106 ダンジョン都市アダック⑰ 修
シルルンの姿を視認したハイ スパイダーとマンティスは、シルルンの傍まで近づいてきてシルルンを見つめている。
彼らは身体中が傷だけで、訝しげな表情を浮かべるシルルンは『魔物契約』でハイ スパイダーにコンタクトを取った。
すると、ドス黒い血のようなイメージがシルルンの脳内に飛び込んきた。
シルルンは思念での会話は不可能だと思い、プルとプニに思念でハイ スパイダーとマンティスの傷を治すように指示を出す。
プルとプニがヒールの魔法とファテーグの魔法を唱え、ハイ スパイダーとマンティスの体力とスタミナが全快する。
シルルンはしばらく待ってから『魔物契約』で再びハイ スパイダーにコンタクトを取った。
すると、強烈な怒りのようなイメージはまだあるが「マスターを助けるために力を貸して欲しい」と明確な意思がシルルンに流れ込んでくる。
ハイ スパイダーは複数ある眼でじーっとシルルンを見つめている。
「……力を貸して欲しい?」
(ヒュラたちは撤退しようとしてるのになんでここにペットだけがいるんだよ?)
シルルンは不可解そうな表情を浮かべている。
「リザをリーダーとして左のルートに進んでよ」
「……シルルンはどうするのよ?」
溜息を吐いたリザは顔を顰める。
「僕ちゃんはハイ スパイダーが突破してきた右のルートの様子を見てくるよ」
「だったら私たちも一緒についていくわよ」
「いや、それじゃ間に合わないからプル、プニ、ブラックだけを連れて行くよ」
シルルンはいうと同時に『反逆』を発動し、場に凄まじいプレッシャーが駆け抜ける。
「……前から思ってたけどこの威圧感の正体は何? 『威圧』じゃないんでしょ?」
「うん、『反逆』って能力だよ。簡単にいうとステータスが二倍になるんだよ」
「なっ!?」
リザはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
だが、プルルとプニニは名前が挙がらなかったので不満そうな表情を浮かべており、そっとプルとプニの口の中に身を隠した。
「マーニャ!! みんなを守ってね」
「まーっ!!」
マーニャは元気いっぱいに鳴いて応え、シルルンは満足げに頷くと突風とともに消え去った。
そして、その後をハイ スパイダーとマンティスが凄まじい速さで追いかけていったのだった。
シルルンは凄まじい速さで右のルートを突き進んで魔物の群れを発見する。
「ブラック!! このまま壁の側面を駆け抜けて群れの先頭に出るよ」
「フハハ!! 承知!!」
ブラックは壁を駆け上がり、そのまま横走りして壁の側面を駆け抜けていく。
「……どうやら間に合いそうだね」
シルルンがそう思った根拠は魔物の群れが背後を晒していたからだ。
つまり、魔物の群れは何かと戦闘中だから後ろ向きであり、そうでなければ巨大な魔方陣のある部屋に戻ってきているはずで、その場合、魔物の群れは正面を向いているはずなのだ。
「主君!! そろそろ群れの先頭ですぞ!!」
シルルンは頷き、ブラックは戦闘を繰り広げている先頭集団に乱入する。
「なっ!? どこから現れた!?」
魔物の群れと戦っていた冒険者たちが驚きのあまりに血相を変える。
「……これはどういう状況なの?」
シルルンは軽く眉を顰めている。
三十人ほどの冒険者たちが魔物の群れと戦いを繰り広げており、最後尾にヒュラとアンディの姿があったが、真ん中のルートを進んだはずの戦士風の男もこの場にいるのである。
「こいつらが撤退すると使者をよこしてきたから俺たちも撤退しようと考えたが、それなら俺たちとこいつらでこの右のルートを突破できるんじゃないかと思って合流して戦っていたところだ」
「……ふ~ん、そうなんだ」
シルルンは激しい違和感を覚えていた。
「そういうお前こそ、どうやってここにこれたんだ。正面には大量の魔物しかいないんだぞ」
「インビジブルの魔法で姿を消してここまできたんだよ」
シルルンは真実が知りたくなって嘘をつく。
「ほう……ここにきたのはお前だけなのか?」
「うん、そうだよ」
「……それだけ聞ければもういいだろ」
シルルンの後ろに回り込んだアンディが意地の悪い微笑みを口元に浮かべる。
「くくく、一人で偵察に来たのが運のつきだな」
戦士風の男が小馬鹿にした様子でニタニタと笑う。
