料理は愛情! ……だけに非ず
その日は朝からやる事が多かった。
納税の対応に給与の支払い。
村の人々の細かい要望、服従した魔物に配給する食糧等、全ての事をヒュガルがやって、ルキスは見る事で学習していた。
初めての事なので仕方が無いが、今後はそれをルキスがやる訳で、普段はあまり真面目では無いルキスもメモを片手に真剣に臨んでいた。
「質問です魔王サマ。
やっぱりお金関係の事は逐一報告した方が良いですか?
それとも給料位の事なら、自分だけで済ませて問題無いですか?」
「その程度の事なら報告書で構わん。
だが、例えばこういう物――村に井戸を増やして欲しいと言う物だが、人件費と経費以外の所で出費がある場合は相談してくれ」
眼鏡をかけたルキスが聞いて、聞かれたヒュガルが嘆願書を見せる。
受け取ったルキスは「なるほど」と言って、読み終えた後にヒュガルに返した。
ちなみに二人は梯子の近くのルキスの席で会話をしており、対角線上のシリカはそれを微妙な顔で席から見ていた。
表情の理由はやる事が無いからで、ライバル(と、少なくともシリカは思っている)のルキスにだけ仕事がある事。
暇だし、加えて嫉妬心はあるしで、結果として出来上がった表情だという事だ。
「師匠も行って……! 教えて貰ったらどうですか……!
あれだけの仕事は……! 先生だけじゃキツイでしょう……!」
シリカの左手、壁に足をつけたカイルが腹筋をしながら語り掛けて来る。
その服装は白のシャツに黄土色に近いジーパンと言う、仮にも職場ではありえない姿で、汗ばんだシャツにははち切れんばかりの強靭な肉体が浮かび上がっていた。
「じょ、冗談を言うな。人が教えて貰っている所に行って、自分の不必要さをアピールできるか……そうでなくとも奴の事だ。
「やる事が無いならトリュフでも探してくればぁ? 出来ますよねぇ雌豚さぁん?」とでも、強烈な嫌味を言ってきかねん」
真面目な顔のシリカが言って、聞いたカイルが「ハハハ……」と苦笑する。
二人の仲が悪い事は知っているが、ルキスはカイルの先生でもあり、どちらの方にも恩がある為に、下手な事が言えないのである。
「じゃあまぁ、掃除でもしてたらどうですか? ぶっちゃけ僕も筋トレ位しか無いし、今の状況じゃ仕方が無いんでしょ」
「掃除はさっきした。食事の後片付けもな。
ついでにベッドのメイキングまでもだ。
第三とは言え国の王女が、家事の腕ばかりを上達させていると言うのは一般的にどうなのだろうな……」
カイルに言われたシリカがうつ伏せ、頭を抱えて「うー」と鳴く。
カイルは「王女?」と疑問顔で、直後には詳しく聞く為なのか、腹筋をやめて足を地につけた。
「ま、魔王サマ!? 大丈夫ですか魔王サマ!?」
ルキスの声が聞こえて来たのはその直後の事だった。
悲鳴に近いような慌てた声で、額を押さえたヒュガルを見ている。
ルキスに答えず両目を瞑り、小刻みに体を震わせており、数秒の後には地面に倒れて、全員に衝撃を与えるのである。
「魔王!?」
「魔王様!?」
シリカとカイルが同時に叫び、ヒュガルの元へと走り寄る。
ルキスはすでにその場に屈んで、頭を抱えて名を呼び続けている。
「う、うむ……どうやら少し疲れたらしい……ただの眩暈だ……心配ない」
ヒュガルはそれで言葉を発し、ルキスの手を借りて立ち上がった。
だが、まだ眩暈を感じているのか、足取りはどうにも定かでは無く、ルキスとシリカ、それにカイルに休むように言われてそれを受け入れた。
「ではすまんが後を頼む……何かあったら起こしてくれ」
ルキスとシリカにそう言い残し、カイルに背負われたヒュガルは一階へ。
「大丈夫かなぁ……魔王サマ……」
「あ、当たり前だろう……魔王だぞ魔王」
残されたルキスとシリカはそれを、不安気な表情で見送っていた。
精神的な疲労と体力の消耗。
人間の医者の診察結果は、以上のようなものであった。
簡単に言うなら風邪の手前で、無理をせずに休んで居れば、じきに良くなると言う事らしい。
