狂人の主張
突然、現れたその男の強さは、見ているだけで分かった。
まるで何が強いのか分からないカミムとは、本当に対称的だった。
一瞬どころではなく、半瞬なんて造語を生み出すくらいの速度で、カミムが襟櫛と名乗った男の眼前に達した。
新村さんを守る動作を行う事すらも出来ず、呆然と見守っている事しか出来ない。
「随分、ゆったりとした動きだったな?」
問い掛け、踏み出し、斬る。
どこから認識できたのかと聞かれれば、どこも認識できなかったと答えるしかない。
とにかく、避けたであろうカミムの肩が少し抉れ、そこから血が流れ出ているのを見る。
「諦めろ、速度は俺の専売特許だ。お前程度を相手に劣るかよ」
「なあ、襟櫛、俺が何の為にこんなデカい事を仕掛けたと思う…?」
あからさまなまでの時間稼ぎだ。
流石のカミムも、襟櫛が強すぎて戸惑っているのだろう。
「興味ないな。お前が仮に世界を支配したいのだとしても、俺がその前に殺す」
「違うって。世界を支配するなんて、俺の手には余るさ。俺の目的はな…」
刀閃一迅。
よくもまあ、カミムが死ななかったものだと思う。
避けたのか、避けさせられたのか、偶然か、必然か、まるで分からない。
とにかく、カミムは生きていた。
そうして、襟櫛は少し首を傾げる。
「青岸やあの道化だけが特別だと、そう思うか?まあ、俺はまだ半歩だけで留めているがな」
「なるほど。前例があるから驚くには値しないが、化物と分かった上で殺してやる」
この2人の中では何やら、共通認識があるようだった。
「奴らと同じ変態級という事で、少しだけ興味が出た。話したいなら話せよ、お前の目的とやらを」
「…世界を救いたいんだ、俺は」
痴れ事を、と思った。
やはり、カミムは狂っている。
しかし、襟櫛はすぐに頷いた。
「世界を救いたいとか、世界を支配したいとか、そういうのは紙一重なんだろうな」
「俺が理解できるのか、襟櫛?」
「さて、どうだろうな…。まあ、俺にとっちゃ、お前に救われる世界になんざ、欠片の油断も出来ないが」
加速度的に、襟櫛が攻撃性を高めていく。
その場にいた誰もが息を呑む。
「お前もそうだ。この世界にとって害悪なんだよ、襟櫛…」
「へぇ…。そいつは、楽しいや」
笑い声。
背中しか見えないから、どんな顔をしているのか分からない。
ただ、怒ってはいないんだろうなと、そう思う。
「じゃあ、そろそろ全開で向こう側に踏み出しておけ。そうしないと、次で終わるぜ?」
それに意味があるのかどうか、カミムが大きく一歩、後ろに足を出す。
そして、次の瞬間には…。