負けられない戦い
自分は本当に恵まれていると思う。
まさか、ホノカのような優しい召喚士に巡り会えるとは思っていなかった。
出来れば、彼女にも自分が感じているような幸せを感じて欲しいと思うが、それはまあ、流石に望み過ぎだろう。
そもそも、召喚王にしてやる事が出来ない自分が、彼女に幸せを感じさせるなんて分不相応な望みなのだ。
だから、アタシはホノカに対して、せめて友達のように振る舞おうと思っていた。
「ここが、私の通っている中学校です」
ホノカの指差す先に、大きな建物があった。
敷地も広いが、あまり守りに適しているとは思わない。
もう少し手狭にした方が、なんて考えた後で、その馬鹿げた考えを一蹴する。
「ここに通って、ホノカは何をしているの?」
「そうですね…。勉強したり、運動したり、…友達とお喋りしたり」
「へぇ、素敵」
そんな感じで生きていけたなら、アタシももう少しくらいはまともな人生だったと思えただろう。
ただ、ホノカはそう思っていないようだった。
でも、それを贅沢だなんて、アタシは思わない。
与えられている当たり前を疑うなんて、誰にだって難しい事なのだから。
「次はどこに連れて行ってくれるの?」
そう問い掛けて、だが、ホノカが答えを返さない事に違和感を覚える。
勿論、彼女はたまに、妙なタイミングで黙ってしまう事があるのは分かっている。
ただ、今、彼女の表情は曇り、やがて怯え始める。
「どうしたの?」
「…他の召喚士が近くに来ています」
もう、来てしまったのか。
どうせなら、もう少しくらい楽しい時間が欲しかった。
でも、来てしまった以上、アタシが召喚された目的は果たさなければならない。
「大丈夫よ。アタシがホノカを守るから」
「どこに逃げれば…」
「お前達を逃がすつもりはない」
弾き出された言葉、それを紡いだ主を見やり、アタシは震撼した。
駄目だ、アレには勝てない。
赤黒く濁った血のような髪と、薄暗い金色の瞳を持つ偉丈夫。
退路を確認しようとして、ゾッとする。
すでに、退路なんて無かった。
道を塞ぐように、いや、それどころか、周囲の建物まで、敵で埋め尽くされていた。
さっきまで、影も形も欠片として存在していなかったのに。
一様にボロボロで敗残の身を晒しているようにも見受けられるが、しかし、簡単に突破できるとは思えないのが、中央に屹立している威圧的な存在感のせいだった。
「ホノカ、アタシから離れないで」
「カナ、どうすれば良いんですか?」
「大丈夫、アタシが絶対に守ってみせるから」
本来なら、この世界に召喚されるのは、アタシの師匠だった。
カミムは、師匠を誘ったのだ。
でも、師匠は断り、アタシは師匠の目を盗んでカミムに自分が行きたいと訴えたのだ。
そう、あの時、師匠が受けていれば、或いはアタシが行きたいと願わなければ、今、ホノカはこんな窮地に晒されていなかったかもしれない。
前方は強すぎる、後方は多すぎる、左右に逃げては前後から押し潰される。
「カナ…」
自然と震えてしまっていた手をホノカがギュッと握ってくれる。
その温もりに、アタシは応えなければならない。
「アタシ達を殺したいの?それとも、従えたいの?」
問う、敵に問う。
「こちらの召喚士の意向は、そのどちらでも無いな」
「何を言って…」
意味が分からない。
第3の選択肢など、あるわけがないのだ。
馬鹿にされている、アタシが弱いから馬鹿にしているのだ。
「舐めるなぁ、このアタシを!」
ホノカを抱え、前方に突っ込んで行こうとしたアタシの眼前に、巨大な焔の剣が降ってきた。
「話は最後まで聞け。聞いてから、召喚士の判断を仰げ」
瞳の中に焔が揺らめいている、今にも焦げ付いてしまいそうだった。
偉丈夫の後方から、ホノカよりも幼い少女が老人に付き添われて歩いてくる。
「あの女の子とオジイサンが、召喚士です」
2人の召喚士を封殺すれば、こちらの勝利というわけだ。
「ホノカ、行ってくるわ」
手を離し、焔剣を掻い潜り、疾駆する。
それでも、あっという間に焔剣はアタシを追い抜かして、偉丈夫の手に収まる。
この時点で、敗北は確定的だ。
剣よりも遅い奴が、その持ち主に勝てるわけがない。
一瞬、ホノカの方を見る。
彼女は両手をギュッと合わせ、目を閉じて祈っているようだった。
良かった、彼女に見られなくて済む。
幼い頃に両親を殺されただけの憐れな少女なんて、武装機関は拾ったりなんかしない。
アタシにはコレがあるから、そう、アタシにはこの化物化があるから、今まで数多の死地を潜り抜けてこれたんだ…。