104 ダンジョン都市アダック⑮
セルキアたちは地下二十九階で行き詰っていた。
地下二十九階は広大な上に迷路のような作りになっているからだ。
しかも、これまでに下位種の魔族たちが全滅し、戦力不足は歪めなかった。
現在の戦力はデーモン三匹とサキュバス三匹で、その中にはセルキアとリャンネルも含めている。
「精鋭を連れてきたはずなのになんでなんだ?」
リャンネルは不可解そうな表情を浮かべている。
「その過信がこの結果を招いたのかもしれないわね」
「どういうことなんだ?」
「要するに、まとまって行動するべきだったのよ。冒険者たちのように慎重にね」
「……好き勝手に行動させたのが失敗だったわけか」
「そういうことになるわね」
セルキアは微かに表情を曇らせた。
「それで、これからどうするんだ?」
「そうね……拠点にはもう戻れないし、このまま進んでこれ以上仲間を失うと致命傷になるわ。だから、拠点を作ろうと思うのよ」
「なるほどな。ここなら宝箱の数も豊富だから卵も結構出るかもな」
リャンネルは合点がいったような顔をした。
宝箱から入手できる卵は、入手した者と孵化させた者の種族が生まれる確率が高い。
そのため、セルキアは卵での戦力の補充を計画していた。
「あとは高い魔力が発生している部屋を探す必要があるわね」
「そうだな。だが、私はマスターのところに行こうと思う」
リャンネルは恍惚な表情を浮かべている。
「なっ、何を言っているのよ!! あなたはサキュバス種のリーダーなのよ!!」
「それは分かってる。だからこそマスターについていこうと思うんだ。拠点作りには膨大な時間がかかる……もう逢えないかもしれないからな……」
リャンネルは悲痛な表情を浮かべている。
「……要するに期限つきだと解釈していいわけね?」
セルキアは探るような眼差しをリャンネルに向けた。
「あぁ、マスターたちがこのダンジョンから出るまでの間、私はマスターについていき、あとはここに戻ってくるつもりだ」
「……それなら仕方ないわね」
セルキアは大きな溜息をついた。
「マスターはこのダンジョンにはいるが、まだこの階にはいないからそれまでの間は手伝う」
「分かったわ」
セルキアたちはまとまって行動して魔物を皆殺しにしながら宝箱を探し、拠点にする部屋を探して回っていた。
すると、天井付近の一角にこの階で一番強い魔力が発生する部屋を発見したセルキアたちは、拠点にするために部屋にいた魔物の群れを皆殺しにした。
セルキアたちは拠点を手に入れたが、拠点で特にすることはなかった。
そのため、彼女らは収入源である宝箱を探し回り、疲れたら拠点で休んでいた。
すると、小人のような姿をした魔物が自然発生し、セルキアたちを見上げている。
レッサー インプだ。
「ふぅ、これで宝箱に関しては楽になるわね」
宝箱のトラップに手を焼いていたセルキアは安堵の溜息を吐いた。
レッサー インプは『罠解除』『開錠』を所持しているからだ。
「じゃあ、私は行くわ。マスターが近くにいるから」
「……必ず戻ってくるのよ」
リャンネルは神妙な顔で頷いて、シルルンの元に向かった。
一方、シルルンたちは通路を進んでいると、上空から叫び声が響いた。
「マスター!!」
リャンネルは上空から凄まじい速さでシルルンの傍に着地した。
「なっ!?」
リザたちは驚愕して身じろぎもしない。
「あれ? いきなりどうしたのリャンネル」
「マスターについていこうと思ってきたのよ」
リャンネルはうっとりした表情を浮かべてシルルンに抱きついた。
「あんた何やってんのよ!!」
「そうよ!! ボスから離れなさいよ!!」
リザとリジルがリャンネルを掴んでシルルンから引き剥がしに掛かる。
「うるさいわね。私はペットだから抱きついてもいいのよ!!」
「なっ!? ぐっ……」
リャンネルの言葉に、リザとリジルは一瞬面食らったような顔をしたが、言い返す言葉が思い浮かばずに悔しそうにしている。
「で、何でそうなったの?」
「仲間が減りすぎて行き詰ったからよ」
「えっ!? マジで!?」
