離れゆく玩具
「何だよ、これ…、何が起こってんだよ、なぁ、おい、レーネ!」
いつものように、レーネの名前を叫ぶ。
ただ、いつも通りにはもう、彼女は答えない。
彼女が答える権利はすでに、他者が持っているからだ。
彼女が見つめる先にいる老人は、どこか呆けたようにぼんやりとしていた。
本当に、こいつが俺の命をも握ってしまっているのだろうか。
こんな呆けた老人の巻き添えで殺されるなんて真っ平だ。
ただ、老人の死が自分の死と同義であるのは、レーネを召喚なんて出来た時点で明らかだった。
「レーネ、何で殺せなかったんだよ、殺しといてくれりゃ、俺がこんな苦難に遭わずに済んだのによ…」
答えないレーネに近づき、その幼い肢体をギュッと抱き締める。
いつものように、俺の俺が激しく屹立する。
「その娘を離せ、豚畜生」
「従えられたとしても、レーネは俺のモンだろうが!」
「違うよ。彼女もお前さんも、ワシの道具じゃ」
雪雨というガキがいないのに、それでも、老人の眼光は鋭く、激しく、居丈高で、俺の全身を震わせる。
踏んできた場数が違うなんていう事は、従えられてからの短時間ですぐに理解できた。
それでも、そうであったとしても、レーネを手放すのは惜しかった。
彼女は無抵抗な俺だけの玩具だったから。
「レーネよ、今の主であるワシが命じよう。その拘束を解き、雪雨の援護に入ってくれ」
「はい…」
レーネの声が、抱き締めた中から聞こえる。
それでも、俺は彼女が決して、俺を粗雑には扱わないと思っていたから、抱き締める力を強める。
だが、次の瞬間、鋭い痛みが、幾つも走る。
思わず、腕を緩めた先から、幾許かの鮮血を帯びた彼女が姿を見せる。
俺を斬ったのだ、刻んだのだ、その理解が及んだ時、恐慌を覚えた。
彼女は俺を痛め付ける権利を得たのだ。
「あ…、お、俺は…」
「行ってきます」
レーネの言葉は、俺に向けられたのだろうか、老人に向けられたのだろうか、別れだったのだろうか、決意だったのだろうか…。