「……やっぱり、そういうことなんだ」
「ほう、お前は置かれた状況がどういうことなのか理解しているのか?」
「うん、いい勉強になったよ。君たちは人族に化けているカメレオン種の魔物だったんだね。今後は見た目が人族だと思っても疑ってかかることにするよ」
「ちっ、『魔物解析』か……」
戦士風の男は忌々しげな表情を浮かべている。
だがそこに、天井を駆けてきたハイ スパイダーとそれを追いかけて飛行してきたマンティスがシルルンの傍に下り立った。
ハイ スパイダーとマンティスはヒュラの姿を視認して一瞬固まったが、一転してヒュラに激しい殺意を向ける。
「ケケケッ、せっかく逃がしてやったのに何をしに戻ってきたんだ」
ヒュラに化けたカメレオン種が人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。
「逃がした? どういうことなんだよ?」
シルルンは訝しげな眼差しをヒュラに向ける。
「こいつらの隊はなぁ、俺たちに背後を突かれて壊滅的打撃を受けても尚、前面の魔物の群れと背後からの俺たちの攻撃を必死に耐えていた。こいつらのマスターは最後の力を振り絞ってこいつらを回復して「お前たちは逃げろ!!」と言って死んだんだよ」
「お前が殺しといてよく言うぜ」
アンディに化けたカメレオン種は悪意に満ちた冷笑を洩らした。
「「ケケケケケケケケケケケッ!!」」
ヒュラに化けたカメレオンとアンディに化けたカメレオン種は腹を抱えて爆笑した。
「……」
(同じ状況なら僕ちゃんも同じ行動をしたと思うよ)
シルルンは怒りにも似た血液が沸騰するような感覚を覚えていた。
ハイ スパイダーはヒュラに化けたカメレオン種に目にも止まらぬ速さで突進し、前脚の爪の一撃を放ったが、ヒュラに化けたカメレオン種に当たる直前で前脚の爪を止めた。
彼は偽者だと分かっているが彼にはヒュラを傷つけることができず、逆にヒュラに化けたカメレオン種がハイ スパイダーの眼をミスリルダガーで貫いた。
「健気じゃねぇか!! ゆっくり嬲り殺してやるよ!! ケケケケケケケケケケッ!!!」
ヒュラに化けたカメレオン種が獰猛な笑みを浮かべる。
「お前の相手は俺だ!!」
アンディに化けたカメレオン種が凄まじい速さでシルルンとの距離をつめて、ミスリルソードで突きを放つがシルルンは体を捻って回避する。
だが、アンディに化けたカメレオン種は体が三つにバラけて即死した。
シルルンが突きを避けると同時にミスリルソードで『並列斬り』を放ったからだ。
「――なっ!?」
それを目の当たりにしたヒュラに化けたカメレオン種は驚愕して身じろぎもしない。
シルルンがヒュラに化けたカメレオン種に向きを変えると、ヒュラに化けたカメレオン種は恐怖に顔を歪めて後ずさる。
だが、彼は何者かに後頭部を殴られて姿が元に戻り、カメレオン種に姿を変えた。
「なっ!? どういうことだ!? 能力が使えん……」
カメレオン種は雷に打たれたように顔色を変える。
言うまでもなく、カメレオン種の能力を奪ったのはプニである。
シルルンはどうしてもハイ スパイダーとマンティスに仇を討たせたかったが、ヒュラの姿のままではハイ スパイダーたちは攻撃できないので、プニに能力を奪わせたのだ。
溜まりに溜まった怒りが爆発したハイ スパイダーとマンティスは凄まじい速さで突撃し、カメレオン種に一瞬で肉薄して爪や鎌の連撃を叩き込み、カメレオン種は身体中を切り刻まれて解体されていく。
「ぢ、ぢぐしょよよよぉ!! の、能力さえ使えればお前らごときに負けるはずがないんだよ!!」
カメレオン種は悔しそうに絶叫した。
マンティスは『斬撃衝』を放ち、風の刃がカメレオン種の首を切り裂いて首が地面に転がり、カメレオン種は体から大量の血が噴出する。
それでもハイ スパイダーとマンティスは攻撃を止めずに狂ったように攻撃し続けてカメレオン種は肉片へと変わり、地面に転がった首も踏み潰されて砕け散った。
「くくく、俺にはお前が放った剣の連撃が見えていた。上には上がいることを教えてやる!!」
戦士風の男は自信が滲む表情を浮かべている。
シルルンは『魔物解析』で戦士風の男を視るとハイ カメレオンだと判明したが、ヒュラに化けたカメレオン種やアンディに化けたカメレオン種も上位種だったのでシルルンに驚きはない。
