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ローエルラントの巨刃兵

 シリカ・ローエルラントは苦悩していた。

 なぜ、こんな事になってしまったのか。

 そして、なぜ、戦わなくてはならなくなったのか。


 考えれば理由はすぐに分かった。自分が国を、人間達を裏切ったからに他ならない。

 己の中の女に気付き、魔王の元へと身を寄せた。

 それは、一人の女としては正しい事だったのかもしれないが、ローエルラント王家に連なる、第三王女と言う立場の者としては、大きな間違いだったのだろう。

 かつての同朋、そして家臣。国を守る兵士と言う者達。

 彼らに対峙したシリカは唇を噛み、迷いの中で剣を振り上げた。




 遡る事五日前。

 ヒュガル達の本拠地に配達員がやってきた。

 来たとは言っても門番オーガに捕まり、襟首を摘ままれての登場である。

 本拠地から出て来たヒュガル達に向かって「お、お手紙ですぅぅ!」と言っており、絶体絶命の状況下でも職人根性を果たそうとする姿には、ヒュガル達は素直に感心をした。


「そ、それではこれで! 失礼しますぅぅ!」


 だが、やはりは怖かったのだろう。

 渡した直後に配達員は逃亡。走り去った後には巻き上げられた土煙だけが残される。


「ご苦労」


 ヒュガルが言ってオーガが動く。周囲の警戒に戻ったのである。

 渡された手紙は封書になっており、裏返すと差出人の名前が見えた。


「アルト・ローエルラント……?」

「アルトだと!?」


 ヒュガルが言うとシリカが叫んだ。


「まさか元カレぇ? いや、ありえないですよねぇ?」


 わざとらしく言ってルキスがほくそ笑むが、「馬鹿か!」と返されて「おうっ!?」と驚く。


「アルトは兄だ……

 この国を治めるローエルラント王家の第一王子でもある。

 おそらくわたしがここに居る事に気付いて、何事かを伝えてきたのであろう……」

「兄?」

「王家?」

「王子?」


 その後の言葉には疑問する所が多く、カイル、ルキス、ヒュガルの三人が、殆ど同時にシリカに聞いた。


「……ここではなんだ。中で話そう」


 シリカは一言そう言ってから、雛を避けて中へと入った。

 それにはすぐに雛が続き、三人も遅れて後ろに続く。

 辿り着いた場所は面接会場。

 立ったままのシリカには雛がまとわりついており、ヒュガル達はそれを横目に、長テーブルに向かってそこに座った。


「さて、どこから話したものか……」


 五秒程が経ち、シリカが悩み出す。


「魔王サマに一瞬で倒されて、下半身の女子力を崩壊させた所からで良くね?」

「どういう意味だ?!」


 直後のルキスには一応抗議し、わざと咳込んでから説明を始めた。


「……ではまず、兄と言う質問に対してだが、そのままの意味でわたしの兄だ。

 この国を治めるローエルラント王家の第一王子と言う事にもなっている。

 つまり、わたしも王家の血を引く者で、名義上は第三王女として少し前までは王宮に居た。

 手紙が来た理由は先にも言ったが、おそらく居場所がバレたのだと思う。

 内容については、想像がつかない」


 左腕を抱え、竜の雛を見ながら言い辛そうにシリカが話す。

 身分に関しては隠していた訳では無いが、言わなかった事には引け目があるのだ。

 実際、ルキス等は「とんだお荷物だよ!」と、おばちゃん臭く言い放ったし、薄々気付いていたカイルもそれには驚きの色を隠せて居ない。

 唯一、ヒュガルは「そうか」と言ったが、何かを考え始めてしまい、その後には何も続けなかった。


 考えていた事は悪く言うならシリカの今後の利用法で、良い言い方なら人間達との共存の為の立ち位置だった。

 早い話がそういう事なら「メイドではマズイな」、と、ヒュガルは思ったのだ。


 いずれ相応しい地位が必要かもしれない。

 そう思っているとシリカが顔を向け、「その、手紙の内容は……?」と、ヒュガルに手紙を読むように急かした。


「ああ。そうだな。まずはそれか」


 言われた為に思い出し、封筒を破って中身を取り出す。


「ん~~?」


 カイルとルキスが顔を近づけて来る中で、ヒュガルは手紙に目を通し始めた。


『まずは初めましてと挨拶をしておこう。

 私はアルト・ローエルラント。この国を治める王の息子だ。

 妹、シリカの行方を知って、貴様に一言忠告する為にこうして一筆を認めた次第だ。

 シリカを返せ。今すぐに。

 ……と言ってもおとなしくは従わんだろう。

 何しろシリカは美人な上に、声も可愛いし良い匂いがする。引き締まった体だが出る所は出ているし、引っ込む所は引っ込んでいる。上から八十七、五十五、八十四と言うスタイルを聞けば、きっと貴様もムラムラするだろうが、その前に私と勝負をして貰う。

