117 冒険者ギルドにて② 修
シルルンたちは訓練場に到着して中に入ると、勝負の行方を見届けようと百名を超える冒険者たちが押しかけて場が騒然となる。
「ジャッジは俺が引き受けるが問題ないかな?」
ラーグがリザと女剣豪に目配せし、両者は頷いた。
訓練場での訓練自体は毎日行われているが決闘は稀だ。
本来、決闘とは両者が認めた立会人のもとに、ルール無用の殺し合いでの決着が一般的だ。
そのため、訓練場での決闘は、訓練場に据え置きの鉄製の武器を使用し、首や心臓などの致命傷にいたる部位への攻撃は禁止されている。
つまり、命のやり取りではなく、優劣をはっきりさせるために行われるものだ。
リザと女剣豪は対峙して睨み合う。
ラーグが決闘の開始を宣言すると、女剣豪はリザに向かって突進した。
「ちょっと見た目がいいからって調子に乗りやがって!! お前が護ってもらってただけの弱い下級職だということを皆に分からせてやる!!」
リザに肉薄した女剣豪は『斬撃』で剣に風を纏わせ、上段から剣を振り下ろした。
だが、リザは剣で風を纏った剣を打ち返し、女剣豪の喉下に剣を突きつけた。
「勝負あり!!」
ラーグがリザの勝利を高らかに宣言した。
「ぎゃはははっ!? なんじゃそりゃ!?」
「ぷっ、肩透かしもいいとこだぜ!!」
「弱い下級職だと分からせるんじゃなかったのかよ!!」
冒険者たちは腹を抱えて笑い転げている。
「……ま、まぐれに決まってるわ!! 私は上級職なのよ!! もう一度勝負しなさいよ!!」
怒りに顔を歪める女剣豪は憤慨して声を荒げた。
「二度目はない。これが実戦だったら君は死んでいたのが分からないのか?」
ラーグは女剣豪の顔を正面から見据えた。
「……くく、分かってるわよ……これが実戦じゃないってことはね!! だからもう一度勝負しなさいよ」
女剣豪は小馬鹿にした様子でニタニタと笑った。
「……君はなにを言ってるんだ」
これにはさすがのラーグも顔を顰めた。
「……構わないわよ。何度でも受けて立つ」
そう言い放ったリザに対し、女剣豪は獰猛な笑みを浮かべて開始の合図もないままにリザの顔に目掛けて『斬撃』による風を纏った剣での突きを繰り出した。
その刹那、ラーグは女剣豪の突きによる攻撃を剣で受け止めようとしたが、リザが反応していることを察知し、剣を途中で止めた。
結果、女剣豪が放った攻撃はリザのあまりに強い剣撃により打ち返され、女剣豪の手から剣が弾け飛んで宙に舞い、剣は地面に突き刺さった。
「そ、そんな……」
自身の手を見つめる女剣豪は信じられないといったような形相だ。
「君は開始の合図も待たずに危険な部位への攻撃を行った。これは重大なルール違反だ。君を衛兵に引き渡す」
ラーグは相手を圧倒するような気迫に満ちた声で言った。
「なにやってんだ!! 反則じゃねぇかっ!!」
「汚ねぇことしてんじゃねぇよボケがっ!!」
「決闘を舐めてんのか!! 恥を知れ恥を!!」
怒り狂った冒険者たちの非難の声が殺到し、万策尽きた女剣豪は顔面蒼白になってペタンと地面にへたり込んだ。
「……あまりに酷い決闘だったな」
衛兵を引き連れたギルドマスターのスラッグが苦々しげな表情を浮かべている。
女剣豪は衛兵たちに拘束されて強引に立たされる。
「あははははははははははっ!? こ、これはなにかの間違いよ!! なんで私がこんな目にあわなきゃならないのよ!!」
女剣豪は視点の定まらない目で狂ったように叫んだ。
「お前が言ったように基本的には下級職より上級職のほうが強いというのは周知の事実だ。だが、何にでも例外はある」
最早スラッグの声は、虚ろな目をした女剣豪には届いていなかった。
「だからギルドはランク制を導入しないんだ。討伐依頼に対してギルドは目安となる職業や人数を提示はするが、受けるかどうかは冒険者たちの判断に委ねている。うわべの情報に惑わされずに自分たちで考えて判断させるためだ。現場では想定外の事態が起こりうるからな……」
女剣豪にだけでなく、この場にいる全員に聞こえるように大声でスラッグは自身の持論を展開した。
「……」
半ば死んでいる人のような表情の女剣豪は、スラッグに何の反論も返さずに衛兵たちに詰め所へと連行された。
「で、あいつはどうなるんだよ?」
シルルンが切るような鋭い視線をスラッグに向ける。
「殺人未遂だからな……過去に犯罪を犯しているなら間違いなく死刑だ。ギルドでの決闘はルールを設けてるだけにルール違反をすると重い罪に問われる」
「過去に罪を犯してなかったらどうなるんだよ?」
「……そうだな、死ぬまで強制労働といったところか」
「ぷっ、悲惨だな……」
(死刑か死ぬまで強制労働なら出所することはないか……)
シルルンは取りあえず納得した。
出所する可能性があるならば彼は全力で阻止するつもりだったのだ。
「当たり前だ。軽い罪で済むならばここでの決闘はもっと頻繁に行われているはずだ。相手をルールで縛っておいて殺人ができるんだからな」
スラッグの言葉に、ラーグとホフターは真剣な硬い表情で頷いた。
「だが、あの女の危険部位への攻撃にリザが反応してなかったら、俺はあの女を確実に殺していたぞ」
シルルンは鋭利で容赦のない視線をスラッグたちに向ける。
彼の中で目覚めつつある能力の影響で、彼は本来の自分に戻りかけていた。
「――っ!?」
シルルンから生じる凄まじい気迫に気圧され、スラッグはおろかラーグたちも何も発せなかった。
「……」
(……お、俺?)