思い当たる所があったヒュガルは、忠告に従って休んでおり、ルキスとシリカとカイルの三人は面接会場で相談をしていた。
相談内容は「寝込んでいるヒュガルをどうすれば早く回復させられるか」で、カイルが一番に口を開いて、
「何もしなくても良くなるんじゃないですか?」
と、医者を信じた言葉を発した。
が、これにはルキスがすぐに「他人を信じるな! 痛い目に遭うぞ!」と言い、百%では無いのだろうが、賛成気味のシリカも頷く。
「じゃ、じゃあどうするんですか? 薬でも買ってきますか?」
「いや、それこそ危ない。毒を盛られるかもしれん。
人間達に取って見れば、千載一遇のチャンスだからな」
やむを得ず聞くと、シリカにそう言われ、これには言葉にはしないものの、「この人達はなぜそんなに人を疑っているんだ……」と、不安にすらなるカイルである。
「そうなるとアレだ。自分達だけで魔王サマを元気にさせるしかないな。
お前アレだろ? 発情ダンス得意だろ? 魔王サマの横で踊って来いよ裸で」
「いや……それで元気になられなかったら、わたしは女として完全終了だ……すまないが普通に辞退させて貰う」
「あ、ああ、そう? 自分もそう思うからしたくない訳で、あなたにだけは強制できないね……」
ルキスが言ってシリカが返し、二人揃って少々凹む。
何だかんだで仲が良いな……と、カイルは内心で思いはしたが、苦笑いすらも傷つけそうなので、出来る限りの無表情を装った。
「ほ、他だ他! 何かあるだろう? そういう下ネタを除いた何かが」
顔を上げたシリカが言って、長テーブルを軽く叩く。
聞いた二人が少々考えて、「料理は……どうですか?」と、カイルが言った。
ルキスとシリカは顔を見合わせ、直後に揃って「料理……?」と返す。
「え、ええ……って言っても、二人で揃って裸になって、女体盛りをしろとかいう話じゃなくてですね」
「まだなんも言ってねーし……」
「最低だな……」
念の為にとカイルが言うが、今回の場合は完全に藪蛇。
ルキスとシリカは細い目で意外にエロだったカイルを睨みつけた。
「あ、いや! 誤解ですよ! 今までの流れからあり得るかなと思って……」
「良いから言えよ!」
その後の言い訳も二人には通じず、ルキスに言われて話を続ける。
「つまりその、先生と師匠みたいな人達に、自分の為だけに料理を作って貰えたら、喜ばない男は居ないって事ですよ。少なくとも、僕はそう思います」
何とか言うと、二人は黙り、やがてはルキスが「フーン」と言った。
「お前得意? 料理?」
「わたし普通。貴様は?」
「自分苦手。頭に超つく」
直後にはカタコトでシリカと話し合い、結果として双方が料理が得意では無いと言う事が分かる。
「と言う訳でボツ。次の案をくだしあ」
「あ、いや、得意じゃなくても良いんですよ。気持ちですから、要は。
元気になって貰いたいって言う」
くだしあ、の部分は謎ではあるが、誤解を正す為にカイルが答える。
それには二人で再び悩み、「作るとして何を作るか」を考え出した。
しばらく考えて出て来た物は、ルキス曰くのクッキーかケーキ。
しかし「どうやって作るの?」と言う事になり、二人はすぐに口を閉ざす。
次に出た物はシリカ曰くの前菜から始まるフルコースで、「余計に分かんねーよ!」とルキスに言われて、「確かにそうだな……」と、本人も納得した。
「もういっそアレじゃね? スッポンのスープとか、それ自体で元気になる物の方が良くね?」
「名を捨てて実を取る、か。格好をつけて慣れない物を作るより、そちらの方が賢明かもしれんな」
最終的にはその辺りに収まり、ルキスとシリカが頷き合った。
しかしながら「元気になる食べ物」。
これがなかなか範囲が広く、出来るだけ効果が高いものを選ぶ為に、ルキス達は本魔に相談するのである。
魂が抜けかかっている老人をも起こす物、として、本魔が挙げた物は「竜の卵」であった。
