安藤ナツ、先輩と出張先で会う。
先輩とは本社で何度か顔を合わせたことはあった。身長はそう変わらないが、体重は向こうが随分上だっただろう。ナツも当時は太っていたが、先輩はそれ以上に太っていた。目が細く黒めがちで、浅黒い肌の色を妙に不健康に感じた。歳は三十代も半ばと言った所か。
初めて会った時からすでに現在の出張先の仕事で忙しかったようで、まともに会話をしたことはなく、その人間性についてはほとんど把握していなかった。ただ、一緒に仕事をすることを他の先輩方に話すと、皆が揃って「気を付けろよ」と言ったことが印象的で、性格に少々癖のある人だとは認識していた。
出張先の工場には月曜日の十時過ぎに到着した。入り口で入場理由や勤務会社を用紙に記入すると、守衛に入場許可証を貰い、場内に入っていく。大きな工場ではあったが、設備を納入した場所は事前に聞いており、迷うことなく指定された工場へとたどり着くことができた。
駐車場代わりの空き地にはプレハブ小屋が建っており、その横に社章が入った車を見つけると、すぐ傍に社用車を停める。休憩時間であったらしく、プレハブ小屋には見知った製造部の人間が五人、先輩社員が一人、椅子に座って休んでいた。
「お疲れ様です」
ドアを開け、ナツは煩くない程度に挨拶をする。タバコの煙が充満したプレハブの休憩小屋から、疎らな返事が上がる。煙草を指に挟んだ先輩社員はこちらを一瞥すると、イライラとした表情で直ぐにパソコンの画面へと向かった。
この時点で「こいつとは絶対に仲良くできないな」と、悟った。ナツも愛想を振り撒いたり、媚びを売ったりするタイプの人間ではないが、最低限のコミュニケーション能力は持っている。調子が悪かろうが、時間がなかろうが、挨拶を無視するということはしない。
が、別に先輩と仲良くなりに来たわけではない。仕事で来たのだ。むかつきを抑えて先輩の前へと進んでいく。
「お疲れ様です」
と、再び口にする。少しだけ怒りが籠っていた。
「遅かったな」
すると、苛立たしげな口調で先輩がようやく口を開く。本社と出張先を車で移動するとなれば、今の時刻と言うのは決して遅くはない。少なくとも、三十分縮めることは不可能であった。
「朝礼の後、直ぐ出て来たんですけど、遅かったですか?」
「普通、先輩よりも早く来るもんじゃないか?」
どうやら、朝八時になると同時に、ナツは出張先にいなくてはならなかったらしい。その為には前日に宿に泊まるか、五時半に本社を出る必要があるだろう。
「課長には朝礼後で良いと言われましたので」
「で? 何しに来たの?」
人と話しているというのに、煙草を咥えて腕を組む先輩社員。そうすることで、でっぷりと突き出した腹の贅肉が強調された。
こちらを完全に見下した態度に腹は立ったが、大人になってナツは平静を装って応える。
「仕事ですよ。先輩のお手伝いに来ました」
そもそも、先輩社員が人手が足りないと騒いだからナツが出張するハメになったわけであり、わざわざ質問する必要のない質問だ。課長からも事前にナツを指導するように通達が来ているはずである。
「入ったばっかやら? 君。はっきり言って、君ができる仕事はないよ」
じゃあ、八時に来る意味がないじゃねーか。
「現場の人間が遅れているからな」
現場、と言うのは製造部のことを指す。現場作業員と言うことなのだろうが、ナツは製造部時代からその言葉が嫌いだった。技術部だってこうして現場で作業することは多いのに、まるで自分達は現場作業員ではないと言う様なニュアンスがあるからだ。製造部の人間は、技術部の人間よりも下だと言っているようにも聞こえる。
「はい。ですから、製造部の作業も手伝うように言われました」
「あ、そう。頑張ってね」
まるで他人事のような先輩社員の台詞に怒りを覚えながら回れ右をして、製造部員達の輪の中にナツは入っていく。
彼等の眼は、先輩社員を睨み付ける物と、ナツに同情するような物の二種類があった。
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