105 ダンジョン都市アダック⑯ 修
シルルンたちは左のルートを進んでいた。
道幅は三十メートルほどで高さは百メートルほどあり、これまでの作りとほぼ同じだが曲がり角などはなく、ただひたすら真っ直ぐに道は伸びていた。
彼らが三十分ほど通路を進むと男冒険者が言ったように魔物の群れが姿を現した。
「う~ん……これはなかなか迫力ある光景だね」
通路を塞ぐほどの魔物の数にシルルンは感心したような表情を浮かべている。
「……ボ、ボス!! 感心してる場合じゃないですよ!! この数はほんとにヤバイですよ!!」
「まぁ、でもほとんど下位種と木偶だからね」
シルルンは即座に指示を出し、右側にはミドルたち、中央にはマルたち、左側には女怪盗たちを配置した。
女怪盗たちは活躍の場を与えられて嬉しそうにしている。
「ん~、ミドルたちの援護にスカーレット、バイオレット、エメラリー、九人組の援護にリザとロシェール……マルたちには必要なさそうだね」
シルルンの指示通りにペットたちとリザたちが配置についた。
遠距離攻撃手段を持つ者たちが魔物に目掛けて攻撃を放ったが、当然のように魔物の足は止まらずに壁となったペットたちや女怪盗たちと魔物の群れが激しく衝突した。
「と、止まった!? この数が止まるんだ……」
リジルは信じられないといったような表情を浮かべている。
「まぁ、所詮は下位種の群れだからね。ちょっと心配だったのが九人組でそれも問題ないようで安心したよ」
シルルンは安堵の表情を浮かべている。
魔物の群れは前衛たちに次々と倒されているが、その死体を足場に前衛を飛び越えてシルルンに襲い掛かる。
だが、マーニャに攻撃されてその攻撃がシルルンに届くことはなく、左右の側面からも魔物たちは進入してくるがブラックに瞬殺されている。
「あはは、大穴を思い出すね……」
(あの時は全く余裕がなかったけど今は余裕だよ)
シルルンは自信ありげな表情を浮かべている。
しかし、マルたちのところから魔物の群れが死体を足場に次々と侵入してくるので、シルルンはドーラたちに状況を改善するように指示を出した。
「プリュウ!!」
いち早くドーラは動きだし、マルたちの頭上まで一気に飛行して『炎のブレス』を口から吐いた。
激しい炎が魔物たちを焼き払い、一撃で二十匹ほどの魔物が黒焦げになる。
「メェ~!!」
「ペぺ!!」
それを目の当たりにしたメーアとペーガが動き出そうとすると、プニニが「たたかうデチ!!」と宣言してペーガの背に飛び乗った。
「プルルもたたかうデチュ!!」
プルルも慌ててメーアの背に飛び乗り、メーアとペーガが出陣した。
ちなみに、ドーラたちはこれが初陣なのだ。
ドーラは『炎のブレス』を吐きながらファイヤの魔法やファイヤボールの魔法も連発し、魔物を焼き殺し続けている。
「あはは、ドーラは孵化した時点で上位種並みのステータスだからどれだけ強くなるのか楽しみだね」
シルルンは期待の眼差しをドーラに向けている。
フワフワと飛行するペーガはドーラを横目にミドルたちの頭上で停止した。
ミドルたちはシールドの魔法を前面に展開しながら『眠りのブレス』を吐いて魔物たちを足止めし、後方からスカーレットたちが攻撃しているが火力不足は歪めなかった。
それを感じ取ったペーガは『風閃』を放ち、とんでもなく巨大な風の刃が魔物の群れを切り裂いて五十匹ほどの魔物が血飛沫を上げて即死した。
「……う~ん、やっぱり『能力特効』と『能力必中』をもってるペーガは強いよね」
シルルンは満足げな表情を浮かべている。
『能力特効』は能力の力を三倍にするので『風閃』の威力が三倍になり、『能力必中』で『風閃』が必ず当たるという極悪な組み合わせなのだ。
「サモンデチ!!」
プニニがサモンの魔法を唱えて、ペーガの『風閃』でスペースが生じた場所にスケルトンが出現する。
「戦うデチ!!」
スケルトンは前進して魔物の群れと戦い始めるが、すぐに囲まれて瞬殺されて消え去った。
「……よわいデチ」
プニニは悲しそうな表情を浮かべている。
そんなプニニの行動をプニは落ち着きなくそわそわしながら見守っているが、プルは平気そうだ。
プルルのステータスの値は強い部類の通常種ほどで、HPにいたっては二千を超えているので強い。
だが、プニニのステータスの値は下位種の弱い部類だ。
そのため、プニはプニニのことが心配で仕方ない。
メーアはマルたちの後方で、マルたちを越えてくる魔物を狩ろうと待ち構えるが、ドーラが魔物の群れを焼き殺しているので魔物は一向に姿を見せない。
「もっとまえにでてたたかうデチュ!!」
メーアは頷いてマルたちの前方に移動した。