いかなる者もそれを食べれば元気溌剌爽快になり、挙句にはアレがアレしちゃったりして、ルキスとシリカの貞操も危うい。
「そ、それはカナリ困るなぁ……でも魔王サマの為だからねぇ~?」
「そうだな……わたしとて我が身は可愛いが、ここは魔王の身を優先させよう」
それを聞いても二人は退かず、微妙に笑いつつありそうな場所を聞き、可能性としてはあり得るだろうと言う、卵の場所を教えてもらう。
位置としてはここから北東、かつての本魔の塔の辺りで、そこから更に東に向かった高山の中にそれはあるらしい。
二人はすぐに準備を終えて、カイルを連れて本拠地を出発。
途中でカイルの家に立ち寄り、ヒュガルの面倒を妹弟達に頼んだ。
そこからは直進、ひたすらに直進。怒涛の勢いで三人は直進し、森でも川でも構わず進み、本来ならば三日はかかる距離を、一日と半程で踏破するのである。
「ハァ……ハァ……ここが、ここがそうなのか……」
「そう……みたいですね……本番はむしろ、ここから……みたいです……」
時刻は夕方前。おそらく十五時頃。
疲れた顔のシリカとカイルが殆ど垂直の絶壁を見上げる。
「おら、行くぞ! だらだらしてんなよ!」
それに構わず動き出すのが、基本飛んで来たルキスであった。
体力的には一番ないが、空を飛べると言う能力は大きく、絶望しかけている二人を尻目に絶壁に沿って上がり出した。
「もう先生に任せませんか? 僕達はここで待機って事で……」
「何を馬鹿な! それでは全てが奴の功績になる! そうなれば魔王のアレがアレした時に、アレされるのは奴だけになるだろ! そんな事を黙って見て居られるか!」
カイルの言葉に即座に怒り、怒り肩を作って前へと進む。
そして、絶壁の一部に手をかけて、シリカは少しずつ登り出した。
「(何か目的がズレて来て無いか……? って言うかアレアレって意味分かってるのかな……)」
そうは思うが言葉にはせず、シリカの後ろに黙って従う。
「!?」
直後には頭上の楽園に気が付き、張り付いたままでカイルは止まった。
そこは、ガーターベルトの黒色と、肌と白とが織りなす楽園。
触れれば押し返されそうな弾力の脚が。
花園を守る唯一の白布が。
カイルの頭上を何度も上下して彼の思考と動きを止める。
「どうした? 疲れて登れないのか?」
そんなカイルに気付いた様子無く、右脚を上げたままでシリカが聞いて来た。
カイルを異性として見て居ないのか、はたまた見えて居ないと思っているのか、どちらにしても無防備すぎて、カイルとしては目のやり場に困る。
「あぁ……いえ……余裕でイケるんですけど……」
カイルは一応そう答えたが、腰の辺りだけが妙に浮いていた。
或いは岩でもあったのかもしれないが、男なら黙って察するべき所だ。
「ならば登れ。確実に、かつ、無理をせず迅速にな」
それには気付かずシリカは言って、更に上へと登り出す。
「(頑張って居る僕への邪神様の御褒美……そう考えてありがたく頂きます!)」
カイルは密かに感謝をしてから、ギラついた目をして真下に続いた。
二人が絶壁を登り切ったのはそれからおよそ三十分後の事で、その頃には彼らの疲れた体は夕焼け色に染まり出していた。
「おーい、行くぞ。こっちが怪しいからさー」
これはルキスで、今は立っているが、飛んで来た為にかなりの余裕があり、少々の休憩をしている二人に情け容赦ない言葉を浴びせた。
だが、二人は流石に限界で、疲れを無言でルキスにアピール。
気付いたルキスは胡座をかいて二人の前に座り込んだ。
ちらりと見えるのはピンクの下着で、それにはカイルが鼻息を荒くする。
「(魔王軍に入って良かった……!)」
と、密かに思う彼の志には以前のような崇高さは無い。
二十分程をその場で休んだか、世界が徐々に暗くなり始め、「そろそろ行けるっしょ?」と言うルキスの声で、シリカが立ってカイルが続いた。
「おおぉ!?」
「な、なんだ!?」
直後に感じる微振動。
全員がその場で若干ふらつき、小石がぱらぱらと周辺に落ちる。
