112 ギャンの行方 修修
「ぐっ……」
ギャンは顔を顰めながら上体を起こした。
「ギャン様!! お目覚めになられたのですね」
ゾフィの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「この世のものとは思えぬ凄まじい痛みだった……今、この世に俺が存在しているのが信じられんぐらいにな……」
ギャンは深刻な表情を浮かべて身をぶるりと震わせた。
彼らはゾフィの能力である『影移動』で影の中の空間に身を隠していた。
だが、彼らが隠れている場所はシルルンと戦った場所ではなく、ビャクスが占領したキャンプ村だ。
ゾフィはシルルンにハイ ヘドロの剣で斬られたギャンを影の中に避難させて、所持していたポーションやキュアポーションを無理矢理に口移しでギャンに飲ませた。
応急処置を施した彼女はギャンを抱えて影の中を移動し、シルルンから離れて『飛行』で一気にビャクスが占領したキャンプ村まで移動して影の中に身を隠した。
ゾフイはビャクスが大量に備蓄しているポーションやキュアポーションを盗んで、ギャンに飲ませ続けた。
ギャンの意識があれば盗む必要などないが、ゾフィはビャクスを全く信用しておらず、主であるギャンを危険に晒すことはできなかった。
そもそも、ギャンはビャクス山賊団の一味ではあるが手下ではない。
ルビコの街、ズンネの街、セーロの街で暴れまわる山賊たちをビャクスが傘下に加えているときに、ギャンたちはビャクスに出会ったのだ。
この時点でのギャンたちは山賊を名乗っておらず、ビャクスに傘下に加われと迫られるが、ギャンは「手を組むのは構わんが手下にはならん」と言い放ち、一触即発状態に陥った。
ビャクスが大兵力を率いる山賊の頭領であることを知っているにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべるギャンに得たいの知れない恐怖を覚えたビャクスはギャンとの戦いを避けたのだ。
このビャクスの判断に側近のパロズンとウェーサはありえないと驚愕したが、ビャクスはギャンに対して恐怖を覚えるのと同時に自分に似た親近感を覚えていた。
つまり、ギャンはビャクス同様、悪だということだ。
ビャクスは戦えば大損害を被るが勝てると考えていた。
だが、自分と同類のギャンをここで殺すのは惜しいと彼は思ったのだった。
こうしてギャンはビャクスの一味に加わったが対等な立場での加入だった。
ビャクスがキャンプ村の制圧に成功すると、ギャンは「敵対しそうな冒険者を殺し行く」と言い残し、ビャクスの元から離れ動き出す。
無論、「敵対しそうな冒険者を殺し行く」というギャンの言葉は間違いではないが、ギャンの本当の目的は強い手下を集めることにあった。
ギャンはサンポル王国の出身でサンポル王国の正式な王族であり、王位継承権第一位の王子なのである。
だが、ギャンはサンポル王国の暗部の標的になっていた。
罪状は国王への反逆罪で彼は父である国王に反旗を翻し、正面から国王を殺そうとしたが失敗して逃走を余儀なくされたのだ。
サンポル王国の国王は悪逆非道の政治を行っており、税率にいたっては九十九パーセントという狂った数値なのだ。
しかし、ギャンは正義感や義憤に駆られて国王を殺そうとしたわけではなく、単に気に入らないという理由で国王に挑んだのだ。
仮にこの時に国王を殺すことができていたとしても、サンポル王国の政治は変わらない。
ギャンは政治に興味がないからだ。
「……しかし、無様だ。お前の言葉を聞き入れていればこんなことにはならなかったのにな」
「い、いえそんな……私のほうこそ出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありませんでした……」
ゾフィは神妙な顔をして深く頭を下げた。
「いや、構わぬ。お前がいなければ俺は死んでいたのだからな」
「……」
ゾフィは何も返さなかったが、どんな手段を使っても主であるギャンを死なせないと強く思っていた。