 貴様にムラつく資格があるのか、試してやろうと言う訳だ。

 貴様が勝てばシリカをやろう。だが、私が勝った時には、私がシリカを孕ませ……では無くて、シリカをこちらに返して貰う!

 決闘の日にちは今より七日後。場所はテルズ沖のダーラ島だ。

 シリカを連れて一人で来い。私も一人で貴様を待っている。

 もし、貴様が来なかった場合には、私が創作した

「魔王と言う名のしょっぱいザコを指先一つでダウンさせた件」

 と言う小説を国内はおろか国外にまでばら撒く。それが嫌なら必ず来る事だ。


 ローエルラント国第一王子 アルト・ローエルラントより』


 「い、痛すぎる……」


 第一声はルキスのそれで、ヒュガルとカイルも無言で同意する。

 シリカはと言うとあまりの内容に、青ざめた顔で立ち尽くしていた。


「実の妹を孕ませる……だと……」


 その他の部分は兄妹ゆえに、大体は分かって居たのだろうが、その辺りの事には恐怖を感じて、脂汗すらも浮かばせている。


「豚の兄貴も所詮は豚か……帰してやるからブヒブヒやってろよ」

「い、嫌だ! 帰りたくない! ここに置いてくれ! ホント! 頼むから!」

「ヒイッ!? 冗談だよ! 落ち着けよ!?」


 冗談で言ったのに本気に取られ、詰め寄られたルキスが若干恐怖した。

 シリカはその後に似たような事を、ヒュガルに向けても懇願するようにして言い、兎にも角にも挑戦には応じると言うヒュガルに「そうか……」と、項垂れて返事をするのだ。


「わたしも……行かねばならないだろうか……?」

「それが彼の希望だからな。約束を破った等とは思われたくない。と言っても、した覚えは全く無いのだが」


 シリカが聞いてヒュガルが答える。

 その後にヒュガルは苦笑したが、シリカの方は笑わない。

 一言「分かった」とだけ短く答え、自室の方に歩いて行った。


「ピィ?」


 竜の雛はついて行かず、低い位置で首を傾げ、遊び相手をカイルに変えて、近くにやってきて足元でせがんだ。


「魔王サマが負けたら薄い本が出来ますね~? それ狙いで負けちゃいますぅ?」

「いや、意味が分からんが負ける気は無い。実際に戦うまで結果は分からんがな」


 ルキスの言葉にはそう答え、ヒュガルはその場に立ち上がった。


 そして三日後。

 約束の時がやって来て、ヒュガルとシリカは本拠地を発つ。

 目的地は本拠地の西に位置する、テルズの村沖のダーラと言う島で、無人島と思われるその島の中に、キリトの姿は見られない。


「少し早かったか」


 と、ヒュガルが言うも、不安と恐怖でシリカは無言。

 そのまま浜場で二時間程を待つと、ようやく沖に小舟が見えて来た。

 どうやら一人で操っているらしいが、潮流が読めずに苦戦しており、遠ざかっては徐々に近付くと言う事を、何度も何度も繰り返して見せる。


「……お前の兄で間違いないか?」


 聞くと、シリカは「ああ……」と言う。なんだかかなり恥ずかしそうだ。

 聞いたヒュガルも「どうした物か……」と、困った顔で沖を見続け、ついには転覆した小舟を目にし、無言で額に右手を当てるのだ。


「鎧がッ……! 剣がッ! 装備が重いッ!! 誰か助けてぇぇ! 助けてくれぇ!」


 その後には男――アルトが喚き、波間に「ちらちら」と姿を見せる。

 やむなく飛んでヒュガルが助けたが、その時にはすでにパンイチになっており、罠だ、卑怯だと罵るアルトを捨てるかどうかで悩むのである。

 

