表四天王と裏四天王
「いやいや、メスだろ。私って言ってたじゃん」
「男にだって私と言う者は居る。現に魔王だってそうだろうが」
「第一に声が女だったろ? それにほら、ついてないし」
「み、見せんでも良い……だが竜の事だ。我々の常識が当てはまるとは限らんぞ」
本拠地の地下。玉座の間に於いて、ルキスとシリカが言い争っていた。
その争いの原因は、竜の雛の名前の事で、シリカがオスの名前を出した為に、メスだと主張するルキスと衝突。ルキスが竜を拾い上げて、股間を見せていると言う現状である。
強制開脚された雛は若干ながらに照れているようにも見え、それに気付いた二人は何となく気まずくなって会話を止めた。
「ピィー!」
雛が降ろされ、逃げるようにして走って行く。
向かった先はカイルの元だ。
ルキスは席からそれを眺めて、小さなため息をひとつ吐いた。
正直、ちょっとだけどうでも良くなって来たのだ。
「じゃあもう由来的な名前にするか? アレとアレだからコレ的な名前に」
故に適当にシリカに提案。「そうだな」と答えたシリカと考える。
そして、十秒程が経っただろうか、やがては思いついたルキスが言った。
「ルキスとヒュガルでルキル的な? フヒィ……♡」
嬉しそうである。悦にも入っている。
しかし、すぐに「何でだ!」と言われて、表情を崩して舌打ちをした。
「だったらシリカとヒュガルでも良いだろ……
シリル……まぁまぁ言い名前じゃないか」
「シリカとヒュガルなら尻軽だろ? メスだったらもう人生詰んでんな」
その後にはシリカが顔を逸らして言ったが、キツイ一撃を加えられた為に、眉毛をヒクつかせて「そっちをくっつけるな……」と返した。
「根暗。お前には良い案は無いのかよ?」
根暗=エノーラに向かい、ルキスが何となく聞いてみる。
位置としてはルキスの左で、シリカの席から見るなら右手。そこに作られた席に座ってエノーラは人形を製作していた。
髪は青で額には角。それはもう明らかにヒュガルのもので、それに気付いたルキスとシリカが揃って嫌~な顔をする。
ちなみに服装は魔女的なモノへと代わり、豊かな胸がより強調されており、その辺りの事にはイニシャルがKの男性が、喜びとやる気を感じているようだ。
「おい、根暗。何か良い案は……」
「無い……話しかけないで……」
答えが返らないのでルキスが言うが、ようやく返された言葉はそれだけ。
直後には「ククク……」と小さく笑い、ヒュガル(と思われる)の人形に頬を擦りつける。
「ヤベーわアイツ……病んでるわ……」
「まぁ、貴様も相当だがな……」
怯えた様子のルキスが言って、呆れた顔のシリカが返す。
「もう普通にブルーとかで良いじゃないですか……」
と、カイルが雛を連れてやって来なければ、一悶着があったかもしれない。
だが、やって来た上で名前を提案され、ビミョーな顔でそちらを見るのだ。
「青だから」
「ブルー、な……」
「な、何ですか」
ルキスが言ってシリカが続ける。言いはしないが「そのまんまやな」と言う顔だ。
聞いたカイルは納得が行かず、口を尖らせて二人を見つめた。
「お前自身はどうなのよ。ルキルとシリガルとブルーだったら、どの名前で呼んで欲しい訳?」
机の上にうつ伏せるようにして、ルキスが足元の雛に聞く。
雛は視線に気付いた後に、小さく鳴いてカイルに擦り寄った。
ブルーが最高! と言う訳でなく、この際はそれで……と言わんばかりの表情だ。
言葉が話せれば抗議したのかもしれないが、三つの中で妥協したのだろう。
「だ、そうです」
「あ、そう……」
結果としてはブルーに決定。
三人がそれぞれその名を呼んで、雛――改めブルーが鳴いた。
本当の性別は不明であるが、とりあえずはそれで良しとしたらしい。
そんなやりとりとは少し離れて。
玉座に腰かけたヒュガルは現在、本魔の一部と話をしていた。