この“どんな手段を使っても”という言葉には彼女の命も含まれていることは言うまでもない。
「……あの魔物使い……あんな化け物が存在するとはな……いったい何者だと考える?」
「はい……そのことについては私の配下に調べさせたところ、だいたいのことは分かりました」
ハイ サキュバスであるゾフィは『召喚』で魔界から同族の下位種を呼び出すことができるのである。
彼女は『召喚』した二匹のレッサー サキュバスに、一番近いルビコの街と首都トーナの街で情報収集させていたのだ。
「ほう……」
ギャンは意外そうな顔をした。
「大穴に巣くう魔物に対して軍が大規模な討伐部隊を派遣した戦いで、彗星のように現れたのが私たちが戦ったシルルンという魔物使いで、またの名を【ダブルスライム】といい、この国の英雄の一人であることは間違いないと思います」
「……なるほどな。だが、勇者ならともかく、英雄ごときがあれほど強いものなのか?」
ギャンは不可解そうな顔をした。
「……はい、私もそれについては疑問に思っており、私なりに考えてみました」
「ほう……言ってみろ?」
「……シルルンも統率系の能力、最上位の一角とされる能力に目覚めているのだと思います。おそらく『鬼神』かと……」
「な、なんだと!?」
ギャンはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「……しかし、確かに考えてみればあの異常な強さはそれしか考えられぬか」
「はい、おそらくギャン様が受けたあの凄まじい数の状態異常も『鬼神』の能力によるものかと思われます」
「ぐっ……『鬼神』か……俺の『覇王』も強いが『鬼神』も相当強いのだろうな……」
ギャンは忌々しそうに体を震わせている。
「おそらくシルルンはギャン様が死んでいると思っていることでしょう……シルルンとの戦いは今は避けて力を蓄えるのが肝要かと思います」
ゾフィは切実な表情で訴えた。
「……そうだな、確かに今はあの化け物と戦っても勝てる気がせぬ……お前の言う通り、今は力を蓄えることに専念するとするか」
「は、はい!!」
ゾフィは瞳に安堵の色を滲ませる。
統率系の能力で最上位の一角とされる『覇王』と『鬼神』はほとんど知られていない能力で、どの様な能力なのかも知られていない。
そして、シルルンが所持する『反逆』も『覇王』と『鬼神』と同列なのだが全く知られていなかった。
そのため、シルルンが所持する能力をゾフィが『鬼神』と推測したのは仕方がないことなのである。
ちなみに『覇王』の能力はHP、MP、攻撃力、守備力、素早さが三倍になるというものである。
そして、『覇王』の能力を所持する者は『物理無効』と『覇王の魅力』にも同時に目覚めるのだ。
『覇王の魅力』は所持する者と同様の属性の者を引き寄せ、配下にすることができる能力だ。
ギャンの場合、悪を引き寄せることは言うまでもない。
さらに『覇王』は適性がある全ての職業に就くことが可能で、『二重職』は二つの職業を比較して高いほうのステータスが反映されるが、『覇王』は就いた職業のステータスが全て合算されるのだ。
そのため、『覇王』を所持する者は新しい職業に就く度に強くなり、そして、合算されたステータスが三倍になるのでステータスの値がとんでもないことになるのである。
現にシルルンと戦ったときのギャンは【暗黒剣士】【暗黒魔物使い】【死霊魔術師】の三つの職業に就いており、その攻撃力は【暗黒剣士】の『剛力』も相まって八千を超える数値だったのだ。
そして、ギャンの三つの職業は全て最上級職だが、【魔物使い】の最上級職は【大魔物使い】と【魔物を統べる者】の二種だというのが通説だが【暗黒魔物使い】は『覇王』を所持するときのみ就くことができる職業なのだ。
【暗黒魔物使い】の特徴は『ペット命名』で、ペットに名をつけると一度だけペットが一段階進化するという強力な能力だ。
ゾフィはテイムされたときは通常種だったが、ギャンが『ペット命名』で名を与えて上位種に進化したのである。
