勇者記念館の地下に眠るもの
ヒュガルは酒を苦手としている。
嫌いでは無いが、怖いのである。
初めて飲んだのが卒業記念の時で、最初はそれをうまいと思った。
しかし、気付けば朝になっていて、周囲に仲間が倒れていたのだ。
理由を聞いても、「もうお前とは飲まない!」と言うだけで、本当の事を皆は話さない。
ヒュガルは自身で察した結果、「自分は酒乱だ」と言う答えに到達。
以降は酒を飲まないようにして居たのだが、今日、この夜、エローペがやってきて、上司特権で「のみなはいよ!」と言ってきた為に、ヒュガルは止む無くそれを受け入れて酒を飲む事になったのである。
エローペ自身は泥酔しており、浴衣のような服でカイルを魅了中。
「やべぇ! 見える! 見えるって邪神様ぁぁぁ!」
と、色々を案じるルキスをよそに、持っていた酒瓶を「ぐいっ」と呷った。
エローペがなぜそんな恰好で、あまつさえ酒を呷っているのか。
それは、本日開催された邪神達の宴会が関係して居る。
例の、集めた魂を使った懇親会のようなものだ。
宴会自体はすでに終了し、邪神達はそれぞれの次元に戻った。
しかし、飲み足りないエローペは玉座の間に於いて二次会を強行。
その結果として、ヒュガル達に迷惑がられていると言う訳なのだ。
ちなみに玉座には座っておらず、エローペ以外は全員が正座で、浴衣と言う危うい衣装にも関わらず、エローペは一人、胡座をかいている。
「はやくのみらさいよぉ~! それともなんらの? あたひのすすめるさけなんて、のみたくないっていうことらのかぁ~!」
「あ、は、はぁ、それではありがたく頂きます……」
邪神に非ず、女性にも非ず、ただの酔っぱらいと化したエローペが言い、正面のヒュガルが困り顔で返す。
しかし、エローペはそれに気付かず、持っていた酒瓶を斜めに傾け、両手でそれを受けたヒュガルに「よしよぉ~し」と言って中身を注ぐのだ。
「(よっしゃああああ! 見えたアアアア!)」
これはカイルで、エローペの右におり、浴衣の隙間に視線を滑らせ、その際に見えたピンクの突起に心の中で雄叫びを上げる。
「嬉しそうだな……? と言うか眠いのだが、これはいつまで続くものなんだ……?」
そんなカイルの右でボヤくのが、眠そうな顔をしたシリカであった。
現在の時刻は二十二時頃。
眠いと言うのも仕方が無いが、一応はこれも付き合いの為に終わるまでは従う気らしい。
「あー……えっと、多分、邪神様が飽きるまで、ですかね?」
喜びを隠してカイルが言うと、シリカは小さく息を吐く。
それからおっかなびっくりで酒を飲む、ヒュガルの様子を目の当たりにする。
「(嫌いなのか……? 意外だな……)」
理由を知らないシリカは思うが、空気を考えてそこでは聞かず、本人が思う意外な一面に僅かに口の端を曲げるのだった。
「ふぅぅ……」
グラスの中を空にして、大きな息をヒュガルが吐いた。
「のめのめぇ~!」
と、すぐにもお代わりを注ぎ込まれ、虚ろな顔のヒュガルがそれを見る。
「ちょ、ちょっと魔王サマ? 大丈夫ですか? 何か顔が……」
「う、うむ……大丈夫……大丈夫だ……多分」
「いや、自分そっちじゃないです……」
ルキスが聞くと言葉を返すが、向いた方向はまるで反対。
左からルキスが「ちょっと~!」と言うが、ヒュガルはそれでも振り向く事は無い。
「いけいけひゅがるぅ~ぶったおれるまれのみまくるろ~!」
「あ、はぁ。それではもう一杯だけ……」
言われるがままにグラスを傾け、ヒュガルが中身を一気に呷る。
そして飲み終え、一息をついた後にルキスの方に顔を向けた。
その顔は赤く、目が座っている。
直後には「ぺろり」と舌なめずりをして、ルキスの頬を赤く染めさせる。
ちなみにその際の言葉は「ま”っ!?」で、右手はなぜか自身の下半身。 左手の方は口に当て、無言で再度の舌なめずりを待つ。
