5.師匠
「ヤアッ」
「ハッ!」
まだ日も昇っていない頃。仄暗い館の中庭にて交差する、二つの影があった。
一人が放った魔術を、もう一つの影が魔術で受ける。
「番人は強いと聞いていたが、まさかここまでとはな」
「もちろん。主から魔力を受けたこの身、そう簡単には負けられない」
魔術がぶつかり合い、弾ける中、彼らの声が響く。
「そうか。それでは、これならばどうだ?」
「望むところだ、“先生”。僕はこの守護者のチカラで僕の主を守りたいから」
「……そうか」
人影が、動いた。
同時にたくさんの刃がもう一つの影を襲う。が、刃は影には届かない。
「いいな。だが、遅い……」
そう呟く、人影。
ゆったりと歩きながら次々に魔術を放つ。
「……っ!」
四方八方から、風が、岩が、水が、棘が、影を襲った。
「終わり、だ……」
そう告げ、人影は大きな岩弾を二つ、目にも留まらぬ速度で飛ばした。
しかし流石は守護者、なんとか一つはしのいだ…のだが、死角から入って来たもう一つに対処できず、あえなく気絶した。
「回復」
人影は対戦相手に回復魔法をかける。そして、影、もとい蒼麟とバルトは立ち上がり、話しだした。
「……ソウリン、流石は番人の名を冠するだけはあるな。普段ならば二割もださないのだが、今回俺は五割程本気をだしたぞ」
「……ありがとう、バルト。これからもお願いしてもいい?」
「ああ。だが、なぜアカハに気づかれたくないのだ?」
この特訓の前、蒼麟から言われた言葉を思い出し、バルトは不思議そうに言った。
「……別に。アカハを守れるくらいには強くなりたい、ただ、それだけだよ。もうアカハにあんな顔をさせたくない。だから強くなりたいんだ」
蒼麟の群青の瞳には、強い炎が煌めいていた。その眼を見て、バルトは頷く。
「そうか、わかった。……そろそろアカハを起こすか?」
「いや…あと一刻くらいは寝かせておこうよ」
「ああ、そうだな。……ソウリン、実は、昨日の夜、俺もあの話を聞いていたんだ」
「え、あの話?」
「アカハのお兄さんの話だ」
「……あぁ」
その言葉を聞き、蒼麟はどこか哀しげな表情を浮かべた。
「中心の番人のところへ、フクロウを送った」
「え……、じゃあ、まさか、バルトはあの可能性を……?」
「ああ、そうだ。二人、いるかもしれないだろ?」
「……うん。でも」
「可能性は、なきにしもあらず、だ」
「……まあ、そうだね」
十七番目の番人、その可能性……。
「それは思い浮かばなかった。成る程ね、十七番目か……」
「ああ、そうだ。……それはそうとソウリン、お前は強くなりたいんだろ?こんなんだが、役に立つと言うのならば、俺で良ければ鍛えてやる」
「バルトは強いよ。いい師匠になると思う。これからよろしく!」
「ああ。俺の全力を受けてみせろよ?」
「もちろん!」
やっと登ってきた朝日を浴び、一人と一匹は固く握手(?)した。
***
「もう、朝か……」
そう呟き、ボクは考える。
これから、どうしようかな。フーベルトゥス・アイブリンガー……バルトはいい人そうだしな。
そうだ、バルトって、魔術師と言っていたっけ。魔術の訓練、したいなぁ。
ボクは勇者だという話だし、強くなっていたほうがいいと思うんだ。しかもこんなに魔力持ってんのに全然使えてないもんな……。
これじゃ、宝の持ち腐れだよ。……もう、足手纏いは嫌なんだ。
「頼んでみよう」
思い立ったが吉日、バルトはどこかなぁ……。
そんなことを思っていたら、唐突に扉が開いた。
「アカハ、おはようっ!ご飯たべよ?」
「あ、蒼麟……。外にいってたんだね?姿が見えないから何処に行ったのかと思った。にしても、ごはんかぁ……」
昨日はなんだかんだでごはんを食べていなかった。だからこの世界に来て初めてのまともな食事だ。
……あの谷では蒼麟がとってきた動物や植物を簡単に焼いて食べていて、とてもじゃないけどまともとは言えない代物だったからね。
ごはんか、何が出るのかな。楽しみだなぁ。