「だから、仲間たちが増えるまでこの階から動けないから私はマスターのところにきたのよ」
「そ、そうなんだ……」
(セルキアたちがこんな階で行き詰る理由が分からない・・・)
シルルンは驚きを隠せなかった。
「マスターたちはまだまだ地下に下りるんでしょ?」
「いや、地上にいる仲間たちが心配してると思うから、とりあえず地下三十階を攻略したら地上に戻るよ」
「えっ、そうなんだ……でも、二十九階は広い上に迷路みたいになっているから攻略には時間がかかるでしょ?」
「ううん、うちには盗賊系の職業が三人いるから何の問題もないんだよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
ちなみに、アニータは羊皮紙に通路を書き込んで地図を作成しており、リジルは脳内で通路を記憶するタイプだが、最上級職である大怪盗に転職できれば『マッピング』で空間に立体地図を作成することができるようになる。
「……」
リャンネルは悲しそうな顔をして俯いた。
しかし、シルルンにはその理由が分からなかった。
シルルンたちにリャンネルが加わったが、彼女はシルルンにひっついているだけで戦力にならなかった。
だが、それでもシルルンたちは難なく二十九階を攻略し、地下三十階へと下りたのだった。
「……くくく」
玉の黄は遠見の水晶を見ながら満足そうに笑っていた。
「……余裕そうだな」
怪しい男が壁をすり抜けて出現し、不遜な態度で言い放った。
「お前か……当然だ!! やっと魔族たちの足を止めることに成功したからな」
「ほう……」
怪しい男は意外そうな表情を浮かべている。
玉の黄はセルキアたちが地下二十一階に侵入した時点で正面から戦うのを避け、好き放題に暴れている魔族の下位種から標的にして一匹ずつ潰していったのだ。
その作戦が功を奏してセルキアたちは地下二十九階で行き詰まったのだ。
特にレッサー インプや目玉のような魔物で『マッピング』を所持するデビルアイを早い段階で倒せたことが玉の黄にとって幸運だった。
「だが、お前がリッチ ロードを差し向けた人族の集団は三十階に到達してるがいいのか?」
「あれは問題ない。三十階を守護する木偶戦車の黄を倒すつもりはないらしいからな」
玉の黄はニヤリと笑ってしたり顔で言った。
「ほう、だったらなぜリッチ ロードを差し向けたんだ?」
「あぁん!? その時は知らなかったんだよ!! ていうかなんでリッチ ロードは裏切りやがったんだ!!」
「ぷっ、なんだそんなことも分からんのかお前は?」
怪しい男は人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。
「なんでなんだよ!?」
「リッチ ロードはお前に操られた振りをしていただけの話だ」
「なっ、なんだと!?」
玉の黄は雷に打たれたように顔色を変える。
「そもそもリッチ ロードをお前が操れるわけがないからな」
「はぁ!? なんでそんなことをするんだよ!?」
「それはリッチ ロードに聞け。俺に分かるはずがない」
「……ちぃ」
玉の黄は苛立たしそうに眉を顰めた。
彼はシルルンたちやセルキアたちの対処だけで手一杯だった。
そこにレドスたちが加わったことで、さらに追い詰められた玉の黄は自身の管轄外である地下三十階よりさらに下の階に強い兵力を得るために下りたのだ。
玉の黄は使えそうだと思う強い魔物を『号令』で操ろうとしたが、ことごとく失敗していた。
それでも彼は強い魔物を求めて地下を下り続けて地下五十階に到達して彷徨っていた。
すると、朽ちた椅子に腰掛けて眠るリッチ ロードの姿があった。
「このままでは破滅する!! 頼むから侵入者を倒すために力を貸してくれ!!」
玉の黄は無意識に叫んで『号令』をリッチ ロードに放った。
リッチ ロードに『号令』は効かなかったが、彼は眠った振りをして玉の黄の話を聞いており、『号令』にかかった振りをしたのだ。
リッチ ロードが玉の黄に力を貸す気になったのは、暇だったことと玉の黄が憐れだったことが挙げられる。