「あうっ!」


 結果としては浜辺まで連れて行き、少々の高さからアルトを投げ捨てる。

 投げられたアルトは顔から落下し、砂場の中に顔を埋めた。

 逆さまにそそり立つ人間トーテムは顔の部分が薔薇柄で、遅れて降りたヒュガルはそれに、若干嫌そうな顔を作った。


「受け身も取れんのか……それに薔薇とは……」


 同じ様子でシリカが呆れ、聞いたアルトの両脚が動く。

 直後には砂場から飛び出すようにして出て来て、「シリカァァ!!」と叫んで引かせるのである。

 シリカは慌ててヒュガルの後ろへ。

 その様子を見たアルトの顔には、すぐにも怒りが浮かび上がって来た。


 見た目の年齢は二十五前後。妹と同じく髪の毛は黒い。

 顔の造りも端正で、それだけに今の怒った顔は普段であれば恐ろしいものだっただろう。

 だが、現状パンイチの男には恐怖するべきものは何も無く、唯一、性的な暴走だけには注意を放っているヒュガルであった。


「フッ……私の怒り等は恐ろしく無いと? 随分と甘く見られたものだ」


 果たしてそれをどう取ったのか、怒りを抑えてアルトが笑う。

 いやいや、自分の格好を見ろ。鏡でも出そうか。

 と、ヒュガルは思ったが、口にはせずに様子を見守る。


「なるほど。話し合いに応じるつもりは無いか。ならば勝負だ……

 と、言いたい所だが、貴様の奸計で装備を失った。

 勝負は後日と言う事にして、とりあえずシリカを返して貰おうか?」


 すると、アルトは言葉をそう続けて、戦いに勝利したかのように、両手を広げて近付いて来たのだ。

 こいつは大物か、はたまたアホか。本気で罠だと思っているのか……

 迷うヒュガルは躊躇するが、自分の剣を脇から投げたシリカの動きで我に返る。


「それを使え! 一族伝統の剣だ!

 失った装備が何だったにしろ、それ以上の武器は存在しないだろう!」

「やれやれ、困った妹だ。そんなに兄の雄姿が見たいか?」


 シリカが言ってアルトが返す。

 その後に投げられた剣を拾って、刀身を引き抜いて鞘を投げ捨てる。

 どちらかと言うと体つきは貧相で、あまり実力者のようには見えない。

 しかし、ヒュガルは油断せず、右手に剣を発現させた。


「ハッキリ言って兄は弱い。優れているとしたら指導力だけだ。

 すまないが手加減をしてやって欲しい……」


 ヒュガルの背後でそう言って、シリカは何歩かを下がって行った。

 それはそれとして覚えて置いて、実力を見る為に出方を伺う。


「来ないのか? ならば私から行くぞッ!!」


 やがてはアルトが痺れを切らし、気合の声で駆け寄って来た。


「あっ!」


 が、大体半分辺りの場所で、足を躓かせて砂場に転倒。

 そのすぐ後に蟹に絡まれて、悲鳴を上げて剣を離す。


「ぐあああっ!? き、貴様魔王ーッ!

 こんなものまで使うのか!? 卑劣な男め! 絶対に許さん!」


 しかし、なかなか蟹を振り切れず、ついには蟹狙いの鳥にまで絡まれ、「痛い!」と言う言葉を連発しながら、キリトはどこかに走って行くのだ。


「……」


 それを見守るヒュガルは無言。

 蟹と鳥以下の男に絶句する。

 ヒュガルが剣を消した後ろでは、シリカが恥ずかしさで顔を覆っていた。


 しばらく待つがアルトは戻らない。三十分ばかりが経っただろうか。

 ヒュガルも暇人な訳では無いので、戦いを放棄したものと判断して、シリカを連れて本拠地へと戻った。


「何!? 魔王ッ! 卑怯者め逃げたのか!」


 アルトが戻ったのはその二時間後で、むしろ逃げた物として逆に激昂。

 自身の持てる最大の力で、魔王に復讐する事を決意したのである。


「見て居ろよ魔王……!