「うん……少しぼうっとして来たな……
ルキス、すまんがちょっと裸になってくれ」
「……は!?」
前半部分は理解が出来る。
が、後半の部分が謎で、エローペ以外が両目を細める。
「早く脱げ。シリカ、お前もだ。男は要らん。死にたく無ければ消えろ」
「ええええーーーっ!?」
流石に聞き間違いでは無いと思い、言われた三人が悲鳴を上げた。
「クフフ……実に良い気分だ……
押さえていた物が解放されて行く気がする。
主に性欲……そして性欲が!」
それは即ち百%の性欲。
直後にヒュガルはルキスに飛びかかり、驚いたような、それでいて喜ぶような、複雑な悲鳴をルキスが上げた。
「ちょ、ちょっと魔王様、何考えているんですか!? 先生も嫌がって……」
「魔王サマ~ん! もっともっとぉ! ルキスをもっと滅茶苦茶にして~ン!」
「ませんね……」
カイルが言うが、ルキス本人はどちらかと言うと喜んでいる。
いつもは冷静なヒュガルは舌を出し、飢えた野獣のような目でルキスの顔を舐め続けていた。
「や、やめないか貴様ら! こんな所で!」
シリカが動き、引き剥がそうとする。
それはモラルを重んじたと言うよりは、寝取られる事を恐れた結果だ。
「シリカァァ!」
「きゃあああああ!?」
が、今度は自分にのしかかられて、万が一の事故を恐れて、シリカは自ら剣を捨てるのだ。
「躊躇なしかよ! 流石雌豚!」
これはルキスで、すぐにも飛びかかり、ヒュガルをシリカから離そうとする。
カイルも流石に見て居られなかったので、その脇についてヒュガルの腕を持つ。
「カイルゥゥゥ!!」
「ひいいいいい!?」
すると、ヒュガルはカイルにも突撃し、二人の乙女が「何で?!」と叫ぶ。
そして、カイルを床に組み伏せて、粘着質なキスをするのだ。
「はぎゃああああ!?」
これはカイルが発した物で、キスはやがてはベロチュウへと発展。
「あ……あ……」
ついには防衛本能が働き、カイルは静かに気を失った。
「魔王サマ、ウェルカム! 次は自分に!」
「わたしが先だ! これだけは譲れん!」
「何か他のもの譲ってくれたか!?」
「明日の朝食で卵上げるから!」
ルキスとシリカが押し合って主張する。
が、ヒュガルはカイルに乗ったままで寝息を立て始めていたのである。
見れば、エローペも横になっており、酒やら胸やらをこぼして寝ている。
「ど、どうするよ……」
「どうもこうも……このままには出来まい」
ルキスとシリカのその言葉を最後に、二次会の幕は下りるのであった。
翌朝、ヒュガルは自分の部屋のベッドの上で意識を戻した。
「うっ……」
頭が痛く、眩暈がする。卒業記念に飲んだ時と状況は全く同じである。
「また、何かやらかしたのかもしれんな……」
そう呟いて体を起こすと、ヒュガルの隣で誰かが寝ていた。
「!?」
それは、素っ裸のエローペだった。
背中を向けて寝息を立てている。
着ていた浴衣は引き裂かれ、ボロ雑巾のようになって転がっており、ヒュガルが着ていた衣服もなぜか、同様に引き裂かれて転がっていた。
マントは無事だが、椅子にかけられ、気付けばヒュガル自身も裸。
まさかの事に目を剥くが、壁が所々凹んでいるのは、ヒュガルにも理解は不能であった。
「う、うぅ~ん……」
思い出しているとエローペが目覚めて、「昨日は凄かった……」と、赤面して言って来る。
やってしまったぁぁぁあ!? と、ヒュガルが青ざめるが、直後のエローペはあっさりしていた。
「じゃ、あたし帰るから。また来るねー」
それだけを言って姿を消して、口を開けたままのヒュガルが残るのだ。
「う、うむ……そうだとしたら責任は取らねばな……
しかし、相手が邪神様と言うのは……」
とりあえず言って、服を着る。
それから部屋を出て台所に向かうと、カイルが「ヒイッ?!」と悲鳴を上げた。
直後には余所余所しく席を空け、ヒュガルが僅かに疑問する。