それは、魔王軍の今後を左右する、一大事と言える内容だったが、表情を変えずに話すヒュガルからは、そんな気配は感じられない。
むしろ、ルキスやシリカ等は「何を独り言を……」とすら思っていただろう。
そんな雰囲気で話していた事は、人間達の国、即ちローエルラントが、ついに、エルラの村に向けて出兵したと言う事だった。
別の意識が調べた所では、その数およそ五百人ばかり。こちらも本魔の調べによる物だが、ローエルラントの全兵力の三分の一にもなる数らしい。
これに勝てれば今後が楽になり、負ければ今後が一層苦しくなる。
「私一人でも凌ぎきれるでしょうが、村人の安全は保障出来ません。
それに、万が一私の弱点――例えば火矢や火魔法等ですが、そういう物を一斉射された場合には、私も少々手こずるかと思います。
故に、万全を期すのであれば、今回は魔王様にも御出で頂きたく」
「うむ。それは承知した。奴らが着く前にはそちらに行こう。
お前は村長にこの事を伝えて、警戒と外出禁止を徹底させてくれ」
故に、ヒュガルはこの戦いには自身も赴くつもりであった。
話し合いが出来ない以上は、最早戦うしか術は無い。
本魔はそれに「はっ」と言い、玉座の左手の机に収まる。
パッと見ではただの本である為、読みかけの本にでも見える事だろう。
「問題は連れて行く戦力だが……」
五百人程度なら一人でもやれるが、村への守りに手勢が欲しい。
考えながら前を見ると、正面に座っているエノーラが見えた。
「んむぅぅん……好きぃ……大好きぃ……」
人形に頬を摺り寄せた上で、机の下の脚をばたつかせている。
現在は人形で満足しているが、その内に迫ってくるかもしれない。
それを拒否したらどうなるのだろう。背中からブッスリイカれてしまうのか。
それは嫌だな。だったら病んで居てくれ。
そう思いつつヒュガルは視線を動かす。
「にしてもすげー懐いてんな。もうブルーと結婚したら?」
「いや、無理でしょ! 竜ですよ竜!」
「いずれは人型にもなれるやもしれん。竜にはそういう者も居ると言う。可愛がっておいて損は無いかもな」
そして見えたのは三人のやりとり。
仕事をせずにくっちゃべっている。
直後にはシリカの言葉に驚き、カイルと共に「マジデぇー!」と驚いた。
「(それは私も言いたい言葉だな……)」
カイルとシリカは仕方が無いにしても、ルキスはやる事が山積みのはず。
それを知るヒュガルは叱るべきかと顔を顰めて悩むのである。
「(まぁあの四人は連れて行くか。戦場では流石にサボりはせんだろう)」
仕事をせずにサボる四人でも、現時点では我が軍最強。
村を守る程度の事なら十二分にこなしてくれるはずだ。
そう期待して、そう願って、ヒュガルはその場で腰を上げる。
「暇だから辛い言葉だけでしりとりしようぜ。
自分からなー。「かかぁでんか」の「か」」
直後に三人がしりとりを始めた。
やる事が山積みなはずなのにである。
これにはヒュガルも流石に驚き、立ち上がる途中の姿勢で止まる。
「何で辛い言葉……」
文句を言いつつシリカが続き、「か、片思いだった」の「た」で流す。
「た!? た、ですか……」
カイルが悩み、考える。
「た、タスケテ……」
ようやく出て来た言葉がそれで、二人に「辛そうだな……」と評価される。
そして、バトンはルキスの元へ。
「て」で悩んでいるとヒュガルがやってきて、
「ていうかお前ら仕事しろ」
と言い、三人に「うまい!」と返されるのである。
その後三人は当然叱られ、渋々と仕事に戻る事になった。
その翌日の朝早く。
ヒュガル達五人は本拠地を発ち、エルラの村の郊外に向かった。
方向としては村の西。およそ三キロばかりの所で、本魔がすでに待機しており、数百冊の本を展開していた。
「こいつマジヤベーから。自分と魔王サマで苦労して倒したから。
ちょっとは尊敬して貰っても良いのよ?」