それはおよそで十秒程続き、やがては静かに収まって行った。
「地震か?」
「さぁ? わっかんね。そんな事より卵だろ卵」
シリカの問いにルキスが答える。直後にはシリカが「あぁ……」と言って、自然に出来ている山道を進んだ。
その道はすぐにも狭まって行き、両脇がやがては断崖と化した。
例えるなら綱渡りをしているような状況になり、ルキスはたまらず空中に逃れる。
道幅はおよそで六十㎝程。遙かな眼下には森が広がっている。
その中に一ヶ所だけ空き地のような場所が見え、三人は少々の疑問を感じた。
広さにするなら百m程だろうか。周囲が完全な森なだけに、明らかな違和感を醸し出している。
だが、現在の優先事項が竜の卵である為に、三人は何も言わなかった。
そして、ようやく細道が終わり、広い岩棚に辿り着いた。
世界は最早完全に夜。空には星が瞬いている。
三人は少しだけその様子を眺めて、思い出したように先へと進んだ。
断崖を右手に道は下る。
「お、おい、下っているが大丈夫なのか? 普通は上だろう? 下は違うだろ」
「自分に言うなよ……わからんよ正直。でも道なりなんだから仕方なくね?」
不安を感じたシリカが言うも、ルキスはマイペースにそれだけを答えた。
「貴様……随分と余裕に見えるが、本当に魔王を心配しているのか?」
「してるよ。少なくともお前の百倍は」
「何!? ならばわたしはそれの五倍だ!」
「自分はそれの一、三倍ー!」
「なんで小刻み!? 実質どれくらいだ!?」
二人は直後にも「うにゃうにゃ」と言い合うが、現状で唯一の道である事は事実。
仕方が無いので道を下り、その先である物を見つけるのである。
それは何かの白骨死体で、それだけでも大きさは五m弱はある。
だけ、とはつまり千切れていた訳で、下半身の骨だけが転がっていたのだ。
上半身はどこに行ったのか、少なくとも道の前後に見えず、左足を断崖に落とす形で三人の行く手を遮っていた。
見た目は鳥、或いは竜だろうか。
一行は立ち止まり、しばらく眺めたが、考えた所で理由は分からないので、それを潜って先へと進んだ。
やがて見えたのは林のような場所で、登った距離程を下りたかもしれない。
もしかしたら登らなくても辿り着けた場所かもしれず、シリカとカイルは顔を引き攣らせた。
「待って下さい……何か居ますよ……!」
直後の言葉はカイルのもので、警戒の眼差しで辺りを見つめる。
だが、一見では何も見つからず、暫く待っても何も出てこない。
「気のせいじゃねーの……?」
「いや……そんなはずは、っていうか、今も気配を感じますし」
やがてはルキスが両目を細めたが、カイルは意見を曲げなかった。
「どこからだ? 場所は分かるのか?」
「大体は」
シリカが聞くと、カイルはそう答え、「大体」の方向に視線を向けた。
そこは三人の前方に広がる闇に支配された林の中だ。
「そりゃ何か居るだろ……」
「ああ……」
故に、ルキスが軽く呆れて、シリカがそれに同意をするのだ。
「いや、そんな小動物じゃなくてですね……もっと大きな、それこそ竜とか」
「竜!?」
「卵!?」
それを聞くなり二人は豹変。
「行くぞオラァ! 脱処女は目の前!」
「抜け駆けは許さん! それはわたしのモノだ!」
と、カイルを置いて突入して行く。
「もうちょっと危険とか考えましょうよ~……」
疲れた顔でカイルは言って、二人の背を追って森へと走った。
数分後には三人は、気を付けの姿勢で固まっていた。
目の前に居るのは青き巨大竜で、上から三人を見下ろしており、見られる三人は脂汗を浮かべて、どう出るべきかを思案している。
一方の竜――大きさ二十mばかりのそれは、トカゲのような外見とは反した気高い顔で三人を見ていた。
現在の状態は四つ足で、背中の翼も畳んで居るが、もしもやる気になったとしたら手足の鉤爪と牙だけで十分。
もしもブレス(主に炎の息)でも吐かれようものなら、三人は一瞬にして消し炭だろう。
これは殺される……!