『ペット命名』は上位種をテイムできる腕があれば、上位種をも進化させることができ、マーニャのような進化先があるのかないのか不明な特殊な魔物ですら、進化させることができる恐ろしい能力なのである。
最後に【死霊魔術師】だが、非常に珍しい職業でアニメイテッドの魔法で死体を使役することができることが特徴だ。
だが、アニメイテッドの魔法で生き返った死体は魔力が尽きると消滅してしまうので、ネクロマンシーの魔法の方が上位の魔法だ。
「……だが、また配下を集めるところからやり直しだ」
ギャンは忌々しげな表情を浮かべている。
「このままビャクスの元で配下を募るおつもりですか?」
「いや、南に行くつもりだ。ここには見るべき人材がおらぬからな」
「ここから南に行きますと二つの国に隣接していますが、キンチョル王国とママレーモン王国のどちらに行かれるおつもりですか?」
「無論、キンチョル王国だ。噂ではキンチョル王国は治安が悪いらしいからな」
ギャンは自身の体力が全快するのを待ってから、キンチョル王国に向かったのだった。
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ハイ サキュバス レベル1 全長約1.6メートル
HP 4800
MP 1800
攻撃力 1700+武器
守備力 1500+防具
素早さ 1550+アイテム
魔法 ウインド ファイヤ パラライズ スリープ エクスプロージョン ダークネス ドレイン カース スロー ディスペル インビシブル
能力 魅了 飛行 魔法耐性 統率 威圧 強力 堅守 物理耐性 能力耐性 言語 召喚 幻覚
ハイ サキュバス ゾフィ レベル10 全長約1.6メートル
HP 7100
MP 2500
攻撃力 2400+ミスリルランス
守備力 2050+ミスリルファイタードレス
素早さ 2200+ミスリルブーツ
魔法 ウインド ファイヤ パラライズ スリープ エクスプロージョン ダークネス ドレイン カース スロー ディスペル インビシブル リーディング
能力 魅了 飛行 魔法耐性 統率 威圧 強力 堅守 物理耐性 能力耐性 言語 召喚 幻覚 危険探知 影移動 影分身
ギャン 暗黒魔物使い12 暗黒剣士レベル10 死霊魔術師レベル9
HP 2790
MP 1210
攻撃力 1345+ミスリルソード
守備力 740+ミスリルスーツ
素早さ 890+ミスリルブーツ
魔法 ファイヤ ポイズン ナイトビジョン ドレイン コンフューズド ブリザー アース ナイトビジョン ライト インビシブル アンチマジック ポイズン コンフューズド ダークネス パラライズ ドレイン マジックドレイン フィアー デスペイン アニメイテッド
能力 覇王 覇王の魅力 物理無効 決死 剛力 能力軽減 毒無効 魔物探知 魔物解析 魔物合成 ペット命名 統率 MP回復 魔劣化
『覇王』の能力は適正ある全ての職業に就くことができるが、同種の職業の場合、就くことができる職業の中で、最も高い職業にしか就くことができない。
例 剣士 剣豪 大剣豪の場合、大剣豪に就くことができるのあれば、大剣豪にしか就くことができない。
暗黒魔物使い レベル12
HP 400~
MP 0
攻撃力 300+武器
守備力 300+防具
素早さ 300+アイテム
魔法 無し
能力 魔物探知 魔物解析 魔物合成 ペット命名
暗黒剣士 レベル10
HP 1100~
MP 320
攻撃力 1000+武器
守備力 400+防具
素早さ 510+アイテム
魔法 ファイヤ ポイズン ナイトビジョン ドレイン コンフューズド
能力 決死 剛力 能力軽減 毒無効
死霊魔術師 レベル9
HP 290~
MP 890
攻撃力45+武器
守備力40+防具
素早さ80+アイテム
魔法 ブリザー アース ナイトビジョン ライト インビシブル アンチマジック ポイズン コンフューズド ダークネス パラライズ ドレイン マジックドレイン フィアー デスペイン アニメイテッド
能力 統率 MP回復