カメレオン種は通常種になるとカメレオン種の固有能力である『死体吸収』に目覚め、死体を吸収することで死体の力を使えるようになる。
だが、死体の力を使用するには死体の姿にならないと使えない上に、ステータスや魔法や能力も死体と同じなってしまうという欠点がある。
しかし、上位種になると『二重変化』に目覚めることで、自身の力に加えて変化した姿の力も同時に使えるようになり、ステータスにいたっては合算されるのだ。
つまり、高レベルの聖騎士とハイ カメレオンのステータスの値を合算したのが戦士風の男で、その攻撃力は千六百を超えている。
戦士風の男は一直線にシルルンに目掛けて突っ込んで剣の連撃を放つが、シルルンはそのすべての剣の連撃をミスリルソードで弾き返す。
「馬鹿なっ!? あ、ありえん……俺の力はお前を上回っているはずだ……」
戦士風の男はうろたえて後ずさる。
シルルンは一瞬で戦士風の男に肉薄して剣で頭から真っ二つに斬り裂き、戦士風の男は体が縦に二つに分かれて大量の血を噴出しながら即死したのだった。
「……ていうか、知った顔が殺されるというのはなんともいえない気持ちになるね」
シルルンは沈痛な面持ちで呟いた。
「『死体吸収』するデシ!!」
プニは嬉しそうにアンディに化けたカメレオン種の死体と、戦士風の男の死体を『死体吸収』で吸収し、死体は跡形もなく消える。
ちなみに、プニはヒュラに化けたカメレオン種から魔法や能力を奪った時点で『死体吸収』と『二重変化』、そしてヒュラが所持していた魔法や能力も奪っていた。
さらにヒュラに化けたカメレオン種が『死体吸収』で吸収した者たちの魔法や能力まで奪っているのでその数は凄まじく、戦士風の男も百を軽く超える者たちを『死体吸収』で吸収していたのだ。
そのため、プニはとんでもない数の魔法と能力、そして数百の姿を取り込んでいることになる。
その中でも彼がずっと欲しかった能力である『魔物解析』が手に入ったことが、彼のコレクター魂に火をつけることになるのであった。
シルルンが振り返ると、ハイ カメレオンたちが倒されたことを知った後衛のカメレオン種たちが信じられないといった表情を浮かべていた。
「う~ん……」
(ここにいる冒険者たちは、たぶんカメレオン種だよね。どうしようかな……)
シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。
彼らを放置すれば同じ悲劇が起こる可能性は高いが、彼らを殺すのなら世界にいる魔物全てを殺して回るのかという自身の問いに、シルルンは答えを出せないでいた。
「あそこにいるのはカメレオン種の通常種ばっかりデシ!! 倒すデシか?」
「えっ? なんで分かるの?」
「奪った能力の中に『魔物解析』があったデシ!!」
プニはとても嬉しそうに瞳を輝かせている。
「あはは、そうなんだ」
「ねぇ、殺さないでおくれよ……なんでもいうことを聞くからさ……」
三人の女が胸元を開きながらシルルンに近づいて縋るような表情で見つめる。
「……殺すつもりはないよ。ただ覚えておいてほしいんだよ。君たちの存在がバレたってことをね」
「……」
大きく目を見張った三人の女はこくこくと頷き、身を翻したシルルンはハイ スパイダーたちの傍に歩を進める。
「じゃあ、仲間たちのところに戻るよ。言葉が通じているか分からないけど君たちも元気でね」
そうハイ スパイダーたちに声をかけたシルルンはブラックに乗り、シルルンたちは再び壁の側面を凄まじい速さで駆けていったのだった。
ブラックは右のルートを抜け、巨大な魔法陣がある部屋に到着する。
「リザたちは左のルートに進んだから僕ちゃんたちもそっちにいくよ」
「承知!!」
シルルンたちは左のルートを進むが、すぐにリザたちに追いついたのだった。
左のルートは距離が短く、魔法陣があるだけだったのでリザたちは座って休憩しており、マーニャが尻尾を振りながら魔法陣の前に立ち、魔物が出てこないか監視している状況だ。
ドーラ、メーア、ペーガがシルルンを視認すると嬉しそうに寄ってきてシルルンにまとわりつく。
「ボス!? 向こうはどうだったの?」
リジルたちの視線がシルルンに集中し、シルルンは表情を曇らせる。
「……う、うん、聞かないほうがいいと思うよ」
