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ESTALUCIA  作者: 蜂矢澪音
1章 十七番目の番人
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1.出会い




「ねえ……お母?どうしたの、目を覚まして……。お母……?」



なんだろう。微かに話し声がする……。

………………え?



「……あれ、ボク…….生き、て……?」

「……ッ!だ、誰?どうしてお母の上に!?」

「えっと、おかあって……?」


『おかあ』の上?

そう呟いたボクは、少し間の後ようやく自分がどこにいるのかに気づいた。


「……あっ!も、もしかして、この“モコモコ”、君のお母さん…?」

「う、うん。ねえ……僕のお母……、もう、話さないの……。話してくれないの……。どうして……?」


そう言われて、気が付いた。ボクの下に居るあの子の母、それはもう、動いていない、と。命あるものの動きや温もり、それがないのだ。

……つまり、もう、死んでいるってこと?ボクが居たあの崖が落ちて、直撃したから?……もし、そうだとしたら。


「……君のお母さん、もう動いてない」

「そう……。やっぱりお母は死んだんだね……」

「っごめん!!ボクが悪いのっ!!!ボクがアイツに見つかったから……!!」

「ううん、大丈夫だよ。どうせあと数ヶ月したら無くなる命さ。そういうモノ、なんだから。あ、でも、アイツって?」

「……………真っ赤な眼をした、すごくでかい生き物……。いや、生き物、なのかな?あれは、恐怖がそのまま具現化したみたいな存在じゃないかな。…兎に角ボクはアイツに殺されかけた。直接殺されかけたんだ。だけど――」


ボクは崖もろとも落ちて、君のお母さんに助けられた……と。ボクは、呟いた。

巻き込んでごめんね。

君のお母さんの命を奪って、ごめんね。

そう、懺悔するように言った。


「大丈夫だから。……でも、生き延びれて、よかったね」


どうして、笑えるの?

得体の知れないモコモコだけど、何故か分かる。この子は、笑ってる。

ねえ、なんで?


「それ、たぶん“魔神”だよ」


突然の真剣な口調に、ボクは居住まいを正した。


「お母から聞いた情報にも、ぴったり当てはまる。確かそいつは、この世界で誰一人勝つことはできないって思われている強力な魔物だよ。みんなの恐怖の的なんだ」


ここで、やっと、気づいた。この子は何を……何を云っているの?


「まじ、ん……?まもの……?この、世界……?」


“魔神”。“魔物”。ボクの世界では小説の中の存在。そんなものがいると、この子は言っている。

現代社会ではあり得ないことだった。

だから問うた。

其のことを。


「此処は、どこ、なの…?」


ボクの問いにその子は驚いた様だった。


「えっ!知らないの……!?まさか」

「うん。知らない。そうだ、自己紹介してなかったね。ボクは、紅月朱葉。よろしくね」

「僕は名前を持たない。魔獣だから」


ボクが自己紹介すると、その子は悲しげに目を伏せた。


「まじゅう、だから?なんで?まじゅう……って……」

「僕たち“魔獣”や“魔物”と呼ばれるものは、みんな“名”を持たない。誰かが“名付け”をしない限りはね。でも、名付けられた時僕たちは強くなって、名付けた人の忠実な(しもべ)になるんだ」

「そう、なんだ……。というか、此処は何処?」

「此処は、エスタルシアだよ」





“この世界”

“エスタルシア”