とは、新入りのエノーラに対するルキスの言葉で、「フーン……」とだけ答えた彼女に対して、「こいつッ…!」と言って悔しがっていた。
「結局どうして貰いたいんですかね……」
「同じような事を前にも言っていたが、言葉の通りに尊敬して貰いたいんだろ。虚栄心の塊のような女だからな」
こちらはカイルとシリカの会話で、聞いたカイルは何とも言えず、結果として「ハハハ……」と苦笑する。
「そう言えば相手は人間ですけど、心の整理はついたんですか? もし、まだついていないなら……」
その後に言うと、シリカは「いや」と言い、「大丈夫だ」とだけ短く答えた。
実の所はシリカは今でも、戦う事には抵抗がある。いや、正確に言うのであれば、戦って殺す事に抵抗があるのだ。
元はと言えば同朋であるし、もっと言えば元家臣である。
そんな相手を殺すと言う事は、現時点でのシリカであっても、流石に出来ない事ではあった。
だが、相手を殺さなくとも、倒し、ヒュガルを守る術はある。
そう思うが故にシリカは戦いには、覚悟を決めて臨むつもりで居た。
「遅いな……そろそろのはずでは無かったか?」
人、二人分程前に出ていたヒュガルが、前方を見ながら本魔に聞いた。
すぐに返されたのは「の、はずですが」と言う物で、自身も不思議がっているその言葉には、ヒュガルは何も返さない。
「逃げたんじゃないですか? 自分達が出て来た情報を掴んだとかで」
「だったら尚の事来ると思うんですけど……だって五人と一冊ですよ?
普通だったらチャンスだと思いますよ」
ルキスの言葉にカイルが突っ込む。「まぁな」と、すぐに頷くのはシリカだ。
「五人と一冊じゃねーし! 五人と数百冊だし!」
「それはここに来るまでは、僕達にも分からなかった事ですよね……
僕はここに来るまでの間に、偵察兵が居たとしたらの話をしてるんですが……」
「う、ウッセー! 先生に対して反論とかマジ無いわ!」
それには必死で抵抗したが、カイルに正論を言われて逆上。
「つい、この前までナヨナヨだったのに、筋肉がついた途端にそれなのね? あたしへの感謝の気持ちを忘れて、心までマッチョになってしまったのね!」
と、男に捨てられた女のような台詞を残して、ヒュガルの横へと歩いて行った。
直後に聞こえる爆発音。遅れて伝わる僅かな地響き。
それに気付いた全員が硬直し、音と揺れの原因を探し出す。
「魔王! アレを見ろ!」
叫んだのはシリカで、その指先はヒュガル達の右手の方へと向いていた。
そこには林があり、その向こうにはここからでは見えないが川がある。
そして、街道が長く続いて、その先にこの国の首都があるのだ。
シリカの指はその方向の数キロ先を指差しており、そこからは数本の黒煙が徐々に空へと舞い上がりつつあった。
大体の距離は十キロ程か。首都にしては近すぎる。
「本魔は待機だ! 残りは続け!」
何かが起きた。そう思ったヒュガルは、本魔を残して直後に跳躍。
すぐにもルキスが同様に飛び、残りの者達がそれぞれに駆け出した。
爆音はその後も絶え間なく続き、地上を走る者達にはその度に起こる地響きも伝わった。
そして、数分があっという間に過ぎ、空中を飛んでいたヒュガルとルキスが、その場の状況を先に目にしたのだ。
「ど、どういう事だ……?」
流石のヒュガルも動揺を隠せない。進む速度が落ちる程だ。
それは隣のルキスも同じで、眉根を寄せて疑問している。
前方、数百メートルの所では、多くの人間が倒れており、装備を見るにその者達こそが、エルラの村に迫っていた人間の軍だと思われた。
焼死に爆死、轢死に斬死。
自然にそうなったのでは無いと言う事は、誰の目にも明らかで、やがて現場に到着した事で、ヒュガルとルキスは彼らをそうした張本人達と鉢合うのである。
そこには五人の男女が立っていた。太陽の光の下ではあるが、皆、人間の返り血を浴びており、日常の中にある非日常さに、ヒュガルとルキスは顔を顰める。
