116 冒険者ギルドにて① 修
トーナの街の冒険者ギルドの玄関広間にはラーグ隊の姿があった。
「うぉおおぉ!! ラーグ隊だ!?」
「すげぇな!! 俺、初めて見たぜ!!」
「やっぱり、カッコイイよなぁ……」
ラーグ隊を目の当たりにした冒険者たちは騒然としている。
英雄たちの中ではラーグが一番人気であり、最強と噂されているのである。
その理由は、ラーグが最上級職である【聖騎士】であり『物理反射』を所持しているからだ。
大穴攻略戦では十人ほどの隊だったラーグたちだが、今では三十人ほどの大所帯になっている。
ちなみに、隊の人数が増えると分隊する機会が増える。
そのため、分隊するときにはラーグ一番隊、ラーグ二番隊というように分隊するのが一般的だ。
しかし、シルルン隊には【シルルンガールズ隊】という意味不明な隊が存在する。
現在は知名度が低く知られていないが、知名度が上がってくると笑いの対象になるだろう。
「お、おい……」
「今日はいったいどうなってんだ?」
冒険者ギルドの出入り口前に視線を集中させた冒険者たちは驚きに目を見張っている。
ホフター隊が姿を見せたからだ。
彼らはハイ ウルフの群れを引き連れて、冒険者ギルドの中に入ってきた。
「久しぶりだねホフター」
「よぉ、ラーグ。お前も大穴の帰りか?」
ラーグとホフターはガシッと腕を合わせて笑みを浮かべた。
ホフター隊は大穴攻略戦で四人が戦死したが現在は新たに仲間を迎えており、【魔物使い】だけで組まれた男五人、女五人の隊に戻っていた。
だが、最上級職の【魔法戦士】であるエベゼレアも仲間に加わっているので、エベゼレアに憧れた女冒険者たちが集まり、エベゼレアも女性だけの十人で組まれた隊を結成しているが、エベゼリアは自身の隊名を名乗らずに、あくまでもホフター隊を名乗っていた。
さらにホフターはシャダル王から褒美として賜った回復魔法を備えた女奴隷十人もいるので、ホフター隊も三十人ほどの大所帯になっているのだった。
「な、なぁ、この調子だとリック隊もくるんじゃないか?」
「そ、そりゃすげぇなオイッ!!」
「いや、それはないな。リック隊は討伐に出てるからな」
それでも冒険者たちは何かが起きるんじゃないかと期待の目でラーグたちを眺めている。
「その通りだよ。けど君がここにいるってことは俺と同じ理由でここに来たんじゃないかと思うんだよ」
「じゃあ、お前もシャダル王に呼ばれたってことか?」
その言葉に、ラーグは真剣な硬い表情で頷いた。
「いったい、俺たちがどんな理由で呼ばれてるのかお前は知っているのか?」
「いや、それは分からないけど大穴攻略戦のときのような重大な案件が絡んでると思うんだよ」
「マジかよ!?」
「実はスラッグから聞いたんだけど、今度は大穴がある地上の森が大変なことになってるみたいなんだ。大穴から大量に魔物が這い出てきてるらしい」
「おいおい、大穴では俺もお前も魔物を狩ってるんだぞ。どこから湧いてきやがったんだ」
「それは俺も疑問に思うけど、問題はそこじゃない」
「どういうことだ?」
ホフターが怪訝な表情を浮かべる。
「大穴から大量に魔物が這い出てくるという大事件が起きているのに俺たちはシャダル王に呼ばれてるってことだよ」
「……要するに今起こっている森の問題よりも、シャダル王が抱えてる問題のほうがヤバイってことか?」
「うん、俺はそう考えているんだよ」
「マジかよ!? ……だったらリックやシルルンも呼ばれてるだろ」
「シルルンは分からないけど、リックはすでに森の討伐に出向いていて全体指揮を執っているらしい」
「……けどリックだけでいけるのか?」
「……それは分からないけど、俺たちはシャダル王の元に行くしかないからね」
「ちっ、俺の体が二つあったら両方行けるのになぁ……」
ホフターは心底悔しそうな顔をした。
すると、冒険者ギルドの出入り口前から大きなざわめきが起こった。
「なっ、なっ、なんだよあれは!?」
「マ、マジかよ……」
「な、なんてデカイ魔物なんだ……」
「……け、けどよう、なんかこう不思議と気品みたいなのを感じるよな……」
巨大な金色の魔物を目の当たりにした冒険者たちは身体が硬直し、巨大な金色の魔物の動きを目で追うだけで精一杯だった。
その魔物の傍らには二人の女冒険者の姿があり、巨大な金色の魔物たちは冒険者ギルドの中に入った。
誰もが唐突に現れた巨大な金色の魔物の姿に固唾を呑んだ。
場からいっさいの音が消え去り、緊張感が張りつめる。
あまりの事態にラーグ隊もホフター隊も巨大な金色の魔物を見つめて呆然としていたが、片方の女冒険者を知っているホフターは女冒険者に向かって話を切り出した。
「なぁ、リザ……その魔物はなんなんだ?」
ホフターは困惑した表情を浮かべながらリザに尋ねた。
「……なにって、シルルンのペットのシャインよ」
「なっ!?」
面食らったホフターは驚きの声を上げた。
これにはラーグも愕然とした。冒険者たちからもざわめきが生じており、ホフター隊が率いるハイ ウルフの群れも地面に伏せて怯えきっていた。
「……おいおい、マジかよ」
(どうやってこんな化け物をペットにしたんだ?)