そして、彼が撤退したのは『号令』にかかった振りをしてまで力を貸しているにも拘らず、それが分からない阿呆だからだ。
「もう一方の人族はどうするんだ?」
「狂った人族のことか?」
「そうだ」
「あいつらはゆっくり進むらしいから先に魔族に手を打ったんだ。だが、魔族たちが足を止めた以上、いよいよ狂った人族と正面からやりあう時がきたようだ」
玉の黄は恐ろしく真剣な表情を浮かべている。
「ほう……ならどこで迎え撃つつもりだ。やはり、守護者の部屋の前か?」
「はぁ? なんでそんなとこまで待たなきゃいけないんだ? もっと手前だ手前」
「だが、お前が言う狂った人族も先ほど三十階に到達してるんだぞ」
「へっ!? ……い、今、なんて言った?」
玉の黄は大きく目を見張った。
「狂った人族も先ほど三十階に到達したと言ったんだ」
「……」
玉の黄は顔面蒼白になって全身から血の気が引くのを感じとる。
彼はセルキアたちの攻撃に夢中でシルルンたちのことなど気にしていなかったのだ。
「なんだ、知らなかったのか?」
「……」
玉の黄は放心状態に陥っており、怪しい男が何度も玉の黄に話し掛けたが何も返さなかった。
シルルンたちは地下三十階に到着して通路進んでいくと開けた場所に出た。
「危険を全く感じないわ。もしかしたら魔物はいないのかも」
「そうね。私も何も感じないわ」
リジルの言葉に、アニータは同意を示して頷いた。
「ふ~ん、そうなんだ。まぁ、とりあえず進むしかないね」
シルルンたちはゆっくりと進み始めた。
辺りは天井を支える柱ばかりが続いており、リジルたちが言うように魔物が出現する気配はなかった。
シルルンたちは柱ばかりのエリアを抜けると、通路の際奥に巨大な扉があった。
その扉の前には三十人ほどの冒険者たちが地面に座りこんで談笑していた。
冒険者たちはシルルンたちを視認すると、真っ白な装備に身を包んだ男が立ち上がってシルルンたちに向かって歩いてきた。
「待ってたぜ」
「えっ? どういうこと?」
シルルンは面食らったような顔をした。
「扉の先に進むと大量の魔物が出現する。それを突破するには俺たちだけじゃ戦力が足りないからここで待っていたという訳だ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「ここまで辿り着いてるお前たちの戦力を疑うつもりはないが、最低でもあと一隊は必要だ」
「えっ!? あと一隊いるの!?」
「あぁ、そうだ。この扉の先には真っ直ぐに伸びた通路が三本ある。俺の隊とお前の隊だけでは通路が一本余るからな」
「余ってもいいじゃん」
シルルンは怪訝な表情を浮かべている。
「いや、そうなると残った通路から魔物が進軍して俺かお前の隊の背後に回られるんだ」
「そ、そうなんだ……」
(別にこっちは背後に回られても問題ないんだけどね……)
シルルンは不満そうな顔をした。
「で、この扉を開けると同時に魔物の群れが押し寄せてくるが、中に戻れば魔物も戻るんだ。よくできてるだろ?」
男は忌々しそうに、刺々しい口調で言った。
「へぇ」
(玉系がいるのかな? それぞれの通路にいたら厄介だね)
シルルンは面倒くさそうな表情を浮かべている。
「仮に三隊が揃って同時に進み始めると、だいたい三十分ぐらいのところで魔物と鉢合わせることになる。どの通路を進んでも魔物の数は数千だ」
「なっ!?」
リザたちの顔が驚愕に染まる。
「数も確かに問題だけど魔物の階級はどうなの?」
「特殊な魔物は緑や青ばかりだが、玉の緑や青もでる。通常の魔物は大半が下位種と通常種だが稀に上位種もでる」
「玉系が普通に出るのかよ……だったら僕ちゃんの隊を二つに分けたほうが良さそうだね」
「な、なんだと!? 魔物の数は数千なんだぞ」
男は大きな驚きと共に強い疑惑の眼差しをシルルンに向けた。
「うん。大半が下位種や通常種なら問題ないね」
「お、お前、本気で言っているのか?」
男は呆気にとられている。
「あはは、うちには上位種を一撃で倒せるペットがいるからね」