が、一方のあちらの男女は、ヒュガル達に気付いてニヤけた顔を見せ、その内の一人が一歩を歩み出て「よぅ」とヒュガルに言ったのである。
性別は男で髪は赤色。額には一本の角が生えている。人間では無いこの人物は、二人が良く知るギネットだった。
ヒュガルのかつての同期であるが、ヒュガルのやり方に反発した末に、戦って敗れた男である。
「あ、レーザービームマンさんだ!」
「その名で呼ぶな! ぶっ殺すっつったろ!?」
「ひい!」
ルキスの言葉にギネットがブチ切れる。すぐにも拳を振り上げたので、ルキスはヒュガルの後ろに隠れた。
「やってみろバーカ」と、密かに思うが、これ以上の挑発はマズイと思ったのだろう、それは流石に口にはしない。
「これは……お前がやった事なのか?」
冷静に言うのはヒュガルである。
それにはギネットが「おう」と答える。
「だが、俺一人の仕業じゃねぇ。ギネット軍の四天王――つまりあいつらとやった事だ」
その後に続け、自慢げな顔で後ろに立っている四人を示した。
左から言うならまずは男性。
年齢としては三十前後か。オレンジ色の髪の屈強な人物で、血に濡れた拳を見られた直後に、その血を「ペロリ」と舐めとった。
その右に行って今度は女性。
見た目の年齢は二十前後の、ピンクの髪の人物で、豊満な肉体を見せつけるような際どい衣服に身を包んでいる。
杖自体が武器なのか。それとも魔術師として杖を使うのか。
武器のような物は他には持たず、ヒュガルを誘惑しているのだろう、唇を軽く尖らせて見せる。
次の人物は性別が不明で、目の色も、髪の色も同様に分からない。
と言うのもその人物は漆黒の鎧に身を包んでおり、禍々しいまでの雰囲気を発する魔剣を携えていたのである。
言わば魔剣士、という者だろうか。
重装甲の鎧の下にある素性は全くの不明であった。
最後の一人は金髪の女性。
見た目の年齢は十六前後。
目つきが悪く、挑戦的だが、それでも美少女の部類に入り、何らかの伝承を含んで居そうな見事な弓をその手に持っている。
肌が若干浅黒いのは、おそらくダークエルフと言う種族ゆえだと思われ、エルフの一員の証と言える尖った耳を露出していた。
「おもっくそカブせて来てる……」
とは、直後のルキスで、言われてみれば、と、ヒュガルも思う。だが、本当に偶然かもしれないので、「真似するのはやめろッ!」とは言わなかった。
「ハァ……ハァ……なんでこれ……どういう事ですか!?」
そこでようやくカイル達がやってきて、その場の状況をヒュガル達に聞いてくる。
意外な事に最初に着いたのは、何も言わないエノーラで、その後にカイル、シリカと続き、ヒュガルとルキスを若干驚かせた。
「そっちも五人か。丁度良いな。白黒ハッキリさせようじゃねーか?」
それを目にしたギネットが言い、言われたヒュガル達が顔を向ける。
「どっちが本当の魔王軍かってのをよ。
勝負の方法は一対一で、勝ち数の多かった方の勝ちだ。
負けた方は裏方に徹して、表の魔王軍を黙って補佐する。
まぁ、元々邪魔する気はねーが、協力した方が征服も捗るだろ? どうだ? 悪い話じゃねーと思うが?」
「いや、悪いでしょ。圧倒的でしょそっちが!」
「うるせぇ! まな板が喋るんじゃねぇ!」
一応言うが、一喝されて、ルキスは黙って唇を噛んだ。
「まな板って言うなやレーザービームマンが!」と言いたいが、結果としてまな板が返されるのでは、自分も傷つくと分かったからだ。
「つまり、三勝すれば良いのか?」
「いや、引き分けが続けば一勝でも良い。四試合全てが引き分けなら、俺かお前が勝ちゃ良いだけの話だ」
ヒュガルが聞くとギネットが答えた。その後に「尤も」とすぐに続け、
「こっちが先に三勝しちまって、俺もお前も出番なしになる可能性の方が、遙かに高いとは思うけどな」