その後にやって来たシリカとルキスに昨日の状況を聞くまでは、二人はずっと無言であった。
「そ、そうか、そんな事をな……」
同期の生徒に今のカイル。彼らが無言であった理由が分かり、ヒュガルはとりあえずカイルに謝罪する。
そして、もう酒は飲まない事と決めて、四人で揃って朝食をとった。
「ピィー!」
直後に現れる竜の雛。シリカが抱えて餌をやる。
「名前は決まったのか?」
と、ヒュガルが聞くが、三人は揃って首を振った。
「考えてやれ。飼うのならばな」
一言言うとそれぞれに返事をし、そこからは色々と名前を出し合って朝食の時間が終わりを告げた。
しかし、名前はすぐには決まらず、仕事の為に地下へと移動。
その途中で配達人を掴んだオーガが現れたので、四人は窓際で足を止めるのだ。
「へへっ……毎度毎度スミマセン……」
いつもの配達人が卑屈に笑い、開けられた窓から手紙を渡す。
「その男は今後は捕まえなくて良い」
「ワカリマシタ」
その際にヒュガルがオーガに言うと、カタコトながらに答えが返った。
配達人が去り、手紙を見てみる。
そこに「招待状」と記されていたので、ヒュガルは首を傾げるのである。
裏返して見ると「勇者記念館」とある。
「勇者記念館への招待状……? 差出人は無しか……どういう事だ?」
勇者記念館。
それはかつての魔王城の跡地に造られたもので、今は周りに村が出来て観光の名所となっているらしい。
勿論、そんな所に知り合いは居ないし、呼ばれる理由は思い浮かばない。
そう思ったヒュガルが配下に聞くが、全員が揃って「さぁ……」と返した。
訳が分からないし放置で良いか。
考えをそこに落ち着けたヒュガルだが、この三日後にはまた招待状が届き、疑問から生まれる好奇心に負けたヒュガルは、招待に応じる事を決めたのである。
勇者記念館は本拠地から南に五時間程下った場所にあった。
いつかの魂狩りで目印としていた、ヒリールの街の西にある村だ。
徒歩ならおそらく二日はかかるが、ヒュガル達はそうせず空中を飛んで来た。
その為に五時間程で着けた訳だが、その代わりにカイルは留守番となっていた。
村の名前はレラベルト。
かつての魔王を倒した勇者の下の名前を貰ったらしい。
人口はおよそで六百人ばかり。付近の湖で漁師をしている者も居るが、その殆どは勇者記念館を訪ねてくる、観光客相手の生業をしている。
「らっしゃいらっしゃい! 勇者饅頭が安いよー!」
「あんた勇者に似てる気がするね!? どうだいこのパネル!
顔を突っ込めば勇者だよ! 一回千パース! 安いでしょ!」
角を消したのが仇となった。
ヒュガル達を呼び込む店員達が凄まじい。
しかし、それをやり過ごして進み、村の中心で勇者記念館を見つけた。
その名前こそ「館」とあるが、実質は先代の魔王の城で、不気味な雰囲気を消す為だろう、城の各所からは旗が出ている。
内容としては「勇者記念館☆」と言う物や、「お土産アリマス♡」等と言う物。挙句の果てには「おいでませ♡」と言う物まであり、ヒュガルとルキスは呆れるのである。
だが、唯一の人間である、シリカはそれには「ほう」と言って、留守番をしているカイルの為にお土産を買って行こうとヒュガルに言った。
「……まぁ、それは物に依るな。
あまり、我々を刺激しないような、普通の物が売って居る事を祈ろう」
例えば魔王の干し首や、捏造カチ盛りの絵本やパンフレット等。
そういう物ならば買えないと言う事を言ってから、ヒュガルは吊り橋を渡り出した。
堀までの高さは三m程。橋の長さは五m程か。ルキスとシリカも遅れて続き、ヒュガルと共に入口へと着く。
そこは所謂、城門だったが、現在そこに扉は存在せず、代わりに立札が置かれてあって、「入場料無料!」と記されていた。
「へー……一応タダなんですね。
ま、人間達にしたら英雄譚を一人でも多くに拡散したいでしょうし?
