3.魔術師
この世界ーエスタルシアーに来て、そろそろ一月経つ。此処で過ごすうちにわかったことがある。
先ず月日について。
此の世界は一カ月約36日、12ヶ月で一年が432日、一日20時間だということ。
そして、いまの季節は日が長いこと。
これは、今が愛陽月だかららしい。ちなみに愛陽月は日本の8月にあたる。
で、最後はボクのこと。
ボクはやっぱり、幾多の移ろい人の中でも能力値が高いとのことだった。これは蒼麟が他の十五の番人にきいて判った事だ。
さしてやることはなかったから雑談していたら、飛ぶように一月が過ぎていった。
……もちろん蒼麟に言われて魔術の訓練もしたよ?まあ、操作のほうは簡単だったけどね。蒼麟に器用が172あるっていったら驚いたあとに呆れられたよ。ただ、まだ大きな魔法は操作しきれないらしい。それには器用が500以上必要なんだと。
器用500って。世の魔術師達の能力はどんななんだよ。
「蒼麟、索敵って、便利だねぇ。周りの状況が一瞬でわかるよ」
「そりゃそうでしょ。第三の目の派生だもん。僕がほしいくらいだよ」
「まあね、地上はもちろん、地下も、さらに上空だってお手の物、だもんね。使ってるほうも信じらんな――ん?」
「アカハ、どうしたの?」
何か、いる。今ボクの索敵の限界、此処から100m離れた地点、慣れ親しんだ曲がりくねっている渓谷の底に、大きな気配があった。
「なんだろう。感じた事のない大きな気配……」
「ん?何か引っかかったの?」
「うん。此処から約90mのところに気配があるんだ。移動速度は……分速60mくらいかな。随分ゆっくりだね」
「……あっ、見えた!アピリーバードかな?……アカハ、人が乗ってる」
「人!?本当?」
「うん。たぶん、アカハに向かって来てるよ。悪い人じゃなければいいけど」
「やったっ!!人に会えるんだね!?」
蒼麟がいるとはいえ大体40日間ボクは一人だったんだよ。ボクだって14歳なんだ、そんな環境では淋しかったんだと、今気が付いた。だからたぶん、ボクの顔は喜び一杯になっていると思う。
「あと20秒くらいかな?ねえ蒼麟、楽しみだね!」
「んー、どうかな……」
「あと15秒……10、9、8……」
わくわくしながらボクは待つ。
しかし、気が高ぶっていた朱葉は、故に気づかなかった、蒼麟の憂い、つまり、近づく気配が一つだ、ということに。
「汝の太陽が永遠に光り輝かんことを。こんにちは、貴女が勇者様ですか?」
「……ここここんにちはっ!紅月朱葉、いや、アカハ・コウヅキ、です。あの、な、汝の……って、なんですか?」
あぁ、緊張する……!
久々の人間だよ!
「その名前……。やはり貴女は勇者様なのですね!あ、先程いいましたのは、ジェネード大陸の挨拶です。『汝の太陽が永遠に光り輝かんことを』と言われたら『汝の歩む道が光と共にあらんことを』と返すのです」
「へえ、挨拶かぁ。あ、貴方の名を聞いても?」
「申し訳ございません、私に名前はないのです。手前は一介の分身体に過ぎませんから」
「ぶんしんたい……?」
え?
「はい、此処にいる私は幻にございます、勇者様」
「幻……?えっと、どういうこと?」
この人、人間じゃないの!?
「説明は長くなります。実際に見た方が早いでしょう。それでは行きますか」
「……ボクも?」
「はい。私の役目は貴女を私の本体へ送り届けることですので」
「ボクを?なんで?」
ボクが聞いたその時、蒼麟が口を挟む。
「ええと、ちょっといいかな?君の本体は何者なんだい?」
「失礼ですが、貴方は?」
「僕は蒼麟。アカハの従魔さ。そして、東方之番人だった」
そこで来訪者は、目を瞬いた。
「…これは、失礼いたしました。にしても、アカハ様は素晴らしいですね。その歳で番人に名付けをするとは」
「え?名付けって誰でもできるんじゃないの?」
「いえ、そんなことはないですよ?……話が逸れましたね。私の本体は、東の果ての魔術師、フーベルトゥス・アイブリンガーです」
それを聞いて蒼麟は少し驚いたようだった。
「ああ……話には聞いていた、あの人かぁ」
「え、蒼麟知ってるの?」
「うん。母さんは会ったことあるんだって。信用できるんだってよ」
「ふーん……」
「ついて行こう、アカハ?」
「んー……わかった。ボク、行くよ」
「話はついたようですね。それでは……」
そういって男は徐に人の頭程の大きさの紙を取り出し地面に置く。
「それは?」
「魔法陣です。転移の魔術ですから直ぐに着きますよ」
「……へぇ」
驚く朱葉。それをよそに男は着々と準備を進めていく。
「できました。勇者様、此処にお立ちください」
「……あの、蒼麟を連れて行けますか?」
「勇者様が抱きかかえているのならば可能です」
「ありがとうございますっ!蒼麟!」
「うんっ!」
「絶対に離さないでくださいね?それから、動かないように」
「はい」
男が何やら呪文を唱え始めた。ボクの周りに白い靄が立ち込める。
靄が晴れた。
見知らぬ風景が、辺りに広がっている。
「えっと……ここ、何処?」
薄桃色の屋根に白い壁。大きな館が聳えている。隣には黒い文様が刻まれた塔があった。
「アカハ、前」
「ん?」
「汝の太陽が永遠に光り輝かんことを。勇者さん、俺の分身体から話は聞いただろ?俺はフーベルトゥス・アイブリンガーだ」
こ、今度はほんとの人間だぁ!
第一異世界人だよ!
「……ああああの!ええと、汝の歩む道が光と共にあらんことを、だったっけ!?ボクは紅月朱葉…アカハ・コウヅキです」
緊張しているボクの視線の先に彼は立っていた。
深い緑色の髪に黒い瞳、スラリと伸びた長い脚、優しく笑う口元……。およそ20を超えるか超えないかくらいの見た目のこの青年こそが、東の果ての魔術師、フーベルトゥス・アイブリンガーだった――。
2015/12/12 修正
月の長さと1年の日数を変えました。
2016/04/29 修正
修正点
一人称の統一
会話文の間に地の文を追加
…が奇数の箇所を偶数に