安藤ナツ、仕事を盗む。
週が開けて月曜日。一台目の設備の試運転が始まった。
巨大な装置の電源を入れ、動かす。それだけのことだが、少しだけテンションが上がる。様々なスイッチや配管を一時間かけて確認するのは、巨大ロボの発進シーンの様だ。
先輩社員の後ろにつき、何の説明もない起動シーンの手順をノートにメモしていく。この辺りは、昔の職人のように『見て盗め』の感覚だろうか? 非効率的なことこの上ないが、そういう風習があるのであれば、従うしかない。同時に、自分が教える番になったら後輩には口で教えようと決心する。
後に、定年間際の先輩から手取り足取りと説明を受けながら、試運転をすることになるのだが、それは別の話しだ。
兎にも角にも、生まれたてのアヒルのように先輩社員の後ろをついて回り、起動の手順を何とか覚えた。勿論、個々のパーツの意味は分からないが、それは後で図面でも見て確認すればいい。
「安藤」
そんあ風に考えていると、先輩社員がナツの名前を呼んだ。
「はい」
「ノートにメモを取って何かわかるか?」
「再起動くらいならできると思いますけど」
「一々お前はノートを見て起動するのか?」
「忘れた時の保険になります」
「その時にノートがなかったらどうするんや」
基本的に、ナツの名前を先輩社員が呼ぶ時は、面倒事を押し付ける時か、言い掛かりを付ける時である。
「忘れないように、ちゃんと覚えておきます」
「ノートに書くことが仕事じゃあないぞ?」
その答えで納得したのか、先輩社員がそれ以上何かを言うことはなかった。要するに、ノートを持って歩いているのが気に食わないらしい。
数日後、ノートを持たずに先輩社員の後ろを金魚の糞の様に追いかけながら必死で作業内容を目に焼き付けていると、
「お前、ノートにメモしなくて覚えられるのか?」
そんなことを先輩社員は言った。
こいつ、面倒くせぇ。
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