プロローグ 転移
初投稿です。
よろしくお願いします。
――目が覚めたら、魔神がいた――
森の中、少し開けた場所。頭を押さえて少女はあたりを見回す。
「ここは……どこ……?」
不安そうな声が少しだけ響いて消えた。
(ボクは、誰……?
ボクは……そう。紅月朱葉。
それで、じゃあ、ここは? アレは?)
森の中は静かだ。あの音を除いて。
ソレは、黒い身体を木々の上に頭を出して暴れている。その破壊音は朱葉のいるこの広場まで揺るがした。
時折巨大な土塊が投射され、森を壊していく。
そして、ソレは引き抜いた大木を振りかぶり――怯えた表情のまま固まった朱葉に気付いた。
「……ッ!?」
声にならない悲鳴が喉の奥からこぼれ出る。緊迫した雰囲気の中、ゾッとするような笑みを浮かべソレは朱葉の方へ歩き出した。その重みに大地がきしみ、下敷きにされた哀れな木々は根元までつぶされた。
朱葉に向けられた、紅い双眸。段々と近づく足音。かろうじて動いていた頭が真っ白に塗り替えられていく。指先でさえ地面に縫い付けられたようにピクリとも動かない。ああ、死が、ボクを飲み込もうと迫ってくる――!
――バギィ!! ドゴォォンッッ!!!
バリバリ、とずっと続いていた音が一瞬やみ、ひときわ大きな破壊音が森へ響き渡る。自分が投げた土塊に足を取られた魔神は怒ったように地面をたたく。
大地がきしむ。
もともと傷ついていたその崖は、魔神が苛立って暴れたことによりついにひび割れ、突き出た部分が轟音をたてながらゆっくりと落ちていく。
朱葉は、自分の体が、地面が、傾いていくのを感じながら、崖もろとも落下していく。体が風に煽られひっくり返るその瞬間、ソレと、朱葉の、目が合った。
落ちていった人間の少女が完全に見えなくなった後、ソレはもう興味を失った、と言わんばかりに身をひるがえしてまた暴れ出したのだった。
* * *
ほぼ同時刻。
崖下に棲む大きな魔獣が、影の揺らめきに気づく。上を見上げて恐怖の表情になったその瞳が映すのは、自分の体よりも大きな、せりでた崖の一部分だった。もはや回避できないであろうその物体は、魔獣が固まっていたその数瞬の間にも魔獣の命を散らさんと迫って来ていた。
生まれたばかりの小さなわが子。そのぬくもりが傷つかないように大事に大事に胸に抱きかかえ、魔獣は覚悟を決めた。
まもなく降ってきたそれは大きな魔獣をいとも簡単に押しつぶし、その体に沿うように砕け散っていく。
魔獣は命の灯が消える最期の瞬間、自分の背中に小さな魂の揺らぎを感じて、そして、すぐに息絶えた。
* * *
朱葉は、崖下へ吸い込まれるように、落ちる。全くまとまらない思考の数々。過程もないままそれらはすべて同じ結果――すなわち、死――を示していた。
時の流れが遅くなって、朱葉は白昼夢、俗にいう走馬燈というものを見ていた。
(あー、もう、死ぬんだなあ……)
そんな諦観にも似た思いを抱きつつ、ままならない世界を思い出して溢れた涙とともに、少女は一人、静かに落ちていく――。
その終着点で、やわらかい何かが少女を包み込み――彼女の視界は黒く染まった。
2017/08/15 改稿