123 ラーグとホフター① 修
「お前たちを呼んだのは他でもない。ある魔物を討伐してほしいから呼んだのだ」
シャダルの前に跪いているラーグとホフターは顔を見合わせた。
「現在、ベル将軍が兵3000を率いてルビコの街から南にある鉱山へと進軍中だ。理由は追っていたビャクス山賊団が鉱山に逃げ込んだからだ。だが、鉱山の中層でエレメンタル種に遭遇したベル将軍は撤退し増援を求めたという訳だ」
「エレメンタル……厳しいですね……」
ラーグは深刻な表情を浮かべている。
「数が少なければ俺たちで処理するが大量にいるらしくてな。中層のある一帯は地面が熱で溶けて溶岩が流れている状態で、参謀たちがいうには上位種がいるらしいとのことだ」
「なっ!?」
ラーグとホフターは雷に打たれたように顔色を変える。
「それでだ……魔物の専門家である冒険者のお前たちの意見を聞きたい。討伐できそうか?」
「……私は鉱山で通常種のアース エレメンタルと戦った経験があるのですが、強さ的に言えば上位種並みに強く物理無効の特性を持っているので苦労しましたね」
「ほう……ということは上位種なら上位種以上の化け物ということか……」
「……その通りです」
ラーグは恐ろしく真剣な表情を浮かべている。
「物理無効ってことは俺の『発勁』も効かないのか?」
「いや、『発勁』は能力だから効く可能性はあると思うけど、無数にいるエレメンタル種に毎回、『発勁』を使っていたらスタミナが持たないよ」
「ちぃ、今回はライとハクに頑張ってもらうしかないのか……」
ホフターは拳を握り締めて悔しそうな顔をしている。
「だが、俺が危惧しているのはエレメンタル種の群れが下山した場合だ……東に進めば城に押し寄せることになる。北に進めばルビコの街、南は遠いがセーロの街がある。俺に言わせれば西に進んでくれたら魔物同士で潰し合ってくれて一番いいんだがな」
「……ご懸念通りにエレメンタル種の群れが下山した場合、阻止できるのはおそらく勇者以外は不可能だと私は思います」
「ほう、それほどなのかエレメンタル種の上位種とは……」
「私たちは大穴でアラクネという魔物と戦いましたが全く相手になりませんでした。アラクネが『瞬間移動』の能力を所持しており、攻撃を当てることすら難しい相手だったからです。ですがエレメンタル種の上位種も同じぐらいの強さはそなえていると思いますが、単体なら勝てる見込みはあると思います。私が勇者案件だといったのは相手が群れだからです」
「……なるほどな。だが、だからといって何もしないわけにはいかないからな。お前たちにはエレメンタル種の動向を探ってきてほしい。頼めるか?」
シャダルが探るような眼差しをラーグに向ける。
「はい、もちろんです」
「……そうか、では頼む。シルルンもいればよかったんだがな……」
「えっ!? シルルンなら冒険者ギルドにいましたよ」
驚いたラーグは同意を促すようにホフターに視線を向けた。
「あぁ、確かに俺たちは数日前にシルルンに会ったよな」
「……なんだと? シルルンはアダック王国にいると聞いていたがもう帰還したのか……」
シャダルは怪訝な表情を浮かべている。
「あいつ、国外まで進出してるのかよ……」
ホフターは呆れたような表情を浮かべている。
「……シルルンがアダックに? いったい何のために……」
「何のためかは分からんがアダック王国の王子の試練を手助けしたとうちの情報部が言っていたな」
「国外に進出して、いきなり王子の試練の手助けとはやるじゃねぇか……」
「その王子の試練にはレドスという冒険者が協力していたらしいが戦死したらしい。その後をシルルンが引き継いだという話だ」
「なっ!? 【鷲獅子騎士】のレドスが戦死した……」
ラーグはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「なんだよレドスってのはそんなに有名なのかよ?」
「有名もなにもアダック王国で最強の冒険者だよ。それも世界でおそらく5本の指に入るね」
「なっ、マジかよ……そんだけ強ぇ奴が戦死する試練ってどんな内容なんだよ」
ホフターは驚きを隠せなかった。
「ですが、おそらくシルルンはギルドマスターのスラッグの討伐依頼を受けて森に向かっている思います」
「……ならやむを得んな。森の魔物の討伐も急務だからな。お前たちはヒーリー将軍率いる兵3000と共に鉱山に向かってくれ。俺からは以上だ」
「はっ」
ラーグとホフターは恭しく礼をした後、踵を返して部屋から退出したのだった。
「……よろしいのですか? シルルンは鉱山に向かわせるべきだと思いますが」
シャダルの傍らに控えていたペプルス将軍(元帥)が探るような眼差しをシャダルに向けた。
「そうだな……俺も迷ったがエレメンタル種に勝てないのなら森の討伐に向かわせたほうがいいと思ってな……」
「なるほど。ですがあの2人にシルルンを加えたら状況は変わると私は考えますが」
「なんだと? シルルンは勇者級とでも言いたいのか?」
「いえいえ、そこまでは言いません。ラーグ、ホフターは我が国の英雄ですがその強さは勇者セルドと比べて大きな開きがあるのです。ですがルーミナ将軍の報告から推測するとシルルンの強さはその中間辺りだと考えます」
「なっ!? ラーグやホフターより上だと言うのか!?」
「はい、それは間違いありませんね。もっと言えばシルルンは私より強いはずです」
だが彼はシルルン自身が強いというより、魔物が強いのだろうと推測していた。
「ぬぅ……」
シャダルは目を大きく見張り絶句したのだった。
「ですので最悪、エレメンタル種が下山した場合にはシルルンを向かわせればいいのです。私がこのことを王に進言したのはシルルンの強さを知っておいてほしかったからです」
「……なるほど合点がいった。だからアダック王国のカスタード王がシルルンを欲しいといってきたんだな」
「……ほう、それはあまりに直球ですね」
ペプルス将軍は眉を顰めてシャダルに視線を向ける。
「俺はアダック王国にシルルンを取られるぐらいなら我が国の将軍に迎えたいと思ったがシルルンは応じると思うか?」
「……思いませんね。シルルンは兵から絶大な人気があるんですがね……」
「だろうな……」
シャダルは額に手をあてて重い息をついた。
「ですが私は王の考えを聞いて安心しました。シルルンが将軍にはならないと分かっていても、我が国はシルルンを将軍にする意思があると伝えておくのが定石なのです」
「ほう……」
「仮にシルルンが我が国に嫌気がさして他国の将軍になってしまうというのが最悪のシナリオなのです。勇者は人族同士の争いには干渉しないのは周知の事実で、そうなればシルルンを止めることができる者は我が軍には誰も存在しないのです」
「……」
「ですから、シルルンが将軍にならなくても冒険者として我が国に留めておくのが国益に繋がるのです」
「お前の話は尤もだと思うがどうやってシルルンをこの国に留めておくのだ? シルルンはすでに国外でも評価されはじめてるんだぞ……」
「まずはシルルンに密偵を放ち、何を望んでいるのが探るべきです。シルルンはトーナの街でスライム屋を経営しており、人の全くいない無価値な土地を16億平米も買っています」
「……16億平米だと? しかも人もいないのか……シルルンはいったいその土地をどうするつもりなのだ?」
「それは分かりません。ですが土地は我が国に留まる理由になるのでシルルンが望むならどんどん安く買わせるべきです」
「なるほどな、すぐ手配するとしよう」
こうして、シルルンに密偵が放たれたのだった。
面白いと思った方はブックマークや評価をよろしくお願いします。