そう言って、一人で「ハハハ」と笑い、魔剣士を除く三人が続き、ヒュガル側の四人を「イラッ」とさせた。
「何だか良く分からんが、投げられた挑戦状を受けん訳にはいかんな。
魔王、受けろ。わたし達を信じてくれ」
「そうですよ魔王様! ギャフンと言わせましょう! 絶対魔王様に繋げますから!」
その事により火が点いたのか、シリカとカイルが訳も分からずに言う。
「毒殺してやる……」
とは、エノーラの言葉で、「ククク……」と笑って皆を引かせた。
「う、うむ……分かった。お前達を信じよう」
結果としては四人を信じ、ヒュガルはギネットからの挑戦を受け、ギネットは二日後の対戦を予告して場所を教えて去って行った。
「(あんな濃い連中に勝てる訳がねー! 自分はあくまで内政要員だしぃぃぃ!)」
一人、ルキスは震えていたが、残りの三人は勝利を信じ、来るべき幹部同士の決戦の時を今や遅しと待つのである。
決戦の時はついに訪れた。
ヒュガル達五人は本拠地を発ち、隣国ブルムスのとある場所へと来ていた。
時刻は二十二時。古びた闘技場。
空は若干曇っているが、舞台の上には先客の姿があり、雲の切れ目から漏れた月明かりが彼らの姿を明らかにする。
それは五人、言うまでも無くギネット達で、それぞれ不敵な笑みを浮かべて、舞台下に現れたヒュガル達を見下した。
古代に作られた闘技場故か、周囲には円形の観覧席は無く、崩れかけた石造りの席が四方に僅かにあるだけだった。
相手はそこへと一斉に飛び退く。
「まずは誰が来る?」と、聞いた来たのはギネットだ。
その後には朽ちかけた席へと腰かけ、先鋒と思われる女が出て来た。
「あいつもサキュバスかよ! カブせて来すぎだろ!」
髪の色はピンクで、妖艶な雰囲気の魔術師と思われた女性である。
以前は普通の人間に見えたが、現在は背中に翼を伸ばしており、黒いその翼がサキュバスの物であると、ルキスの説明で皆が知った。
「格が違うな……背丈に顔に胸に脚。体から発する蠱惑的なまでの空気。
全てに於いてサキュバスとしてあちらに上を行かれている」
「う、うっせー! 女は見た目じゃねーよ! 中身だよ中身! 証明してやっから!」
シリカに言われたルキスが返す。直後には「ずい」と一歩を踏み出し、「行けるのか?」と、ヒュガルに短く聞かれた。
「負けられませんよ! サキュバスとして! だから魔王サマ……勇気を下さい♡」
答えを返して唇を尖らせる。
だが、エノーラとシリカに同時に押し返されて、ルキスは「むぐぐ……!」と、顔を歪ませた。
「こいつらぁ、既に結託してやがる……!」
「そういうつもりは無いのだがな……」
ルキスの言葉にはシリカはそう答え、エノーラは無言で「にやり」と笑う。
「兎も角ズバーンとやって来ますよ! おっぱいのデカさが戦力の差じゃない事を、あのアマの脳裏に刻んで来てやります!」
「う、うむ。期待しているぞ」
ルキスはヒュガルに最後にそう言って、親指を立てた後に舞台に上がった。
舞台の形は正四角形。広さとしては四十m程か。
その中央で向き合った二人に、ギネットが席から「始めろ!」と叫ぶ。
「あら? あなた女の子だったの? てっきり可愛いボウヤかと思ったわ。
そうなら可愛がってあげようと思ってたんだけど……女だったら容赦はしないよ!」
「舐めんなウシ乳が! アヘ顔晒して気絶しろやあああ!」
相手が言ってルキスが返す。
二人は直後に魔法を発動。
ルキスが金色に、相手がピンク色に輝き、お互いの眼前に魔法を生み出す。
そして、それが中心でぶつかり合って、ピンクの魔法力が金に勝った。
「アヘエエエ!? らめええええ!!」
それはルキスの腹へと当たり、後方に吹き飛んで舞台から落下。
ルキスはヒュガル達の目の前でアヘ顔を晒して気を失うのだ。
「うむ……やはり戦闘には向かんな。良くやったルキス。ゆっくり休め」