 貴様ら魔王を倒す為に造られた、巨刃兵きょじんへいの力を今こそ見せてやる……! 待って居ろシリカ! すぐに助け出す!」


 誰も居ない浜辺でアルトは笑う。

 しかし、しばらく笑った後に、帰る為の方法が無い事に気付き、笑い声を悲鳴に変化させて沖へと向かって叫ぶのだった。




 それから四日後。ヒュガル達の本拠地にアルトからの手紙が再び届いた。

 ヒュガルはカイルと巡察に行っており、その為、手紙はルキスが受けた。


「ちゃんと大人に渡すんだよ」


 とは、オーガに捕まる配達人で、ルキスはそれに「ウッセー!」とキレたが、配達人は微笑んでいる。


「あの、それで……下ろして欲しいんだけど……」

「ん」


 頼まれた為にルキスが頷く。

 それを見たオーガが黙って従い、配達人を地面に下ろした。


「あ、ありがとう。ここってちなみにどーゆー所?」


 調子に乗ってルキスに聞くが、「失せろ!」と言われて流石に黙り、オーガに「ギロリ」と睨まれた結果、配達人は逃げて行った。


「見た目が子供なのは問題だわなー。

 ま、お菓子とかは良くオマケされるけど。

 ……早く邪神様みたいにバッツンバッツンになりたいわ」


 不満を吐いてルキスが動く。オーガはその背を黙って見送り、自分の仕事に戻って行った。


「何だったんだ?」

「手紙。うお! またお前の兄貴じゃん」


 シリカに聞かれて差出人を見ると、またもや「アルト・ローエルラント」とあった。

 しかし、表にはそれより露骨に「挑戦状」と記されており、成り行きを聞いていたルキスは一言「懲りねぇ豚だな」と吐き捨てるように言うのだ。


「貸せ!」

「おいおい。魔王サマ宛だぞそれ。勝手に見るのはマズイんじゃないの~?

 でもでも内容は気になるよねぇ? 妹なんだから仕方が無いよねぇ~?」


 手紙を奪われたルキスが笑う。本心としてはシリカが開けて、その事によって怒られる事を期待しており、それを煽る為なのだろう、言い方と顔は実にイヤラシイ。

 結果として、シリカは手紙を持ったままで台所の方に行ってしまい、気になるルキスは両手を後ろに、首を振りながらシリカを追った。

 そして破られる封筒の端。


「(やらかしたぁぁ!)」


 と、ルキスが喜ぶ。

 そのすぐ後にはシリカに近寄り、広げた手紙を横から盗み見た。


 内容としては、以前に逃げた事を中傷する文から出だしは始まり、蟹と鳥とは計算外だったとか、本気を出して居たら勝っていたとかに続き、そこからはなぜかシリカの事を想うポエムのような内容になり、ルキスとシリカは吐き気を覚える。

