誤差の迷い
敵を見下ろしている、敵はこちらに気付いてすらいない。
先程とは違い、あらゆる観点から検証した結果としての結論だ。
先程とは違い、今度はマスターが近くに居てくれるから、色々と複雑な事も可能なのだ。
ただ、それ故に、慎重には慎重を期さなければならない。
マスターを害されるような事になったら、取り返しがつかない。
「雪雨、どうじゃ?確信がなければ、やめようぞ」
「勝てます」
短く一言、それだけで充分だった。
ただ、事実を告げるだけで良い。
それだけで、マスターには必要十分なのだ。
「圧倒できるかのぅ?」
「はい、マスター」
マスターの考えでは、何とか勝ち切ったというのでは不足しているらしい。
圧勝を望まれていて、それは可能だ。
「では、奴らに姿を晒してやれ」
「はい、マスター」
マスターを抱えたまま、地上へと舞い降りる。
そして、敵と相対した。
「レーネ、ほら、敵だぞ、殺れ」
召喚士の男が少女に命令を下した。
咄嗟に距離を詰める。
理由は単純で、敵の攻撃が分からなかったからだ。
敵の視界に自分を大きく映す事によって、マスターへの攻撃を最小限にするのだ。
全身に無数の刃が襲ってくる。
しかも、その全てが視認できなかった。
ただ、マスターには向けられておらず、全て自分に叩き込まれた事、さらに自分の強固な全身を傷付けるに値しなかった事は、考慮すべき内容だった。
「レーネ、何をやってる、俺は殺せって言ったんだよ、分かんねぇのかよ、おいおいおい!」
召喚士の男は巨体で少女に覆い被さり、その首を絞めた。
嗜虐的な姿ではあったが、特に感想はない。
「制圧するんじゃ、雪雨」
「はい、マスター」
「今度はちゃんと殺せよ、レーネ!」
真っ直ぐ最短距離で突っ込む。
当然、敵が放つ見えない刃はこちらに集中する。
そして、それが自分に向けられている限り、問題は何一つとしてない。
本来なら感じる痛みは自分にはなく、機能を失うほどのダメージもない。
「レーネ!」
一撃一閃。
召喚士の方を黙らせる。
勿論、手加減はした。
だが、彼にとって、それは悶絶するほどの痛みだっただろう。
蹲って顔を蒼白にさせた彼を庇うように、レーネと呼ばれていた少女が立ちはだかる。
ただ、自分は感情を持っていない機械仕掛けだから、だから、なのに、それなのに、少しだけ迷いながら、その側頭部に拳を叩き付けて吹っ飛ばす。
「良くやったぞ、雪雨」
「はい、マスター」
マスターは満足しているようだったが、一瞬の躊躇が生んでしまうかもしれない危機を知っているからこそ、先程の迷いを悔いる。
分析をしなければならない。
マスターが敵を従えている間、少女を見て、自分の拳を見て、首を傾げて…。