ヒュガルが言ってルキスを抱える。それから自身の隣の席に、ルキスの体を寝かせるようにして置いた。
「まずは一勝だ! 次行くぞ次!」
向かい側の席からのギネットの声だ。
聞いた女性は鼻で笑って、こちらを一瞥して舞台から降りる。
代わりに上がるのはオレンジ色の髪の男で、これには何かを察したカイルが「僕で良いですか?」と、ヒュガルに聞いた。
「勝ちが欲しい所だ。すまんが頼む」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
ヒュガルが答え、カイルが歩く。
そして、舞台の上へと上がり、屈強な男と向かい合う。
「始めろ!」
ギネットの言葉で戦いが始まる。
すぐにもぶつかり合う二人の拳。それはお互いの体を掠め合い、屈強な男が「にやり」と笑う。
「お前も獣人か? これは面白い!」
「も!? って事はあなたも!?」
聞いたカイルの眼前には蹴りが。
それを素早く屈んで避けて、カウンターで拳を突き上げた。
が、これは後方に避けられ、蹴りと拳の応酬が続く。
「お互い本気になるとしようや!」
と、屈強な男が言葉を吐いて、カイルからかなりの距離を取った。
そして、男は服を引き裂き、見る見る内に体を変形。
カイルも遅れて獣人化に入り、お互いの姿が獣に変わる。
カイルは銀狼で、男は獅子。
「うおおおおおおおおおっ!!」
その姿のままで二人は駆けて、激しくぶつかり、そして突き抜けた。
動きが止まり、沈黙が訪れる。
「やるじゃねえか……ニイちゃんよ……」
先に倒れたのは獅子であったが、直後にはカイルも無言で倒れ、勝負は引き分けと言う形で終わる。
「ロイツと引き分けとはやるじゃねえか。なかなか良い駒を持ってたんだな」
ギネットが笑って顎を動かす。
動いた者は魔剣士で、舞台の上に上がった後に、狼のままのカイルを掴む。
そして、それをヒュガル達の方に投げつけて、魔剣を舞台に突き刺すのである。
「カイル!」
すぐに動いたのはシリカであったが、途中でカイルが人間へと戻り、全裸の股間を目にしたシリカは「うわぁぁぁぁ!?」と叫んで思わず避難。
結果、カイルは地面に落下し、小さく「なんで……?!」と呻くのだ。
姿勢としてはうつ伏せで、背中と尻を見せて大の字になっており、見るに堪えなかったヒュガルが動き、マントを背中にかけてやった。
一方の獅子――
ロイツの方は、裸のままで「むくり」と起き上がり、自身で歩いて舞台から降り、ギネットからマントを貰い受けていた。
「あ、相手はどうやら剣を使うらしい。ならばわたしの出番と言う事だ。
構わんな。魔王?」
若干の気まずさがあるのであろう、顔を逸らしてシリカが伺う。
「う、うむ。無理はせんようにな」
カイルに手を貸しつつヒュガルが答え、頷いたシリカが舞台に向かった。
出来れば一勝が欲しい所。
そう思って戦いを見守るヒュガルだが、激しい攻防、長きに渡る応酬、その末にシリカは動きを封じられ、
「暗黒円陣独竜斬!」
なる、必殺技を貰ってその場で硬直。
舞台に描かれし闇の円陣から暗黒色の竜が飛び出し、硬直したシリカの体を咥えて、遙か頭上へと持ち上げ出した。
ちなみに掛け声は男とも、女とも分からない微妙な物で、例えるなら缶詰や洞窟の中等で発せられる物に非常に近い。
ともあれ、相手はそんな声を出し、シリカの注意を一瞬以上奪い、その後に続く必殺技により、シリカを頭上に持ち上げたのだ。
「うあああああっ!」
「終わりだな」
メイド服が破れ、悲鳴が上がる。それで決着と見たのであろう、相手は魔剣を腰に収め、その事により竜が消えて、空中でシリカが解放された。
高さにするなら十m強。普通の人間なら厳しい高さだ。
「なめるなぁぁぁぁぁ!!」
「何っ!?」
が、シリカはその高さから、相手に向かって態勢を変更。
右手の剣を両手に持ち変え、矢のような速さで相手に迫った。