ハイ ウルフたちに目を落としたホフターは動揺を隠せなかった。
「ここが冒険者ギルドよ。ここには色んな依頼書があってそれを受けて達成すると決められた報酬がもらえるのよ」
リザは得意げにシャインに説明した。
「ほう……人族にはそんな場所もあるんだな」
人族語で返したシャインは感心したような表情を浮かべている。
「――っ!?」
人族語を話す魔物の存在を知っているホフターとラーグはそれほど驚きはしなかったが、冒険者たちは目を剥いて驚いている。
リザたちが冒険者ギルドを訪れた訳は、鉱山拠点の防衛のために冒険者を雇用するためだ。
シャインがこの場にいるのは防壁を護っているシャインにも気晴らしは必要だろうとシルルンの気遣いである。
そのため、現在鉱山拠点の防壁を護っているのはビークスとマーニャたちだ。
「で、肝心のシルルンはどうしたんだ?」
「用事を済ませてからくるって言ってたわ」
「……ならいいがそれにしても見事な魔物だな。狼の魔物だと思うがなんていう魔物なんだ?」
「ハイ ウルフから突然変異した個体で、おそらくフェンリルだと思う」
ホフターの問いに物知りラーグが即答した。
「……おいおい、それって神話とかに出てくる魔物だろ」
ホフターは驚きを通り越して呆れ顔だ。
「リザ、久しぶりね……」
エベゼレアは穏やかな口調でリザに話しかけた。
「……そうね、だけどあんたは大変そうね」
ホフター隊に視線を向けたリザは深々と溜息をついた。
彼女の見立てではホフターをめぐるエベゼレアとゼミナの争いに決着はついていないように思えたからだ。
それどころかホフター隊は三十人の隊員の中で、二十五人が女性というあり様なのだ。
「で、リザの隣にいる美人は誰なんだ?」
その言葉に、エベゼレアとゼミナが目じりを険しく吊り上げているが、ホフターは気づきもしない。
「私の名はロシェール!! 主であるシルルン様に剣を捧げた【聖騎士】だ」
ロシェールは声高らかに名乗りを上げた。
「……お、おう」
ホフターは若干引き気味に応えたが、聞き耳を立てていた冒険者たちは【聖騎士】という言葉にざわついた。
「……どうやら、シルルンのところも着々とパワーアップしてるようでなによりだぜ」
ホフターは満足げな表情を浮かべていたが、そこに閃光が駆け抜けた。
それと時を同じくして、とてつもなく激しい突風が発生して誰もが必死に踏ん張って堪えようとしたが、十人ほどが吹き飛んで地面を派手に転がった
ホフターたちやリザたちが瞼を開くと、そこに立っていたのはシルルンとブラックだった。
「あはは、負けたよ。ブラックはやっぱり速いね」
「フハハ!! さすが主君!! 我に『疾走』を使わせるとはお見事ですぞ!!」
スピード勝負を行っていたシルルンとブラックは互いを称え合っている。
「さ、さっきの突風はなんだったんだ!? ていうかシルルン……お前いつの間にここに来たんだ?」
「あはは、さっき走ってきたんだよ」
「てことは、さっきの突風と一緒に来たのか……」
(シルルンたちが走ってきた余波でさっきの突風が発生したのか? いやあり得ないだろう……)
頭を振ったホフターは自身の見解を否定した。
「突風? 僕ちゃんはそんなの知らないよ?」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
しかし、彼は自身の素早さが五千を超えていることに気づいていなかった。
ブラックにいたっては『疾走』を発動すると、その素早さは七千を超える。
そのため、彼らが本気で走ると移動による余波が突風として発生するのだ。
首を傾げるギルド職員たちは突風により散乱した備品や依頼書を元の位置に戻している。
「……」
結局、なぜ突風が発生したのか誰にも分からなかった。
「……まぁ、分からないことは仕方ねぇ……それよりも久しぶりだなシルルン」
「うん、久しぶりだね」
