安藤ナツ、出張する。
最初のボーナスが出て少し経った頃、初めての出張を経験した。
工場施設メーカーの仕事は設備の作成だけに留まらない。作った設備をお客様の工場に設置――納品して初めて完了する。ナツの就職先は、製造部の作業員が客先への設備の設置も担当していた。
製作者が、設置作業も行うと言うのは、正直な所どうなのだろう? ナツはいまだにこのシステムに釈然としていない。例えるのであれば、クーラーを工場で作った人間が、購入者の家まで設置に行くような物ではないだろうか?
話が少しそれてしまった。
工場に設備を設置する作業は、はっきりと言えば重労働である。
全長二十メートルを超える鉄の塊をミリ単位で動かして調整し、百を超えるであろうステンレスや鉄でできた配管を手で持ち運ぶ。
だだっ広い工場内にエアコンなどあるわけもなく、製品の品質維持の為に窓を開け放つこともできない。空気はこもり、埃っぽい。気温は軽く三十五℃を超え、一時間も動けばシャツは汗まみれだ。
また、納期は厳しく、連日遅くまで残業が続く。
出張費は出る物の、これで社内と同じ給料しか貰えないなんて、日本の給料体系は大きく間違っているだろう。ちなみに、出張費は休憩時のジュース代に消えた。
二週間の出張から帰ると、休みもなく納品した設備の修理へと駆り出された。多くの工場設備が止まるのは年に三回。正月、ゴールデンウィーク、そして盆休みであると相場が決まっている。大きな設備は起動するのに時間がかかる為に、一々止めて動かしてを繰り返していたは生産性が著しく落ちるからである。
つまり、大抵の人間が連休を楽しんでいる時に、ナツは油と汗にまみれて機会と戯れていたと言うことだ。こんなに精神的に辛いことはない。
そして、肉体的にもつらい作業だった。つい先日まで動いていた設備は停止から三日経過してもいまだに熱を持っており、温度計が五十℃を指すなか、冗談のように重たいモーターやらファンやらを人力で持ち上げ、修理を行うのだ。一つ上の先輩が、施設の上から落ちて腕を折った。
二週間のメンテナンスから帰ると、持ち回りの支部出張へと一カ月間を命令された。一年生が出張に駆り出されることからわかるように、この年は非常に忙しく、主力となるメンバーを支部に一カ月も渡せないという理由であった。
家から近いからと言うふざけた理由で選んだ就職先であったが、どうやらナツは選択を間違えたらしい。
ちなみに、ナツはこの夏に初めて胸倉をつかまれ、「殺すぞ!」と言われた。三十を超えた支部の先輩であったが、その心は中学生のままであった。
やはり、会社と言えど、学校の延長線でしかない。
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