三人はそう思い、それぞれの手段で逃れようとしたが、実行する前に話しかけられて、中途半端な状態で動きを止めた。
ちなみにそれはシリカが剣を捨て、ルキスがバック丸出しで逃げ出しかけたもの。
カイルに至ってはなぜかのポージングで、威圧して追い払おうと言うものであり、カイルに気付いたシリカとルキスは「それは無理だろ!?」と、突っ込むのである。
「あなた達が来るのを待って居ました」
それに構わず竜が話す。女性のような透き通った声だ。
三人が見上げると伏せるようにして、竜は更に言葉を続けた。
「突然ですが頼みがあります。
私の転生を手伝ってくれませんか?
長き時を生きたこの体は最早限界に近い状態。
幼竜として新たに転生するまでの時を、あなた達に守ってほしいのです」
どうやら頼みごとをしたいようだが、三人の動きは止まったままだ。
なぜ、どうして自分達に頼むのか、全く理解が出来なかったからである。
「な、なぜわたし達にそんな事を頼む……?
他に居ないのか、適任者は?」
実際に、それをシリカが聞くと両目を瞑って竜は答えた。
「人里離れたこのような場所では、道理が分かる者など居ません。
かと言って人里に赴いてしまえば、要らぬ騒動を呼び起こすでしょう。
ゆえに待ちました。何十年も。そしてついにやって来たのがあなた達だったと言う訳です」
そして目を開け、「それが理由です」と言葉の最後を締め括った。
要するに、多少善良な相手であれば、誰でも良かったと言う訳で、たまたま卵を取りに来た三人が、捕まってしまったと言うだけの話らしい。
「(良いんじゃね? 受けちゃおうぜ。
で、転生だか何だかした時に卵をカチ割れば解決じゃね?)」
「(い、いや、それは少し残酷じゃないか……?
ていうか人か? 踏み外してないか?)」
ルキスとシリカが小声で話す。
それは僅かに聞こえて居た為にカイルが「ちょっと……!」と二人を止める。
「(バッキャロー! いつまで乙女で居るつもりだ!?
サナギの時期はもう終わったんだよ! 二人で蝶になるんだろ!?
錯乱でも何でも既成事実を作って、魔王サマの嫁の座をもぎ取るんだよォォ!)」
「(くっ……! 綺麗事だけでは生きて行けんという事か……
分かった。わたしも覚悟を決めた。貴様と共に修羅の道を行こう!)」
しかし、二人は話を止めず、最後に右手で「がっちり」と握手。
その後には笑顔で竜に向かい「任せて下さい♡」とそれを光らせた。
「まだ、見返りの話をしていませんが、それでも願いを引き受けてくれると?」
「勿論です! 自分達を信じて下さい!」
訝しげな口調で竜が聞くが、二人はそれに即座にそれに返答。
「素晴らしい」と、竜が感心した事を見て、見えない角度で邪悪に笑う。
「アハハ……アハハハ……」
それを目にしたカイルが笑い、どうしたものかと行動に悩む。
「それではよろしくお願いします。
時間にするなら一時間程度で、新しい私が生まれて来るはずです」
そんな中で竜が輝き出し、その身を見る見る小さくさせた。
数秒後には青白い色の卵が、地面の上に「ちょこん」と現れ、シリカとルキスが顔を見合わせて「ウヒョッ」と言ってからそこに近寄った。
「あ、あの……本当に割るんですか?
あの人、じゃないや、あの竜は、僕達の事を信用したんですよ?
それを裏切るのって何て言うか、寝覚めが悪いって言いますか……」
カイルの言葉に二人が止まる。
まだ良心が残っているのか、その後には揃って地面を見つめる。
「あっ、あの石が良いんじゃね?」
「そうだな。丁度良い大きさだ」
が、罪の重さでそうした訳では無く、割る為の石を探していたようで、それに気付いたカイルは「サイテーだよ……」と、恩人達の事ながらに引くのである。
「よぉし、そんじゃ、いち、に、の、さん、の、さんで割るからな?