「てことは、よくないことが起きたのね。ボス、それでも私は知りたいわ」
リジルの言葉に仲間たちも顔を見合わせて頷いた。
「……分かったよ。右のルートに進んだ隊はハイ スパイダーとマンティス以外は全滅だったよ」
「なっ!?」
これには皆が絶句する以外になかった。
「ハイ スパイダーとマンティスが生き残れたのは、ヒュラが最後の力を振り絞って回復させて逃がしたかららしいよ」
その言葉に、リジルとロシェールは頭を鉄の棒で殴られたような衝撃に襲われる。
ヒュラに対して厳しい意見を言ったからである。
「……ア、アンディも死んじゃったんですよね?」
シルルンは静かに頷き、アニータが目に大粒の涙を浮かべて号泣し、リザは俯いて何も言葉を発しない。
「マスター、右のルートに進んだ冒険者は五十人はいたのになんで全滅したの?」
リャンネルが不思議そうに問い掛ける。
「左のルートに進んだ隊がカメレオンの魔物で人族に化けてたんだよ。たぶん魔物の群れと戦ってる最中に背後を突かれて挟撃されて全滅したんだよ」
「なっ!? あの隊が魔物だったなんて、そんな……」
アニータは信じられないといったような形相だ。
「アニータ、君にお願いがあるんだよ。地上に戻ったら地下三十階には姿を自在に変えるカメレオンの魔物がいると情報を流してほしいんだよ」
カメレオン種は姿を自在に変えることはできず、『死体吸収』で吸収した者にしか姿を変えることはできないが、シルルンは大げさに伝わったほうがいいと思ってそういったのだった。
「分かりました」
アニータは神妙な表情で頷いた。
「シルルン、アンディの仇は討ってくれたんでしょ?」
「うん、僕ちゃんが殺したよ。ヒュラの仇はハイ スパイダーとマンティスが討ったよ」
「そう、ありがとう……」
リザはそれ以上何も語らなかった。
場に重い空気が辺りを包むが、シルルンは魔物の気配を探知して後ろに振り返る。
「ハイ スパイダーとマンティスが戦いながらこっちに近づいてるね」
(よくよく考えてみるとハイ スパイダーとマンティスは敵と認識されてるから魔物に攻撃されるのか)
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
「魔物の群れがこっちに向かってるから僕ちゃんは迎撃してくるよ。先に進む準備をしておいてね」
「!?」
リザたちは慌しく身支度を整え始める。
シルルンはブラックに乗って凄まじい速さで移動し、魔物と戦いながら後退するハイ スパイダーとマンティスの前に出る。
「魔物の足を止めるよ!! みんなで総攻撃!!」
「フハハッ!! アース!!」
「エクスプロージョンデス! エクスプロージョンデス!!」
「エクスプロージョンデス! エクスプロージョンデス!!」
「エクスプロージョンデシ! エクスプロージョンデシ!!」
「エクスプロージョンデシ! エクスプロージョンデシ!!」
「サモンデチ!!」
シルルンは水撃の弓で魔物の群れに狙いを定めて水弾を放とうとしたが、プルとプニの魔法の威力が凄まじく、接近する魔物の群れが消し飛んだので水弾を撃つのをやめた。
そして、魔物がいなくなったところにスケルトンが出現する。
「……敵がいないから待機デチ!!」
スケルトンはこくっと頷き、ぼーっと突っ立っている。
シルルンはハイ スパイダーとマンティスに『魔物契約』で「一緒についてくる気はないか?」とコンタクトを取った。
「……マスターにもらった命をここで無駄に散らすのは恩義に欠ける」
ハイ スパイダーが言い放ち、マンティスも頷いている。
「じゃあ、とりあえずこのダンジョンから出るまで一緒にきなよ」
「かたじけない」
「うん、じゃあ、ついてくるんだよ」
「ついてくるデチ!!」
シルルンたちは皆のところに移動する。
「ボス、いつでもいけるわよ」
「おそらく、この魔法陣はどこかに繋がっている転移魔法陣だと思います」
「だったら行ってみるしかないね」
シルルンたちは魔法陣を踏んでその姿が掻き消えた。
皆も次々に魔法陣を踏んで姿が消えて、ハイ スパイダーとマンティス、遅れてスケルトンも魔法陣を踏んで姿が掻き消えたのだった。
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