「ほう、それが本当ならいけるかもしれんが、本隊のお前たちは大丈夫なんだろうな?」
男は不審げな眼差しをシルルンに向けた。
「うん。僕ちゃんも上位種ぐらいなら楽勝だよ」
「……ほ、ほう。い、いずれにせよお前らの隊がある程度の時間をもちこたえられずに撤退したら、俺の隊が背後を突かれることになる」
「まぁ、それはそうだけど君たちのほうは大丈夫なのかい?」
「俺たちは前回失敗しているから五分五分だな」
「えっ!? 失敗してるの!?」
シルルンはビックリして目が丸くなる。
「まぁな。だが、ここを一回で抜ける奴は逆に珍しいんだ。俺たちも何度か失敗している連中からこの情報を聞いたからな」
「ふ~ん、そうなんだ」
「まぁ、心配するな。撤退するにしてもお前たちが突破するぐらいの時間は稼いでやるさ」
「うん、よろしく頼むよ」
「あぁ。で、いつ出発できる?」
「僕ちゃんたちは今からでも問題ないよ」
「そうか。俺たちのほうは回復するのに明日までかかるから、出発するのは明日になるがそれでいいか?」
「うん、分かった」
すると、シルルンたちに向かって冒険者たちが歩いてきた。
「このフロアには全く魔物がいないがどうなってるんだ?」
冒険者たちの一人がシルルンたちに尋ねた。
「ア、アンディ!?」
リザとアニータは呆けたような表情を浮かべている。
「リザとアニータか!? やっぱりお前たちもここまで辿り着けていたんだな」
「あ、あんたは鼠になってたのにどうやってここまで来たのよ?」
リザは怪訝な顔でアンディに尋ねた。
「私が治したんだ」
「ヒュ、ヒュラ!?」
シルルンたちは驚愕して身じろぎもしない。
「私はお前たちと別れたあと安全地帯に戻ったんだ。戦う理由をもう一度考えるためにだ。だが、安全地帯にはなぜか鼠を追いかける冒険者が多数いてそれは魔族による『魅了』のせいだと聞いた私はキュアの魔法で治してやったんだ」
「それで俺が誘ったんだ。聞けば回復師と魔物使いの二重職だというじゃないか!! 誘わない理由がないからな」
「……あんたまだ全てを救いたいとか考えてここに来たんじゃないでしょうね」
リジルは訝しげな表情を浮かべている。
「……いや、そんなつもりはない。私はこの者たちが心配でついてきただけだ。私がついていかなくても出発すると言うんでな」
ヒュラは複雑そうな表情を浮かべている。
アンディたちの隊は何十隊もの冒険者の集まりで、その数は五十人を超えていた。
「……そう」
リジルは納得したのか何も発しなかった。
「だけど地下二十階でよく白い転移石を入手できたわね。確率的に木偶車の黄を百匹ぐらい倒さないと落ちないと言われているのにどんな手を使ったのよ?」
アニータは探るような眼差しをアンディに向ける。
「確かに木偶車の黄は強くて数匹しか倒していないが、なぜか魔法陣の近くに白い転移石が落ちてたんだよ。だから俺たちはその白い転移石を使って地下二十一階に転移したんだ」
「はぁ!? なんで白い転移石が落ちてるのよ?」
「それは俺たちにも分からない」
アニータは逡巡していたが、はっとしたような顔をしてシルルンに視線を転じた。
すると、リザたちの視線もシルルンに集中していた。
「あはは、いらないから僕ちゃんが捨てたんだよ」
「や、やっぱり……」
アニータたちは呆れたような顔をして大きな溜息を吐いた。
「で、なんでここには魔物がいないんだ? 安全地帯なのか?」
アンディは男に尋ねた。
「いや、魔物は出現するが極端に少ないだけだ」
「なるほどな。で、あんたらは扉を前に何の話をしてたんだ? 俺たちにも関係ある話なのか?」
「あぁ、関係ある話だ。これで三隊が揃ったからな」
男は満足げな笑みを浮かべてアンディに状況の説明をした。
その結果、シルルンたちが左の通路、アンディたちが右の通路、冒険者たちが真ん中の通路に進むことが決まった。
シルルンたちは一日ゆっくりと休息してから休んだ扉の先に進んだのだった。
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