さん、の後じゃなくて同時だから」
「分かった。いち、に、の、さん、だな」
石を手にした二人が話し、見て居られなくなったカイルが目を逸らす。
直後に地響きのようなものを感じて、三人はそれぞれ視線を泳がせた。
「な、なんだアレは!?」
最初に気付いたのはシリカであった。
シリカの左手、林の向こうに巨大な何かが現れたのだ。
高さはおよそ二十m。更に一匹存在し、こちらの方はもう一方より五mばかり身長が低い。
形としてはほぼ人間だが、勿論そうな訳が無く、三人には名前が分からなかったが、それはジャイアントという名の魔物であった。
かつては神の一員とも呼ばれたが、粗暴な為に天界を追放され、邪悪な側について戦い、今の身分に落とされたとされている。
神がかった力を持つ者もおり、それらは、嵐や炎等と、頭文字を付けて分別されて、恐怖と尊敬の対象とされていた。
三人の前に姿を見せたのは、どうやらつがいのジャイアントのようで、特殊な力は持たないようだが、真っ向から戦うのは自殺行為であった。
「こ、こっちに来てますよ!? どうするんですか!?」
「どうするもこうするも逃げるしかないっしょ!?
それとも何?! アレで平和的なの?!」
「絶対無いです! 保証します!」
カイルが聞いてルキスが返し、その言葉にはカイルが保証する。
「ですよねー!」
聞いたルキスは石を捨て、卵を担ごうと試みた。
「がああ、無理! 手伝って手伝って!」
が、あまりの重さにそれを断念して、シリカと協力して卵を持ち上げる。
両腕は頭上、卵も頭上、身長差のせいで若干斜めだが、二人はそうして走り出し、カイルが二人の後ろに続く。
林を飛び出して、右を見ると、ジャイアントの巨大な足があった。
直後には屈んで右手を伸ばし、ルキス達を捕らえようと試みて来る。
だが、これはルキスが気付き、方向転換をして何とか回避。
それでもしつこく右手を動かすが、範囲外に出られてジャイアントは立った。
もう一方のメスの方は山道の入口で待機をしており、やがてやって来た三人に気付いてそこを塞ぐようにして身を低くした。
「意外に頭が良いんですけどー!?」
「他だ他! 他の道を探せ!」
「いや、無謀だろ! 分からん道に行くとか無いわ!」
ルキスが言ってシリカが叫ぶ。シリカとしても言う事は分かるので、次の言葉がなかなか発せない。
「ここは僕が!」
そんな時にカイルが飛び出して、自身の上着を素早く脱ぎ捨てた。
「全裸で突撃!?」
と、ルキスが驚くが、勿論それが目的では無い。
カイルは徐々にその姿を変え、白銀に輝く狼に変身し、メスジャイアントに一気に近付いて腕を伝って顔へと近付いた。
そして、それを払おうとしたメスジャイアントの両手をかわし、耳に噛みついて耳たぶを噛み切り、たたらを踏ませる事に成功したのだ。
「あれがカイルの本当の力か……奴の事を侮って居たな」
「何にしてもチャンス! 行くぞオラァァ!!」
その隙をついて二人は接近し、股の下を潜って窮地を脱した。
それを目にしたカイルが飛び降り、狼のままで二人を追って来る。
山道が狭くて入れないのか、メスジャイアントは山道の脇からルキス達に並行して追ってきた。
坂道によって高さが追い付き、少しずつメスジャイアントの顔へと近付く。勿論その間にも攻撃は続いたが、カイルの妨害によって何とかなっていた。
メスジャイアントの姿が見えなくなったのは、白骨化した遺体が見えてきた頃。
「やれやれ……」
と、皆が息を吐いたのも束の間。
「グアアアアオォゥ!!」
「ぎゃあああああ!?」
今度はオスのジャイアントが飛び出て来て、白骨化した遺体を叩き潰したのだ。
幸いにも登っては来れないようで、両手を使って崖の上をまさぐるが、三人は僅かの隙を突いて、その場を突破して細い道に走った。
「見てるぅー!? あいつ超見てるぅー!?」
ルキスの言うようにオスのジャイアントは、その間も下からルキス達を見ており、しかし、ついに諦めたのかメスと合流してある場所へと向かった。
そこは、ここを渡っている時に見かけた森の中の空白地帯。
どうやらそこが彼と彼女の住処のようなものだったらしい。
兎にも角にも何とか助かり、登って来た崖を前にしてへたり込む。
「あ」
卵にヒビ割れが入ったのはその時で、
「ピィピィ!」
と言う鳴き声と共に、カイルが全裸の人間に戻ったのはそれからすぐの事であった。
卵は割れて雛が孵り、カイルはモロに全裸を晒した。
「ウワアアアア!?」
と言う悲鳴はどちらへのものだったのか。それはシリカとルキスにしか分からない。
しかし、もはや孵ったものは仕方なく、三人は雛を連れて本拠地へと戻った。
すると、ヒュガルは回復しており、カイルの妹や弟達と普通に遊んでいたのである。
「あ、あれ? 魔王サマ、治っちゃったんですか……?」
「うん? ああ。
この子――ソアラと言うのだが、彼女の手料理が効いたらしい。まだ幼いのに大したものだ」
ルキスに答えてヒュガルはソアラ――カイルの妹を抱えて持ち上げる。
年齢ならば六才位か、ソアラはそれに「わー」と喜び、「お嫁さんにしてー!」と、ヒュガルに言って、シリカとルキスに血管を浮かばせた。
「わぁぁ、わたしたちもぉそのぉ……
料理を作ろうと思うんだが、勿論それは食べてくれるな?」
「その子だけとかエコヒイキですもんねぇ~?