リザは不可解そうな表情を浮かべていたが、気づくとシルルンの背中に身を寄せていた。
「……いきなり、どうしたんだリザ?」
シルルンは振り向きもせずに問い掛けた。
「……ちょ、ちょっと、つ、疲れただけよ!!」
顔が真っ赤に染まったリザは慌てて顔をシルルンの背中に押しつけた。
「そうか……なら好きなだけそうしてろ」
その言葉に、リザは耳の付け根まで真っ赤に染まったのだった。
スラッグから相談を持ちかけられたシルルンたちは冒険者ギルドの別室に案内された。
スラッグに勧められた席にシルルンは腰掛けると、スラッグはシルルンの対面の席に腰掛けた。
「最初に確認するがシャダル王から召集がかかっていないと聞いたが本当か?」
「うん」
シルルンは素直に頷いた。
時間の経過により不安定だった彼は元に戻っている。
「……実は魔物が大量発生している森があるんだ」
「えっ!? マジで!? どこの森?」
「俺たちが潜った大穴の真上……つまり地上の森だ。俺の頼みとは森の魔物を討伐してほしいということだ」
「……ふ~ん、そうなんだ」
「魔物の群れはゆっくりと南下しているが、その進行方向の先にはユユカの街があり、魔物の進軍を阻止できなければユユカの街が滅びる」
スラッグは深刻な表情を浮かべている。
「じゃあ、軍も動いてるの?」
「もちろんだ。すでにロレン将軍率いる三千名が森の南に布陣して魔物の群れを迎撃している最中だ」
「えっ!? 三千もいて勝てないの?」
「大量発生だと言っただろ。魔物の討伐を冒険者ギルドに依頼してきたのは他でもないロレン将軍だからな」
「……じゃあ、冒険者ギルドには森の魔物の討伐に駆り出されて冒険者はいない感じなの?」
「……そうなるな。だが、下級職の者たちは残っていると思うが状況次第で召集がかかるかもしれんな」
「え~~~~っ!? マジで!? 僕ちゃん冒険者を雇うために来たんだけど、それじゃあ意味ないじゃん」
「いや、俺にしてみれば天の助けだと思っている。現在、森の南東は英雄リックが冒険者たちを指揮して迎撃しているが、南西が手薄なんだ……君には南西に行ってもらいたいんだ」
スラッグはシルルンの目を真っ直ぐに見つめて返答を待つ。
「スラッグは受けるかどうかは冒険者たちの判断に委ねているとか言ってたから断ってもいいんだよね?」
「なっ!? ……そ、それは英雄といわれている君には適用されないんじゃないか」
スラッグは苦笑いを浮かべるばかりだ。
「あはは、冗談だよ。僕ちゃん行くよ。森の魔物を倒さないと冒険者は帰ってこないからね」
「……そ、そうか助かる」
スラッグはホッと安堵のため息をつく。
だが、雇う冒険者がいないから森の魔物の討伐に行くのかという猜疑心がスラッグに生じる。
シルルンは英雄の一人だと言われているが、スラッグからすればラーグやホフターにみられる正義の心が欠落しているのではないかとスラッグは思ったのだ。
しかし、シルルンは学生で本来なら学園で学んでいる歳なんだとスラッグは思い直し、この考えを棚上げしたのだった。
「……それで、冒険者を雇ってなにをするつもりなんだ?」
スラッグは探るような眼差しをシルルンに向ける。
「うん、僕ちゃんの拠点に難民さんを大量に雇って働かせてるんだけど魔物が多くてね……そこを護ってもらうために冒険者を雇おうと思ってたんだよ」
「――なっ!?」
スラッグはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
(何が正義の心が欠落しているだ……目の前の少年はれっきとした英雄じゃないか……)
スラッグは自身の考えを心底恥じた。
「……すまない、俺は君のことを正義の心が欠落している奴だと勝手に思い込んでいたよ。だが、それは俺の視点の話で、君の視点からすれば話は変わってくるのは当然なことなのにな……」
重苦しそうな表情でスラッグは深く頭を下げた。
彼がシルルンの立場だったなら、迷わず護るべき者を優先するからだ。
「それで君が雇っている難民は何人ぐらいなんだ? それによって雇う冒険者は変わってくるだろう」
