相坂の覚悟
突如、それは見えてしまった。
見知らぬ老人の顔、そう、召喚士だ。
つまりは、敵というわけだ。
こちらが認識したという事は、相手もこちらを認識したという事になる。
相坂は咄嗟に、杏奈を見てしまう、それだけはやるべきではなかったのに。
「敵です、か?」
「あっ…、ああ、うん…」
駅前まで来て、笑顔を見せていた杏奈が、今はもう、戦いの前に見せるような顔付きに変わっていた。
そんな顔をするのかと、驚かされる。
「とりあえず、まずは身を隠しましょう。敵を探し、先制するべきです」
「あ、逃げるって選択肢は…?」
何を言ってるんだ、という視線がまさか、杏奈から向けられるとは思っていなかった。
ただ、彼女は流石にそれを口にまでは出さず、恐らくは意識して穏やかに微笑すらも浮かべた。
「和吉さん、敵に顔を知られてしまった以上、今、ここで逃げ切ったとしても、次に敵が貴方を先に発見してしまったら、先制されて一気に封殺されてしまいます。今なら条件は五分、動かなければならない時です」
杏奈の言う事は当然だった。
何を寝ぼけているのだろうか、しっかりしなくてはならない。
「分かった、うん、そうしよう、そうだ、動こう。とりあえず、まずは隠れて…」
駅前だったので、何となく、駅の構内に入る。
トイレに隠れようとしたが、残念ながら、相坂と杏奈の性別が違う。
「しかし、他に隠れる場所は…」
その時、ハッと気付いた。
今さら、常識を守ったところで何になる。
もうすぐ、殺されてしまうかもしれないのだ。
「周囲の人達を全て風で吹き飛ばして、ここから逃がしてやって。ここは、戦場になる。僕の性格だと、無関係の人達に遠慮しちゃうだろうか、早く!」
「分かりました」
甘いと思われただろうか、でも、構わない。
風が吹き抜ける。
これで吹き飛ばされなかった奴、或いは勢い込んで戻って来る奴、それが召喚士だ。
この駅構内全体が、身を隠す場所になる。
毎日、通勤で利用している駅だ。
地の利はこちらにある、初めてか、或いは何度か来た事があるか、同じようにこの街で住んでいるのか。
だが、負けるものか。
杏奈が守ってくれると言ったように、相坂も彼女を守ってやらなければならない。
守られているだけの男なんて、格好悪くて嫌だ。
「こっちへ!」
杏奈をトイレに連れ込んだ。
どちらでも構わなかったが、こんな時でも男子トイレを選んでしまうのが、自分の常識人たる所以だろうか。
「風の流れ、風を微風にして、相手に気付かれないようにして、それに触れたら、相手の所在が分かるとか、そういう事は出来ますか?」
「はい、任せて下さい」
吹き荒れていた風が、緩やかに流れ始める。
さあ、敵は何処だ。
戦いが始まる…。