魔王サマはそんな事しないですよねぇ~?」
目が血走っている。脅迫に近い。
そう思ったヒュガルは「あ、ああ……」と返して、ソアラを下ろして雛に気付く。
「ん? それは?」
「ああ、ちょっと色々ありまして、捨てるに捨てられず連れて来たと言うか……」
「それもそうだがお前の恰好は……」
葉っぱ一枚のカイルが言って、そこで気付いたヒュガルが聞いてみる。
しかし、カイルはそれには無言で、「しばらく良いですか? ここに置いても?」と、雛の事を優先させてきた。
「まぁ、構わんが、世話はするんだぞ」
許可を出してから周りを見ると、ルキスとシリカはすでに消えていた。
どうやら台所に向かったようで、本当に料理をし始めたらしい。
それはおよそ一時間後に完成し、その頃にはカイルと妹弟達は帰宅。
唯一の相手のヒュガルに対し、雛は執拗に絡んで来ていた。
「魔王サマ……! 出来ました……!」
「(料理を作った顔では無いな……)」
例えるなら殺してはいけない相手を勢いで殺してしまったような顔。
そうは思うがルキスについて行き、食堂の中の食卓につく。
そこにはすでに暗黒物質や、毒の沼地が並べられていた。
「まぁ、料理は苦手なのだが……貴様の為に頑張って見た。
見た目はアレだが、味は良いぞ……多分」
どう頑張ったの!? 殺す為の努力なの!?
そんな気持ちを心にしまい、ヒュガルはクールに「そうか」とだけ答える。
「うむ……では一口」
毒の沼地をスプーンで掬い、舐めるようにして口に含んでみる。
ハッキリ言ってクソまずい。
こんなものを食べたら前より酷くなる。
しかし、ルキスとシリカの二人は輝く瞳でヒュガルを見ていた。
「(ん?)」
気付くと雛が足元に来ていた。物欲しそうにヒュガルを見ている。
もしや食べたいのか? と思ったヒュガルは、「あ!」と言って目を逸らし、その隙に黒い塊を雛にやってみた。
「ピィピィ」
反応は上々。吐血した様子は無い。
これなら行ける。と、ヒュガルは判断し、少しずつ食べながら隙を見つけて、殆どを雛に与えて行った。
「結構やるね自分らも?」
「これからは定期的に作ってやろう」
勘弁してくれ、と思いつつ、ヒュガルが無言で食を進める。
「あっ……」
その際にミートボール(のようなもの)を落としてしまい、ヒュガルが小さく声を出した。
落ちた場所はヒュガルの股間。拾おうとして右手を動かすが、
「ピピィィ!」
と、雛が素早く飛びつき、ヒュガルの股間ごと食いついたのである。
「あいぃぃぃぃ!?」
「ま、魔王サマのフランクフルトがー!?」
ヒュガルが叫び、ルキスも叫ぶ。
幸いにもフランクフルトは無事であったが、噛まれた跡がしばらく残り、トイレに行く度に情けなさと若干の痛みを感じるヒュガルであった。
表面はパリッ! 中身はジューシィ!