動揺しない彼の途惑い
最初は、大嫌いだった。
初対面は、最悪だった。
それなのに、今は大好きになっていた。
今は向かい合うだけで、話をするだけで、その声を聞くだけで、笑い声を聞くだけで、考え込んでいる姿を見るだけで、心は彼の事でいっぱいになってしまう。
「アタシ、貴方の事が、カズトさんの事が好きなんです!」
「えっ?」
反応は、予想した通りだった。
カズトさんは、自分が誰かから好意を向けられているなんて、これっぽっちも自覚していないのだ。
そして、それがアタシからだなんて、驚きしかなかっただろう。
「…あ、ああ、うん、そっか、…へぇ、そうなんだ、ああ、ありがとう」
これは、もう、本当にただただ単純明快に、好きという意味を恋愛ではなく、敬愛という意味合いで処理してしまった反応だった。
そして、これも予想できていた事だ。
「カズトさんはアタシの事、どう思いますか?好きになってくれますか?」
「俺は、…うん、好きだよ、時雨も茜も唯も健一も郁人も、谷川や…」
そこで、制すように彼の手に触れた。
平常時の彼とはまるで違い、ビクッとしてこちらを見やってくる。
「違います。アタシ、カズトさんに恋をしているんです。みんなの事じゃなく、アタシに恋してくれますか?」
「…どうして、俺なんだ?」
「気付いたら、恋をしていたんです。こんな答えじゃ、駄目ですか?」
時雨の声が響いた、郁人の名を呼んだようだった。
彼らは何をしているのだろうか、そんな事を頭の片隅で考えられている自分は、想像していた以上に冷静なのかもしれない。
カズトさんが口を開いた時、郁人の姿が見えた。
「考える時間をくれないか?」
その答えを聞いて、頷いて、同時に郁人の肩を掴んだ時雨の姿も見えた。
「お前達、そんなに焦ってどうしたんだ?」
カズトさんは確かにそう言ったが、実際、それはほとんど上の空だったように思う。
自分も少し笑ってみるが、冷静であるとはいえ、何となく笑い方はぎこちなくなってしまう。
郁人と時雨が、何やら意味深な視線を交わし合っているが、彼らは何を思っているのだろうか。
「さてと、そろそろ行こうか。この一戦を落としたら、幸せも何もかも失うぞ」
彼の幸せにアタシは含まれているのだろうか。
ただ、もう、信じるしか、そうするしか仕方がなかった…。