「面白い! 受けて立つ!」
逃げれば良いのに相手もそれを受け、魔剣を抜いてシリカを迎え撃つ。
「くらええええええええっ!」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
お互いの剣が重なり合った後に、眩い光が二人を包んだ。
その後には相手が腰から崩れ、覆いかぶさるようにしてシリカが落下。
舞台の表面が大きく窪み、そこから土煙が舞い上がる。
しばらく経っても二人は起き上がらず、ここでの判定も引き分けとなった。
実際に起きたのはそれから五分後で、立ち上がった魔剣士の兜が取れていた。
そこに見えたのは二十前後の、水色の髪の美しい女性で、なぜ、そんな女性が重厚で、不気味なデザインの鎧を着ていたか、それは現時点では不明のままとなる。
「ちっ、また引き分けか。最後キメて来い! 俺を出させるんじゃねえぞ!」
ギネットの言葉で少女が動く。一瞬「ぎろり」とギネットを睨んだが、本人は気付いていないようだ。
「魔剣士相手に良くやれたものだ。勝利は欲しかったが、成長は見て取れた」
シリカを抱えたヒュガルが飛んで、観覧席へと再び戻る。
そして、ルキスの後ろの列に寝かせて、最後の幹部のエノーラを見た。
「大丈夫……私、勝つから。魔王様は安心して見てて……」
「にやり」と笑ってエノーラは答え、舞台の上へと上って行った。
「(駄目かもしれんな……)」
と、ヒュガルは思ったが、エノーラは思いの他出来る子だった。
試合開始の直後に切りつけ、それを避けられて距離を取られるが、雨のように降って来る矢をかわし切り、連続した接近戦を繰り広げたのだ。
その武器はナイフで、意外にも早く、スピードに於いては相手を圧倒。
やがては軽く傷を作り、エノーラは自ら距離を取った。
なぜそこで距離を取る、と、ヒュガルは思うが、直後の相手の様子がおかしい。
胸を押さえ、脂汗を浮かべて、弓の弦が引けずに苦しそうにしていたのだ。
「ククク……」
エノーラが微笑み、ヒュガルが気付く。具体的には分からなかったが、何かをしたと言う事を。
「薬持ってるけど……降伏するなら上げるよ? どうする? そのまま苦しみ抜いて死んじゃう?」
エノーラが言って「ククク」と笑う。相手はそれに「卑怯者!」と返し、膝を折って座り込んだ。
「ま、負けよ……あたしの負け……! だから早く! 薬を頂戴よ!」
そして、ついには降伏を宣言。
聞いたギネットが「はぁ?!」と言い、ヒュガルが「ごくり」と息を飲む。
エノーラはそんな中で相手に近付き、液体が入った小瓶を懐から取り出した。
「じゃあはい……あ、手が滑っちゃった」
しかし、それは舞台へ落ちて、音を発して割れてしまう。
「な、なんて事するのよ! これじゃ助からないじゃない!?」
「なーんてね……」
嘆いている相手を一頻り見た後に、エノーラはもう一つを懐から取り出した。
性格が悪い。悪すぎる。ヒュガルはそれにも唖然としたが、ギリギリのラインでそれを許容した。
「魔王様の寵愛はこれで私のモノ……ウフフ……ウフフフ……」
薬を渡してエノーラが戻る。
「よ、よくやってくれた」
と、ヒュガルは言ったが、百%喜べないのはきっと勝ち方のせいなのだろう。
だが、それに気付けないエノーラは、両目の見えないその髪型で、顔を俯かせてニヤついていた。
ついにヒュガルの出番となった。
現在は舞台の上へと上がり、ギネットと文字通りの睨み合いをしている。
この時にはルキス達も意識を取り戻し、固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
「行くぞおらぁぁぁぁ!!」
「来い! 最初から全力で行くぞッ!!」
二人が叫び、ぶつかりあった。
ギネットの武器は大剣で、ヒュガルの武器は闇の剣。