分かる話ではありますけどね」
「そうだな。しかし、教育と洗脳は実際の所は紙一重だ。
事実を歪曲せずそのまま伝え、真実が広がる事を願ってやまんな」
それを目にしたルキスが言って、期待はしているのだろうヒュガルが返す。
「だが、魔王――先代の魔王だが、貴様とは違って酷いやり方だったと聞いている。
それこそが本来の魔王なのかもしれないが、街や村を力ずくで支配し、反抗をすれば全員を虐殺。
後先考えずに村々を燃やし、大陸を恐怖で支配していたらしいぞ」
後ろに続いたシリカが言うと、ヒュガルはまずは「うむ」と言った。
「それが先代のやり方だったなら、真実として広がっても仕方が無いな。
私のやり方と反する物だが、かと言って決して間違いでも無い。
恒久的な共存。これを目指すが故に、私は先代には迎合出来んが、短期決戦に臨んだと言うなら、ある意味正しいやり方とも言える。
まぁ、それは後の時代に、歴史家や評論家が論ずる事だな」
その後に続け、ルキスが頷いた頃には、庭を通りぬけて城へと到達。
そこには開き戸が作られていたので、ヒュガルが押して中へと入った。
「僕が勇者だァァ! 死ねや魔王ーーー!」
「ぐあああ! なかなかやりおるなぁ! だがまだだ! まだやられんよ!」
入るなりに子供が駆け抜ける。方向としては右から左で、ヒュガル達がそれを視線で追うと、大勢の子供が左に見えた。
人数としては二十人程。遠足か何かで来たのだと思われる。
先程の子供はそれに合流し、「勇者の誕生」と言う絵の前で停止。
「うそくせっ」
と言う一言を発して、引率の教師と死角に消えた。
正面に見える「←順路」と言う看板を見てから、赤い絨毯の上を進む。
その後にヒュガル達もそこへと到着し、子供曰くの「嘘くさい絵」を眺めた。
天から下りて来る光が一筋。その下に母親と赤ん坊が見える。
その周りでは天使が舞い踊り、足元では人々が歓声を上げていた。
「早速嘘か……」
分かって居たが落胆はある。歴史とは大抵こういうものだ。
そこにはシリカも恥ずかしさすら覚えて、反論せずに黙って見ていた。
右に進むと「勇者一歳」とあり、剣を右手に直立しており、その後ろでは勇者(一歳)に倒されたのだろう、大きなドラゴンが横たわっていた。
「勇者すげーわ」
呆れたようにルキスが呟く。言うまでも無い事だが信じては居ない。
「これはヒドイな……」
どちらかと言えば擁護したいシリカでさえも、これには流石に顔を顰めた。
そこからも年代順に酷い事があったが、最終的には魔王を倒し、一階の廊下を一周した辺りで二階へ続く階段が見えて来た。
「まだあるのか……」
とはヒュガルの言葉で、最早辟易している様子。
「まぁまぁ、お笑いだと割り切っちゃえば」
と言う、ルキスに「うむ……」と答えた後に、階段を上って二階に着いた。
そこは言うなら装備の展示場で、勇者が使った武器や防具、それに加えて道具等がガラスケースに入れられて展示してあった。
「危ないV水着……誰が着たんだ……」
色はピンクで切れ込みは鋭い。
それは一応女性用だが、股間の部分にシミがついており、それが長年の保存の結果か、はたまた展示時にはもうなっていたのかで、ヒュガルは真面目に悩むのである。
