上に立つ苦悩
作戦は順調だった。
指揮を執るのは今回が初めてだったわけではないが、今までは小規模な作戦行動の指揮を執った事しかなかった。
大きく息を吐く。
あの男、偉大なる組織の王、八村三慧は自分の手に組織の命運が握られていると自覚した時、緊張しなかったのだろうか。
いや、これは愚問なのだ。
緊張など、あの男には無縁だったはずだ。
あの『最強』を前にしても、堂々と対峙してのけた男にとって、この程度の緊張は緊張ですらもないのだろう。
それに比べて自分は、『最強』を前にしては怯えて震え、今も無事に全てが片付いて欲しいと願っている。
「まあ、願っただけで叶うなら、何億回でも願うだろうが…」
現実は、そうではない。
願っただけでは何も叶わない。
少女を殺すのは趣味ではないが、少女の形をした敵を殺すのは躊躇しない。
ただ、少女を殺すのは手段であって、目的ではない。
あの少女達の意識は統合されているのか、或いは密に連携し合っているのか、とにかく、目的となっている男を巧妙に守り通していた。
「厄介だな。こんな時、九さんがいれば…」
最後の一手が打てないもどかしさがある。
八村三慧が使う最後の一手は、いつも、九だった。
あの『最強』ではなく、九を使っていた。
まあ、勿論、『最強』はメアリが使う最後の一手だったというだけかもしれないが。
とにかくだ、次点としての意味合いである九すらも、今の自分には打てないのだ。
九を呼び戻すか。
それも、1つの手だ。
携帯を取り出し、九に電話を掛ける。
コール音は鳴り続けるが、一向に出る気配はない。
諦めかけた時、その声は耳を叩く。
『…どうした?』
「九さんの力が必要になった。来て、くれないか?」
沈黙がある、長い沈黙が。
『騒がしいな。戦場で掛けているのか?』
「ああ、うん…」
『その戦場で、…必要なのか?』
「頼むよ、九さん…」
『分かった、行くよ』
手早く場所を伝えると、九が呟く。
『やはり、これは組織が起こしている騒ぎか。報道を抑えられなかったのか?』
そんな力はもはや、組織にはない。
ただの雑用処理に過ぎないのだから、報道されないようにするかどうかは政府が決める事だ。
そして、それをしなかったという事は、しなくても良い理由があるのだろうか。
「九さん、助けてくれ、…なあ、九さん」
絞り出すように、懇願するように伝える。
『分かった。分かっている、すぐに向かう』
向こうから、通話は打ち切られた。
九が来る。
恐らく、この近くにいるのだろう。
遠ければ、彼はそう言ったはずだ。
彼が来るならば、そう、最後の一手が打てるならば、やり方は変わってくる。
さあ、立て直そう。
戦いは続けなければならない…。