微温湯と熱湯
八村を守り切れずに殺されてしまった俺を迎えたのは、圧倒的に冷ややかな視線の群れだった。
すでに、組織の信頼は俺にはなく、ただ、俺の役目としては実行部隊としての力のみになっていた。
元々、俺は組織を率いるタイプではなかったから、状況を打開するのは極めて難しい。
それでも、座して死を待つよりはマシと、真南や番井が戻った後にクーデターを企ててやろうと思ったのだが、肝心の彼らが一向に帰ってくる気配がなかった。
「どうなっているんだ…。このままでは、無意味に微温湯の中で漂うだけになるぞ」
「九さん、いいかい?」
ちょうど、俺の呟きに呼応するかのように、声を掛けてきた男がいた。
古戸野一義、それが彼の名前である。
「古戸野君か、どうした…?」
「実はね、九さん、八村さんの後を継いで、私が組織を率いる事になったよ」
彼の話によれば、それは妥協の産物であったらしい。
良くも悪くも、八村三慧という男は強権を振るっており、後継者の選定などはろくにしていなかった。
だから、今回のような事態になった時、俺は俺でも組織を率いられるようになるのではないかと夢想したのだが、そこまで組織は落ちぶれていなくて、だが、古戸野が選ばれてしまうくらいには落ちぶれてもいたのだ。
組織のナンバー2ですらない、いや、ナンバー2なんて存在もしなかったのだが、古戸野が組織を率いる。
それは、これからの組織が弱体化する事を如実に意味していた。
「古戸野君、済まなかった…」
八村が生きてさえいれば、彼も俺もこんな風にはならなかった。
守れなかった責任というのが、確実にあった。
「いや、謝らなければいけないのは、私の方だ…」
「どういう意味だ?」
「九さんの処分についてなんだが…」
そうか、処分される事になったのか。
当たり前か、組織を率いていた八村を守り切れず、おめおめと帰り着いた自分が無罪放免というわけにもいくまい。
微温湯どころか、熱湯に放り込まれる覚悟をこそ、しておくべきだった。
「聞かせてくれ。どんな処分でも受け入れるつもりだ」
「4人の男を殺して欲しい」
「4人…?3人ではないのか?」
襟櫛、カズト、芳賀文雄までは分かる。
ここに、八村を殺した雪雨を加えるのだろうか。
それを加えるとしたならば、そこまで自分の話が通じているのだとすれば、この処分は奇妙なものになる。
「ああ、4人だ。襟櫛、カズト、芳賀文雄、そして、山田」
「山田…?」
「番井と真南が潰されたよ。彼らは特異性の記憶を失い、ただの人と化した」
頭を抱えた。
自分は山田との駆け引きに勝ち、その上で彼の実力を見誤った。
「4人を殺したら、俺はどうなる…?」
「殺せない、なんて事は、誰よりも九さんが一番理解しているだろう?」
世界最速の殺人鬼である襟櫛、世界最悪のペテン師であるカズト、雪雨という謎の力に守られている芳賀文雄、そして、番井と真南を葬り去ってしまった山田。
そうだ、誰か1人を殺すというならまだしも、この全員を殺せるくらいならば、逆に組織を力で捩じ伏せる事も可能だ。
「…行かせてもらうよ。今日まで、ありがとう」
「達者で」
古戸野にとっては、このまま身を隠してしまえという意味であったのだろう。
そうだ、誰が自分に4人も殺すなんて、殺せるなんて、そんな期待をするか。
ただ、俺は、俺で、このまま逃げ隠れて惨めに死ぬくらいなら、死に場所を探して彷徨う方がマシだと思っていた…。