スラッグは多くても雇った難民の人数は十人ぐらいだろうと考えており、そのくらいの人数を護るための冒険者ならは他の街の冒険者ギルドから呼び寄せて、先にシルルンの拠点に向かわせてもいいと考えていた。
「う~ん、男が五百人、女が千人ぐらいで、合わせて千五百人くらいかな」
「はぁ!? 千五百だと!?」
難民の数があまりにも想定外すぎて、スラッグは間の抜けた顔で素っ頓狂な声をあげた。
「えっ!? 少ないの?」
「多すぎるだろ!? もうそれは小さな街レベルだろ!!」
「あはは、そうなんだ。まぁ、上級職が数人いるパーティなら下級職が交ざってもいいから、できたら二百人ぐらい雇いたいんだよね」
「二百か……それで足りるのか?」
「うん、すでに拠点を護っている人たちはいるからね。その二百がいれば僕ちゃんがしばらく拠点から離れても大丈夫だと思うんだよ」
「……そうか、君の拠点の状況が分からないから俺にはなんとも言えんが、森の魔物の討伐が済んだら冒険者二百人は俺が責任を持って集めることを約束する」
「ありがとう。で、魔物はどんなのがいるの?」
「大穴から大量に這い出てきてるのはアント種とクラブ種(カニの魔物)だな」
「へぇ、クラブ種がいるんだ」
「あぁ、そのクラブ種が厄介で森の魔物の討伐がうまくいってないんだ……」
スラッグは弱りきった表情を浮かべている。
「……ふ~ん、強いんだ」
「下位種はまだマシだが通常種が硬い上に攻撃力も強いんだ……一対一なら上級職でも勝つのは難しいと言われている……」
「あはは、その程度なら僕ちゃんなら余裕だよ」
シルルンはふふ~んと胸を張る。
「それは心強いなっ!! クラブ種の身は食ってもうまいし高く売れるぞ」
「えっ!? マジで!? だったらいっぱい倒して食料にするよ」
「ギルドとしては前回の大穴攻略戦のときと同額の報奨金が支払われることになっているが、通常種のクラブ種は上位種扱いでカウントされる。つまり、それだけ強いということだ」
スラッグは恐ろしく真剣な表情を浮かべている。
「あはは、それでも余裕だよ」
「……そうだった、君には金色の狼がいるんだったな。当然、連れて行くんだよな?」
一瞬部屋の扉を一瞥したスラッグが当たり前のように尋ねた。
部屋の中にはシャインが巨大すぎて入れず、シャインはリザとロシェールと外で待機している。
「それは分からないよ」
「なに? なぜ金色の狼を連れて行かないんだ?」
スラッグは腑に落ちないような表情でシルルンに尋ねる。
「ビークスを連れて行くかもしれないからだよ」
「ビークス?」
「ビークスはハイ ビートルだから強いんだよね」
「ハ、ハイ ビートルだと!?」
(そんな化け物までペットにしているのか……)
目を見張ったスラッグはシルルンの魔物使いとしての資質の高さに驚きを禁じえなかった。
「まぁ、拠点の護りもあるからどっちかしか連れて行けないからね」
「そ、それはそうだな……しかし、ハイ ビートルが難民を護っているのにまだ冒険者を雇うということは君の拠点は危険な場所にあるのか?」
「うん、鉱山にあるんだよ」
「……なるほどな」
(確かに鉱山なら難民を働かせることはできるだろう)
だが、スラッグはそれと同時に危険な上に採算が取れるのか疑問だった。
容易く採掘ポイントが発見できるなら、誰もが鉱山で採掘して大金持ちになれるからだ。
そのため、赤字覚悟でシルルンが難民を養っていると考えたスラッグは羞恥の表情を露にした。
メローズン王国において、大量に流入する難民は無視することができない重大な問題だからだ。
スラッグは大穴攻略戦では軍と冒険者たちの間を取り持ち、最後まで追従した。
そしてロレン将軍が大穴を埋める作業に大量の難民を投入したことにより、スラッグ自身も難民問題に協力できたと思っていた。
しかし、目の前の少年は自らの力で千五百人もの難民を救おうと動いているのだ。
彼はギルドマスターという職に就きながら、いったいなにをやっているのだと思わずにはいられなかったのだ。
「で、報奨金なんだけどまた首の数で決めるんだよね」
