うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
卒業式――
貴族たちの通うウィニフィール学園が子どもたちを社交界へと送り出す儀式。
全寮制であるこの高等教育機関で14歳から18歳まで過ごすのが、貴族を名乗る上での義務と言っても良い。その間に形成される人脈は計り知れないものだ。
その総括と言っても差し支えない儀式は今、重大な危機に晒されていた。
その壇上で一人の令嬢を糾弾する少年たち。生徒たちを取り仕切っていたクラウス王子とエスター伯爵令息ポール、フラナガン男爵令息ジョナサン。
糾弾されている令嬢は平凡な茶色の髪の少女はポールの妹でエスター伯爵令嬢ノミナ。
クラウス王子に庇われるようにその後ろにいるのは、一年前にこの学園に入学してきたイレイナ・ヨセドーフという女生徒だった。
来賓や父兄として出席した王侯貴族の目前で繰り広げられる茶番を一つの拍手が終わらせた。
「茶番はそれで終わりましたか、クラウス殿下」
「エスター伯爵!! 茶番とはどういうことだ! 無礼だぞ!」
「ち、っ父上?! 茶番とは何でしょうか?! 私はイレイナ・ヨセドーフに対する誹謗中傷を始めとした数々の嫌がらせをした罪を償わせようと――」
「どこにその証拠がある?」
エスター伯爵の息子への問いかけをクラウス王子が答えた。
「イレイナが実際に嫌がらせを受けていたのはこの目で見ている」
エスター伯爵はクラウス王子のほうを向き直り、言葉遣いを直して尋ねた。
「その証拠はどこにあるのですか、殿下」
「それは私が見たと――」
しかし、エスター伯爵は不遜にもクラウス王子の言葉を遮って尋ねた。
「私の娘が嫌がらせをしているところを見たということでしょうか? それとも嫌がらせをされた証拠を見せられたり、聞かされただけなのでしょうか?」
「証拠はいくらでもある! 壊されたイレイナの持ち物は一つではないしな。それに聞くに堪えないイレイナの噂もそなたの息女が流したものだったのだぞ、エスター伯爵」
「・・・。――殿下。友達が一人もいない、誰とも口をきいてもらえない嫌われ者の娘がどうやればその噂を流せるのか教えて頂けないでしょうか?」
今度はクラウス王子ではなく、ポールが父エスター伯爵に答えた。
「何を言っているんですか、父上! ノミナは噂だけではなく、イレイナの持ち物も壊したんですよ?」
「残念だが、ノミナにそれはできない。娘がおかしな行動をとらないように、とる前に防ぐよう、ウィレムに申し付けてある」
エスター伯爵の後ろに控えている若い従者は主人の嫡男に目礼する。
「ウィレム! お前なんで父上のところに?!」
「ウィレムは私がお前に付けた二人目の従者。ウィレムの主人はお前ではなく、私なのだ。お前とノミナの学園生活に異変があれば、それを私に告げるのがウィレムの仕事。お前に報告する義務はない」
「なっ?! 父上?!」
エスター伯爵は息子を無視し、クラウス王子に向き直ると静かに言った。
その目は凍てつくかのように冷たく、厳しい。
「殿下。ここに高位貴族の令息がいないことに気付いていましたか? 高位貴族の令息が留学や家の事情でこの一年の内に学園を離れたことに、いつになれば気付くのですか?」
「エスター伯爵・・・?」
「父上・・・?」
クラウス王子もポールもジョナサンも、自分たちの恋敵たちがいつの間にかいなくなっていたことを気に留めていなかった。イレイナを巡る競争相手がいなくなったことで、喜びこそすれ、その理由を深く考えたことはない。
ましてや、それ以外の生徒たちの姿がなくなったことなど、気付いてもいなかった。
「お前も気付いていなかったのだな、息子よ。家を守り、家族を守れないお前にはエスター伯爵を名乗らせられないと、この一年、何度も思った。そこで今回のことを機に私は爵位を返上することにしたよ。お前が恋に生きることを選んだように、私も庶民として生きることにした」
「何を言っているんですか、父上?! 我がエスター家は由緒正しい伯爵家なんですよ?!」
「ああ。由緒正しすぎて潰れかかった伯爵家だ」
「何のことですか・・・?」
「私の両親は貴族らしくあろうとして贅沢三昧を繰り返して家を傾けた。その時に爵位を返上していればお前もこんな面倒にも巻き込まれずにすんだのにな。――さようなら、息子。私は娘を連れ戻しに来ただけなのだ。ウィレム――」
ウィレムは茶色の髪の少女を慣れた手つきで担ぎあげて馬車へと戻っていく。担ぎ上げられた少女の叫び声が静まり返った場に響いていた。
「嫌よ! 誰が行くもんですか! 放っておいて、お父様! 離しなさい! 愛人の息子風情が!――」
エスター伯爵は娘の言葉を無視し、聴衆に優雅に頭を下げた。
「では、皆様、お騒がせ致しました非礼をこの場でお詫びし、我がエスター家は爵位を返上します。爵位返上に関しては既に国王陛下にお許しを得ておりますので、場違いですがこの場で公表させて頂きます」