「お前もここに来たってことはシャダル王に呼ばれてるんだろ?」
「えっ!? 僕ちゃん呼ばれてないよ」
「マジかよ!? なんで呼ばれてないんだよ?」
「あはは、そんなの僕ちゃんが知るわけないじゃん」
「まぁ、そりゃそうだな……なんでだと思う?」
ホフターは訝しげな眼差しをラーグに向けた。
「いや、それは俺にも分からないよ……ただ、俺が思うにシルルンは大穴攻略戦のときの印象とはまるで違って見える。はっきり言ってまるで別人だ」
「そうか? 俺には同じに見えるけどな。服とかも同じだろ?」
「……いや、そういうことを言ってるんじゃないんだよ」
ラーグは苦笑する以外になかった。
「まぁ、そんなことよりもシルルン、デーモンを倒したってのは本当なのか?」
ホフターの問い掛けに、聞き耳を立てている冒険者たちも固唾を呑む。
シルルンは英雄たちの中で年齢的にも見た目的にも最弱だと思われていた。
そのため、極悪非道と謳われるデーモンを倒したという噂は信じられていないのだ。
「あはは、どこのデーモンか知らないけどデーモンくらいは余裕だよ」
シルルンはふふ~んと胸を張る。
「な、なんだと!?」
これにはホウターはおろかラーグもただならぬ表情を浮かべている。
「この前なんかはハイ サキュバスに出くわしたけど逃げられちゃったんだよね」
「……ちょ、ちょっと待ってくれシルルン。逃げられたということはハイ サキュバスに勝てそうだったということかい?」
ラーグは神妙な面持ちでシルルンの言葉を待つ。
「うん、そうだよ」
「!?」
ラーグは信じられないといったような表情を浮かべている。
「シルルン!!」
唐突にホフターがシルルンの顔に目掛けて右の拳を繰り出した。
無論、この攻撃はシルルンの顔の直前で止まるように放たれた一撃だ。
だが、シルルンは事も無げに左手で拳を受け止める。
「――っ!? マジかよ!?」
ホフターの両眼が隠しきれない驚愕に染まった。
しかし、ホフターが放った攻撃は全力の『発勁』で、爆発する勁の力がシルルンの身体を突き抜けて床に直撃し、地面が激しく陥没して建物が激しく揺れ動いた。
発生原因が分からずにその場にいる全員が呆然としており、場が静寂に包まれた。
「あはは、冗談はやめてよ」
シルルンは無邪気に笑う。
「……」
(こいつ、急激に強くなってやがる……)
ホフターは戦慄して我知らずに息を呑んだ。
「……こりゃすげぇや」
この光景を目の当たりにした傭兵風の男は口角に笑みを浮かべた。
「……言っとくがシルルン、当てるつもりはなかったんだ」
「えっ!? そうなの? でも床はホフターが弁償してよね」
「あぁ、分かってる」
ホフターは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……もう、何やってるのよホフター!!」
「余計な出費ね」
ゼミナとエベゼレアに睨まれたホフターは申し訳なさそうに頭を掻いている。
「なぁ? なんでホフターさんがダブルスライムを殴ったら地面が陥没したんだ?」
「アホかお前!! そんなのホフターさんのパンチが凄ぇからだろが!!」
「マ、マジかよ!?」
冒険者たちが一斉に自身の見解を語りだして騒ぎ始めた。
「……」
(『発勁』も知らんのか……)
傭兵風の男が失笑を漏らす。
この場に集う冒険者たちの大半が下級職で、上級職である【格闘家】が『発勁』を所持していることさえ知らないのだ。
だが、ホフターが放った『発勁』の威力によって再び備品が散乱しており、ギルド職員たちはうんざりした表情で元の位置に備品を戻している。
「シルルンさん、今お話してもよろしいでしょうか?」
突然、軽装な女冒険者がシルルンに話し掛けた。
「誰?」
「いえ、面識はありません。ですが私をシルルンさんの隊に入れてもらえないでしょうか?」
軽装な女冒険者は決意に満ちた表情で言った。
「えっ!? ヤダよ」
