菜々の強さ
初戦から敗北を喫するなど、流石に想定外の出来事だった。
だが、現実は現実、事実は事実として、今、自分達は幼き少女に従う羽目に陥っている。
「とりあえず、だ。戦いは俺がやるから、お前はコイツと自分の主を守ってやってくれ」
瀬川菜々と、榊周一郎を順番に指差した。
「だが、主が近くに居なくて、貴様は構わんのか?」
秘中の秘とカミムに言われているから、菜々と榊の前では迂闊な事は言えない。
だが、無論、桐島も召喚されたわけだから、簡単に理解を示した。
「アレが有効なのは、初戦のみだ。いや、或いは、初戦で敵を殺してしまった場合は、次戦以降も有効ではあるだろうがな」
「貴様が納得しておるなら、我は構わん。どちらにしろ、我としては両名どちらに死なれても終わりだから、全力で守り切る事は約しよう」
「ああ、頼む。これで、俺は後顧の憂いなく、敵を屠れる」
まあ、確かに、主が近くに居るというのは有利であり、同時に不利でもある。
それを考えなくても良くなるという事は、単純に自分の世界で戦っていた時と同じように考えられるという事で、逆に最大限の力を行使できるという意味でもある。
だが、ここで問題が出てくる。
この場で一番偉いのは、桐島ではない。
菜々という少女が反対してしまえば、桐島は従わざるを得ない。
「俺の意見を聞いて、お前はどう思った?」
「わたし、ですか?」
「ああ、そうだ。お前は、俺の主だ。お前が嫌だと思ったなら、俺の意見、俺の作戦、そんな物は全て破棄してやる」
「わたしは…」
菜々の目には、怯えがあった。
「驚きました」
菜々の目に、勇気が灯った。
「驚いた…?何に驚いたんだ?」
「桐島さんは、わたしに、言いました。わたしを守って戦うくらい、余裕だって。でも、本当は、大変だったんですね」
もしも、これが桐島の世界であったとして、桐島と菜々が赤の他人であったとしたら、一時の激情だけで彼は彼女を殺したかもしれない。
「お前は、俺を挑発してるんだな?」
勇気の中に怯えがあって、だが、菜々は引き下がらない。
そこに、芯の強さを見る。
「貴様の負けだぞ」
「ワシも同意見じゃ」
「お前達に言われるまでもない」
「桐島さん…?」
「悪かったな、今までのは無しだ。お前は俺の近くにいろ、絶対に守ってやる」
「ワシらはどうすれば良いんじゃ?」
「一緒に、戦って下さい、お願いします!」
初戦の敗北で全てが終わったと思ったのは、早計だったかもしれない。
榊と組んで世界を支配できなかったのは、恐らく必然だったのだろう。
どの時、どの場合においても、菜々と桐島には敗北を喫してしまった気がする。
榊が視線を向けてきたので、重々しく頷いておいた。
「ワシらも全力で戦ってみせるぞ」
「ありがとうございます…」
また、菜々は少し気弱な感じに戻ってしまった。
しかし、ここにいる面子はもう、彼女の本質を知ってしまったのだ。
だから、少し前よりもより強く、集団としての結び付きを深めたような気がしていた…。