譲れない思い
その疑問に対し、ボクは答えを知っていたが、答えを言ってはいけない事も知っていたので、時雨の方を見た。
「郁人は答えたくないか。時雨はどうだ?」
「この件に関しては、茜本人に聞いて下さい。郁人も僕も、答えられないです」
「そうか、…うん、そうか」
そんな風に応じながら、考えを巡らせているようだったが、結局、答えには辿りつけないのだろうと思う。
「分かった、茜に聞くよ。まあ、本人に聞くのが一番ってのは、それはそうなんだろうからな」
果たして、本当にカズトさんは茜に問うだろうか。
「郁人、僕達は邪魔になる。ちょっと離れていよう」
邪魔になるだろうか、本当にそうだろうか。
それは、ボクが頷いて歩き出した時に見せたカズトさんの表情が、あからさまに物語っていた。
そう、彼は彼らしくなく、途惑いの表情を見せていた。
「時雨、ボク達は一緒にいた方が良いと思うけど…?」
「うん、そうだろうね。カズトさんの事だけを考えたら、勿論、それが正しいよ。でもさ、茜の事を考えたら、僕達は邪魔だよ」
「2人っきりの方が良いって事?」
「自分が茜の立場なら、そうだと思うんだ。郁人は違う?」
それは勿論、その通りだ。
でも、ボクにとっては、茜よりもカズトさんの方に幸せになって欲しかった。
「ボクは戻るよ。時雨と違って、ボクは茜よりもカズトさんの方が好きなんだ」
ボクが茜よりもカズトさんを好きだなんて言ったら、変なのかもしれない。
でも、そういう事じゃない。
ずっと目立たずに埋もれていたボクに、カズトさんは加速という役割を与えてくれた。
それで、ボクはみんなに認められて、今のボクがあるんだ。
だから、カズトさんには恩がある。
こういう時、こんな些細な時でしか返せないのだとしても、返せる時には恩返しをしたいのだ。
「行かせないよ。もう、動き出しているんだ」
「だったら、尚更、行くよ」
「待てよ。『ビルメン』を使う僕を出し抜けると思わない方が良いと思うけど」
そう言われた瞬間、そう言われると分かっていたからこそ、ボクは指先で時雨に軽く触れていた。
加速する。
背中を押すほどの距離を移動させるのは、もう、完全なる敵意だ。
流石に、それは出来ない。
ただ、邪魔されるのは御免だったから、目の前から消えて欲しかった。
そして、駆け出す。
茜に最後まで言わせてなんてやるものか…。