 その中でも一番病的……と言うか、見ようによっては卑猥だったのが、


「私の優しさが伝った時、妹は自ら門を開く。それは言うなら無条件降伏。

 妹が私を受け入れた証。その先に広がる快楽の園に、私は自身の破壊槌を突き入れる。兵を放つはまさにその時。万億の兵を園に放とう」


 と言うもので、「ほっといても滅びるな。次の代で」と言うルキスに返す言葉が見つからず、涙さえ浮かべるシリカであった。


 その後にはようやく本題に戻り、〇月〇日にどこどこで待つ、とあり、ルキスがそれを確認するより早く、シリカは手紙を丸めてしまう。

 そして、すぐにも足を動かして、ルキスに「待てよ!」と止められるのだ。


「もしかして行く気か? いや、行く気だろ? 魔王サマが帰って来るまで待てって」


 続けて言うも、シリカは無言で小さく首を横に振る。


「魔王は勝つ。しかしそれでも、兄上は復讐心を募らせるだけだ。

 わたしが……そう、わたし自身が、兄上の妄想を断ち切るしかないのだ」


 それからそう言い、ルキスを押し退けてシリカは玄関へと走って行った。


「大体の場所は盗み見たけどぉ……さぁて、どうしたもんですかねぇ~……」


 入れ替わるように入って来た雛を見て、それを拾い上げながらにルキスは言った。




 街道を駆けるシリカの姿は、宛ら女豹のようでもあった。

 柔軟で、しなやかな二本の脚を動かし、風を切るようにして街道を進み、すれ違った人々が振り返った頃にはシリカの姿は彼方に見えていた。

 シリカが向かうのはキリトの指定した「ローエルラント軍第三訓練地」で、場所としてはエルラの村の西に位置する平原だった。


 歩いて行くなら四時間程度。走るのならば一時間程度か。

 ともあれ、魔王に気付かれる前にアルトとの決着をつけねばならない。

 シリカは今はそれだけを考えて、街道の先を見据えて走った。


 そしておよそ一時間後。

 息を切らせたシリカはようやく目的地である平原に着き、そこで待ち伏せていた兵士に気付かれて捕縛の為にと近付かれるのである。


「ま、魔王はどうしたのですか? シリカ様?」

「もしかして逃げて来られたのですか?」

「ならば今の内に! さぁ! こちらへ!」


 兵士の数は十人ばかり。遠くに何やら巨大な物が見える。

 そちらにも何人か居るようだったが、こちらの騒ぎには気付いて居ない。

 目の前の兵士は武器を抜かず、シリカにじりじりと迫って来ている。

 主でもある国王の娘なのだから、彼らにとっては当然だが、捕まる訳には行かないシリカは後ずさりをして遠ざかった。


「どうされたのですか!? なぜ避けるのです!?」

「もしや、魔王に洗脳を……」

「な、なんと言う事だ! 兎に角保護を!」


 しかし、そうとは知らない兵士は、勝手な言い分を目の前で展開し、より、一層に捕らえる気を増してシリカに近付いて来たのである。

 こうなっては最早言い訳は無駄。何を言っても「洗脳」と言うだろう。

 伝った汗が頬に行き、顎の先から地面に落ちる。

 シリカはそこで覚悟を決めて、下げていた剣を素早く引き抜いた。


「し、シリカ様……何を!?」

「やはり洗脳か……! やむを得ん! お前はこの事を王子に知らせろ!」


 結果としてはやはりそうなり、一人を除いて全員が武器を抜く。

 抜かなかった一人が奥へと走ると、他の兵士が詰め寄って来た。


 なぜ、こんな事になってしまったのか。それを目にしたシリカが思う。

 なぜ、戦わなくてはならなくなったのか。考えれば理由はすぐに分かった。

 自分が人間を裏切ったから。

 魔王に負けて、そして惹かれ、人間であるにも関わらず、敵対する勢力に駆け込んだからだ。


 後悔をしているかと聞かれたら、後悔はしていないときっと言う。

 だが、同朋――かつての家臣や、見知った者を切り捨てる事には、シリカの中には迷いがあった。


「許せ……!」


 故に、剣を振り上げて、刀身を翻してみねうちの構えとし、彼らを気絶させる事によって状況の突破を図るのである。

 一人を倒し、二人を倒し、怯んだ兵士を更に打ち倒す。

 直後には一斉に斬りかかって来たが、間を抜けて背後に回り、二人を素早く倒した上で流れるような動きで三人を切り伏せた。

 当然ながらみねうちなのだが、そうとは知らない兵士は恐怖し、更に一人がやられた所で最後の一人は逃亡して行った。


 それを無視してシリカは走り、平原の奥に向かった兵士を追った。

 おそらくそこに兄であるアルトが居ると思ったからだ。

 だが、シリカがそこに着くより早く、巨大な何かが視界に入った。

 大きさとしては十m程。形としては人型である。

 しかし、肩が揺れておらず、地面の上を滑るようにしてシリカの方へと近付いて来ていた。


「ま、まさか兄上は巨刃兵を……!?」


 存在は知っていた。

 百年以上も前に造られた、対魔王用の人造兵器だ。

 殆どの部分は完成していたが、駆動系に大きな欠陥があり、結局そこが修正出来なかった為に封印されていた兵器の名である。


 それは今も修正できず、問題が残ったままだと聞いていたが、こうして出て来た所を見ると、或いは改善がされたのかもしれない。

 そう思っていると、姿が露わになり、シリカは愕然として剣を落とすのだ。


 例えるならば重装甲の騎士。

 右手には剣、左手には盾を持つ黒い鎧を纏った騎士で、上半身と腰までならば、シリカも凄いと納得できた。

 が、腰から下の部分――


 つまり、足の部分であるが、そこが車輪であった事と、股間になぜかの破壊槌がついていた事には、シリカは疑問をせざるを得ないのだ。

 挙句に中からは「えっほえっほ!」と、誰かの掛け声のようなものが聞こえ、「漕ぎ方やめー!」と言う声の直後には無数の車輪が「ぴたり」と止まる。

 そう言う事か……と、シリカは納得し、同時に少々の呆れも感じる。

 巨刃兵の頭が「ぱかり」と開いて、アルトが現れたのは直後の事で、


「魔王はどうした!? 逃げて来たのか!?」


 と、質問されたのでシリカは笑い、「こんな玩具で何をする気だ?」と、兄の正気を逆に聞くのだ。


「お、玩具だと!? 何を馬鹿な!