「アカハ、起きてたんだね。さあ、いこう」
「う、うん……」
せっつかれて、ボクは立ち上がる。だが。
「……服、このままでいいの?」
そうだ。この服はほとんど動かなかったとはいえ40日間も着ていたものなのだ。当然汗臭いし、ところどころ破けている。
……ていうか、汚いよね。
「ん?ああ、たぶん大丈夫だよ」
「そ、そう…」
蒼麟について歩いていく。
大きな扉の前で蒼麟は立ち止まる。
「ほら、アカハ、どうぞ」
「っ!あ、ありがとう……」
「それとも、こっちの方がいい?……主様、どうぞお入りください」
急に蒼麟が畏まった口調になる。
「ぅ……。や、やめてよ、そんな……」
「ふふ。アカハなら、そういうと思ったよ。でも一応ね、僕はアカハの従魔なんだよ?だから、僕を使って欲しいんだ。いい?」
蒼麟の純粋な目が、ボクを覗き込むように見た。
従魔、それは、従う者。主に逆らうことはできない。蒼麟も、そう。
ボクに、この子を使う覚悟があるのかな……。
くっと、唇を噛む。
「……こ、困ったときはもちろん。でも、いつもは普通に接して欲しいな。だって、蒼麟はボクの一番の友達じゃん……」
蒼麟から目を逸らしながら、そう言った。
まだ、まだそんな覚悟は持てないけど。でも……、いつか絶対に、覚悟を決めるから。だから、待ってて。それまで、待っててね、蒼麟。
「ありがとう、アカハ。アカハは僕にとって、一番大切な人だから……」
「……え?」
ボクがそう言われる資格なんてあるのかな。
「っ!あ、ええと、そ、その早く中、入ろ…?」
「……うん、そうだね」
蒼麟が扉を開ける…と、そこには数こそ少ないが豪奢な料理が並んでいた。
「うわぁぁー!す、すごい!綺麗だねっ!」
「うん。品目は……先ず胡瓜のサラダ、それから静猪肉のパイナップル煮、主食はパン、デザートは桃のケーキだね。こんなの生まれて初めて見たよ」
名前は同じだが、少しずつ形や色なんかが違っていて見ていてなんだか新鮮だ。静猪肉は森に生息する魔物の肉ということだった。
野菜や果物は赤っぽい色で、その見慣れない色に少し吃驚する。
「アカハ。ようこそ、我が城へ。そこに座って」
「あ、うん」
立ち尽くしていると、バルトに声をかけられた。
勧められるまま席に着く。
「た、食べて、いいの?」
「ああ、もちろんだ」
「い、いただきますっ!」
見慣れない色だけど、美味しそう!
早速、手を伸ばした。
「おう。存分に召し上がれ」
何種類かをとって、どんどん口に入れていく。
「これ、全部おいしいっ!」
大体が塩やハーブの味付けだけだけど、料理人の腕がいいのか、ボクにはとても美味しく感じられた。
「満足してくれてよかったよ。……なあアカハ、俺の弟子にならないか?」
少し躊躇った様に、バルトが言った。
その想定外の言葉に驚く。
「……え、弟子?」
「魔術を習わないか、ということなのだが……嫌ならいいぞ」
「ううん、バルトが教えてくれるんでしょ?すごく嬉しいよ!それに、ボクから頼もうって思ってたくらいだし!」
「いいのか、俺で……」
何故か自信なさげなバルトに、ボクは力説した。
「もちろんっ!だって、今のボクは、ただ魔力が有り余ってるだけの能無しだもん。魔力を扱うことができたって、形にできなきゃ意味がないから」
「……そうか。だがアカハ、俺が言うのもなんだが、俺について来られるか?俺の修行は厳しいぞ」
「ついて行って見せるよ、絶対。……よろしく、師匠」
「勇者」となるため。
もっと強い力を手にするため。
そして、蒼麟の良き主となれる様に。
覚悟を、決めて。
その日――海王暦1928年、愛陽月・35日――ボク、紅月朱葉は、フーベルトゥス・アイブリンガーに弟子入りした。
2015/12/12 修正
野菜など地球にもあるものは朱葉にはそう聞こえているのでそのままの名前にしました。
2016/04/29 修正
これで読みやすくなったでしょうか。
変更点
・誤字修正
・928年→1928年
・他何点か修正