赤と白
「クソッ、どうして、俺がこんな目に遭わなくちゃならないんだ!」
俺の人生は平凡そのものだった、そう、あの時までは。
あの時、あの夢の中で召喚士なんぞにさせられてしまうまでは、平凡で、退屈で、ただ、それが当たり前で、不満がなかったわけではないが、変化を求めていたわけでもない。
それが、他者の都合で強制的に変化させられて、俺はあの女を、あの胸が大きい事だけが取り柄の疫病神を召喚する羽目になったのだ。
しかし、それでも、仮にあの生意気なクソガキに負ける前に、変に紳士振らずに、あの胸を好き放題に揉みしだいて、あの女、杏奈を欲望の捌け口にしていたなら、それが出来ていたなら、今みたいな惨めな気持ちにはならなかっただろう。
「アァ、杏奈ぁ、俺の杏奈、俺だけの杏奈、お前は今どこで誰に揉まれまくってんだぁ…」
目の前に立っているメスガキが俺を睨み付けてくる。
杏奈とは比べ物にもならないくらいの貧相な胸をしていたが、尻は揉み甲斐があった。
いつの間にか満員になっていた電車は、目的地に辿り着く前に緊急停止してしまい、その車内で俺は杏奈の胸を揉むまでの代用品を手に入れたのだ。
まあ、代用品は所詮、代用品だったが、どれだけ揉みまくっても睨み付けてくるだけだったので、揉み放題なのは有難い話だった。
「嫌がってるんだ、やめた方がいいよ」
正義の味方を気取った若者が、俺の腕を掴んでくる。
何だ、尻が駄目なら、この貧相な胸で我慢しろと言いたいのか、ふざけるなよ。
「引っ込んでろよ、ガキ」
尻を思いっきり抓り上げてやると、メスガキの顔が引き攣ったように歪んで、俺の残虐性を刺激する。
「喜んでんだよ、こいつは」
「ち、違ッ…」
余計な事を言いそうになったので、さらに手に力を込めてやると、大人しくなった。
腫れ上がった尻は赤くなり、血が滲んでいるかもしれない。
杏奈の胸もこれくらいはやってやらないと、あの馬鹿は理解しないかもしれないな。
「状況が理解できないくらいに興奮してるなら意味が無いけど、仕方ないかな」
若者が足を踏んでくる、軽く、緩く、何がしたいんだろうか。
次の瞬間、踏まれた足に激痛が走る。
思い切り、何の躊躇もなく、俺の足を踏み抜いて、骨を砕きやがった。
あまりの痛みに、俺は声を出す事も出来ずに、蹲ってしまう。
当然、尻から手を放してしまい、メスガキは若者の後ろに隠れてしまいやがる。
だが、今は足の痛みが凄すぎて、代用品のメスガキがどうしたとかいう騒ぎではない。
「あ、足、どけろよ、どけてよ…」
「最初の警告に従ってくれていたら、こういう無駄な痛みを負わずに終わっていたのに」
「あの、助けてもらって…」
「糸雪、やっぱり邪魔だ、全て払ってくれ」
若者がそう言った途端、鮮血が周囲を染める。
足の痛みすらも忘れ、視線を上に向けると、満員になっていた車内に血が飛び交っている。
叫びすらなく、ただただ、縦横無尽に首が撥ね飛んでいる。
肩よりも長い白髪、白装束、透き通るような白い肌をした長身の男が、それをやったようだった。
残ったのは、俺と若者とメスガキと、その男。
当然、分かっている。
若者は召喚士で、男を召喚したというわけだ。
尻に夢中で全く気付いていなかったが、頭の中には若者の顔が浮かんでいる。
視界に捉えているのと、頭の中と、それすらも判別できていなかったとは。
「ねぇ、召喚したのは、この娘なの?」
「違う。そんなに胸が小さくない…」
杏奈はメスガキみたいな貧相じゃないのだ。
「糸雪、違うみたいだ」
メスガキの首が斬り飛ばされる。
その時、俺は気付いた。
糸雪と呼ばれる男は、その全てを構成するかの如き白に、一点の血すらも付着させていないと。
そして、あの尻は惜しかったと…。