「着てたのお前の先祖じゃね? こんなんで勇者を誘惑してたんだろ?」
「ば、馬鹿を言うな! わたしの先祖ノイッシュは男だぞ!」
「だからこそ尚更にィ~?」
「どんな変態だ!」
ルキスに言われたシリカが返す。ヒュガルはちょっとだけそれを想像して、吐き気を感じて首を振った。
「はいは~い、紙芝居が始まりますヨ~……
勇者の冒険、最終話だヨ~……」
広間の片隅で誰かが言った。
見ると、そこに設置されていた机の後ろに女性が立っており、それを聞いた子供達が「わー」と言いながらそこへと近付く。
女性の年齢は十六~七才で、髪は緑で瞳は赤色。
記念館指定の制服なのか、黄色をメインのエプロンドレスを着ている。
顔の造りはなかなかのもの。
しかし、目の下の黒いクマが、彼女の魅力を半減させている。
両脇の髪は耳たぶにまで達し、長い前髪は天辺で括り付けており、例えるなら玉ねぎのようなその髪型も、美しさという観点では減点対象と言えた。
しかし、それを補って余り得るのが、低身長に反した豊満な胸。九十以上はあると思われ、子供達、特に男の子の目は殆どがそこに釘づけだった。
「紙芝居ですって。行って見ますぅ?」
「折角だからな。毒はきちんと最後まで喰らおう」
どうせ捏造。そう思いつつ、ルキスに答えてヒュガルが向かう。
子供達と教師はもうすでに女性の前に集合しており、口々に喚く子供達に女性は「始めるよ~……」と言って笑った。
笑い声としては「ククク……」と言う物で、ヒュガルは若干の違和感を覚えるが、すぐにも紙芝居が開始されたので、ルキス達と共に黙って見守った。
「勇者の冒険、最終章~! 始まり始まり~……」
女性が言って、一枚目をめくる。
現れたのは魔王の城と、そこに突入しようとしている、勇者らしき一行四人の背中だ。
『勇者はついに魔王の城を見つけた!
四人の仲間と城に突入し、最後の決戦を繰り広げる!
数々の罠、数多の魔物、全てを切り抜けた勇者達は、魔王が待っている玉座の間に着く!』
そしてめくり、魔王が現れる。
ヒュガルが目にした幻影と違い、なぜかどうして異様にイケメンで、対する勇者の一行は、なぜかブサメンとブス揃いである。
『待って居たぞ勇者一行! もはや交わす言葉も無し! かかって来い! 相手をしてやろう!』
どこかの山の頂だろうか。太陽を背にした魔王が言って、ブサメンブス揃いの勇者一行が、眩しさにやられて顔を覆う。
『僧侶! 魔法使い! それに剣士ー!
眩しさだけで彼らはやられ、魔王と勇者の一騎打ちとなる!
行くぞ勇者! 来いっ! 魔王! 二人が走り、中央でぶつかる!
ふんっ! ぐわあああっ!
勇者が吹き飛び、壁に激しく背中をぶつける!』
「ぎゃああああ!?」
めくった直後の反応はそれ。一言で言うならそれは「凄惨」。
飛びかかって来た魔王の拳によって、勇者の頭は砕かれていた。
『バキイッ! グシャッ! ドスドス! メコオッ!
勇者の頭は最早挽肉。骨は砕け、腹が破れ、周囲に血飛沫と内臓を飛ばす!
しかし、魔王はそれでも収まらず、勇者の肉体が細切れになるまで、何度も何度も殴りつけた!
ベチョッ! グチャアッ! プシィィィィ! ドピュッ!