「……あぁ、そうなるが君にはまた俺の奴隷秘書をつけるつもりだから安心してくれ」
「えっ!? そうなんだ……けど一人でしょ? 奴隷秘書じゃなくていいから人数を増やしてほしいんだよね」
「分かった。ではあと二人手配する。それと君が行く南西は手薄だからできるだけ早く冒険者を送るようにするつもりだ。それまでなんとか耐えてくれ」
「あはは、いらないよ。リックの方に回してあげたらいいんじゃない?」
「……いや、いくらなんでもそれは無茶だろう」
スラッグは呆れ顔だ。
「まぁ、僕ちゃんがなにを言ってもどうせ信じないと思うからもう行くよ」
シルルンは立ち上がり、扉に向かって歩き出す。
「準備ができたらまたギルドに寄ってくれ。それまでに人を手配しておくからな」
「うん、ありがとう」
シルルンが部屋から退出すると、リザとロシェールが幸せそうにシャインの毛を触っていた。
「で、何の話だったのシルルン」
「うん、森の魔物の討伐依頼の話だったよ」
「それで受けたの?」
「うん、やばい状況らしいからね。まぁ、今からいろいろと準備しなきゃいけないね……」
リザとロシェールは真剣な硬い表情で頷いた。
「主よ戦なら我も連れて行ってください」
「う~ん、シャインかビークスのどっちを連れていこうかと迷ってたんだけど、じゃあ、シャインを連れて行くよ」
「はっ、ありがとうございます。必ずやお役に立ってみせます」
「あはは、今回は余裕だと思うよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
すると、唐突に傭兵風の男が話し掛けてきた。
「なぁ、大将……俺も連れてってくれよ」
「ん? 誰?」
「俺の名はバーン。まぁ、どっちかって言うと冒険者というより傭兵だな」
バーンの体は筋骨隆々で厳つい顔つきをしていた。
「……ふ~ん、そうなんだ。でも、連れてってくれってどこに行きたいの?」
「そんなことは知らん。だが戦に出るんだろ?」
「うん、ギルドの依頼で森の魔物の討伐にいくんだよ」
「じゃあ、そこだ」
「えっ!? だったらギルド経由で行ったらいいじゃん」
「いやいや、そういうことじゃねぇんだよ。俺は見てたんだ……大将がホフターの凄まじい『発勁』を片手で平然と受け止めたのをなぁ。正直、痺れたぜ……」
バーンは興奮して鼻息が荒い。
「……だからどういうことなの?」
シルルンは軽く眉を顰めた。
「数年前に俺の隊の大将が殺されたんだ。死因は毒で毒をもりやがったのは隊の仲間だった。まぁ、それはいいんだ。俺がそいつを殺したからな。それで俺は仕えるべき大将を探していろんな国を渡り歩いてやっと見つけたわけだ」
バーンはシルルンの瞳を正面からのぞき込んだ。
「えっ!? 見つけたなら良かったじゃん」
「いやいや、鈍いにもほどがあるだろ。俺が見つけた大将はあんたのことだシルルンさんよぉ」
「えっ!? 僕ちゃんの仲間になりたいの!?
シルルンはビックリして目が丸くなる。
「いや、俺は大将の下につきたいんだ。言っただろ俺は大将を探してるってなぁ……楽しいだろうなぁ……大将と共に戦場を駆けるのは……」
バーンはどこか遠くを見つめて涎を垂れ流し、股間を膨らませている。
「ひぃいいぃ!?」
(ヤベェ!? なんだこいつ!? 頭おかしいだろっ!?)
シルルンは狼狽して後ずさる。
「主よ、どうされるのですか? 私はなかなか見込みがある人物だと思いますが」
「……えっ!?」
(どこがだよ!? やっぱりロシェールも頭がおかしい……)
シルルンは絶句した。
「おっ、姉ちゃんいいこと言うなぁ気に入ったぜ……」
「まぁ、お前は私と同様に絶対に裏切ることはないからな」
「違ぇねぇ」
両者は思わず笑みがこぼれた。
「……シルルン、その男はガダン、ロシェールと同類だから死ぬまで追いかけてくるわよ」
その言葉に、シルルンは絶望し、諦めて観念した。
こうして、バーンが新たにシルルンの仲間に加わったのだった。
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