殺戮症候群
「何じゃ、コイツは…、ハズレを引かされたのか、あぁ、クソッ、クソッ、クソ野郎が、人殺しを殺りまくれると思っとったのに、何でハズレなんじゃ!」
西村則夫は、70年という人生の大半を人殺しがしたくて堪らないと思いながら生きてきた。
しかしながら、警察に捕まるなんて不自由は御免だったし、そんなに頭も運も良くないという自覚はあったので、人殺しは想像の世界だけで我慢をして、時々、旅行に出ては小動物を殺すという方法でストレスを解消してきた。
そんな彼に訪れた人生の転機、それが召喚士になれるという事だった。
とにかく、他の召喚士は皆殺しにするつもりだったし、召喚された奴らも皆殺しにして、無関係の一般人は適度に殺しつつ、召喚王になって支配者となった暁に、毎日千人単位で殺してやろうと思っていた。
だが、西村は目覚めた瞬間に慌ててサイコロを投げるような真似はしなかった。
そう、自分は大して運が良くない男だと、自覚しているからだ。
残り物に福なんてあった試しもなかったが、真っ先に手を伸ばして成功したなんて例もない。
だから、待った。
そうして、数時間後、痺れを切らしてサイコロを投じてしまった。
そして、今、部屋の中には真っ黒な球体が浮かんでいる。
西村には抱え切れそうにもない大きさのそれは、当然、何一つとして言葉も発さず、何らかの意思を示そうともしない。
部屋の隅まで行くと、少し空中を移動して西村の傍まで来るので、とにかく、こちらを主人であるという認識めいたものはあるのだろうと思われた。
「おい、案内人!質問がある、来い、来るのじゃ、早くっ!」
「ヘイヘイヘヘヘイ、ヘヘヘイヘイヘヘイ!」
西村はこのふざけた奴を殺したくて仕方がなかった。
だが、このふざけた奴は情報を持っていて、まだまだ、利用価値がある。
そうだ、召喚王になったその日に殺してやろう、そうしよう。
しかし、まあ、それも、西村が召喚王になれてからの話であって、今のままではただのハズレくじを引いただけの老人であり、召喚王になんてなれるわけもなかった。
「おいおいおいおいおいおい!聞いてないぞ、俺は聞いてないからな、こんなハズレを引かされるって知ってたら、お前から聞いてたら、もっと慎重になって召喚して、当たりを引けてたはずなんじゃ!」
「ハズレと当たりは表裏一体、紙一重ってやんでぇヴェラヴォウめい!」
何か、キレているようだった。
そうだとしても、キレているのはこちらの方だ。
「まあさ、気を取り直したと仮に思考し、アデロッサさんを召喚したのがそんなに不興ですかぃ?」
アデロッサ、それがこの球体の名称なのだろうか。
「不満不快で当たり前じゃろう!コイツはうんともすんとも言わん、欠陥だらけの浮遊物体じゃ!」
「昔々の昔、とある所に1人の天才技術者アデロッサ、彼はとある兵士を作ろうと思ったという可能性で、だからかどうかは知らないですが、それは最終にして究極、そうであるからには己の身を持って体現するべきだと考えて、まずは不老となり、次には不死身を目指したという逸話もありますが、兎にも角にも感情を殺ぎ、言葉を殺しては笑わず、最終的に究極的にこの姿になったわけですよ」
「…お前の説明は、意味が分からんのじゃ」
「お分かりのくせに、もう、実は」
アデロッサは自らを最強で完璧な兵士にしたという解釈で良いのだろうか。
とにかく、それならそれで、使いようは幾らでもある。
「俺の言葉をコイツは理解できるのか?」
歯を剥き出しにして笑い、右手は親指を下に、左手は中指を上に、そういう挑発をしてきた。
苛立ちを覚え、そして、舌打ち。
「隣に住んでる奴を殺せ、上下も殺して来い!」
真っ黒な球体から、3本の黒い錐状の何かが突き出た。
それは凄まじい速度で、隣の部屋、上の部屋、下の部屋に伸び、それぞれから悲鳴を響かせた。
「コレだよ、コレだよな、コレが殺りたかったんだよな!」
最強の武器を手に入れた、というわけだ。
物言わず、感情も見せず、命令を完璧に遵守し、殺戮を実行する。
「感謝するぞ、おい、感謝してやるぞ!俺が感謝してやるんだ、喜べ、喜ぶんじゃ!」
「キモイ愚民だ、初戦敗退候補が粋がる南無三、ジャして」
案内人が姿を消した。
まあ、奴からはまた、何らかの情報を引き出す必要もあるだろうし、さっきの無礼は少しの間くらいなら忘れてやる事にした…。、