イケメン魔王はこうして勝利し、勇者一行を返り討ちにしたのです』
最後の魔王はやたらと良い顔で、「良い汗かいた」的に汗を拭っていた。
「ヒィィィ……な、なんか話が違くないかー?」
「そ、そうだよおねーちゃん! 勝ったのは勇者だろー!?」
恐怖に怯えつつ子供達が言い、聞いた女性が「はん」と笑う。
「それは間違った歴史です……本当はこうだったんです……
ちゃんと伝えて下さい」
それを見下ろし、女性が言い放つ。
目の下のクマと相まって、その表情は不気味の一言で、子供達が怯えて距離を取ると「なんてね……」と言って女性は微笑んだ。
「君達みんな死んじゃうから、伝えたくても伝えられないですね……?」
直後に「ククク」と声に出して笑い、子供達の足元に魔方陣を描き出す。
色は緑で、ヒュガルが見た限りでは、物質移転の魔方陣に見えた。
「うわあああ!?」
実際、そこに居た子供達は、足元から魔方陣の中へと沈没。
足掻いた後にその中に消え、無かったかのように魔方陣も消え去る。
その後に女性は髪の括りを解いて、前髪を「ばさっ」と目の前に下ろした。
両目が見えず、クマだけが見えている。しかし、どうやらこのスタイルが彼女の本当のスタイルらしい。
「き、貴様、子供達に何をした!?」
「魔王様の生贄……復活させる為の……」
シリカの質問には口調を変えて言い、小さな笑みをヒュガル達に見せる。
「……どういう事だ?」
ヒュガルの言葉に女性が向かう。
「説明します……ついて来て下さい」
それだけを言って歩き出したので、「おい!」と言ってルキスが止めるが、女性はそれに立ち止まる事無く、一階への階段を下りて行った。
「行くしか無いようだ。油断はするな」
「んもう、魔王サマは好奇心が旺盛なんだから♡
良いんですよ、自分の体に、その好奇心をもっと向けても……」
親指を噛んでルキスが照れるが、ヒュガルはすでに階段の途中。
「……」
何も言わずに肩に手を置くシリカに「馬鹿にしてよ! 蔑んでよ!」と言って、ひしりと抱き付くルキスであった。
ヒュガル達は地下への階段を下り、青白い広間に連れて来られていた。
広さとしては三十m程か。床には赤色の魔方陣が描かれており、比較的落ち着く青とは反した心を乱す雰囲気を出している。
女性は魔方陣の手前で止まり、振り向いた上で髪を触る。
そして、長く、尖った耳を見せてヒュガル達を軽く驚かせるのだ。
彼女はそう、エルフであった。
数千年の時を生きる、森に住まう者達だったのだ。
そんなエルフがなぜここに。ヒュガルがそれを聞くより早く、女性は何かを手渡して来た。
それは紙で、割と長い文章が横書きで羅列されている。
「理由……書いてる……」
「いや、話せし!」
それにはルキスがすぐに突っ込むが、女性は顔を逸らしただけだった。
基本的には無口なのだと察して、ヒュガルが紙に目を通し始める。
ルキスとシリカも横から覗き込み、三人が徐々に事情を知り出した。
要点を記せばつまりこう。
まずは名前。これはエノーラで、年齢は驚きの千六百才。
見た目には殆ど十六~七なので、エルフの長命にはびっくりである。
そして事情。色々とあるが、魔王を復活させたい理由は、先代の魔王がエノーラの事を「可愛い」と一度だけ褒めたかららしい。
単純にもエノーラはそれで惚れて、以来、先代の魔王への忠誠を貫き通して来たと言う訳だ。
そこの横にはカギカッコ付きで、「こんな事言われたのは初めてだった」とあり、ルキスが「処女かよ」と馬鹿にするように言って、シリカが「お前もだろ」と横から突っ込んだ。
直後には「お前もだろって言うお前もだろ」と言い出したので、ヒュガルが「やめろ……」と短く制止する。
ともあれ、これで事情は分かり、それではどうするのかとヒュガルが聞いてみる。
すると、エノーラは「裏……」とだけ言って、ヒュガルに頼みたい事だと考えられる、この後の行動が記されている所を示した。
「魔方陣に魔力を注ぎ、魔王様の魂をこの場に呼び寄せる。
これには相当の魔力が必要で、魔王クラスで無ければまず不可能。
攫った子供や大人の魂は、魔王様の魂を鎮める為の生贄で、百人も居ればとりあえず落ち着いてくれると考えられる……か」
それらを読み終えて顔を向けると、エノーラは「うん」と言って小さく頷く。
「生贄無しでは不可能なのか……?」
シリカが聞くと、少し考えて、「魔王様の力を抑え切れれば」と答えた。
なるほど可能は可能なのか。
ヒュガルが思い、口に手を当てる。