シルルンは真顔で即答した。
「……な、なぜですか!?」
軽装な女冒険者は切実な表情でシルルンに訴えた。
「……」
シルルンは返答に詰まる。
彼は急激に強くなっているが、いまだ女性が嫌いなことには変わりなかった。
「そこのリザという女は下級職の【剣士】で弱いのに、私はダメなんですか!!」
「――っ!?」
一番気にしていることを指摘されたリザは胸を貫かれたような衝撃を受けて、何も言い返さずに黙って俯いた。
「あはは、リザが弱いわけないじゃん」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「下級職が強いわけないでしょう!! ここにはいないようですがラーネという人は大穴攻略戦で上位種を倒したと聞いています。でも、そこの女はそんな話が全くないじゃないですか!! それは下級職で弱いからです!!」
シルルンに食って掛かった軽装な女冒険者はヒステリックに叫んだ。
「ガダガダうるさい女だなぁ!! 下級職でもリザは強いんだよ!!」
豹変したシルルンの態度に、軽装な女冒険者は絶句した。
「……」
(女が苦手なシルルンがそれを押して私を庇ってくれている……)
その行動がリザの心の琴線に触れてリザはシルルンへの熱い想いが込み上げていた。
しかし、それと同時に彼女は下級職であることに不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
このままではシルルンとの力の差はひらく一方だとリザは危機感を募らせて拳を強く握りしめる。
それもこれもシルルンの隣に並びたいというリザの熱い想いが根源にあるからだが、現実的にリザがシルルンの隣に並ぶことは最早不可能だった。
ペットたちの親愛度が異常に高いシルルンは、ペットたちが魔物と戦って稼いだ経験値の同額がシルルンにも加算されているからだ。
つまり、シルルンが酒を飲みながらゴロゴロしていても、シルルンは勝手に強くなっていくのである。
「……リザが下級職だったことには私も驚いている」
「ほら!! やっぱりそうですよ!!」
ロシェールの言葉に、軽装な女冒険者はニヤリと笑った。
「だが、それは下級職とは思えないほどリザが強いからだ」
「……チッ」
軽装な女冒険者は忌々しそうな顔をして舌打ちした。
「リザはレベルの高い黒オーガと単独で戦い勝利したのを私はこの目で見ている。リザを下級職だから弱いというお前は黒オーガに単独で勝てるのか?」
「……【聖騎士】なのに、仲間のことになると庇うんですね」
軽装な女冒険者は嘲うようにニヤニヤしている。
「なっ!?」
ロシェールは呆気にとられて言葉を失う。
「……なぁ、あいつラーグさんにも仲間にしてくれって言って断われてただろ」
「有名な冒険者なら誰でもいいんだろ……」
「ていうか、あいつ頭おかしくないか?」
「普通は入隊を断られたら諦めるだろ……」
「……有名になるとああいう狂った奴が湧いてくるんだよな」
話に耳を傾けていた冒険者たちは眉を顰めて呆れ果てている。
「まぁ、お前がなにを言ってもうちには入れないけどな」
「な、なんでですか!? 私は上級職の【剣豪】なんですよ!! 下級職のあいつより強いんですよ!!」
「しつこい女だな!! お前みたいな奴はうちにはいらないんだよ!!」
シルルンは激しい怒声を女剣豪に浴びせた。
「――っ!? お前、私と勝負しなさいよ!! 私のほうが強いってことを分からせてやる!!」
女剣豪はリザに向き直って怒りを込めて睨みつけた。
「……あんたがそれを望むなら受けて立つ」
「くくく、いい度胸ね……邪魔が入らないように場所を変えるわよ」
こうして、シルルンたちは冒険者ギルド内にある訓練所に移動したのだった。
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