強き男
誰にも気付かれないように、窓から外に出た。
繋いでいた手は、外に出てすぐに離されてしまう。
でも、桐島の存在を強く感じているから、不安はなかった。
「来たか…。アレが、敵だ」
見た、敵と言われた存在を。
「騎士…」
それは、想像する西洋の騎士とは少し違い、戦いに敗れた後の姿を見ているようだった。
ただ、本人が発する雰囲気は戦いで敗れた事など、人生で一度もないと主張しているようで、何だか、バランスが悪かった。
「召喚士を伴うとは、貴様は愚かよな?」
「召喚士を伴えないとは、実力の程が知れているな」
「舐めるなよ、孺子」
「俺とお前はそんなに変わらないと思うが、若作りでもしてるのか、ジジィ」
凄いなぁ、と菜々は素直に思う。
菜々だったら、最初の言葉だけで凹んでしまい、言い返せなかっただろう。
「まあ、良い。貴様と下らぬ言い合いをし、この絶好の機会を逃すわけにもいくまい。出よ、我が従僕…」
ボロボロになったとても大きな剣を、騎士が地面に突き刺した。
それと同時に、ボロボロになった兵士が3人、地面の中からゆっくりと這い上がってくる。
「3名か、この土地では割合、時間が掛かるか…」
3人の兵士が物言わずに駆け寄って来る。
それに対して、桐島は何故か、ナイフで自分の手を切った。
「えっ、あ、な、どうして…?」
血が出ている、とても痛そうだ。
だが、その血は地面に落ちるよりも先に、火の玉となる。
「焼き払え」
火の玉が次々と飛んでいき、兵士を燃やし尽くしてしまう。
それだけに飽き足らず、火の玉は騎士にも向かって行く。
剣を振るってそれを払い落としながら、騎士は僅かに後退った。
「貴様、己の血を火に変換するか…」
桐島は答えず、一歩を踏み出してから振り返った。
「一緒に来い。そうしなければ、守れない」
「はい…」
桐島の背中を追う。
大きな剣を持っている騎士に近付いて行くのに、怖くなかった。
「我も、本気を出すしかあるまいようだ」
「出せる本気があると主張したいなら、さっさと出せ。出す前に終わるぞ」
「我が従僕、我が眷属、我が同胞、我が師、ここに全て集いて死骸地を行なえ!」
家の前にある広い道路を埋め尽くすように、それだけでは足りず、他の家の庭や屋根、もしかしたら、家の中にまで、ボロボロになった兵士、戦士、騎士、様々な敵が出現していく。
その中に1人、こざっぱりとした身なりの老人がいて、菜々はすぐに分かった。
「あのおじいさんが、向こうの召喚士です」
「奴か…。この場に出て来るとは、厄介だな」
どうして、桐島が厄介だと言ったのか、菜々には分からなかった。
菜々と同じように、桐島も争いが嫌いで、召喚士とは戦いたくなかったなんて、そんな事は無いと思うのだが、それでは理由が分からない。
「まあ、条件は同じだ。やってやるさ」
相変わらず、桐島の手からは血が流れ続けている。
道路の上に出来た血溜まりを見て、菜々はこの戦いが少しでも早く終わって欲しいと願った…。