「エスター伯爵!!」
ショックに立ち尽くす息子とクラウス王子に頓着せず、他の貴族の呼びかけにも応えず、エスター伯爵ことアクセル・ブレイドは若い従者の後を追って去って行った。
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私は第七代エスター伯爵アクセル・ブレイド。前世の記憶を持つ転生者。
前世は地球という星の日本という国でweb小説を楽しみにしている就職浪人。所謂フリーターというやつだ。
前世では彼女いない歴=年齢だったので、結婚は義務である貴族に生まれて大いに喜んだものだ。
しかし、子どもに教師を付ける分も自らの遊興費に費やす両親の下に生まれた私は執事や土地差配人などから自力で色々なものを学んで、両親には早々に退場頂いて傾いた家を立て直さなければならなかった。
実際にNAISEIをするにはかなりの知識がいるし、身分の上下なく私の意図を理解して忠実に従ってくれる人間が大多数でなくては権力がいくらあっても無理だ。そこは試行錯誤と小さなことからコツコツと信頼を積み重ねていくしかなかった。
貴族だったので恋人もできたし、そのせいで失った。
結婚相手をそれなりに愛し、愛されようとしたが無理だった時には泣きたくなった。
それでも子どもたちのために我慢している。
息子と娘の為に、妻を別宅に押し込んで離縁せずにいる。
息子と娘、そしてかつての恋人とその子供たちと平穏に暮らしていたのだが、ある日、息子につけていた二人のお目付け役であるウィレムから異常な報せを受けた。
急におかしなことを言い出し、以前とは違う振る舞いをする娘。
それに応えるかのように娘を悪し様に言い、嫌うウィニフィール学園の生徒達。
仲の良かった兄ポールですら娘を嫌う始末。
何でこうなってしまったのか、何が原因であるのかわからない事態。
全てが異常だった。
ウィレムだけでも以前のままで助かったと思った。
イレイナ・ヨセドーフという女生徒を中心に動いていく事態に、『乙女ゲーム物のweb小説みたいだな』と思った。
そこで私はまずウィレムに娘を止めさせた。
次に高位貴族の家々に忠告をすることにした。
堅実と誠実をモットーに地道に務めを果たす私はこれでも国王からの信頼が厚いことで知られている。その私の言葉を疑う者は少ない。
王子以外は留学しても、他国で同様の現象に巻き込まれることが少ないことはweb小説で読んでいて気付いた。
そう、ここで乙女ゲーム展開があるなら、他国でもありえるのだ。
はるか遠くに留学させると攻略対象になってしまう可能性が高いことも付け加え、イレイナ・ヨセドーフのターゲットになりそうな令息のいる高位貴族の家々に申し出た。既に学園で起きていることに巻き込まれつつあり、息子の様子に異変が起きた、一人の女生徒に熱を上げているとわかっている家もあれば、そうではない家もあったが、どの家も優秀な跡継ぎを失うことを恐れ、留学や自宅学習に切り替えられた。
息子はいなくとも、学園の雰囲気に気付いて娘を学園に通わすのを止めた家もある。
現在、学園にいる高位貴族の令息は息子のみ。
娘を自宅学習にするのも一つの方法だが、私はポールを信じることにした。息子が貴族らしく家を守る言動をとることを。
しかし、息子は貴族らしい対応をしなかった。
私も貴族らしい対応などせずに恋人をとれば良かった。
エスター伯爵家など守る価値もないのだから・・・。
遅いかもしれないが私は妻と離縁し、かつての恋人とその子どもたち、そして娘を連れて他国に移住することにした。
一番年上の息子に言われたことだが、どうも私は息子にしか恵まれないらしい。それだけに恋人が元夫との間にできた娘やノミナが可愛いくて堪らない。
息子たちが早く嫁を貰ってくれればいいのだが、一番年上の息子以外はまだまだ結婚年齢に達していない。
その一番年上の息子は私の憤りに気付いていたようで、色々協力してくれた。
さて、私は娘を苛めた者にも仕返しを終えて気は済んだ。
この国にはもう、用はない。
一番年上の息子はまだこの国に用があると残るようだが、本当はある女性を手に入れる為だということは知っている。
手助けしてやりたくても断られてしまったので、今度来る時には念願が叶うことを祈って私たちは国を出た。
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十数年後、かつてウィ二フィール学園と呼ばれた高等教育機関は新たな国名を冠したエスター学園と改名した。
国王の後ろには国王の親族としてエスター伯爵とエスター伯爵令嬢と呼ばれた茶髪の女性がいた。国王はエスター伯爵の庶出の息子だったという・・・。
『それでも、俺は彼女を愛さずにはいられない』に続きます。
ヒロインや攻略対象のその後を知りたい方はそちらをどうぞ。