駆け引きの妙
「よぉ、ブス。テメェらを奴隷にしに来てやったぜ」
俺様を見下ろして、少女は無表情だった。
そもそも、俺様を見下ろしてやがるのが、気に喰わねぇ。
カスやゴミは俺様を見上げて敬い、怯えてるのがお似合いだ。
そう、あの召喚士のように、あのクソ女は今頃、俺様がいなくなった僅かな自由を楽しんでやがるだろう。
俺様の背中を見ながら、何を思ってやがるのか、どうせ、クソ生意気な小便臭い権利や主張だろう。
「いつまで俺様を見下ろしてやがんだ、コラァ、頭が高いぞ、ヴォケ」
俺様は、俺様だけに許された『ジェネシス』を使う。
このデカブツがデカい赤ん坊になるのが楽しみだ。
「アァ?」
何故か、少女の見た目は変わらず、こちらを見つめ続けている。
どういう事だ、俺様の『ジェネシス』は未だかつて、不発だった試しがねぇのに。
一度、『ジェネシス』を止めてみる。
そして、今度は少女の肩で騒いでいる召喚士の方に、『ジェネシス』を使ってみる。
すぐに召喚士は赤ん坊の姿になり、デカい少女の方に同じ見た目の小さい少女が現れて担ぎ上げなければ、肩から転げ落ちるところだった。
やはり、『ジェネシス』はちゃんと機能している。
俺様の『ジェネシス』は仕掛けた相手の成長を殺していく。
だから、オッサンだった召喚士は赤ん坊の姿までなったのだ。
それなのに、デカブツ少女の方は何でそのままの姿なのか、意味が分からねぇ。
「そうですか、それが貴方の力ですか」
耳を劈くような大声ではない、淡々とした呟きは図体のデカさに比例せず、淡々と紡がれやがる。
「テメェ…、俺様の『ジェネシス』を無効化できやがんのか、アァ?」
「私は生まれた時から、この姿でした。幼い頃もなければ、赤子の時もなく、ずっと同じ見た目のままです」
今まで、こういう例外と出会した事がなかったとは言わねぇ。
だから、対処法はあった。
「テメェはよぉ、生まれた瞬間から…」
周囲の地面から次々と小柄な少女が生えてきやがる。
さっき見てたのと同じだった。
ヤバいヤバいヤバいヤベェヤベェ、クソヤベェ。
俺様の『ジェネシス』は見た目だけじゃなく、思考の軌跡も殺す事が出来る。
ただし、それは一対一に限られてて、こんな風に複数で囲まれた経験がなかった。
全方位から容赦ない銃撃が浴びせられる。
咄嗟に、自分自身に『ジェネシス』を仕掛け、赤ん坊にまでなって地面に転がる。
これは、降伏の意思に見えるだろう。
ただ、俺様は召喚士を置いてきたから、すぐには負けねぇ。
今、ここで殺されなければ、逆転は可能だ。
デカブツの少女が見ている。
周囲を取り囲んだ小柄な少女が見ている。
赤ん坊を殺せるか。
それに俺様を殺しちまったら、自分の召喚士が赤ん坊のままになってしまうかもしれない。
そうなったら、厄介だ。
そんくらいの計算は誰にだって出来る。
とりあえず、俺様を拘束し、従うように強要しやがるはずだ。
ただ、俺様が従うと答えたとしても、本質的に召喚士が従わなかったら、どうしようもねぇ。
デカブツの少女が足を上げる。
何をするつもりだと問い掛ける暇も与えられず、視界を覆うような靴底が一気に振り下ろされて…。