「問題は信用して良いかですけど……自分、それが本当の事なら、あいつの気持ちは分かりますよ。
自分だってもし魔王サマがやられちゃったら、何をしてでも蘇らせたいと思いますもん……」
それはルキスで、驚きの為か、エノーラはルキスに顔を向け、続けて言ったシリカの「そうだな……」にも、同様の反応を示して見せた。
要するに、ルキスとシリカは本当の事なら、エノーラの願いを叶えてやりたいのだ。
理解をされるとは思っていなかったのだろう、エノーラもその為に戸惑っているらしい。
「……分かった。やれるだけはやってみよう。
とりあえずは生贄は無しの方向でだ」
そんな気持ちが伝わったのか、ヒュガルが言って歩き出す。
エノーラは何も言わなかったが、何かを言おうとして口だけは開いた。
ヒュガルが右手を静かに伸ばし、青色の魔力を魔方陣に注ぎ込む。
「くっ……!」
魔方陣は怪しく輝いた後に、ヒュガルの意思に反するように、凄まじい勢いで魔力を吸い出した。
例えるならそれは雷雲の放電で、魔力が枝分かれして吸い込まれて行く。
「お、おいおいホントに大丈夫なんだろうな!? 嘘とかだったら容赦しないよ!?」
焦ったルキスが問い質すと、エノーラは小さく頷いて見せた。
何かが出て来たのは直後の事で、気付いたヒュガルが「むぅ!?」と言い、シリカとルキスが「何だあれ(は)?!」と叫ぶ。
唯一、エノーラだけは「魔王様!」と喜ぶが、見た限りではただの右腕だ。
ただし、大きさが並大抵では無く、右腕だけでもヒュガルの倍はある。
続けて左腕が魔方陣から飛び出すと、ヒュガルも流石に一歩をたじろいだ。
「お前の魔王デッカイの!?」
ルキスが聞いてエノーラが頷く。
「それを早く言え!」
とは、三人揃っての物で、直後には両腕が暴走し始め、天井や床を無差別に叩き出した。
「があああっ!?」
それに当たったヒュガルが吹き飛び、
「だ、大丈夫ですか魔王さぁぁァァ!?」
言葉途中でルキスが捕まる。
「ちょ!? おま!? 道連れかッ!?」
しかし、ルキスはシリカに捕まり、シリカがエノーラに捕まる事で、魔方陣に引き寄せられる事を何とか防いだ。
「いたたたたたたた! ちぎれっ! 千切れるぅぅぅぅ!
魔王サマの子供が産めなくなっちゃうううう!?」
「だったら離せ! わたしを巻き込むな!」
「離したらあっちで即ミンチだろ! これならまだ上半身が残る! ご奉仕はまだ可能なんだよぉぉ!」
まさに執念。まさにサキュバス。
恐ろしくもイヤラシイ事をサラリと言って、シリカとエノーラを驚愕させる。
「ならばどうする! 引き千切られるのを待つのか!?」
「やっぱ嫌だ! それも嫌だー! 何とかなんねーのかそこの根暗!」
シリカが聞いてルキスが答える。
振られたエノーラは少し考えて、「魔方陣を消せば……」と小さく言った。
「じゃあ消せよ!」
とは、直後のルキスで、それにはエノーラは「うにゃうにゃ」と言う。
「ぐっ……油断したか……」
ここで吹き飛んだヒュガルが起き上がり、ルキス達の現状に気が付いた。
「マズイな……!」
そして、右手に剣を出し、素早い動きで近くに向かう。
しかし、相手も元は魔王。強靭な左手を繰り出して来てヒュガルの行く手を目前で阻んだ。
「アアアア!! もう駄目! 腰の骨辺りが「もう無理っすわ」って言って笑ってるぅー!」
「何か無いのか……何か方法は……」
シリカは考える。努めて冷静に。
焦れば考えがあやふやになり、結局は答えが導き出せなくなる。
故に冷静に、周囲を見ると、エノーラが何かを言っている事に気付いた。
どうやら同じ事を言っているようで、耳を澄ませば、
「魔王様は私を可愛いと言ってくれた」
と言いながら、魔方陣を消すかどうかで迷っているようにも受け取れる。
それに気付いたシリカは閃き、ヒュガルにある事を頼むのである。
「魔王! エノーラを好きだと言え! 可愛い、好きだ、愛していると!」
直後の言葉は「は!?」と言うもの。危うく頭を潰されかける。
「それでルキスが助かるかもしれん! 早く言え! 心を込めて!」
しかし、シリカはそれでも挫けず、なぜ言わせるかの理由も伝えた。
訳が分からないが可能性があるならと、ヒュガルもすぐに覚悟を決める。
殴りつけをかわして大きく息を吸い、
「エノーラ! お前は世界一可愛い! 好きだ! お前を愛している!」
と言う。
その後にはすぐに左腕に襲われ、ヒュガルは飛び退いてそれをかわした。
「エノーラじゃなくてルキスって言った!