 これは魔王を唯一倒せる、我が王家に伝わる最終兵器だ!

 魔王はどこだ! 隠れているのか!? 出て来い魔王! 尋常に勝負だ!」


 答えを言わずにアルトが騒ぐので、正面から移動して横へと回る。

 すると、アルトは「そっちはやめろ」と、意味の分からない言葉を発し、更には後ろに回ったシリカに「少し待って居ろ!」と言った上で、巨刃兵を前へと動かし出した。

 それからかなり前方に行き、少しずつ迂回して方向を変え、ようやくシリカの元へと戻って「漕ぎ方やめー!」と、誰かに言うのだ。


 そう。

 この巨刃兵の致命的な欠陥は直って居ない。

 腰から上しか無かったそれに、アルトが車輪を代用しただけだ。

 そして、中に兵士を入れて漕がせる事で人力で移動。

 しかし、それでは前方には行けるが、横と後ろが未対応で、それ故にシリカはこの巨刃兵を「玩具」と称して笑ったのである。

 アルトしては気付いていないのか、それとも認めたくないだけなのか、シリカの元に戻って来た後も、「魔王は! 魔王は!」と言って聞かない。


「あ……」


 そんな時に巨刃兵の後ろに、ルキスとヒュガルが現れたのである。

 シリカが気付くとアルトも気付き、「漕ぎ方始め!!」と慌てて指令する。


「覚悟しろ魔王! 今度こそ貴様の終わりだぁ!」


 と、宣告しながらも遠ざかって行き、ルキスとヒュガルの目を点にした。


「あ、もうやっちゃってくれ……後ろからでも横からでも」

「う、うむ……良く分からんが、そうさせて貰おう」


 シリカが言ってヒュガルが答える。

 そして、その位置から魔法を作り出し、炎の塊を巨刃兵に撃ち付けた。


「回避ー! 回避ー!」


 それに気付いたアルトが叫び、少しずつ、少しずつ進路が曲がる。


「駄目だぁぁぁ! 間に合わーん!」


 だが、結局は避け切る事が出来ずに、尻の部分に魔法が命中。

 左右の扉が開いた後に、中に居た兵士達が一斉に飛び出した。


「まだやれる! まだやれるだろぉ! 逃げるなぁ! こらぁ! 戻って来い!」


 頭の部分でアルトが言うが、逃げて行く兵士は全く止まらない。

 ヒュガルが飛んで、頭上で止まると、アルトは「フヘヘ……」と卑屈に笑った。

 これが現実な訳が無い。これは夢。悪い夢。

 アルトはそう思って笑ったのだが。


「フヘヘじゃねぇよ土下座だろ? 魔王サマにたまぁ握られてんだろぉが!?」


 すぐにも現れたルキスに言われ、アルトは現実に帰るのである。

 口惜しさから歯噛みをするが、謝る事は結局しない。

 炎の勢いが強くなってきたので、ヒュガルは無言で彼を助けた。


「んもう、まおぅサマったらお人好しなんだから♡

 自分なんてホラ、足元が燃えてるのに♡」


 だったら早く逃げろと言う話だが、基本ドMのルキスにとっては、それすらも快感であったのだろう。

 ヒュガルが飛んで、アルトを連れて行くと、落ち着いた様で炎を払った。


 ともあれ、こうしてローエルラント王家の最終兵器は脆くも崩壊し、切り札を失ったアルトは絶望し、ヒュガル達の前で膝をつくのだ。


「兄上……非常に言い難いのだが、わたしはわたしの意思でここに居る。

 魔王に洗脳された訳でも、強制されたと言う訳でも無い。

 自分がそうしたいから魔王軍に入った。

 おそらくそれは……女としての意思だ。兄上の事は兄としか見られない。

 それすらも今回で恥ずかしくなったが、わたしの本心だと理解をして欲しい」


 そんな時に発されたのが、伝えねばならない本心だった。

 聞いたアルトは口を開け、徐々にそれを大きくしていく。

 そして、最後には超細長い顔になって、「ハァァァァ!!」と叫んで走り去るのだ。


「再起不能だな。明日からはずっと窓辺の人ネ」


 ルキスが言って「フヒヒ」と笑う。

 何が何やら理解出来ないが、とりあえず時間を無駄にした気がする困惑顔のヒュガルであった。


そして馬車のミニチュアとかを窓際で「ぶーぶー」言って走らせるのです。

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