揺らぎ
仲間に特異性を向ける。
それは別に、禁じられている事ではない。
ただ、話し合いから逃げる手段として使用するならば、話は違ってくる。
勿論、先に『ビルメン』を使うと宣言したのは自分の方だ。
だが、まだ、本当に使ったわけではない。
当然、先に使った方が悪いに決まっている。
理由付けを終えて、『ビルメン』を使う。
「よし、まだ捉えられる」
全速力で駆け出す。
実際のところ、僕だってカズトさんと茜のどちらを重視するかと聞かれたら、確実に答えに詰まってしまう。
カズトさんは僕を含めたみんなを救ってくれた恩人だ。
だからこそ、僕は茜の行動を成し遂げさせてあげたいと思っているのだ。
それは、茜だけではなく、もしかしたら、カズトさんをも幸せに出来るかもしれないからだ。
それなのに、郁人は短絡的にカズトさんの困惑だけを理由にして、僕の話も聞かないで身勝手に可能性を狭めてしまったのだ。
視界が郁人の姿を捉える。
タイミングとしては、かなり際どい。
「郁人!」
名前を叫ぶ事によって、郁人に気付かれてしまうリスクを負ってでも、僅かにでもこちらへと注意を向けさせて、その速度を減じさせる事に成功する。
それと同時、『ビルメン』を最大限に駆使し、成功によって生じた誤差を埋める。
走る、郁人も走っている。
その肩に手を掛けた時、だが、カズトさんと茜の姿が視界に入っていた。
そう、『ビルメン』を超えて、郁人の思いが勝ったのだ。
「考える時間をくれないか?」
カズトさんがそう言うのを聞いた時、それでも、勝ったのは僕だと確信した。
「お前達、そんなに焦ってどうしたんだ?」
その問い掛ける言葉も、どこか上の空であるように思えた。
茜の笑い声も、どこかぎこちない。
果たして、僕の判断は正しかったのだろうか。
ふと、唐突にそんな事を思った。
カズトさんと茜が2人だけで、どこか遠くに行ってしまうような、そんな気がしたのだ。
郁人の視線が突き刺さってくる。
彼はこうなる事を分かっていたとでもいうのだろうか。
「さてと、そろそろ行こうか。この一戦を落としたら、幸せも何もかも失うぞ」
カズトさんにとっての幸せとは、その中に僕達は含まれているのだろうか。
勿論、この雰囲気で、とてもじゃないがそんな事は問い掛けられなかった…。