を割ろうとするが割ることはできず、果物に目掛けて手刀を振り下ろした。
だが、エラがビビィの手刀を手で受け止めて、エラはナイフで果物を二つに割った。
ビビィは瞳を輝かせて果物を口に入れる。
「ペッ!! なにこれ不味っ!! 不味い不味い不味いぃぃぃ!!」
岩場の上でビビィはのたうち回ってふて腐れているが、エラは興味深げな表情で果物を口に運んだ。
「あら、甘くておいしいじゃない?」
エラは満足そうに次々に果物を口へと運ぶ。
「前のが食~べ~た~い!! 食べたい!! 食べたい!! 食べたいっ!!」
ビビィはジタバタと暴れて不満そうだ。
彼女が不味いと言っている果物はメロンだ。
シルルンがビビィに渡した果物は、一般的な果物屋で販売されているミカンとリンゴである。
エラがメロンを食べ終わってもビビィはふて腐れていたが、彼女は突然ムクリと起き上がって瞳を輝かせた。
「やっぱり、あの人族のところに行くわ。だってここにいても果物食べれないもん」
ビビィは満面の笑みを浮かべているが、エラは大きな溜息を吐く。
一度言いだしたらビビィは何を言っても聞かないことを彼女は知っているからだ。
「それなら、最低でもこれが出来ないと捕まって売り飛ばされるわよ」
エラは言うと同時に尾を人の足へと変化させた。
「なにそれなにそれ!?」
ビビィは驚きのあまりに血相を変える。
「『人化』というのよ。やり方はね、人族の足を思い浮かべて強く念じるの、私は人族ってね」
ビビィは試してみたが尾に変化は起きずにジタバタと暴れて岩場の上でふて腐れる。
だが、しばらくするとビビィはムクッと起き上がって『人化』の練習を始めたのだった。
そんなビビィをエラは複雑そうな表情で見つめていた。
彼女ですら『人化』に目覚めるには、ママンの指導の元に数年がかりだったのだ。
能力に目覚めるには資質が全てであり、練習したからといって目覚める保証はどこにもない。
エラが『人化』を求めたのは、ハイ マーメイドに進化するためだった。
ハイ マーメイドに進化するには、『人化』と『魔歌』が必須なのである。
「私は人族っ!! 私は人族っ!!」
ビビィは岩の上で踊りながら歌っていた。
そして『人化』の練習を始めて数時間が経過した頃、ビビィは歓喜の声を上げた。
「エラ、見て見てっ! できたできた!! これで果物が食べれるわ!!」
ビビィは瞳を輝かせる。
「えっ!? そんなまさか!?」
エラの顔が驚愕に染まる。
だが、ビビィの足は人型に変化しているが、色が緑色だった。
「それ河童の足よ」
エラは呆れたような表情を浮かべている。
「えっ!? そうなの? でも、こっちのほうが速く泳げるからいいじゃない」
そういって、ビビィは嬉しそうに湖を泳ぎ回っている。
「すぐ河童だとバレて捕まって殺されるわよ。人族の世界に行くならちゃんと人族に化けなきゃダメよ」
その言葉に、ビビィは酷く落ち込んで湖の底で再びふて腐れたのだった。
だが、翌朝になってエラが岩場に登ると、そこにはビビィの姿があった。
「――なっ!?」
(ビビィが『人化』に成功している……一晩中、練習していたのかしら? それにしても早過ぎる……)
エラはショックを露わにした。
彼女はビビィの果物に対する食い意地はこれほどなのかと舌を巻く。
そして、ビビィは数日の間、『人化』を安定させるための練習を繰り返し、ひっそりと湖から旅立ってシルルンを追いかけたのだった。
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進化について
レベル
種族によって異なり個体差があるがマーメイドからハイ マーメイドに進化するには、レベル30ぐらいが目安である。
極端にいえば、レベル5で進化できる個体もいるがレベル99でも進化できない個体もいるのである。
魔法や能力やアイテム
種族による必須の魔法や能力を所持していないと進化できない。
アイテムも同様で持っていないと進化できない。
上記以外の条件
種族により異なる。
例えば、ウルフがハイ ウルフに進化する場合、上記以外の条件はないのである。
だが、ウルフはダーク ウルフにも進化可能で、この場合、同族を約100匹殺すのが条件に加わるのである。
ハイ マーメイド レベル1
HP 600~
MP 500
攻撃力 150+武器
守備力 70+防具
素早さ 100+アイテム
魔法 スリープ ウォーター アンチマジック ヒール ブリザー マジックドレイン
能力 統率 危険探知 幻惑 MP回復 魔歌 人化 魅了