ピースがぴたりと当てはまった。


そう、此処は、地球じゃない。

地球以外の、別の世界。

本当は心の奥底で気が付いていた。

でもやっぱり、怖かった。

あの子の言葉を信じると、此処は異世界ってことになる。

そして、ボクが知ってる物語では、大体が地球に帰ることは無かった。

だからボクも、と思うと悲しかった。

考えないようにしていた。

蓋をしていた。

分かってるんだ。

分かってたんだ。

でも、帰れないってことは、家族にも友達にも会えないとってこと。

だから慄いた。

考えることを。

現実を見ろ。

そんな声も、心の中で聞こえていた。

だけど。

大切な存在に会えない。

これ以上に最悪なことは無い。

だからこそ、ボクは、その声が聞こえないふりをした。

それを認めた今、ボクの中で、何かが崩れる音がした。

きっと彼奴に会ってから揺らぎ始めた思いが、完全に崩れたんだ。

何も考えたくない。

何も思いたくない。

そう、何も…………。





「アカハ?どうしたの……?どうしてそんなに泣いているの……?」


問いかけられたけど、何も言えなかった。

涙が、次々と頬を伝う。

ねえ、ボクは……。


「ボクは、帰れるの……?」


涙が止まらない。どんどん溢れて地面に吸い込まれていく。


「……帰るって、何処へ?」

「ボクの、故郷。日本。……そして地球。ボクの世界へ」

「君の……。それは、違う世界?」

「うん……」

「だとしたら、残念だけど不可能だと思う」


その答えに、ボクはどこか納得して、でも、認められない心もあって、ぎゅっと心が潰れそうになった。


「やっぱり……っ。どうして、なの……?」


絞り出したその声はとても弱々しく、挫けそうなボクの心を如実に表していたと思う。


「君は、きっと“移ろい人”だよ。君は君の世界からやってきた。この世界の均衡を守るために。一、二百年ほどの間隔で、定期的に此処と他の“科学の世界”は交わる。一瞬だけ(・・・・)、ね。たくさんの世界があって、その内の一つと此処が交わった。そして、“移ろい人”が現れる。それが此処の、エスタルシアの理なんだよ」

「ボクが此処へ来たのは、必然だったってこと……?」


『この世界の均衡を守るために』

そんなこと言われたって、ボクはただの一中学生で。だから、求められたって、そんな力なんて持ってない。


「うん。君の世界みたいな科学の世界は、此処みたいな魔法の世界と違って魔素が溢れている。使われないからね。対して此処は、魔素が消費されている。魔素は消耗するんだ。だから供給される。移ろい人、という形でね。此処に来た膨大な魔素は、世界を覆う。そうするとどうなるか?大きな魔力を持った子が生まれる。大きな魔素量を誇る魔物が生まれる。子は、問題ないんだ。でもね、魔物は人を襲う。力が増えている魔物は強い。そこで移ろい人の出番なんだ。ここまではわかる?」

「うん、なんとか……。つまり、ボクが此処に呼ばれて、魔素が放出されて、それはいいけど、強い魔物が生まれることが問題なんだね?」

「うん、そうだよ。……たぶん君が襲われた魔神もそれが原因で大きな力を得たんだと思う」


だったら……!


「ったら……」

「?」

「だったら!!ボクが来た所為でアイツが出て来たってことでしょ!?やっぱりボクが来た所為で、君のお母さんは死んだんじゃないかっ!」


そうだとしたら――


――ボクが来た意味、あったのかな?

最初に死にかけて。そしてこの子のお母さんを巻き込んだ。その上、魔物達は強くなってしまうんだ。

ボクのせいだ。ボクのせいで、なくなる命が増えるんだ。

本当に、本当に、申し訳なくなるよ……。


「アカハ。大丈夫だよ?君の所為じゃない。いったじゃん、此処の理だって。それに、まだ倒しに行くのは赦さないよ?君はまだ弱いんだ。これからでも遅くなんて無い。無駄死になんて赦さない」


ボクの中に生まれていた復讐心を、彼奴と、そして自分への思いを、彼は的確に突いた。


「お見通し、なんだね……。分かったよ。今は行かない。でもいつか強くなってアイツを倒すからっ!」


ボクは、あの時に感じた屈辱を忘れない。何も出来なかったんだ。死だって、覚悟した。でも生きてる。復讐するんだ。次は、負けない。負けてたまるか。






そんなことを考えていたら、ふと思い付き、あの子の方を見る。

いきなり注目された彼は、心なしか驚いているようだった。


「……そういえば、君は名前がないんだったよね?」

「うん」

「ボクが名を付けていい?」

「え、本当っ!?」

「もちろん。ボクでよければ、だけど、ね」

「いいに決まってる!ありがとう!」


よかった。受け取ってくれた。蒼いモコモコ。それがこの仔の印象だ。名前…、名は…。


「君は、君の名は、蒼麟(そうりん)。い、いい?」

「勿論だよっ!どんなに感謝してもし足りないよっ!!!」


蒼麟。

そういった瞬間、ボクの身体の中から“何か”が出て行く感覚があった。


「な、に…………!?」


周囲を見渡すと、蒼麟が蒼い光に包まれている。目を見張って様子を見る。次第に光は収束し彼が姿を顕わした。



それは、蒼麟であり、蒼麟で無かった––––––––。

2016/04/29 修正

少しは読みやすくなった、と思います。

修正点

・会話文の間に文を挟みました。

・…が一つの箇所を……に、奇数の箇所を偶数に。

・その他、諸々。

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