しかし、ドーラとペーガが前進して『炎のブレス』と『風閃』で魔物の群れを皆殺しにしているので魔物の死体しかなかった。
「もっともっとまえでたたかうデチュ!!」
頷いたメーアはドーラたちを追いかけようとしたが、左側を攻撃する魔物たちが展開して中央まで広がった。
足を止めたメーアは『氷のブレス』を口から吐き、凍てつく冷気が魔物の群れに直撃して二十匹ほどの魔物の群れが凍りついて動きを止めた。
それでも魔物の群れはメーアに向かって突撃するが、メーアは前脚で攻撃して撃退している。
「……ひまデチュ」
プルルは遠距離攻撃手段がなく、体長も五センチメートルしかないので攻撃が届かないのだ。
「う~ん……ドーラとペーガが先行し過ぎておかしくなってきたね」
シルルンは思念でメーアに女怪盗たちの前に出るように指示を出した。
「ねぇ、マスター。左側は私が潰してあげようか?」
シルルンに抱きついているリャンネルが提案した。
「いや、メーアを向かわせたから問題ないよ。残りの魔物は弱いからペットたちのレベル上げには丁度いいからね」
「……弱い者のレベルを上げてもたかがしれているから、強い者のレベルを上げたほうが群れとしては強くなると私は思うわマスター」
「まぁ、そうかもしれないけど強いペットはレベルも上がり難いから弱い魔物を倒しても経験値効率が悪いんだよね。だから弱い魔物は弱いペットが倒したほうが経験値効率がいいし、弱いペットは戦闘が弱くてもレベルが上がると珍しい魔法や能力に目覚めるかもしれないからレベルを上げれるときに上げたほうがいいんだよ」
「……そ、そうなんだ。マスターはいろいろ考えているのね」
自身の仲間に当てはめて考え始めたリャンネルは難しそうな表情を浮かべている。
「終わったわよシルルン」
リザがシルルンの傍まで歩いてきて報告した。
メーアが左側を担当したことにより、ドーラたちに魔物の群れは押し返されて、残った魔物の群れをペットたちや女怪盗たちが殲滅させたのだ。
「うん。ドーラたちの取りこぼしを皆で倒してくれたらいいよ」
「お任せを!!」
女怪盗たちは嬉しそうに駆け出した。
ド-ラたちは押し寄せる魔物の九割ほどを倒しており、他の者たちはその残りの魔物を奪い合うように倒している。
「あはは、さすがミニシリーズだよ」
シルルンは満面の笑みを浮かべている。
しかし、それも長くは続かなかった。
下位種だった魔物たちが通常種に変わり、木偶たちも黄に変わって魔物たちの強さが増したからだ。
これにより、ドーラとメーアは押されて中央と右側は魔物たちに突破され、シルルンたちの足が止まったのだ。
だが、『能力特攻』を所持するペーガだけは、いまだ魔物の群れを押し返している状況だ。
「ボ、ボス……このままじゃもちませんよ」
「さすがにヤバイね……」
表情を曇らせたシルルンは回復要員としてプルとプニを送り出したが、さらに上位種が出現し始めて状況は悪化する一方だった。
「う~ん……」
(ヌイグルミみたいなのにペーガはやっぱり強いね。もしかしたらミニシリーズはヌイグルミのような姿をした個体のほうが強いのかもしれないね)
マーニャを見つめるシルルンは考え込むような表情を浮かべている。
「シルルン!! そろそろ限界よ!!」
これまで怪盗たちの援護に徹していたリザが声を張り上げた。
「……うん。仕方ないね」
シルルンはペットたちのレベルを上げるために温存していたリザ、ロシェール、ブラック、マーニャを前衛に投入し、劣勢が一瞬で覆る。
その中でもマーニャの攻撃は凄まじく、上位種すら一撃で倒すマーニャの強さにドーラは驚きを隠せなかった。
「ねぇ、マスターあの白い猫は強すぎない?」
リャンネルはただならぬ表情を浮かべている。
「あはは、マーニャは強そうに見えないけどこのメンバーの中じゃ一番強いからね」
「……私も戦ってくる」
リャンネルは全身に闘志をみなぎらせて魔物の群れに突撃した。
最早、魔物の群れは抵抗らしいことを何もできずに全滅し、シルルンたちは楽々と左のルートを突破したのだった。
左のルートを抜けたシルルンたちは開けた場所に出たが魔物の姿はなく、さらに奥へと進むと見上げるほど巨大な扉が見えてきた。
シルルンは足を止めて後ろに振り返って三本のルートを見てみたが、アンディたちや冒険者たちの姿はなかった。
「……まぁ、大丈夫だよね」
シルルンは踵を返して歩き出し、シルルンたちは巨大な扉の前に到着する。
「ボス、この扉の左右にもルートがあるわよ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、どっちかが下の階に繋がってるんだね」
シルルンは納得したような顔をした。