エノーラじゃなくてルキスって言ったぁぁ!」
ルキスが両目を瞑る理由は、耐えているからでは無く妄想の為。
だが、直後には「無理! 痛いぃぃ!」と泣き、そろそろの限界を皆に伝えた。
「私が可愛い……世界一……」
言われたエノーラがボソリと呟き、呆けた顔でヒュガルを見つめる。
「うん……私も好き……」
そして、頬をほんのりと染め上げて、魔方陣の方に体を向けるのだ。
両手を突き出して魔力を放ち、魔方陣の周囲を少しずつ消し出す。
魔王の両腕はそれに気付き、ヒュガルとルキスを放置して戻るが、その時にはもう魔方陣は、両腕の太さよりも小さくなっていた。
結果、両腕は根元から切られて、分子が分解するようにして空中消滅。
魔方陣も綺麗に消え去り、青白い広間に静けさが戻った。
「何とか……なったのか」
「うひぃぃ。大事な大事な下半身があるよぉ~。こ
れで魔王サマの子供が産めるよぉ~」
ヒュガルが言って息を吐き、ルキスが言って病的に笑う。
「可愛い……世界一、私は可愛い……ウフフ……ウフフフ……」
そう言って一人で微笑んでいるエノーラを、シリカは恐れるような瞳で見ていた。
エノーラはその後に捕らえた人達を解放し、当然のように本拠地についてきた。
弓が不得意で、エルフの癖に呪術が得意と言う妙な人物だが、エルフとの交流、そして人材、その二つが欲しかったヒュガルは彼女を迎え、以後の忠誠を誓って貰う。
「にしてもコイツ、チョロすぎだろ。雌豚より尻が軽いんじゃねーの?」
それは翌日。玉座の間での事。
新しく席を作って貰ったエノーラに向かってルキスが言った。
しかし、ルキスにそんな事を言われても、エノーラは無視して仕事を続行。
「あ、僕はカイルです。ここではちょっと先輩だけど、年齢的にはそちらが上ですね。気軽にやっていきましょう」
と、カイルに握手を求められても、「フッ」と笑ってそれをスルーした。
「ど、どういう意味ですかね……」
「ゴミが。話しかけんな。的な?」
笑って言うと、ルキスにそう言われ、流石のカイルも軽く膝を折る。
「いや……汗クセェ体で話しかけるな、です」
「なんん!?」
しかし、本人に本当の事を言われて、悶絶のあまりに白目を剥くのだ。
「何にしてもライバルが増えたか……増やしてしまったのはわたしかもしれんが」
「責任取って闇討ちして来いよ。共倒れになったら万々歳だけど」
シリカが言ってルキスが言った。
「なっ!? わたしはお前の為にだな……?!」
「じょ、冗談だよ。アツくなるなよ」
しかし、すぐにも根本を諭され、認めざるを得ないルキスがなだめた。
流石のルキスでもシリカの判断で助けられた事が分かって居るのだ。
「(しかし思うのはエローペ様の事だが……私は本当にやってしまったのか……)」
それには構わずヒュガルは思い、責任を取って、結婚を申し込んだ場合の、考え付く限りの未来を描いた。
「責任を取るので結婚して下さい!」
「チョーシ乗んなよ魔王風情が!」
「ホギャアア!?」
これが想像した一つ目の未来。
「第一印象から決めてましたッ!」
「チョーシ乗んなよ魔王風情が!」
「ひギイイイ!?」
これが想像した二つ目の未来だ。
それは一応想像なのだが、全てが肉塊となる結末で、そんな未来から逃避する為に、ヒュガルは頭を大きく振るのだ。
本編で語られる事が無いので書きますが、ヒュガル「が」エローペに襲われたのです。




