杏奈の索敵
相坂の覚悟が決まった。
それならば、杏奈のやるべき事は1つだけだ。
戦って勝つ、それだけだ。
相坂は不器用ながら、自分の為に出来る限りの信頼を示してくれた。
それに応えたい、それに報いたい。
風の流れを読む。
本来、自分は相手の前に正々堂々と立ち、名乗りを上げて戦うようなタイプだ。
しかし、今、重要な事は、相坂を勝利に導く事、彼を守り抜く事。
その為ならば、どれだけでも自分の節を曲げてしまっても構わない。
「どうですか、杏奈さん?」
「待って下さい、和吉さん。まだ動いている人間は見つけられていません」
そう、誰も動かないのだ。
さっきの風で、召喚士も外に出てしまったのだろうか。
ただ、気になっている事がある。
人間ではない何か、感じた事もない不思議な物体が浮遊している。
この世界に召喚されたばかりで、あの物体が何なのか、まるで分からない。
ただ、この世界はさっき、相坂に案内されてみただけでも、見た事もない物で溢れていたから、アレもその1つなのだろうと思われた。
戦いが終わったら、相坂に教えてもらえば良い。
まあ、壊してしまっても申し訳ないので、その物体の周囲にだけ、風を強くして外に追い払おうとした。
だが、出来ない。
頑として動かない。
いや、動いてはいるのだ。
この物体の望むように動いている。
こちらが望むようには動かないだけで。
「和吉さん、1つ質問しても良いですか?」
「はい」
「この中を空中に浮かんだ物体が移動しています。両手でも抱えきれないくらいのとても大きな物体です。風で吹き飛ばそうとしても、まるで駄目なんです。アレは、何ですか?」
相坂は少し悩み、やがて首を傾げる。
「何も思いつかないです。そんな物は、この駅にはないはず」
あの物体は、相坂の知らない物だ。
そうなれば、答えは1つしか無い。
「敵を見つけました。召喚士ではなく、召喚された方を」
「分かった、戦おう。召喚士を見つけられなくても、召喚された方を無力化してしまえば、結局、同じ事だ」
同じではない、それは全く別の事だ。
それでも、相坂がそういう気持ちになった以上、邪魔してはいけない。
それに、戦いたいと思っているのは、自分も同じなのだから。
「行きましょう、和吉さん」
「うん、行こう」
こういう時、相坂が自分も隠れていたいと主張する性格でない事は本当に助かる。
敵がどんなに強かろうと、単独で動いているならば、こちらには勝てない。
カミムが秘中の秘だと言っていたから、決して相坂には明かせないが、召喚士とは常に行動を共にするべきなのだ…。