それらが重なり、叩きつけられる度に、周囲に猛風と衝撃が巻き起こる。
ヒュガルが消えてギネットが消える。
現れた場所は舞台の端で、そちらに皆が目を向けた時には反対側に姿を見せて、皆がそちらに追いついた時には、二人の姿は地上には無かった。
二人が居たのは頭上の空中で、火花を散らした接近戦の真っ最中。
やがてはギネットが剣を弾かれ、そこからは一転して遠距離戦となった。
「うわだぁ! ちょっと! マジ危ないんですけど!」
「こちらに気を遣っている余裕は無いのだろう……魔王もある程度は本気と言う訳か」
ルキスが叫び、シリカが呟く。魔法の被害は各所に及び、ギネット配下の四天王が居る場所にも時折被害が発生している。
「どぅわっ!?」
ついには闘技場の舞台にも命中し、爆発の破片がカイルを襲う。
危うい所で彼は避けたが、その代わりにエノーラの頭に刺さった(髪のボリュームのお蔭で無傷)。
被害はどんどん激しくなって行き、地上の皆も逃げ場を探し出す。
「ちょ、こっちくんじゃねーよ! ここはヒュガル派が占領したんだから、オメーらはあっちに行けっつーの!」
「子供みたいな事を言うんじゃないよ! 困った時はお互い様でしょ!」
そんな折に四天王と鉢合い、追い払おうとしたルキスに向かって、サキュバスの女性が道理を語った。
「なら止めろよ! お前らの主だろ! レーザービームマンを止めて見せろよ!」
それには全員が「レーザービームマン?」と疑問し、「あら、知らないの?」と、ルキスが返す。
そんな折に、ヒュガルが魔法を受け、右手の剣を消失させる。
「最後だヒュガルゥゥゥゥ!」
「甘いぞギネットォォォォ!」
直後にはギネットが拳を作り、ヒュガルがそれを拳で迎えた。
炸裂する拳。輝く閃光。
二人はその中でお互いに打ち合い、ヒュガルの突き上げがギネットの顎に入る。
ギネットはふら付き、倒れかけたが、最後の力で蹴りを繰り出し、ヒュガルが腹に受けた後に、力を失って落下して行った。
「強くなった物だ……油断はしていなかったが……」
一方のヒュガルもそう言った後に、バランスを崩して地上に落下した。
しかしながらヒュガルの方は、バランスを崩しながらも地面に着地し、なんとか自力で歩いた後に、倒れているギネットを助け起こす。
そして、そのまま配下達の元に戻り、歓声によって迎えられるのだ。
「ちっ……クソ……また負けちまったのか……仕方ねぇ約束だ。これからは裏方として手伝ってやるよ……」
意識を戻したギネットが言って、ヒュガルの助けを拒否して離れる。
「そう言う事だ。お前らも良いな?」
と、自身の配下たる四天王に向かうが、
「あ、いや、俺達、あんたにはちょっと……」
「証拠隠滅で殺すとかないわー……」
「漏らすとか何歳? 自重しなさいよ」
獅子、サキュバス、ダークエルフからそう言われ、衝撃のあまりに全身硬直。
「これよりはヒュガル様を真の主として仰ぎたい所存」
と、魔剣士がヒュガルに膝をついた事で、他の三人もそれに倣う。
「お、お前ら……なんで、なんでその話を……まさかまな板ァァ! てめぇが話したのかぁぁぁぁ!?」
「ヒィィィ! だって皆さん、主の事をもっと知りたいと思いましてぇぇ!」
「がああああ! クソ! クソクソクソォォォ!!」
ルキスが認め、ギネットが暴れる。
「!?」
皆はそれを遠巻きに見ていたが、エノーラが鼻をつまんでいた事を見て、ギネットはついに崩壊して、結局逃げて行ったのである。
これは偶々、獅子になれる男の汗臭い臭いを感じたからで、ギネットに対する物では無かったのだが、この際はそのタイミングの悪さが彼に対してのトドメとなったのだ。
「何で逃げた……!?」
「居た堪れなくなったんだろ……」
ルキスとシリカがそう話す中で、エノーラは「汗臭い……」と小さく呟いた。
魔王としての資質的にはギネットの方が上と言う……