「でもその前に何で『開錠』で扉が開かないのよ。もしかしたらアンロックの魔法で開くパターンかも」
アニータは訝しげな表情を浮かべている。
「……ですが、『開錠』とアンロックの魔法は同等のはずです」
女怪盗は不可解そうな顔をする。
「確かに開かないわね……」
『開錠』を試したリジルは表情を強張らせている。
三人は扉を開く方法を協議しており、ダンジョンの攻略をリジルたちに丸投げしているシルルンは長くなりそうだと地面に座り込んだ。
シルルンが魔法の袋から大量の食材や飲み物を取り出して地面に並べると、リザたちも地面に座って休憩し始める。
アニータと女盗賊は何度も『開錠』を試したが扉が開くことはなく、三人はアンロックの魔法を所持していないので打つ手がなかった。
「このダンジョンは魔物だから常識が通用せずに『開錠』やアンロックの魔法でも開かない扉や宝箱が存在するするのかもしれないわ」
「そうですね。この扉がダミーの可能性もありますし、左右のルートが正解もしれませんね」
アニータの見解に、女盗賊は同意を示しながらも別の見解を述べた。
「この扉は鍵穴があるからピッキングを試してみたいわ」
リジルは二人の見解に異論はなかったが、二人に提案する。
「それは時間の無駄じゃないかしら。能力はスキルよりも上なのよ」
「常識が通用しないダンジョンって言ったのはあなたでしょ?」
「なっ!?」
アニータは面食らったような顔をした。
「ボス、ピッキングを試してみるからもう少し時間が掛かると思うわ」
「うん、任せるよ」
リジルは扉の前に立って針金のような道具を鍵穴に突っ込み始める。
ピッキングは上級者になると針金のような道具を四本同時に扱うが、彼女は十二本もの針金を同時に動かしていた。
リジルはプルたちが大量に集めた宝箱をピッキングで片っ端から開けており、ピッキングのスキルが爆発的に上がっているのだ。
そして、十分ほどの時間が経過して、金属と金属が合わさるような大きな金属音が辺りに響いた。
すると、地面が激しく揺れながら巨大な扉はゆっくりと開き始めた。
「ボス!! 扉が開いたわ!! 中は広いけど魔物はいないみたいよ」
額に玉のような汗を滲ませたリジルが弾けるような笑顔を見せる。
「そ、そんな……嘘でしょ……」
アニータは愕然として身じろぎもしない。
「あはは、開いたんだ。お疲れさん、ゆっくり休むといいよ」
「……はい」
集中力を使い果たしたリジルは扉から下がって地面にへたり込む。
「なかにはいるデチュ!! いちばんのりデチュ!!」
「デチデチ!!」
プルルとプニニがシルルンの肩から跳躍し、ピョンピョンと地面を跳ねて扉の中に入っていった。
「追いかけるデス!!」
「デシデシ!!」
プルたちが慌ててプルルたちを追いかけていく。
シルルンが地面に置いた大量の食材や飲み物を魔法の袋に収納していると、プルが「マスター!! ピカピカがいっぱいあるデス!! 『捕食』するデスか?」と思念が届く。
彼は思念で「全部『捕食』して」とプルに返し、シルルンが立ち上がるとリザがシルルンの傍まで歩いてくる。
シルルンとリザが扉の中に入ってみると、部屋の中心に巨大な魔法陣が淡い光を発していた。
「二十階の木偶車が出る魔法陣より大きいわね」
あまりの魔法陣の大きさにリザは魅入られたように魔法陣を見つめており、シルルンは部屋を一周したが、魔法陣以外は何もなかった。
「この魔法陣はどこかに繋がっているのかしら?」
「たぶん、大量の魔物はここから出てきてたと思うから繋がってると思うけど、繋がってるところからここへの一方通行じゃないかな」
「おもしろいデチュ!! おもしろいデチュ!!」
「デチデチ!!」
プルルとプニニは考えなしに魔法陣に飛び込んでその姿が掻き消えた。
「えっ!? マジで!?」
シルルンは驚きのあまり血相を変える。
だが、何かに跳ね返されたような感じでプルルたち再び出現し、これが面白いようでプルルたち何度も魔法陣に飛び込んでおり、それをプルたちは見守っている。
「しばらく遊ばせたら戻ってくるんだよ」
そう思念でプルたちに伝えたシルルンは呆れたような表情を浮かべており、シルルンが扉の外に出るとロシェールが二匹の魔物と対峙していた。
「主よ、この魔物たちは見覚えがあります」
「うん、ヒュラが連れてたペットだね。てことはヒュラたちもルートを突破したようだね」
「ですが主よ、この魔物たち以外は誰も見当たらないのです」
「えっ!? マジで!?」
シルルンは辺りを見渡したがヒュラたちの姿はなかったのだった。
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